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2話

 


「お待たせ」



 玄関で出会った時は女性の姿をしていたのに、着替えを済ませサロンに現れたリュビは男性の姿に戻っていた。女性の時は長い白銀の髪も、元の男性に戻ると短くなる。 



「リュビ、話って何かあったの?」



 リュビが椅子に座ったのを見計らい早速聞いてみた。 



「ああ。アルベル、お前レッドライン伯爵家のことは覚えてるか?」

「忘れろと言う方が難しいかな……」

「おれも魔法で消してねえからそうだわな」



 まず、自力では忘れられない。

 私がリュビの実の娘なのは間違いない。

 父親であるリュビを名前で呼ぶのは、私が八歳までレッドライン伯爵家の子供だと思っていたからだ。


 私の母はリュビを子供の時から慕っていたある男爵家のご令嬢だった。母の実家について詳しいことは知らない。リュビ曰く、子供が沢山いるせいで遅くに生まれた子ほど教育が行き届いていない有様だったらしい。母は一番最後に生まれた娘で十四歳の時に家を飛び出しリュビの家で暮らし始めた。

 母は私を十九歳の時に妊娠、その後出産。産後の肥立ちが悪い母を放っておけず、リュビは赤子の私をキャメロット家に預けるつもりでいた。キャメロット公爵は憧れの大魔法使いであるリュビに頼られてかなり喜んだらしいのだが此処で思わぬ邪魔が入った。


 それが私が八歳まで育てられたレッドライン伯爵家だ。


「何故レッドライン家の名を? リュビに接触をしたの?」とピエールが不機嫌を露わにする。



「エヴァ伯爵令嬢と伯爵本人が今日此処に来る。目的は、アルベルとピエールの婚約破棄だ」

「え」



 エヴァは私の義姉。

 義父……レッドライン伯爵は、当初キャメロット公爵が預かる予定だった赤子の私を強引に引取った。国内で強大な権力を持つキャメロット家だが、強い力を持つあまり現国王陛下に疎まれており、レッドライン家は王妃様の実家と縁深い家柄ということも考慮され決定された。



「お義姉様はまだピエールを諦めてなかったんだ……」

「勘弁してくれ。ぼくがアルベルと会えなかった一番の元凶なのに。アルベルと婚約破棄させて、次の婚約者にエヴァを宛がおうっていう魂胆なのが丸わかりなんだ」



 有り得ないと首を振るピエールに私も同意する。

 私はリュビと同じ白銀の髪とエルフの祖母譲りの青い瞳を持って生まれた。しかし、私の見目を見た陛下や王妃様がリュビ不在の最中碌でもない企てをしないようにと、キャメロット公爵がリュビの許可を得て私の見目を茶髪に瞳を髪よりも明るい茶色に変えた。これがある意味で私を助けていた。

 レッドライン伯爵家にいた頃、私は伯爵が平民の女性に手を出して産まれた子ということで伯爵夫人や義姉、義兄に虐げられて育てられ伯爵の不義の子として随分な目に遭った。



「お義姉様やお義母様は、平民によくある髪や瞳の色を見て私を地味だの貧乏臭いと言っていたわ」



 顔立ちも父方の血が濃いらしく、エルフの祖母に似ていて、髪や瞳の色は地味なくせにと罵倒を投げられた。



「はあ」



 深い溜め息を吐いたピエールのうんざりとした面持ちは、伯爵家にいた頃から見ている物だった。

 母を助ける為にリュビはエルフの里からしか入れない森へ行ってしまい、そこは外界からの接触が一切出来ない場所で更に時空間の歪みが至る所にあるせいで魔力感知を駆使しなければ、森から出て来た時には百年経過していることが有り得てしまう。リュビが森に入っていた日数は凡そ半月。リュビにとっては半月でも外界では八年の月日が流れてしまっていた。

 母を一緒に森へ連れて来ていて正解だったとはリュビの台詞。祖母も一緒に森に入り母の面倒を見てくれていたのだとか。もしも連れて行っていなければ、八年の間に母は亡くなっていただろうから。



「リュビ。二人は何時くるの?」

「一、二時間後には来るんじゃないか。会いたくないだろうがお前も同席しろ」

「うん」



 十年ぶりに会うけど絶対に二人とも変わっていない。

 私がピエールの婚約者になれたのはキャメロット公爵のお陰とレッドライン伯爵家の財政が悪かった為。援助をする代わりに私をピエールの婚約者にすることを要求。本当はお義姉様を婚約者にしたかったらしいけど、私でなければ援助をしないと突き付けられお義姉様は婚約者になれなかった。


