クレメント・タウンの戦い 前編
去年の今頃、メインPCが故障している時にノートPCにちゃかぽこ打ち込んでいた小説がありまして、それを捨てるなんてとんでもないとお告げがあったので再利用してみました。
内容的にはア○マ○ド・コア+サ○ラ大戦+笹本祐一の小説(バーン○トーマー)的な感じになりましたが、よろしければごらん下さい。 2/12誤字修正。なんだASって……
かつて、その道路はルート64と呼ばれていた。幾つもの州を貫通し大陸の東と中央を結ぶ偉大なる道。だが今では……砂塵に埋もれた、偉大なるアスファルト屑でしかない。
その道を一台のトレーラーが進んでいた。幅広の車体に幅広のタイヤを履く、重量物を運搬するために作られた車両だ。あちこちに手が入れられ、運転席と荷台の間にはごちゃごちゃと増設された居住区が設けられており、運転席周りには防弾用と思しき装甲板が取り付けられている。
操縦席にいたのは一人の黒髪の少女だった。無地の白いコットンシャツに適当に切ったジーンズ履きと、色気の無い事この上ない。自動操縦になっているらしく運転はしておらず、のんびりと車外の光景を眺めていた。
「ジョニー、定時連絡。窓から見える限りはなーんもなしよ」
荷台の「荷物」へと続く有線のマイクへと怒鳴りながら(何しろ騒音がすごい)、少女は居住区へちらりと視線を走らせた。
「もうなーんもないだろうし、アタシ寝てちゃダメか?」
『アリッサ、手は抜いてくれるなよ』
操縦席のスピーカーから若い男の声が答えた。荷台の「荷物」のところにいるのだろう。
『こっちは幌を被ってて外は見えんのだ。レーダーも使えんしな。そっちが手を抜いて盗賊にロケットでもぶっ放されて見ろ、二人ともあっさりあの世行きだぞ』
「えー、じゃアンタがこっち来て外見てりゃいいじゃん。もうなーんにもない光景が三日続いて飽き飽きしてんだよ、アタシは」
『オレの代わりにこいつに乗って戦えるなら、それでもいいな』
三日持つとは思わなかったな、とはさすがに男は口に出さなかった。
「前に見たけどさー、アタシそんなややこしい機械を操縦するのはムリっぽいなー」
少女はころりとシートに寝転がった。そのままシエスタに入るつもりなのだろう。
「だいたい、なーんでレーダー使えないのさ。便利じゃん、レーダー」
『アリッサ、レーダーってどういうものか知ってるか?』
「マリア様の加護が掛かってて、遠くの敵を見つけてくれるちょー便利な魔法」
『……たとえば、レーダーで見える範囲が十キロだとしよう。それはレーダーの電波が十キロ先の何かにぶつかって、跳ね返ってきた電波をキャッチして初めて見えたことになるんだ。
つまり遠くまで電波が届いても、跳ね返ってきた電波が自分の所に帰ってこなきゃ意味がない。この場合見える範囲は十キロだが、電波自体はもっと遠くの二十キロくらいまで届いていることになる』
少女はうららかな日差しを浴び、エンジンの騒音を子守唄にしてうたたねを始めているが、当然男はそれが見えない。
『つまり、もしこの先に敵がいて用心深くレーダー波の傍受をしていたら、こっちのレーダーで見えるより早くこっちの位置がバレるということだ。……起きてるか?』
「……えー、うん、聞いてる聞いてる。それで?」
男はわざとらしく、盛大なため息をついた。
※
彼は傭兵である。まったくのフリーランスというわけではなく、とある傭兵互助協会に登録をし、そこから任務の紹介を受けている。その協会はかつてのPMC(民間軍事会社)がベースになっているようだが、歴史に興味のない彼は詳しく知らない。加入する時に送られてきたパンフレットに書いてあったのを覚えている、という程度だ。
その互助協会、「アルターハーゼ」から今回彼が選び、受けた任務はルート64沿いにある町の救援・及び防衛(期限付き)というものだった。南部から攻撃を受けているらしく、町の自衛団程度では時間稼ぎがやっとらしい。また一週間後には東部の正規軍が到着するので、それまで持たせれば良い……そういう任務内容だ。
当然、南部の先遣隊に町が包囲されていることを考慮すべきだし、それならレーダーの傍受もしているだろう。男が警戒するのも当然といえた。
『気を抜くな。そろそろ目的地が見えてもいい頃なんだ』
車内はうららかでも車外は内陸部特有の猛烈な暑さで、地面からは盛大に陽炎が上がっている。目視にはしばらくかかるだろう。
「あいさー、キャプテン。……ん、なーんか光った」
少女が目にしたものを口にした瞬間、荷台の「荷物」からトレーラーの水素エンジンの騒音を圧する凄まじい轟音が上がった。アイドル状態だった「荷物」のエンジンを戦闘モードに切り替えたのだ。
またばちん、ばちんという音も聞こえ始める。幌を留めていたバンドが弾け飛んでいるのだ。荷台から、幌を被ったまま何かがゆっくりと立ち上がっていく。
走るトレーラーの合成風力を受けて、ついに幌が後ろへ吹き飛ばされ……男の乗る「荷物」が露わになった。全身を青色に染められ、頭・胴・手足を持つ、人型の機体。わかる者が見れば、それが「分裂戦争」時に量産され、主に東アメリカ軍が多用した機体、<ピースメーカー>が原型である、と言っただろう。
「汎太平洋戦争」の行方を左右したとさえ言われ、装輪・装軌の戦闘車両を陸戦の王者の座から蹴り落とした人型兵器。それはAVと呼称されていた。
彼は立ち上がった機体を軽く後ろにジャンプさせて走行を続けるトレーラーから降ろすと、対空レーダーの表示に目を走らせた。レーダーのレンジを切り替えつつ、周辺の遮蔽物を探しつつ走る。
全長十メートルにも達するASは見た目とても強そうではあるが、弱点は多い。死角は多いし足回りも弱い。装備品を簡単に交換できるというのが売りの「手」も繊細に作られているおかげで、始終故障との戦いになる。それでもなおASが分裂戦争、そして現在に至っても主力兵器であるかと言えば、その火力と機動力のためだった。
男は近くにあった瓦礫で出来た丘(ビルの残骸らしい)を見つけるとブースターを吹かして一気に機体をジャンプさせ、その上に陣取った。
「アリッサ、トレーラーをこの丘の裏に隠せ」
トレーラーの少女に無線で連絡すると、男は対空だけでなく対地レーダーの表示にも目を走らせる……いた。数キロ先、山があるあたりに大きな金属の反射。機種までは判別しないが、ジョニーが操るものと同じような人型兵器だろう。
『りょ、了解。ジョニーはどうするのさ?』
「……「ご挨拶」に行ってくる」
※
<ピースメーカー>は元々、軽装甲・高機動を主眼に置かれて開発された機体だったが、その価格の安さ故か各地で調達され、ベストセラーとなった機体だ。現在も改良型の生産は続いているが、さすがに昨今の新型機の性能には押され気味になっている。
もっともジョニーの扱う機体は傭兵らしく、あちこち改造が施されている。元の機体よりさらに出力を強化したブースターなどがそれだ。元々はノイエウニオン製<ヴィルトカッツェ>用の純正部品だが、「アルターハーゼ」出入りの兵器業者から安く仕入れた。どうも撃破された機体からむしりとったものだったらしい。
出力が上がった代わりに推力剤の消費も跳ね上がっているが……今のような時には役に立つ。ジョニーはブースターを最大出力で吹かしてジャンプ、一気に高度を取った。そして対地レーダー(こちらは値が張るので機体製造時のまま)で地上を走査、他に敵が隠れていないかを確認する。
距離を稼ぎ、また盛大にブースターを吹かして衝撃を殺しつつ着地、だが真正面からは向かわず、側面へ回り込むような機動を行う。操縦席で横向きのGを受けながら火器管制システムに情報が送られているか確認する。IFF(敵味方識別装置)は当然アンノウン。
だが、ハーゼの登録番号が出た……?
