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 その日、僕ロナウド・ウェーバーは、子供の頃から憧れていた魔法士認定書を手に旅団本部を訪れた。


 子供の頃の僕は、王都で育ったありふれた少年らしく、将来の夢は騎士団員か魔法旅団員と幼なじみ達と棒切れ片手に戦ごっこや魔物討伐ごっこに勤しむ毎日だった。そんなある日、両親が経営する良いとこ中の下な宿に、珍しくやってきた法士の男が、手伝いで酒を運んで来た僕を見て魔力があると言ったのだ。


 僕の家系、ウェーバー家の親戚には魔法士はおらず、ずっと遠い母方の親戚に大昔に魔女がいたという噂ぐらいだった。だから、僕以上に家族、特に父親が驚き喜び魔法士見習い試験へ向けて家庭教師までつけてくれた。

 魔法士になる為にはまず、魔法士見習いに合格しなければならない。魔力の有無だけでなく、一般教養や算学、地理、理学の試験を受ける。魔法については市井で習えるのは魔女の使う治療術ぐらいなので、一定水準の魔力の有無さえクリアすれば合格後に初めて魔法を習うというのが普通だ。

 十三歳で無事に魔法士見習いに合格した時は、家族親戚はもちろんの事、友人や近所の人迄がお祝いをしてくれて、僕の住むブロック一区画がお祭りみたいな騒ぎになった。

 それというのも、騎士は貴族や大商人の子弟など所謂上流階級が主だが、努力と資質次第で、どんな身分の者でも兵士になり、本人が希望し、一定以上の役職を持つ上司からの推薦を受けられれば、騎士団への入団試験が受けられる。ごくごく少数だが、平民からの成り上がり騎士がいる。つまりはかなりの狭き門だが誰でも成れる可能性がある。

 それに対して、法士は身分に関係なく門戸が開かれている。が、それは魔力がある事を前提にである。どんなにお偉い身分でも魔力が一定量なければ成れない。

 魔力がある人間というのはごく稀だ。その中でも法士になれる一定量を有する者は数千人に一人とも言われている。だからこそ、その出自の身分に関わらず法士という身分は一代限りだがかなり高い。


 法士見習いとして旅団本部で二年、『深緑の翼蛇旅団』で一年の実地研修を経て、先日ようやく魔法士認定書を手にした。

 十六歳で法士というのは自分で言うのもなんだが、かなりのスピード出世だ。大体の見習いは旅団本部で五六年、実地研修も二年程度というのが多いそうだ。今回、全旅団を束ねる魔導師長のゲルガナル様が高齢の為引退され、『月下銀狼旅団』団長アズナルド様が

魔導師長に就任、それと共に一部の旅団が再編され、今回新しい旅団が設立される事となった為、僕は少し早めの認定を受けめでたくも新設される旅団へと入団する。ラッキー。


 旅団本部の受付で必要な手続きを取り、今着ている制服の上に着用する旅団ごとの制服であるマントを受け取る。漆黒のマントは手触りが良い。広げて見ればフードに三角の突起物が二つ、背面には長細い筒状の物体が着いていた。なんだろうこれは。

 マントに着いていた謎の物体はとりあえず放っておいて、マントを羽織りながら少し急ぎ足で広間へ向かうと何やら騒がしい。広間には新設される旅団の団員達が集まっているはずだが、一体何が起こっているのか。

「冗談じゃないっ! 絶対に嫌です!」

 叫び声が聞こえて僕は慌てて小走りで広間へ入った。


 広間の中にはもうずいぶんな数の人が集まっていた。もしや遅刻してしまったのかと焦ったがまだ二十人程と目で数えてほっと息をつく。基本旅団員は、見習いや臨時増員を除くと三十三人。この数はなんちゃらの定理だかで決まっているのだ。良く知らないけど。

「絶対に嫌だっっ!」

「我々は断固反対する!!」

 随分と大きな声で周囲の人たちが口々に叫んでいる。それちは一線を画し、静かに佇む一団。一体これはどういうことか。素早くあたりを見渡すと近くに見知った顔を発見した。『深緑の翼蛇旅団』の先輩法士ヘイズさんだ。

