メイドは見た 今回は本当に私ではありません
メイドは見たシリーズ第二弾です。ジャンルを推理に変更しました。
「このお話は私のメイド仲間から聞いたお話です。ある屋敷に仕えるメイドが4点セットで家宝となった皿を手入れしていたところ、誤って1枚割ってしまったそうです。それを知った主人が激昂しその場で手打ちにしてしまい、そのメイドは井戸の中に捨てられたそうです。それ以来メイドが殺された満月の晩になると井戸の中からメイドが出てきて割ってしまった皿を探しまわるんだそうです。1枚、2枚、3枚……1枚足りないと……」
パチ
急に真っ暗にしていた室内の明かりが灯る。
「きゃあ――――」
私と殿下は思わず互いの手を握りしめた。
そしてメイド長の怒鳴り声が響く。
「スフィア、あなた何て話をしてるんですか」
目の前に眉間にシワを寄せるメイド長が立っていた。
「えっと……実録メイドは見た。本当にあった怖いお話しですが……」
雰囲気を出すため室内の電気を消し、殿下と二人布団をかぶって話をしていたのだが、まずかっただろうか。
「そんな殿下が眠れなくなりそうな話をどうして選ぶんです!!」
「いえ、殿下が普通の童話は飽きたとおっしゃられたので……」
「それならもっと別の本にしたら良いでしょう」
「えっと……じゃあ、実録メイドは見た。本当にあった面白い話にします」
「そうじゃなくて……もう、良いわ。夜遅いからお話はここまでになさい。明日から読み聞かせの本は私が持って来ます」
メイド長は大きくため息をつくと、私を布団から放り出し、殿下の布団を整えた。
「殿下、もうお休みの時間です。今日のお話しはここまでに」
「ええ――。スフィの話面白いのに……」
「いけません。早く寝ないと大きくなれませんよ」
「大きくなれないの?それは嫌……だって父様みたいになりたいもん」
「それでしたら、早く寝ないと」
「……分かった。スフィ……僕が寝るまで手をつないでいてくれる?」
「もちろんです、殿下」
私は殿下の手をギュッと握る。殿下の手は小さくて温かくてなんだか私の方がすぐに寝てしまいそうである。
「スフィア、殿下が寝たらすぐに自室に戻りなさい」
私が寝そうなことを見抜いたメイド長に小声で釘を差され、なんとかうつらうつら寝そうなのを我慢する。
数分もたたないうちに、殿下の寝息が聞こえてきた。殿下が眠りにつくのを見届けたメイド長は一足先に部屋を出ていく。私も続かなければと思うが、思いの他殿下がギュッと手を握っているためなかなかはずせない。
ここで起こしてはならぬと細心の注意を払い、なんとか殿下の手が外れたのは読み聞かせが終わってから1時間ほど経った後だった。抜き足差し足、静かにドアのところまで行き、ゆっくりドアを開け、閉める。
よし。今日の仕事も無事に終了。
私の名前はスフィア=メルシエ。メルシエ男爵家長女で、難関の王宮メイド試験を突破し、晴れてこの春から第3王子殿下カイン様のメイドとして働いている。
メイドと言えども、新入り、そして年も一番若いことからカイン様の遊び相手として指名され、今日も今日とて1日殿下のお世話をしていた。ちなみにカイン様のお年は御年6歳。遊び盛り、やんちゃ盛りである。
さ、帰るかと外に出たのは良いが、いつもより帰る時間が遅れたせいか人の気配がほとんどない。メイドの宿舎は王宮の裏にあるため、一度外に出る必要があるのだが、深夜になると人通りも少なく何となく不気味な感じがする。
といってもほぼ毎日同じ道を通っているので、目をつぶっても帰れるのだが。今日は満月のおかげでいつもより明るいぶん、歩きやすい。
「次は何の本にしようかな……」
手に持った本を見ながら、何となく独り言を言ってしまう。
実録シリーズはメイドの間でかなり人気が高いから殿下にもいけると思ったんだけど……メイド長にダメ出しされてしまったし……
5分ほど歩くと、メイドの宿舎が見えてきた。今日は朝から隠れんぼ三昧で疲れたから、お風呂に入らずにそのまま寝よう。そんなことを考えていると、白い人影が遠くに見えた。
こんな深夜に誰?