「アリッサ、このあたりに展開しているハーゼの機体がいるか、問い合わせてくれ。情報を送る」
ハーゼの顧客は主に東部で、南部からの仕事を受けるというのは聞いた事がないが……下手に協会の機体同士で戦ってペナルティでも課されたらことだからな。ジョニーは内心つぶやき、接敵コースに乗っていた機体を修正し、距離を取った。小さなくぼ地があったのでそこに入り、姿勢を低くする。
山の影にいた敵機体に、光学機器でも識別出来るほど(伏せた為に地表に近くなり陽炎の影響を受けて画像は乱れるが、それも考慮に入れて修正を施している)の距離に近づいていたらしい。FCSは持っていた数種のデータと比較して、BCH(ブリティッシュ・コーンウォール・ヘヴィインダストリィ)製<ウィスタリア>の改造型らしい、と弾き出した。
伝統的に英国製の人型兵器は重装甲・重武装で知られており、<ウィスタリア>もその伝統に恥じぬ機体である。光学機器で拡大された機体は真紅の塗装が施され、手に持っていた砲はきっちりこちらを向いているようだった。
だが、とジョニーは首をひねった。傭兵が扱うにはその重装甲が足かせになり、もっとも大事な機動力が殺されてしまう。いったいどんな物好きがあれに乗り込んでいるのやら。
『ジョニー! もう戦ってる!? やっちゃった!?』
「ヘイ、オマエはいったいオレの事をどう見ているんだ……それに、そっちでも戦闘してるかどうかモニター出来るだろう」
『通信しながらそーんなメンドいこと出来ない! 通信代わるよ』
ズームアップされた視界の中で、こちらを警戒していたらしい<ウィスタリア>が構えていた砲の仰角を下げたのが見えた。あちらにも話がついたらしい。
「了解。とりあえずトレーラーを回してくれ。収容しよう」
※
「ダブルブッキングだって……」
トレーラーへの収容自体は簡単に済む。ある程度まで近づいて機載コンピューターに命令すれば、トレーラーへの搭乗・固定はほぼ自動でやってくれるからだ。その間に通信とやらを受けて話を聞いたのだが……。
『このたびの事態は誠に申し訳なく思っております』
誠意のかけらもない声。最初にアルター・ハーゼ仲介部門責任者と名乗った男は、その声音のまま続けた。
『こちらの手続きミスより、あなた様ともう一団体に同じ任務を割り振ってしまったようです』
幹部とか偉い人が自らのミスを最初から認める、というのはどうにも気分が悪い。ジョニーはそう思いながら聞いていた。だいたい、いつもの「仲介人」ではなく、最初から協会の幹部が出てくるというのも妙な話だ。ハーゼはそこまでフレンドリーでも丁寧でもないと思ったのだが。
『その不始末に対するお詫びは後にすると致しまして、今回の任務についてですが……こちらから一方的にどちらかの任務を抹消し、必要経費を出すことで収める事も出来ます。当事者同士で話し合いを持ち、解決をはかる事も出来ます。いかがなさいますか』
協会が出すのが「お詫び」と「必要経費」だけでは、ここまでの往復にかかる約一週間、遊んでいたのと変わらなくなってしまう。それなら何とか、今回の任務にありつきたいが……。
「と、ちょっと待ってください。もう一団体、と仰いましたね。傭兵部隊なんですか」
『はい。実はこれが初任務になるのですが、そのあたりの手続きで混乱したようです』
傭兵部隊<ライオン・ハート>。さっきの<ウィスタリア>も英国製だったし、隊長は英国人なんだろうか……転送されてきた資料を一瞥し、隊長の名前と添付された写真を見たジョニーはうなり声を上げた。
※
トレーラーは無言の<ウィスタリア>に護衛される形で、任務地である町に入った。
クレメントタウン。資料によれば分裂戦争時の難民が集まって出来た町で、その名は初代町長(兼自衛団長)の名を取ってつけられたという。クレメント氏の目利きなのか偶然なのか、近くには良質な石炭が取れる炭鉱が発見された事で町は発展し、また潤沢な予算からそこそこ強力な自衛団を組織・維持する事で町の独立を助けてきた。
だが、それに目をつけたのが南部だ。南部はそれこそ南北戦争の頃から鉱物資源に乏しく、現代に無くてはならない炭素繊維の供給源として石炭は喉から手が出るほど欲しい(南部には油田もあるが、石油は貴重な外貨獲得源となるので国内で消費するには惜しかったのだ)。
そこで北部侵攻のルートのひとつとしてこの町を選んだ、ということだ。
クレメントタウンは独立を維持していたいが、さすがに町一つでは南部の攻勢には耐えられない……苦心の末、独立を捨てて北部への参加を決めたのが、つい四日前。つまりジョニーがハーゼから依頼を受ける一日前の事だった。
それらの事を頭に入れて町を眺めると、西部劇じみた町並みも多少変わって見える。
木造が多いのは急造の建物が多いからだろうし、メインストリートが幅広のトレーラーでも余裕なように作られているのは、自衛団のAVの運用を考えているからだろう。戦争から逃げたはずの難民が戦争に備え、また戦争の焦点になる。皮肉な話だ。
町の中心のロータリーに一台の軍用車両が止まっているのが見えると、懐かしさを覚えたジョニーは操縦席を開けて機体から荷台に降り、続いて走っているトレーラーから飛び降りた。
ジョニーは東アメリカ軍払い下げの黒い旧式パイロットスーツを着た赤毛の青年だ。上背はそこそこだが、軍と傭兵で鍛えた身体は贅肉もなく、筋肉質なほうだと言えた。AVの運用は軍で叩き込まれたものらしいが、それ以外の経歴は一切語ることはない。ある意味とても傭兵らしい男……それが彼、ジョニーなのである。
※
稼動中のAVを放り出して飛び降りたジョニーに、アリッサは制止なのか何かを叫んでいたが無視し、彼はその軍用車両……今ではもう正規軍では使っていないだろう旧型の装甲指揮車に飛び込んだ。
「お久しぶりであります、ハント大佐」
飛び込みざま流れるような敬礼を送ったジョニーは、目を白黒させる老人を改めて見つめた。
かつてジョニーが東アメリカ軍に所属していた頃、直属の上官だったのがこのハント大佐だった。当時に比べると皺は深くなり髪も白さを増していたが、精悍な顔つきは変わっていない。また大佐の方でもジョニーを覚えていたらしい。
「久しいな。三年ぶり、ぐらいになるか」
