Zwei.面倒事は大抵向こうから
主人公登場の巻!
「調子に乗ってんじゃね~よっ!」
なんともお決まりな台詞と共に鳴り響いたパシンッ、という音に、私は目の前の女に平手打ちをお見舞いされたのだと理解した。
あ~あ、これ絶対赤く腫れちゃうよ……。
どうしてくれんの。
じんじんと痛む片頬を指の腹で擦りながら、顔に怒りを携えて息巻く女、まあ多分新入生なのだろう彼女に目をやれば、平然な私の態度が気に食わないのか、さらに睨みつけられた。
ここは王道の体育館裏。
人目につかず、リンチするにはもってこいなこの場所に何故私がいるのかといえば、察しの通り目前の女どもに連れ出されたからだ。
一人相手に多勢って、ちょっと卑怯だよね~。
私だって脳天気にのこのこと女たちに着いてきたわけではなく、こうなることは見越していたものの、呼び止められたあの場で断るのも面倒な臭いがしたから仕方がなく、ね。
どうせ私がいなくなればあいつらの誰かがすぐに気づくだろうし。
「ちょっと聞いてんの!?」
あーもう、はいはい。
あんたらさっきからうるさい……。
私に暴力を振るった言い分は聞いてあげようじゃないか。
どうせ予想はついてるけど、ほら、私優しいから。
さあどうぞーって促してあげた。
「っ!……ホントにムカつく!あんたさあ、周りから姫とか言われて調子に乗ってるみたいだから忠告してあげるけど、あの人たちはあんたみたいな凡人が近づいていい人たちじゃないの!」
「そうよ!あの人たちに上手く取り入ったつもりなんでしょうけど、あの人たちが迷惑がってるって分かんないわけ!?身の丈を弁えなさいよ!」
「鳥頭でも理解できるはずよ、さっさとあの人たちの前から消えてっ!」
「この淫乱女っ!!」
おお、見事なチームプレイ。
残りの子たちはそうだそうだと首を振って同意してる。
それにしても、私ってばこれでも先輩なのに、下級生相手に酷い言われ様だ。
うん、先輩はふつーに敬うもんでしょ。
あんたらより一年は長生きしてんだから。
なんだかこれ以上は流石に付き合いきれなくて、私は大袈裟にため息をついてこの場を去ろうと踵を返す。
───も、私を叩いたあの女に腕を掴まれ、同性とは思えない強さの力で元の位置に引き戻された。
ええーっ!
ここで引き止めちゃうの!?
私が折角あんたたちのために去ってあげようとしたのに!
「待ちなさいよっ!まだ話は終わってないわ!」
不意に、固く拘束していた女の力が弱まった。
お、解放してくれる気になったのか。
いい心掛けだ、うんうん。
何事も穏便に解決しなきゃね。
私が気分良く彼女を見ると、彼女は間抜けにも口を半開きにし、頬を赤く染めて、私の肩越しに見入っていた。
後ろの子たちも、彼女と同様の反応を見せている。
「───その子に話って、何かな?」
あらら、……残念。
タイムオーバーだ。
私に迫った般若顔とは打って変わり、まさに恋する乙女さながら、私の手を掴んでいた女はすぐさま拘束を解き、私の後ろに佇む人物に遠慮がちに話しかける。
「え、えっと、楓雅さま……。私たち、その」
まさかこの修羅場にやつが登場してくるとは思わなかったのか、女はここをどう乗り切るか必死に模索しているようだ。
そんなこと、無駄なのにね。
じゃり、と私の後ろの気配がこちらに動く。
女たちが何かを期待するように、より一層目を輝かせるもんだから、やつはどうせその綺麗な顔に微笑みでも乗っけているのだろう。
「楓雅さ、」
気配が真横に感じたとき、同時に女が視界から消えた。
「がっ!」
女たちの言う楓雅さまことふうちゃんが、女の顔を片手で掴み、左隣の壁に容赦なく頭ごと打ち付けたのだ。
鼻から抜けるような悲鳴とも言えぬ声を出し、彼女はたった一瞬で、メイクで整えた顔を鮮血に染めていた。
「ひっ!」
痛々しいというよりも生々しくエグい血まみれと化した女に、つい先ほどまでつるんでいたはずの女たちは汚物でも見るかのような侮蔑を含めて顔を歪め、さらにふうちゃんを見て蒼白くなる。
5秒ほど前には頬を染めていたくせに、恋心は冷めやすいって本当かもしれない。
「……あのさあ~」
ふうちゃんが刺々しく口を切る。
間違いなく、不機嫌そうに。
もうどうしてくれんの、あんたたち!
ふうちゃんは滅多なことで怒らないけど、一度逆鱗に触れると、機嫌直すの結構大変なんだよ!
まったく面倒だなあ……。
「お前ら分かってやってんの?姫の時間って、ちょー貴重なわけ。予約もなしに姫と同じ時間を過ごすなんて、重罪だよ。ま、予約なんてしたところで俺らが許可しないけど。
それで?姫と一体どれくらいの時間過ごしたのかな?……まさか、無理やり姫の時間を奪ったわけじゃねえよなあ」
普段はチャラけて、何事もどこ吹く風のくせに、ここぞという時に恐ろしいその本性を発揮するふうちゃんは、見慣れた私でもちょっと怖い。
獰猛な眼光に真っ向から晒された彼女たちは、違いますだのなんだの首を横に振って言い訳し、挙句に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
壁に叩き付けられて気絶した女を見捨てて、だ。
彼女たちは恋心が冷めやすいばかりでなく、友情も脆かったらしい。
「それで姫は、なんでこんなところにいるのかなあー?ちょっと目を離した隙にいなくなるんだもん、いけない子だよねえ」
やばい。
被害がこっちに来る。
経験上、この先にはふうちゃんからのお仕置きが待ってるはずなので、それだけは御免被りたい。
ふうちゃんをどう宥めようか思案していれば、私の顔を見たふうちゃんが一瞬固まったものだから、今度はどうしたと怪訝に思うも、すぐに理由が分かってしまった。
多分、私の頬が赤く腫れ上がっているのだろう。
そんなに酷くはないだろうが、ふうちゃんの整った顔から血の気が無くなってゆくので、やっぱり酷いのかもしれない。
「ねえ姫……。これ、どうしたの?」
それはそれは優しく私の頬を撫でて、さらに何を考えているのか分からない、伏せ目がちな瞳と視線が絡む。
……これは本格的にやばいぞ。
だってふうちゃんの背後から、とてつもなくこわ~いオーラが滲み出てるんだもん。
一体誰の仕業だ?
そいつ殺す、みたいな。
私も流石に、殺人事件には巻き込まれたくはないので、曖昧に流しておく。
誰だっけ、忘れちゃったよーてね。
もしかしたらさっきの子たち全員、後で締め上げられてしまうかもしれないけど、それはしーらないっと。
私は彼女たちが悲惨な目に遭わないよう配慮しようとしたし、それを無碍にしたのはあちらさんだし。
私に手さえ上げなければ、穏便に済んだかもしれないのにね。
そもそも、私を連れ出した時点で自業自得の域だ。
私は悪くないから、どうか恨まないでよー。
ふうちゃんが、あの意識のない女を思いっきり蹴っていたけど、それは見ないフリ。
「こいつ、俺の姫の腕に触れやがったから」とかなんとか、聞きたくもない理由が聞こえてきた気がした。
主人公…姫。
もしかしたら本名が出てこないかもしれない。どうしよう、わら。