 嫌がらせが加速したのはここからだ。


 レッドライン家に王家の盾があろうとキャメロット家はその気になれば権力を総動員して伯爵家を潰せる力を持つ。故に、王家も婚約に口を出せなかった。



「ピエールは嫌になったら席を外していいからね」

「何言ってるの。ぼくだって最後までいる。どうも向こうはぼくがエヴァを好きだと思い込んでいるから」



 お前の婚約者だとピエールと会ったのは私が六歳、ピエールが八歳の時。ずっと周囲から虐げられてきた私はすっかり自分に自信というものを持てなかった。勉強も魔法も淑女教育も、何をさせても駄目な令嬢扱い。平民の血を引いた卑しい子供、本来なら伯爵家の屋敷に住める身分ではないと呪いの如く言われ続けた。笑うことも泣くことも許されなかった私がピエールと出会った時も、当然笑えなかった。


 初めて見た綺麗な男の子を一目見て恋に落ちようと私じゃ彼に相応しくないとすぐに判った。



「レッドライン伯爵達が来たら報せる。それまでは好きにしてな」



 寝る、と告げてサロンを出たリュビ。



「アルベルティーナ」



 ピエールが珍しく私をフルネームで呼んだ。普段はアルベルと愛称で呼ぶのに。



「エヴァが来ようと誰が何を言おうとぼくには君だけだ」

「うん」



 抱き締められ、私も抱き締めたくてピエールの背に手を回した。



『顔を合わせても笑わない、目も合わせない婚約者は自分が気に入らないのだと思っていた』



 これは誤解が解けた時ピエールに言われた台詞だ。



「私ね、ピエールと最初に会った時、とても綺麗な男の子が私の婚約者なんだって知って嬉しかった」

「ぼくも同じ。父や母からは、何があっても決して君を見捨てるなと言われたんだ。初めはぼくを嫌っている婚約者にどうしてと思ったが……会う回数を重ねていく内に、アルベルが伯爵家で碌な目に遭っていないと分かったんだ」



 ピエールと会う時だけ着せられる綺麗なドレスはお義姉様の私物。普段手入れをしてくれない髪もその日だけ綺麗にされた。お茶の席に着くと毎回お義姉様もいた。



「エヴァのアピールにはいつもドン引きした。婚約者はアルベルなのに、さも自分が婚約者のように振る舞ってぼくの意思なんて全く気にしない」

「お義姉様がピエールを好きなのは本当だったから、かな」



 使用人達は勿論お義姉様を止めない。寧ろ、私が邪魔だと言わんばかりに睨み、時には態とお茶を零されたり、庭へ案内しようとすると転ばされたりした。

 家族には不義の子として嫌われ、好意を見せない私を快く思っていないだろう婚約者もきっと私が嫌いで、どうして私は此処にいるのかな、生きているのかなと悩み続けたある日。漸く母を回復させられる薬を見つけ、調合に成功したリュビが私を迎えにレッドライン伯爵家に現れたのだ。



「アルベル。今の内に、エヴァ達が来たら言ってやりたいことを考えておこうよ。その方がアルベルも冷静になって会えるだろう」

「言いたいこと、か。何だろう……」

「色々あるだろう。アルベルを散々な目に遭わせていたんだ。一つや二つ嫌味を言ったって罰は当たらないさ」

「うん……」



 今の生活に満足しきっているから、正直お義姉様や伯爵に言ってやりたい事って何もない。

 仕返しをしたいとすら思えないのは、多分リュビが私以上に怒ってレッドライン家の屋敷を半壊したり、王家に圧力を掛けたのが一番大きい。



「リュビがしてくれたから何も思いつかない」

「アルベル」



 ピエールの不満な声に私は笑って「だって」と続けた。



「此処には、温かくて美味しいご飯があって、雨漏りもしない虫も入らない部屋を貰えて。魔法で自分の世話を出来るようにしてくれているから、レッドライン家にいた不満は何もなくなっているの」

「……」



 やっぱりピエールは不満そうだ。





読んでいただきありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
リュビは娘を虐げた連中潰したくてしょうがないだろうし、ピエールも同様だろう。  王家と繋がりがあるから潰しきれなかっただけだろうが、そこにのこのこ来る連中の運命やいかに。
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