「今の名はハーゼ所属の傭兵、ジョニー・ブラックであります、大佐」
ハント大佐はにやりと笑った。
「そうかそうか、駐屯地でビールと安いバーボンしか呑まなかったお前が、ついにウィスキー党に入党したのか。今度一緒に呑もうじゃないか」
ジョニーは嫌そうに顔をしかめた。今の名前、ジョニー・ブラックはハーゼに入る時、酒場で書類を書き込んでいてちょうど目に入った酒瓶から付けたにすぎない。彼は今も昔も変わらぬバーボン党員なのだった。
その顔を見て、ハント大佐は大声で笑い出した。
※
「なんだ、久闊を叙しにきたのかと思ったら違うのか」
それこそウィスキーの一本も下げて来い、というハント大佐の言葉を聞き流しながらジョニーは言った。
「ビジネスの話です。……ダブルブッキングの話は聞き及びでは?」
「なんだ、あれはお前の話だったのか」
大佐は指揮車に据えられた地図机に頬杖をつきながら言った。
「話は聞いとるよ。さっきウィルキンソンのやつが血相変えて連絡してきたのでな」
「どなたですって?」
「ほれ、ハーゼで任務仲介の責任者やっとるやつよ。古い友人でな」
ジョニーからすれば見たこともないような偉いさんでも、さすがに大佐ともなると人脈豊富らしい。半ば呆れて聞いていると、
「で話が終わって、さて誰とブッキングしたのやらとハーゼのデータベースに当たって調べようとした途端、お前が飛び込んできたわけだ。……ま、手間は省けたな」
「それは結構ですが……で、どうします。大佐ももう部隊の展開を済ませてますし」
大佐が頬杖をついている戦術地図から読み取った限りでは、さっきの<ウィスタリア>を含めてAV五機。約一個小隊規模といったところか。傭兵部隊としての規模はそこそこのものと言えた。……さっき聞いた「初の任務」というのが引っかかるが。
「うちは損はしないとは言え、成果を出せないと厳しいですし。今回に限ってはハーゼが口を利いてくれるとは思いますが」
「そうだなぁ……それなんだがな、ジョニー」
ハント大佐は彼の顔を覗き込むようにして言った。
「お前、うちの部隊に入らんか」
※
大佐が言うには依頼人の町長は留守で、明日の朝に戻る事になっているらい。それを聞いたジョニーはとりあえず町の郊外にトレーラーを設置し、<ピースメーカー>を降ろし、トレーラーを偽装ネットで覆い、使った分の燃料や推進剤を機体に補給すると……それだけで時刻は夕方とになっていた。
「ハント大佐ねえ……信用できんの、それ?」
作業をしながらオペレーター用ヘッドセットでジョニーの説明を聞いた、アリッサの一言目がそれであった。
「軍歴が長くてジョニーが世話になったってのはともかく、初任務の傭兵部隊っしょ?」
夕飯用の何が入っているのか良くわからないスープをかき混ぜながら、アリッサはヘッドホン越しにジョニーに告げた。捨石にでもされんじゃないの?
「だいたい、なんでそんなえらーい軍人サマが傭兵部隊なんてやってんのさ。金ベタならもっといい仕事もあるんだろうにさ」
『金ベタってのは将官の事だが……まぁいい。軍人にも色々タイプがあるのさ。最前線で兵隊を率いている時が経歴の絶頂って軍人もいるし、後方の安全なところでトイレットペーパーの在庫を管理している一番輝いている、ってやつもいる』
ジョニーは<ピースメーカー>の足回りをぐるりと一周していた。今日は派手な立ち回りが少なかったとはいえ、何しろAVの手足はすぐ壊れる。機の自己診断システムは異常無しというログを吐いていたが、実際に目で確かめない訳にはいかなかった。
「あっは、そんな人いるのね」
『軍隊も結局、人間の組織だからな。で、ハント大佐はその部隊を率いている時が絶頂、ってタイプなんだ。三年前に引退して故郷に帰ったと聞いてたんだがね、まさか現役復帰してたとは……』
「引退って……定年? あのじーさん年いくつなのさ」
『さあ、そういや聞いた事がなかった。もうあの頃から、正規軍も傭兵みたいに何でもありだったからな』
夕日の沈む荒野を見やって、ジョニーはしばらく感慨にふけった。
※
環太平洋機構(PPO)とアメリカ合衆国の間に行われた汎太平洋戦争はPPO側の勝利に終わり、第二次産業革命に乗り遅れたアメリカが東アジアから覇権を取り戻すという野望は文字通り海の藻屑と消えた。
それどころか敗戦によりアメリカ国内の治安が極端に悪化し、カリフォルニアを含む西部諸州の離脱により始まった「分裂戦争」により、アメリカは大きく分けて三つの地域に分裂する事となった。
ロサンゼルスを首都とする「西部アメリカ共和国」。
ワシントンを首都とする「東アメリカ合衆国」。
そして宗教独裁を標榜する「南部連合」である。
それぞれの地域は単独で戦争を遂行するだけの国力が無かったため、国外からの(首輪つきの)支援を大量に受け入れた。ジョニーがいた東アメリカ軍は主にEUからの支援を受けていたがそれだけでは充分とは言えず、下はローティーンの子供から上は八十代の老人までが混在する、正規軍というより半ば傭兵に近い状態だったのである。
ジョニーは年齢制限をごまかして入隊していたし、ハント大佐にも定年が存在していたか怪しい。ジョニーのいた部隊は大佐の薫陶よろしく士気も技量も高かったが、中には武装野党と変わらないレベルの部隊もあったらしい。
そこでジョニーは戦場のABCを、ハント大佐から学んだのだ。
『大佐にはオレも……命を救われた。もしここで大佐に裏切られるのなら』
夕日は地の端に沈み、藍色のグラデーションを残すばかりとなっていた。
『それだけの事だ。お前にゃ悪いがね』
「アタシの事はともかく……アンタがそこまで言うとはなー」
アリッサは何の肉か良くわからないローストを手早くフライパンから皿に移すと、作っておいたサラダを冷蔵庫から取り出した。
「さぁ、腹が減ってるとロクなことを考えないもんよ。メシにしよう!」
※
食後。絶対、豆以外の何かが混入されているに違いないと日ごろからジョニーが疑っているコーヒーを飲むと、彼は恵んでもらった毛布と共に居住区から叩き出された。
本来、彼の寝床はトレーラーの居住区(以前は寝床だけだったが、今では厨房だの冷房だの、ジョニーからすればいらないだろうと思われる設備が大量に増設されている)にあるのだが、転がり込んできたアリッサに乗っ取られて以来、そこに横になったことはない。