いや、おそらく私と同じメイドだろうけど。
歩みを進めるとだんだん女性に近づいていく。
いや、彼女全然動かないけど。何してるのかな。
黒い髪の女性と一瞬目が合う。
綺麗な金色。
そんなことを思っていると彼女がいきなり走り出した。
なんだなんだ!?
何となく追いかけないといけないような気がして、私は彼女の後を追う。
殿下と毎日追いかけっこして鍛えた脚力、今こそ発揮する時!!
……速い!!
追いかけるが、全く距離が縮まらない。
これでも殿下付きのメイドの中では走らせたら右に出る者はいないのに……。
と、洗い場の側まで来ると姿を見失ってしまった。
どこに行ったのだろうか?
キョロキョロ辺りを見回すが姿はみえない。
ドボン
どこかで何かが水に落ちる音がする。
ま、別に良いか。
走って余計に疲れたから早く寝ようと、洗い場に背を向ける。
「……どうして」
今、何か聞こえなかった……
いや、いや、いや。
何も聞こえていない。聞こえていない。
「……足りないわ、あの人は……」
「イヤ――――!!」
私は何も聞いていません!!
ドサッ
私は手に持った本を落としたことにも気づかずに猛ダッシュで自室に戻ると、布団をかぶって神様の名前を叫びながら死んだように寝た。
「スフィア、スフィア、早く起きて」
「うーん、神様、まだ寝させてください」
布団をかぶって声を遮断する。
「何寝ぼけてんのよ、大変なのよ大変!!」
布団を引っ剥がして、同僚のメイドが体を揺する。
うぇっ。
しぶしぶ目を開ける。今日は私は1日お休みのはず。惰眠を貪るつもりなのに……。
「死体、井戸から死体が出たのよ!!普段使ってないあの井戸!!その件でメイド長があなたを呼んでるの!」
死体……まさか昨日のあのドボンは……。
一瞬背筋を冷たいものが通る。
でも、何で私?
「すぐに行かなくちゃか、だめかな?」
昨日ふろキャンしたから、おそらくかなり臭うはず。
行くにしてもお風呂に入ってからにしたい。
「ダメに決まってるでしょう!!すぐに行くわよ」
同僚に引っ張られ、着替えることもできずメイド長の前に連れて行かれる。ま、一応抵抗はしたし、昨日の服とはいえメイド服だから良いことにしてもらおう。
「スフィアを連れて参りました」
「ご苦労さま。あなたは下がっていいわ」
「はい、失礼します」
同僚が去り、部屋には私とメイド長の二人きりとなる。
「この本に見覚えは?」
メイド長が持っているのは実録メイドは見た、本当にあった怖い話!!右端が少し折れているから間違いなく私の本!!