「ヘイズさん、ヘイズさん。何すかコレ」

「おう、ロニー、お前もこの旅団か。宜しくな。」

 やや疲れた笑顔でヘイズさんが教えてくれる。

「いやな、今、新団長と旅団名が解ったんだが…」

「あれ、もう始まってたんですか…」

「いや…新団長と…アズナルド導師長の会話が聞こえてきてな。」

「はあ。何か問題が?」

「いや、問題…確実にあるんだけどな。馬鹿らしいような、切実なような。」

 歯切れの悪いヘイズさん。床を見て溜め息までついている。

「ニャンコロモチ旅団だとよ。」

「へ、何が…ニャンコロ?モチ??」

「いや、だから新しい俺たちの旅団名。」


 信じられない。阿呆みたいな旅団名に僕の思考能力が静止している時、広間の中に銅鑼の様な重厚な声が響いた。

「お嬢ちゃんよ、あんた団長様か団長の娘か愛人か知らんが、そんなふざけた旅団名はいそうですかとはいかねぇよ。」

 団長という言葉に反応して広間の奥を見やれば、キラキラと煌めくプラチナブロンドの端正なお姿のアズナルド様。けぶるような銀の睫毛の奥にアイスブルーの眼差し。血管がすけるような磁器の肌にスラリとした立ち姿。いつ見ても美しいそのお姿に僕は思わずうっとりとしてしまった。あまりの美しさにまたもしばしのフリーズ。

「新団長って、アズナルド様じゃないですよね。何処にいるんですか?」

「下だ。左下。」

 言われるままに視線をアズナルド様から左下に移す。と、そこには小さな黒マント。怪しげな鉄仮面をかぶり、すっぽりとフードを被ったその人はずいぶんと小さかった。

「うっさいなぁ。あたしはニャンコロモチがいいの!」

 小さな両手を握って叫んだ声はずいぶんと掠れ、ビリビリと鉄仮面が震えまるで老婆のようだった。

「あの人が団長…」

「ああ、アズナルド様んとこの秘蔵っ子って話だが…魔女だとよ。」

 魔女ってところに若干の嘲りが込められている。ヘイズさんは僕と同じ平民出身のとても気さくでエリート意識何それ旨いの?といった人だけど、一法士として、やはり魔女と法士の違いというかプロ意識というか、法士の矜持があるんだろう。まあ、それは僕も同じだ。

 大体、魔女って奴はうさんくさい。大した魔力もなく、せいぜいが中級程度の治療術に占いやら呪い、それに薬草の調合で生計をたてている。怪しげな異国風の衣装を着て女子供相手に恋愛占いをしてぼったくってるようなのも多い。

「魔女って。大体戦えるんですか?しかも老婆?」

 なぜか広間はたまたま音が途絶えていたらしく、僕の声は響いてしまった。やばい。


「…老婆ってあたしの事? あんた名前は?」

 冷や汗が背中をつたった。先日やっと法士になれたばかりのひよっ子な僕がさっそく得体の知れない団長に目をつけられるとは…。その時僕の脳裏には『呪い』って言葉と僕が法士になったと大喜びしてくれた両親の泣き笑いが浮かんだ。

「ロ、ロナウドです… ロナウド・ウェーバー…です。」

「ふ〜ん。ロナウド。覚えた。」

 消え入りそうな声でなんとか返事をする。やばい、なんか指先が冷たくなって背中をだらだら汗が流れて行く。隣のヘイズさんが心配そうな顔で僕を見ているのが視界の端にはいるけど、僕は鉄仮面から目が逸らせない。

「団長、そろそろ着任の挨拶を。」

 冷静な声が聞こえて僕の体に纏わりついていた緊張感と圧力が緩んだ。今の圧力は魔女の呪いってヤツだったのだろうか。魔女って怖い。

「けっこうな魔力が漏れてたな。」

 隣のヘイズさんが小さく呟いた。


「皆、こちらが今回この旅団の団長に就任されたジル・ベラ・ジーラ団長だ。私は団長補佐のトルエ・アロンソだ。」

 ほうっ、と声が上がる。紹介された団長の左側に立つ背の高い痩せた赤毛の男、トルエ・アロンソは初めて見るが噂はさんざん聞いていた。『月下銀狼旅団』の団長補佐。つまりアズナルド様の補佐役で、まだ若いが冷静沈着、権謀術策に優れ銀狼の懐刀と評される。加えて艶のある赤銅のような赤毛、僅かに緑がかった灰色の瞳、理知的な顔立ちと長身。旅団本部にいる侍女や下女達の人気も高いというのも納得だ。

 彼が新設される団の団長ではなく団長補佐というのは驚きだ。周囲の人たちからもボソボソと驚きを漏らす声がする。

「トルエさんが団長なら良いのに…」

 誰かが漏らした言葉が聞こえる。僕は思わす大きく頷いた。



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