それどころか、かつて……分裂戦争前、誕生日に父からもらったリボルバー拳銃すら、「護身用」と称して巻き上げられる始末だった。彼女がちゃんとした銃の撃ち方を習ったとは聞いてないから物騒極まりない。以来、彼女が寝ぼけていそうな時に居住区には近づかないようにしていた。
それからというもの、AVの操縦席に毛布を持ち込んで寝るのがジョニーの日常となっている。そうまでされてもジョニーは彼女を恨む気はなかった。アリッサは知らないが、彼女には大きな借りがあるのだ。返しきれないほどの、大きな借りが。
※
翌朝、依頼人の町長が偵察から戻ったという話を聞いたジョニーはアリッサを伴って町長邸に向かった。……なぜ町長が自らがわざわざ偵察をと思ったが、それを知らせたハント大佐から町長が自衛団長を兼務していると聞き、納得した。尚武の地なのだろう。
町長邸は昨日、大佐と会った町中心のロータリーにあった。その事もあって大佐はそこに指揮車を置いていたに違いなかった。
「やあ、あなたがもう一組の傭兵ですか。私がこの町の町長です」
本当に戻ってまだ時間が経っていないらしい。土ぼこりにまみれた迷彩服のままの町長はジョニーとアリッサに席を勧めた。ジョニーはいつもの黒い旧式のパイロットスーツ、アリッサはおめかしのつもりか、珍しくスカートをはいていた。
「どういうことになっているのか、ハント大佐から聞きました。ハーゼの素早い対応には感謝していますが……」
にこやかな表情が少しだけ曇った。金の話かな、とジョニーは見当をつけた。
「それなんですがね、町長」
同席……といっても席にはつかず、窓際に立っていたハント大佐が口を挟んだ。
「夕べですが、このジョニー・ブラック君は我が傭兵部隊に入隊することになりましてな。そうだな、ジョニー?」
「ええそうですね。サインはまだですし、契約金も年棒も貰ってませんが」
「はは。では、そちらの指揮系統は一本化されたということでよろしいですな」
彼の契約金は一人ぶん上乗せ、という形で。町長はまた笑顔に戻って言った。この人は素顔が笑顔なんじゃないだろうかと思ったが、ジョニーは賢明にも口を噤んでいた。
「まあ、そちらがまとまった事はありがたいですが……問題は敵についてです。ロッコの小川まで本隊が来ています。早ければ昼には攻撃が始まるでしょうね」
「ほう。……こちらの戦力はAVが6ですが、敵兵力は?」
「かなりいましたね。トレーラーが二十は見えました」
ほぼ一個中隊か。ジョニーはあたりをつけた。アリッサはそれを聞いて顔色を青くしていたが、顔色が変わったのは彼女だけだった。町長も大佐も、平然としている。
「自衛団のAVは以前に来た偵察部隊を撃退するのにほぼ壊滅しました。残念ながら、お役に立てそうにありませんな」
「そうですか、それは残念です。我々傭兵だけで何とかせねばなりませんなあ」
タヌキめ。大佐と町長の会話を聞き、ジョニーは内心で呟いた。撃退と同時に戦力が壊滅した? そんなうまい話があるわけが無い。町長は町の戦力の温存をはかっているのだろう。
だがそれが分かっていても糾弾する訳にもいかない。何しろお偉い雇い主様なのだ。
「では今のうちに戦力を配置し、攻撃に備えましょう」
ハント大佐は二人を手招きすると応接室を辞した。大佐は眉をしかめ、
「とりあえずジョニー。言いたい事はもうお前の顔に書いてあるから、言わんでいいぞ」
機先を制されてしまった。ジョニーは言いたい台詞が出てこなくなり、口をぱくぱくさせ、その顔を見たアリッサはにやりと笑った。どうにも口のうまいジョニーがやり込められるというのは、あまり見た事が無いからだ。
「おっとそうだ。うちの隊員を紹介しよう。朝食もまだだな? 来たまえ」
※
町長邸からロータリーを挟んで反対側にあるモーテルをハント大佐の部隊は借り切っていたらしい。昨日それを聞いていればと思ったが、また顔に出ると困るのでジョニーは慌ててその考えを打ち消した。
「何しろ、そろそろ戦争になるっていうんで他に客がいなくてな」
安く借りられたわい、と笑うハント大佐は食堂へと進んだ。隊員たちが朝食のために集まっているらしい。
「諸君、注目だ! 新隊員を紹介する」
食堂に入るなり、大佐は大きく手を打ち鳴らして注意を集めた。転校生じゃあるまいし、そこまでしなくていいだろうと思いながらジョニーは食堂に足を踏み入れ……何となく場違いな雰囲気に襲われた。
「ジョニー、昨日会っているな。<ウィスタリア>のパイロット、エリザベス・ワトキンソン君だ」
「……よろしく」
会釈をしてきたのは、まだ二十歳にもなっていないだろう、濃い金色の髪の少女だった。確かにパイロットスーツを着ているが……彼女がパイロットだと? まだあどけない顔立ちで、端正な作りだがうっすらとそばかすが浮いているのが見て取れた。
「続いて、火力支援担当のユーリア・リトヴィネンコ君」
「よろしく」
嫣然と微笑むプラチナブロンドの彼女もまた、二十歳を過ぎているようには見えない。髪の色といい緑色の瞳といい、妖精じみた雰囲気の少女だった。
「前衛担当のジャンヌ・ムーラン君。彼女はいい腕だぞ」
「はぁい♪」
「バックアップのミカエラ・フェルスター君。彼女もしぶといぞ」
「それは褒め言葉ではないと思いますがー」
オレンジ色に髪を染めた美女と、メガネをかけた茶色い三つ編みの少女が挨拶をする。同じボールからサラダを分けて食べているところを見ると仲がいいらしい。派手目と地味目で波長が合うんだろうか。
「そして前衛のサムライ、ユウカ・ヒビキ君だ」
「よろしくお願い致します」
しっとりとした黒髪の少女が腰を折って挨拶する。どう見てもゲイシャガールなのだが、その立ち居振る舞いから前衛とかサムライという単語は出てこなかった。
「この五人が、我が傭兵部隊<ライオン・ハート>の隊員だ。仲良くやってくれたまえ」
「大佐、待ってくれ大佐」
今の北米大陸は何処も人手不足だ。腕さえあれば若かろうが女だろうが、実戦に出るのになんら問題は無い。ジョニー自身、最前線で戦う少年兵や女性兵士を何度も見てきている。
だが。年端のいかない少女パイロットが、一気に五人?