「私の本です」
「洗い場の側に落ちていたのだけど心当たりは?」
「……そういえば、昨日逃げた時に落とした気がします」
「逃げた?何があったか説明なさい」
私は聞かれるがまま、昨日の出来事を話す。
「……だから本当に怖かったんです」
「スフィアあなたって人は……恐らくあなたが追っていた女性が井戸に落ちた女性でしょう。なぜ落ちたのかは分かりませんが。洗い場にあなた以外の人間はいませんでしたね?」
「はい。恐らく。……ただ、不気味な声が聞こえました。井戸に落ちた女性のものかもしれませんが……」
落ちた後に声が聞こえるなど、おかしい。やっぱり昨日聞いた声は幽霊……。
トン トン トン
「失礼する」
こちらの返事を聞かず、ずけずけと1人の男が部屋に入ってくる。
一際目を引く艶やかな金髪。どこまでも吸い込まれそうな紺碧の瞳。百人中百人が美しいと認めるその美貌。仕事に関しては一切の妥協を許さず、にこりともしないことで有名な第三王子付近衛兵筆頭リベロン様である。
「いや、今回は私は無実です……」
前回の誰が昆虫王だ。王家の森で昆虫採取事件の犯人は私ですが。(殿下が捕まえた昆虫の数を数えるために部屋で虫かごを開けたところ至る所に虫が飛んでいき阿鼻叫喚の事件となった)
「返事も待たずに入ってくるなど、無礼ですよ」
「失礼しました」
全然悪びれない顔で謝られてもな。メイド長の顔も引きつってるし。
「後は、こちらで聞き取りをしてもよろしいでしょうか?」
えっ。私もう、メイド長に話をしたし。今回は現場も死体も見ていないし。関係無くありません?私はメイド長に向かって必死に断るように首を振る。
「……仕方ありませんね。連れて行きなさい」
「メイド長――!!」
私はリベロン様に引きずられるように、現場まで連れて行かれる。
「それで、何があったのか手短に事情を説明しろ。早く解決しなければ殿下の護衛に戻れん」
「そう言えば、なぜ今回の事件リベロン様が?」
殿下の護衛に命を懸けている人だから、滅多に殿下の側を離れることなどないのに。
「どこかの誰かが昨日ろくでもない話を殿下にされてな
今日井戸から死体が見つかったと聞いてひどく怖がっていらっしゃるんだ。早く犯人を捕まえて安心してもらわねば」
「はははは、そうなんですね。ろくでもない人もいるんですね」
ヤバい。これはかなりキレてらっしゃる。
「ああ、隣にな」
バレてる――――!!
「お前……なんだか臭くないか……」
「女性になんてことを!!……昨日、疲れてそのまま寝てしまったんです。朝もお風呂に入る前にメイド長のところに連れて行かれて……」
私、悪くないんです。本当はお風呂に入ってから行くつもりだったのに。
「……少し離れろ。本当にあり得ない女だな。カイン様が気にいっていなければすぐにクビにできるのに……」
不穏な言葉を口にする。
ないわ。やっぱりどんなに顔がよくても性格がこれじゃあ。
普通匂いに気づいてもスルーするでしょ?それが優しさじゃないの?本当にあり得ない。
腹が立つから、さっさと終わらせよう。
「それで、聞きたいこととは何ですか?」
「全部だ」
「はいはい、昨日ですね……」
いちいち聞かれるのも鬱陶しいのでとりあえず、メイド長にした話をもう一度した。
「ふむ。見たのは黒髪に金色の瞳の女で間違いないか?」
「はい!リベロン様もご存知の通り目だけは良いので間違いないと思います」
遠くにいる小さな虫でも、見つけたら一発で捕まえることができます!!
「確かに……お前の目が良いのは事実だ」
「もういいですか?」
「いや、ついて来い。1メートルは離れてな」
「ええっ、今日私久しぶりのお休みなのに……」
「……ついで来るよな?」
「……なぜ、剣に手をかけていらっしゃるんですか。嫌だな、もちろん行きます。なんてったって殿下のためですから」
もう本気で勘弁して欲しい。
リベロン様の1メートル後をついていくと、騎士団の訓練場に着いた
「ここに井戸で亡くなったメイドと付き合っていた騎士がいると聞いたんだが……」
「それなら、見習いのシリンですね。呼んできます」
少し待っているとシリンという少し細めの優男がやって来た。金髪に金色の瞳、身長はやや低めだが甘いマスクでもてそうである。
「あの、何か?」
