気づけば俺は、少女のスカートの中で雨宿りをしていた
「この泥棒猫め!」
しつこい……たかが干物一匹だろ。
灰色の雨の中、俺は人の少なくなった大通りをひたすら走る。
右――屋根の上はびしょ濡れだ。
左――路地はもう水没してやがる。
クソッだから雨は嫌いだ。
冷たいし、綺麗な体が汚れちまう。
石畳を蹴るたび、足先から不快な冷たさが這い上がる。
そこに、飛沫の先、のそのそ進む荷馬車を捉えた。
――しめた!
身を低くして加速し、馬車の下を一気に滑り抜けた。
ガタガタと鳴る車輪を躱し、すかさず目の前の布の中へ潜り込む。
「きゃっ!? な、なに……?」
布の内側は暖かく、雨の冷たさが嘘みたいに消えていく。
『はぁ……あったけぇ』
外の雨音が遠のき、人心地を得る。
ふと、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。
「ちょ、ちょっと……何かいるの?」
『んな~?』
聳える二本の柱が、慌てるように逃げ惑う。
どうやら俺は、とんでもない場所にいるらしい。
『悪ぃな嬢ちゃん。ちょいと借りるぜ!』
雨音に負けぬよう声を張ると、バタつく足がぴたりと固まった。
「……猫?」
頭上から、少女のか細い声が落ちてきた。
『ふぅ。助かったぜ』
感謝の意を込めて体を足に擦――「冷たっ!」あ、悪い悪い。
外はまだ雨なんだよな……
前足で顔をキレイに拭きつつ、外の気配を探る。
さっきは必死だったが、また濡れるのは気が滅入る。
「そっか! 猫ちゃん、ゆっくり動くからね!」
嬢ちゃんは、俺をスカートに隠したまま、そろりと歩きだした。
慎重に、水たまりを避けながら。
「うちはきれいじゃなけど、雨は入ってこないから」
『別に……連れてってくれなんて頼んでねぇよ』
「ありがと。でも大丈夫だよ。これくらい、慣れてるの」
シトシトと雨の降る中、逃げ損ねた俺は、股の下をしずしずと進む。
「あ! 上見ちゃだめだからね!」
『誰が見るか!』
濡れた尻尾を逆立て、足にペシペシ叩きつけてやった。
着いた場所は、干し草の臭いが薫る納屋だった。
スカートから飛び出して、干し草の上で丸くなる。
『やれやれ……やっと落ち着ける』
「コホッ……ごめんね。火は起こしちゃいけないんだ」
いや、そんなことは聞いてないが?
だが――賢い俺は全てを理解した。
両手いっぱいの荷物、ずぶ濡れの恰好、納屋そしてあの咳。
こりゃ、相当ひでぇ扱いを受けているに違いねぇ。
……しゃーねぇな。
嬢ちゃん、俺にまかせとけ。
『大丈夫だ。もう苦しい思いはさせない』
「じゃ、お父さんにミルク貰ってくるね!」
『――んにゃ!? 』
今更ですが『 』は猫語、「 」は人語でした。
感想・評価が賜れますれば、これ幸い。
ほかの作品にも目を向けていただければ、なおありがたく思います。
※2025/12/14に改稿(文字数制限近くまで追加)