「ジョニー。エイプリル・フールは三ヶ月前に終わったし、お前へのジョークにわざわざ人を集めるような真似はせん」
現実だ。この五人が、今日からお前の仲間なのだ。
ジョニーは呆然と、古びた食堂を見渡し……天を仰いだ。が当然、年季の入った煤けた天井に答えが記してあるはずもなかったのである。
※
『あれは失礼な男だな。いや非礼だ』
大佐の野戦指揮車から送信された座標へ徒歩で移動する<ウィスタリア>の操縦席で、エリザベスはぶつぶつと呟いた。
『まあ、あんなものではないですかー』
バックアップということで、町中心のロータリーから1ブロック離れたモータープールに展開するAV、ノイエウニオン製<ルクス>のコクピットからミカエラが律儀に答えた。癖なのか、雑に編んだ三つ編みをいじっている。
<ルクス>は汎用機として開発された事もあり、武装・装甲の自由度が高い。ミカエラの機体も37ミリスナイパー・ライフルと測距用の光学機器に換装され、レーダー等の索敵装備も充実させていた。
『こう言っては何ですが、あのひとオンナだガキだ言わなかっただけでも、自制は効いてましたよー』
『そうですね、それは、好ましいと思います』
ユーリア・リトヴィネンコの操るAV、ウラル第八機関車工廠製<ヴェニェーラ>は本来、師団砲兵用の部隊が集中運用するために作られた火力支援型の機体だ。単機であってもその火力は凄まじい。だがその火力を有効に生かすため、町から離れた複数の地点に陣地を構築し、戦闘中は頻繁に陣地移動をしなければならないのが難点と言えた。
彼女は<ヴェニェーラ>に標準装備されている巨大なスコップで機体の下半身が入る程度の穴を掘りながら続けた。
『あれは単に、驚いていただけでしょう。そばにいた女の子も、そんな感じでしたし』
『いや非礼だった。明らかに女性に対する礼を失していたぞ』
なおも食い下がるエリザベスに、ふっと鼻で笑うような音が被さった。
『……今のはジャンヌだな。そうだろう。きっとそうだろう』
『あぁら、聞こえちゃったかしらぁ?』
コクピットでのんびりと爪を削りつつ、ジャンヌは答えた。彼女の乗るアルスナル製<ガニアン>も指定座標への移動中だが、自動操縦にして放置しているらしい。近~中距離射程の火器をメインに搭載した「前衛」の彼女用の機体だった。
『あんなイイ男目にしてそんな態度だなんてぇ……ホント、ネンネは困るわねぇ』
『いっ、いい男だと! 貴様の判断基準はまたそれか!』
『……腕は立つようですよ。皆様ご覧下さい』
ユウカ・ヒビキは四人の機体にデータを転送した。彼女はハーゼが公開している範囲での、傭兵ジョニー・ブラックの戦歴データを集めていたらしい。雇用者が傭兵を雇う際の目安として公開しているものだが、現在ジョニーは傭兵部隊<ライオン・ハート>へ登録が変更されているため、同じ部隊の彼女たちはそれよりも多少細密なデータを見ることが出来るようになっていた。
『ほー、三年でこれですかー』
データを斜め読みするのに慣れたミカエラが真っ先に声を上げた。
『去年のドルトンバレー戦の生き残り……その前のヨホイア戦にも参加してますねー』
『……見る限り、年の割りにベテランなのではありませんか?』
ユウカは呟くように言う。元々大声を出す性格の娘ではない。が……戦闘中は夜叉のように荒れ狂うパイロットであることを、四人は知っていた。彼女の乗る北川重工製<飛燕改四型>は北川製の機体の例に漏れず高出力・高機動性の機体だったが、さらにそこから装甲を削りエンジンをチューニングしブースター交換を行い、ユウカでなくては乗りこなせないあまりにもピーキーな機体を作り上げた。
規定通りに東アメリカ軍式の迷彩に染めた機体を所定の位置に移動させながら、ユウカは自分で集めてきたデータをざっと眺めてみた。
『……しかも、傭兵になる前の何年か、大佐の下で軍歴を積んでいる、と』
ユウカの伏せるポジションは町の南……つまり進撃してくるであろう南部軍のルート上だったが、恐怖はないらしい。淡々としたものだった。
『あたしはいいと思うけどぉ?』
『異存ないですー。大佐の決定ですしー』
『好ましいと、思います』
『……賛成です。はい、いいと思います』
『だが、私はそれでも気に入らんのだ!』
※
「なーんていうか。ジョニーあのエリザベスってのに嫌われてるねえ」
アリッサは付けっぱなしの共有回線から流れてくる会話を聞いて笑い転げ、しまいにはトレーラーの操縦席からずり落ちるほど笑ってから、わざとらしく論評を始めた。
「なに、なーんかやったの? ハイスクール時代にダンスで足踏んだとか」
またけらけらと笑い出す。アリッサといいあの五人といい……ジョニーは横長のトレーラーの運転席からぶすっとした表情で外を眺めた。こっちが聞いているだろうとわかっていながら、これだけ堂々と男の品定めをするとは恐れ入った。
ジョニーの知らない「女子校」とやらの流儀かとも思ったが、あの五人は出身国はばらばらのようだし……実戦経験はあるし、いくさ度胸と見ていいのだろうか。それとも戦闘前にハイになっているだけなのか。
「あいつはイギリス人じゃないのか……オレはチャキチャキの東部人だぜ」
戦争が始まるまで国から出た事はない、というジョニーにアリッサは横目を向けた。
「んんー、じゃどうしてあんだけ嫌われてるのかな、ジョニーくん?」
「単に男嫌いなんじゃないのか……あぁ、『性的にリベラル』なのか」
ジョニーにしてはもって回った言い回しに、アリッサはけらけらと笑いながらまた運転席から滑り落ちた。
「あ、そーだジョニー」
「何だ。昼飯の相談か」
よいしょと運転席に座りなおしたアリッサは、極上の笑顔をジョニーに向けた。
「無線の送信スイッチ入ったままだったよ。ゴメンね!」
※
『あー、こちらハントだ。諸君、位置についたようだな』
『こちら「ビショップ」。機体の偽装も終わってますわぁ』
ジャンヌは答えた。マニキュアが剥げるだの何だの文句を言いながらも、生き残るための努力は惜しまないのはさすがだった。彼女の<ガニアン>は高火力・高機動を目指したコンセプトで機体の改造を行っているが、そのために弾薬・推進剤の消費が激しい。彼女は一撃離脱戦法を徹底することでそれを補うタイプのパイロットだった。