「お前か?亡くなったメイドと付き合っていたのは」
「はい……いいえ、実際には先日別れたところです」
「別れた?」
「はい。隠してもバレると思うので、言いますがも亡くなったメイドは遊びで本命の彼女が別にいたんです」
まごうことなきクズがいる。
「いつ別れたんだ?」
「2日前に……メイドの彼女にバレてそれで別れました」
「2日前か……」
「はい。昨日彼女が井戸に身を投げたと聞いたので、もしかしたら俺がふったせいかもと思っていたところです」
いや、絶対それが原因だろう。女の敵だな。
「ちなみに昨日の夜はどこにいた?」
「夜勤で城外を警邏していました。井戸の周りも警邏しましたが、今は使わなくなった井戸だったので異常は分かりませんでした」
「昨日一緒に警邏していたやつも呼んで来い」
「……分かりました」
「筆頭」
リベロン様付きの部下がやって来て何かを耳打ちする。
「……そうか」
リベロン様は少し考え込んでいるようである。
それにしてもあの男。イライラする。
「リベロン様、あの男切り捨ててください」
本当に許せない。たとえ殺してなくても原因を作ったのはお前だろう。
「まあ、待て。おそらくお前の願いは叶うぞ……」
リベロン様はにやりと悪そうな笑みを浮かべる。
……あの男。ご愁傷さまだな。
「連れて来ました」
「昨日この男と一緒に警邏していたと聞いたが、間違いないか?」
「はい。確かに一緒に警邏しました」
「メイドが亡くなった水場も一緒だったのか?」
「いえ、いつも2人で手分けして見回るので俺が宿舎内を、シリンが宿舎の周りを見回りました」
「大体何分くらいだ?」
「二十分ほどです」
「分かった。行っていいぞ」
「……失礼します」
なぜ聞かれたのかよく分からないまま、去っていった。
「さて、シリン。俺に伝え忘れていることはないか?」
「あの……何のことでしょう?」
「現場で俺の従者が不思議な物を見つけてな。長髪の黒いカツラとメイド服らしい。重しの石がくくりつけられて井戸に捨てられていたそうだ」
「……不思議なこともあるんですね」
「ああ、不思議だろう。ちなみにメイドの瞳は黒だったらしい……スフィア、昨日お前が見た瞳の色は?」
……なるほど、そういうことですか。
「金色、この男の瞳です!!」
その言葉を聞くやいなや、シリンは踵を返して逃げ出す。
「バレたか……ま、捕まらないけどな」
不敵な言葉とともに走り出す。
いや、確かに昨日私はあなたに負けました。メイドの中で一番足の速い私が。
ですが、今日は別の方がいらっしゃいますよ。天下無敵のリベロン様が。
リベロン様は一瞬でシリンに追いつくとそのままシリンを投げ飛ばし、捕縛した。一瞬でかたをつける鮮やかな手際である。
「……くそ。逃げられると思ったのに」
「相手を見て物を言うんだな」
……格好良い。
いや、あれは天敵のリベロン様だ。
つり橋マジックにかかるな、私。
リベロン様はシリンを引き連れてその場を後にした。かに見えた。
リベロン様はくるりとこちらを振り向き私を見て一言
「……早く風呂に入れ」
言い捨てて去って行った。
ムカつく――!!
やっぱり、陰険ネチネチ野郎ね。
でもま、女の敵も無事に捕まえたし。終わりよければ全て良しということで。
一件落着!!
……あれ、でも昨日私が最後に聞いた声って。
◇ ◇ ◇ ◇
リベロンとその部下の会話
「結局、どういうことだったんですか?」
「つまり、メイドは2日前に殺されていたんだ。それを誤魔化すために自分がメイドのふりをして昨日亡くなったように見せかけたんだ」
「また、何でそんなことを」
「おそらく2日前は非番か何かでアリバイが無かったんだろう。メイドも彼氏と旅行に行くと出かけたらしいし。下手にアリバイ工作をしたせいで墓穴をほったがな」
「因果応報ですね」
「それより、捕まったあの男。牢の中で死んだらしい」
「それは、また……」
「しかも、なぜか溺死らしいぞ……」
ひえー――。
部下は背筋に冷たいものを感じた。
「それにしてもあの女、女捨てすぎじゃないか?」
「スフィア様ですか?」
「ああ、殿下の側に仕える者として最低限の身だしなみは必要だろう」
(つまり、筆頭がスフィア様にドレスを贈りたいってことですね!応援しています!!筆頭!!)