もっとも、腕の良さと性格の良さは比例しないのだが。
『こちら「ナイト」。準備完了』
エリザベスの言葉を聞き、無線にくっくっと笑い声とリベラルだの何だのと言う呟きが混じる。今度、食事当番の時にジャンヌの皿へ下剤でも盛ってやろうとエリザベスが考えていると、次の無線が入った。
『こちら「ルーク」。こちらも、準備、終わりました』
全部で五つもの壕を掘り終えたユーリアは、そのうち町に一番近い壕に機体を据えつけた。<ヴェニェーラ>は機体後方に駐鋤と呼ばれる固定具を地面へ打ち込んでいるため、もう迅速に動くことは出来ない。
『こちら「クイーン」。レーダーはクリア。異常なしですー』
<ルクス>はアンテナとレーダーの入ったポッドを機体の上に伸ばした状態で待機していた。周囲を建物に囲まれた状態で視界が取れないからだ。操縦席で、ミカエラはポッドから得られる情報を部隊の機体に流すよう、設定をしていた。
『ポーンです。滞りなく準備完了』
ヒビキは<飛燕改四型>を、道路脇にあるガレージの影に隠していた。立ち上がったままでは見えてしまうので、片膝をついた形で固定している。ガレージの壁は薄いのでその状態でもケーダーに反応が拾われてしまう可能性がある。賭けだった。
『こちらキング。準備完了だ』
ジョニーの<ピースメイカー>は町の南入り口で待機していた。
位置としては最前衛が町の外のヒビキ、前衛のエリザベスとジャンヌ、町入り口のジョニー、町中心部のミカエラ、町後方のユーリアとなる。
「町の自衛団が出している斥候によると、敵部隊は渡河を始めているらしい。
我々としてはとっととこっちに来て欲しいので、渡河妨害は行わない。いいな?」
はい大佐、という無線の声を聞き、指揮通信車内の大佐は頷いた。彼は冷えたポットからコーヒーをマグカップに注ぎながら続けた。
「斥候が拾ったデータを送信する。検討してくれ」
通信車から流されたデータを見て、最初に声をあげたのはミカエラだった。彼女はデータを流し読みするのに慣れているし、彼女の<ルクス>には解析用のソフトも揃えてある。
『運搬用トレーラーが23両……南部の編成は8機で1個小隊、3個小隊プラス中隊長機と直衛機、27機で1個中隊ですから、一部欠けの1個中隊ってところですかねー』
『まぁ今のご時世、完全編成の部隊なんて無いわよねぇ』
『何を積んでるのかは不明か。都市攻略用だと重装型か?』
『……町の破壊が目的なのではなく、占領が、目的なのでは』
『む、それもそうか。……補助車両が少ないな』
アリッサの問うような視線を受け、ジョニーはスクリーンに流れる情報を一気にスクロールした。
「指揮車両らしきもの1、燃料・弾薬等の運搬車らしきもの3、トラック5か。少ないな」
1個中隊……それも壊れやすいAVを1個中隊を運用するためには、2個小隊近い人員が整備兵として必要とするはずだった。トラックに分乗しているのかとも思ったが、そうすると今度は消費物資が足りなくなるだろう。
それに、戦争は戦車やASのような兵器だけでやるものではない。特に町の占領ともなれば歩兵の存在は不可欠だ。5台のトラックに歩兵を乗せているのであれば、整備兵や補給物資が足りなくなる。つまり……
「後方の……ロッソの小川だったか。あのあたりに整備デポでも作ってるのかも知れないな」
『うむ、おそらくそれか、整備部隊が後方に取り残されているか……どちらかだろう』
『もうちょっと人手があれば、後ろから激・し・く、やりたいところねぇ』
『貴様……!』
『それが一番楽なんですけどねー。ま、やるとしても第一波を凌いでからでしょうねー』
『そうだな。では第一波の規模にもよるが、とりあえずはポーン、ナイト、ビショップのみで対応しよう。状況によってキングにも介入してもらう』
「了解」
※
不幸だ。
それが彼の口癖だった。生まれ育ちからして下層階級、長じた頃には母国は崩壊、糊口を凌ぐために何とか潜り込んだ軍は宗教狂いに支配された牢獄だった。
だが彼には意外な才能が備わっていた。指揮官としての才である。南部連合軍では貴重な、有能な指揮官として頭角を現した彼はいま、北部侵攻ルートの1つであるクレメントタウン攻略の任を与えられていた。
『中佐、全機降車完了しました。脱落機無し』
副官からの通信を受け、彼はざっと指揮コンソールに視線を走らせた。南部は中東経由でロシアからの援助を受けているものの、基礎的な工業力に乏しい。トレーラーにしてもASにしてもロシア連邦軍の型落ちの中古だし、整備もままならない。
それが今回の作戦行動では脱落機無しだという。
「よし。整備班に良くやったと伝えてやれ」
『了解です。いい仕事をしてくれたようです』
問題はこれからか。以前クレメントタウン攻撃を行った特別徴発部隊は町の自衛団に撃退されたという。防備はそのままか、あるいは何らかのてこ入れをしていると見るべきか。
「A小隊、斥候に出ろ。B小隊は北、C小隊は東側に展開。橋頭堡を確保」
『了解です』『イエスサー』
小隊長達の返答を聞き、声が一人足りないのに気がついた中佐は、個別回線でその小隊長……斥候役として選んだA小隊長を呼び出した。
「どうしたハルパー中尉、不満か」
『……中佐、慎重すぎやしませんか?』
これだ。中佐はコクピットの仲で眉を顰めた。南部は尚武の地と言えば聞こえはいいが、とにかく武張ったやり方を好む。指揮官戦闘の突撃などその最たるものだ。故に高級将校の寿命は短く、後継が育たない。生き残った将校は出世するが、そのほとんどが戦場を知らない後方勤務の者ばかりとなる。
そして戦場を知らない教官が教える新米将校もまた、戦場を知らない。
「中尉、私は命令を下したぞ。A小隊は斥候任務に付き、クレメントタウンの敵兵力を探れ。ああ、もし判断が付かなかったらエイジャックス軍曹の意見を聞け。いいな?」
『……了解しました』
中佐は溜息をついた。ハルパー中尉は、下手な正規軍並みの戦力を持つ特別略奪部隊が撃退されたという事実を知っているはずだが、それをどう考えているのだろう。たかだか町一個、と思ってるんだろうか。
とにかく。今は時間が惜しい。町が防備を固める前に落としてしまわなければ……
※
「慎重な指揮官のようだ。手ごわいな」
ハント大佐は斥候からの報告を受けて呟いた。渡河後、無理な進撃をせず橋頭堡の確保をする。
教科書通りの対応だが、南部でそれが出来る指揮官は少ない。一気呵成に進撃して側面を突かれ壊滅するのが、南部軍の大抵のパターンだった。
続報で、分派された部隊……AVのみ7機が動きだした、と聞いた大佐は即座にそれが偵察であると看破した。占領・制圧なら歩兵の随伴が必要不可欠であるからだ。最終的な目的が
町の占領である以上……そして本隊が動いてない以上、偵察と考えて間違いないはずだった。
「ふむ、いよいよ手ごわい」
ハント大佐は冷えたコーヒーをすすりながらにやにやと笑い始めた……
※
あの中佐は慎重すぎる。アントン・ハルパー中尉は部隊に配属されてから一ヶ月、常にそう考え続けていた。彼は兵学校で常に上位の成績を維持した秀才で、それ故に高い戦果を出している中佐の部隊に配属されたのだが、その「優秀な部隊」は彼の期待と幻想を裏切り続けていた。
指揮官のエイボン中佐は凡庸な中年男で指揮官としてのカリスマに欠けていたし、部隊の下士官達は士官である自分に敬意を払おうとしない。兵の錬度は高いようだが、それも戦場だけでの事で、普段の態度はだらしないこと夥しい。
「見ていろ……」
ハルパー中尉は6機の部下を直率し、制式迷彩を施した南部連合軍の制式AV<サトゥルン>を、白茶けた田舎道をクレメントタウンへ向けて走らせる。
<サトゥルン>は前述したようにロシアから供与された機体で、本国ではすでに型落ちとなり輸出に回されている機体だった(ロシア軍では強化型の<ウラーン>の配備が進んでいる)。もっとも機体はかなり頑丈に出来ており、また整備も比較的簡単な事から前線の人気は高かった。
ハルパー中尉は操縦スティックを握り締めながら思った。
俺はきっとこの戦いで「英雄」になり、あの中佐を見返してやるんだ。
※
『斥候から通報のあった偵察部隊、こちらのセンサーでもキャッチしましたー』
<クイーン>ことミカエラの言葉を聞き、ヒビキはちらりと目の前のコンソールに目を走らせた。彼女の<飛燕改四型>は元々はレーダーやセンサーの性能も高い機体なのだが(器用貧乏な設計思想で作られているせいもある)、何度かの戦闘を潜り抜けるうちに破損し磨耗し、現在では稼動しているものは半分にも満たない。
が、彼女にとってはそれで充分だった。遠くの敵はミカエラから送られてくる情報で充分だったし、
近場の敵なら……レーダーなど必要ではない。そういう戦闘スタイルなのだった。
「……一番槍、馳走つかまつる」
ヒビキはそう呟き、ちろりと唇を舐めた。
※
『中尉殿、電磁波を捕まえました。AVのエンジンノイズのようです』
ふん。送られたデータにざっと目を通したハルパー中尉は鼻で笑った。
たった1機。たった1機で我が軍の7機の前に立つとは。
「構わん。叩き潰すぞ」
『了解です。こちらは左から行きます』
3機が道を左に逸れていく。エイジャックス軍曹の率いる分隊だ。それを見たハルパーはAVの右手を上げ、残りの3機を連れて道の右側へ進む。左右から挟み撃ちにするのだ。
その時。AVが潜んでいると思われたガレージから、黒い弾丸が飛び出した。
「なっ……!」
弾丸……ヒビキのAS、<飛燕改四型>は大振りなカタナを振りかざしながらブースターを吹かして突進、<サトゥルン>の先頭の1機の胴を薙ぎ払った。
「くそ、白兵とは舐めた真似を……撃て! 撃て!」
胴を横薙ぎにされた機体は冷却装置に異常をきたしたのか白煙を上げてフリーズ、ヒビキはその<サトゥルン>と白煙を盾にするように距離を取っていく。
射撃を予測している訳ではないだろうが、すり足で小まめに位置を変えるからか、後退を続けるヒビキの機体にはとにかく射撃が当たらない。当たったとしても表面塗装を剥がす程度で、あさっての方向へ弾き飛ばされる。射角が悪いのだ。<サトゥルン>の標準装備である20ミリ突撃銃ではパワー不足だというのもあるが……
『中尉、深追いは危険です。落ち着いてください!』
追随していた部下からの通信を受けて、ハルパーは自分の機体が敵を追って町の方向へ入り込んでいるのに気が付いた。自分だけではない、彼に引きずられたのか、直率する3機も同じように町へ近づいていた。
さすがに近すぎるか……彼がそう思い、通信回線を開いたところで彼の視界は光に覆われた。
※
「タリ・ホー!」
先頭にいた指揮官機らしき機体を全力射撃で粉砕したジャンヌは、喜色に満ちた叫び声を上げ愛機<ガニアン>のブースターを全開に叩き込んだ。盛大な噴射炎を撒き散らしながら突進し、装備する火器を盛大に撃ちまくる。
<ガニアン>はアルスナル製のAVである。アルスナルは分裂戦争どころか汎太平洋戦争前から死の商人として兵器を売りさばいていた事もあり、戦場での兵器運用経験を豊富に持っている。だが、<ガニアン>にその経験が生かされているかと言えば疑問は多い。
火力は高いが火器管制システムは貧弱で、単純に見た装甲厚は重装甲と言えたが間接部などのサポートが甘い。機体自体を動かすOSも独自規格で、ついでに言うとスパゲティ・コードだ。
だが、ジャンヌはそれを当然の事として扱っている。産まれた頃からそんなものに取り囲まれて暮していれば、自然慣れてしまうものなのだ。またOSは無理にしても装甲などは主装甲を減らして軽量化しているため、気にはならない。
ジャンヌはいまいち照準の定まらないレティクルに「だいたい敵が入った」あたりで全力射撃し、2 機目の<サトゥルン>も撃破する。ついでにその周辺の道路や建物、林も銃弾・砲弾の嵐でなぎ払われているがご愛嬌だ。
彼女の<ガニアン>は腕に持つ50ミリカノン、肩装備の12.7ミリ機銃、腰装備の20ミリ砲とふんだんに火器を持っているため、全力で射撃をすれば装甲の無い市街地などあっという間に蜂の巣になってしまう。
3機目と4機目は慌てて後退し、ジャンヌの射程内から逃れていく。彼女はふんと小鼻を鳴らし、火器とブースターの冷却を開始した機体を偽装地点へ後退させた。
※
「中尉! 中尉! ……くそ、ダメだな」
エイジャックス軍曹は悪態をついて通信機を睨み付けた。聞こえた通信から戦闘に入ったらしい事は分かったが、ほんの数分で通信途絶とは。あの中尉、性根はともかく腕は悪くなかったはずだが。
さてどうするか。合流して後退するか、こちらだけでも偵察を続けるか。
後々の事を考えれば偵察を続けるべきだが……
そこまで考えた時。左翼側を進んでいた僚機の機体表面に火花が散った。1つ、2つ……火花は盛大な爆発となり、機体の上半身を覆う。撃破されたのだ。
「くそ……散れ! 遮蔽物に隠れろ!」
狙撃されたのか。軍曹が直前のデータを呼び出してチェックすると、中口径の砲が直撃する直前、スポットライフルによる射撃があったことがわかった。
そんな射撃方をしてくるのは戦車かAVくらい。姿が見えないところを見るとうまく隠蔽しているようだが……軍曹はそう考え、現在までのデータをまとめて圧縮し、中隊本部へ転送した。
これで、最低限の偵察の役目は果たした。あとは……
「仇は討たせてもらうぞ……」
エイジャックス軍曹はコクピットの中で拳を固めた。
※
戦場で必要なものはなにか。その1つの答えが、エリザベスの駆る<ウィスタリア>であった。敵を撃破するための中口径・高初速の砲と、敵から身を守るための過剰とも言える装甲。味方とリンクするための通信装備。敵を翻弄するための機動力は最初から捨てている。
それが<ウィスタリア>であった。手に持つ37ミリ砲の初弾1発で敵左翼の1機を撃破したエリザベスは、落ち着いて次弾を装填するが……さすがに敵部隊は散開し、遮蔽物に隠れてしまう。
もっとも、遮蔽物と言ってもAVが装備する37ミリ砲を防げる遮蔽物というのは多くなく、次弾はガレージ(さっきまでヒビキの<飛燕改四型>が潜んでいた所だ)の薄いトタン板を貫通し、後ろにいた<サトゥルン>をも貫き、搭載弾薬もろとも爆散した。
エリザベスは緊張で乾いた唇をぺろりと舐めると、次の獲物を探したが……慌てて兵装を交換する。不利を悟ったエイジャックスは、自分ともう1機で突撃を掛けてきたのである。
遠距離射撃から近接戦闘へモードを変更、37ミリ砲を近距離用の連射モードへ装薬を変更すると、エリザベスは偽装を解いて<ウィスタリア>を立ち上がらせた。真紅の機体が陽光を弾き、まぶしく光る。
<サトゥルン>は20ミリ突撃銃の先に取り付けた銃剣をきらめかせて突進してくる。素材は単なる合金製の銃剣でも、数十トンあるAVの重量に突進速度が乗った状態で突き込まれては<ウィスタリア>の分厚い装甲といえど分が悪い。
冷や汗が目に染みるが、そんな痛みを意に介している暇は無い。構えた砲を射撃しようとするが……突進する2機は計ったように(実際タイミングを計ったのだろうが)同時に両肩に取り付けられた煙幕を展開、白煙でその姿を隠してしまった。
煙幕といえば簡単だが、各種成分が混合されているタイプの煙幕弾らしく、レーダー、赤外線はブラックアウトして役に立たなくなってしまった。下手に発砲すれば逆に自分の位置を暴露するだけになってしまう。
後退して距離を取って射撃すべきか、白兵戦にすべきか……
エリザベスは一瞬、迷った。
※
「よしいいぞ、このまま押し切れ!」
エイジャックスは真っ白になったレーダー画面を無視し、外部を写すモニターに注視しながら叫んだ。相手はどうやら狙撃がメインの機体らしい。ならば真正面とはいえ、派手に走るAVを射撃一発で破壊するのは難しかろう。よしんば破壊されたとしてこちらは2機。残った1機が自重を乗せた銃剣の一撃をお見舞いする事が出来れば撃破も夢ではない。
勝ち逃げなぞさせるものか……仲間の仇だ、最低でもこの1機は頂く!
だが……そのエイジャックス軍曹の執念は、思わぬところで躓いた。
横を併走していた僚機の後ろに現れた「影」が、僚機の胴を横薙ぎに切断・撃破してしまったのである。最初の攻撃以来、タイミングをはかっていたヒビキの<飛燕改四型>による鮮やかな奇襲であった。白煙でレーダー・赤外線が使えない状態では、ヒビキの接近を察知する事が出来なかったのである。
「なっ……くそ、これでは……犬死か」
エイジャックスは<飛燕改四型>へ威嚇射撃を加えながら後退を始めた。これでこちらは1機、そして相手は前方の狙撃型と、横でこちらの隙をうかがう白兵型の2機となっては、到底勝ち目は無い。
いくら防御側に利があるとはいえ、こちらの7機が良いように手玉に取られた。しかも相手は確認しているだけで3機。中尉殿のことも気になるし、一度後退して確認すべきか……
エイジャックスは小隊の共通周波数で生き残っている機体を呼び出しつつ、本隊のいる南へ離脱していった……。
※
『クイーンより各機へ。敵、後退を開始しましたー』
『こちらビショップ、残弾僅少。弾薬の補給を求めるわぁ』
『いつも思うが撃ち過ぎだろう。もうちょっとまともに狙って撃ったらどうだ』
『あらぁ? 弾幕が足りなくて、殿方にアタックされてドギマギしちゃったのは誰だったかしらぁ?』
『い、今のはだな』
『こちらルーク。おなかがすきました』
『あーいいね。ジョニー、お昼にしようよ』
『……符丁を使えと言ってるだろう』
無線から流れる声を聞きながらハント大佐はポットを持って立ち上がった。
敵小隊7機中4機撃破。こちらは3機が交戦したが、ほぼ無傷。パーフェクト・ゲームだ。
しかし、次は恐らく敵の全力が投入されるだろう。敵はAV23機、プラス歩兵。大してこちらはAV6機、歩兵なし。戦力差はほぼ4倍強だろう。いくら防御に徹するとはいえ、なかなか厳しいものがある。
だが。
その状況でもハント大佐は笑っていた。
自分と、部下たちの勝利を確信して。
~後編に続く
仕事に出る前に投下。
短編と連載しかカテゴリーが無かったので長編で投下しましたが、元々は中編のつもりでしたので「後編」を投下したところで打ち止める予定。
後編は……まだ書いて無いので(笑)、一ヶ月くらい後になるかなぁと思っております。