第7話 エクスチェンジ
儀式の間で偶然にもグンバちゃんを召喚した俺は、母親のミディアから召喚魔法の才能があると誤解され、来年から貴族の学校へ行く事が許された。
誤解でもなんでも、これで当分は縁談話から遠ざかれるので両手を挙げて喜びたい所だが、本当は先延ばしになっただけなので何も解決はされていない。
いずれミディアから縁談話を持って来られるだろうが、数年間は学校に通っているので大丈夫だろう。
そして召喚したグンバちゃんだが、俺の部屋の片隅に住み着き、場違いにも時代背景を無視した向こうの世界の最新式のテントを張り、住んでいる。
召喚した馬だから食事をしないと思っていたが、オフィーリアから水を貰い隠れて何かを食べてるようだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
それから数日が経ちティラデスの日がやって来た。
待ちに待った週刊インプレッサWRXの初回号を受け取る日だ。
ロニーは俺とオフィーリア、そしてグンバちゃんを連れて地下の召喚儀式の間に向かって行く。
手前の扉にオフィーリアを残し、2人と1匹で部屋に入る事になった。
「では商品を出すので魔法陣の上に金貨10枚を置いてね」
「こうか?」
魔法陣の上に金貨10枚を置くと、グンバちゃんは何やら透明な箱を召喚する,その箱にカードを差し込み4桁のパスワードを入れていた。
「群馬銀行のご利用ありがとうございます」
デジタルな女性の声が木霊し『銀行のATMかよ』っと俺はツッコミそうになったが,グッっと堪え黙っていた。
「はい,入金が完了しました。これからこちらに転送されますので少し待っててね」
グンバちゃんが言い終わると金貨が消え,ものすごい大きな物体が現れる。
「「えっ!?」」
俺とロニーは目を疑った,予想していた大きさと違っていたからだ。
その大きな物体はこの世界では見られない緩衝材とビニールで巻かれ,その上からP、Pバンドで縛られていた。
全長の長さは5メートル、全幅2メートル、全高1、5メートルでどう考えても実車が入っているとしか思えなかった。
「おっ、おい、レミーネ。お前、以前にこの位の大きさとか言って無かったか?」
ロニーは俺の前で約60センチの大きさに両手を広げ、1/8サイズを表現する。
「えっ! あれ? 確か……あれ?」
ホビーと聞いていた物だから俺も1/8サイズのインプレッサWRXが来るのだと思っていたが、実物を見て実車である事を認識したのだった。
「ねっ、ね〜グンバちゃん……これって実車でしょ?」
ロニーにわからないように日本語で喋り、聞いてみる事にした。
「いえ、ホビーです」
「嘘っ! だってこの大きさでホビーなんてありえないわ」
大きなビニールで巻かれた物体を指差し、これが実車スケールだと知っているかのように言ってしまう。
「マスター、貴女はなんでこれが1/1だとわかるのです? 異世界の人ならサイズなんてわからないはずですよね〜? しかも日本語も悠長に使えるなんてもしかしたら貴女は……」
咄嗟に俺はグンバちゃんの口を塞ぎ、それ以上は言わせなかった。
「シ〜ッ、黙って。後でその事は話すから……」
口を塞ぎグンバちゃんを黙らせると、うぐうぐともがき出し顔が青くなって行く。
「レミーネ、従者と何を戯れあっているのだ。早くこの変な巻物を取るぞ」
「はい、お父様。いいっ、こっちの世界の人には内緒よ。わかった!」
口と共に鼻まで手で塞ぎ、窒息死になりそうなグンバちゃんは首を縦に振りながら右の前足で俺を叩き、柔道やプロレスでやる『降参』の合図をしていた。
俺はグンバちゃんの口から手を離しロニーの所へ向かって行った。
窒息死しかけたグンバちゃんはと言うと、ゴホゴホしながら沢山の空気を吸い、呼吸を整えていたのだった。
「ごめんなさい、お父様。すぐに外しましょ」
ビニールに覆われたP、Pバンドをナイフで切り落とし、ビニールを剥ぎ取る。
その中には丁寧に薄いウレタンシートが巻かれており、それらも外すと実物のインプレッサWRXのモノコックフレームが現れる。
「なんじゃ、この馬車の骨組みは……」
ロニーは見た事の無い材質に驚き声をあげる。
『モノコックフレームボディ』材質が鋼板で出来ていて、前世の自動車では普通に扱われている品物だ。
「これ、ほぼ実車に使われてる材質だわ……」
ホビーと言いながら実車の材質を使っているので何がなんだかわからかった。
「おい、レミーネ。これ完成したら動くんじゃ無いのか?」
「そのはずなんだけど……この子はこれをホビーっと言ってるのです、お父様。なんでかしら?」
息を整えきったグンバちゃんの所に俺は行き、事情を聞く事にした。
「ねぇ、この大きさにこの材質、これでなんでホビーって言うのよ」
「それは作りきったらわかると言う事で……あっ、それと初回限定で付いて来る工具をお渡ししますね」
グンバちゃんから渡されたのは前世で触りに触り続けた工具類だった。
スパナやモンキー、ドライバーにトルクレンチ、ノギスにクロスレンチ、その他色々な工具が新品の大型ツールボックスに内蔵され渡されたのだった。
「これを使って組み立てろって言うの……」
前世で中ば半ばで終わってしまったメカニック人生を思い出しながら懐かしみ、そして心の中では疼いていた。
「なんじゃ、この得体の知れない物は……何に使うんじゃ?」
ロニーは不思議そうに工具を眺め、触っていた。
「お父様、それはあの『クルマ』じゃなくて、馬車を組み立てるのに必要な工具なのです。欲しがってたお父様がこれで組み立てますか?」
本当は俺がこのインプレッサWRXを組み立てたかった、だが当主のロニーを差し置いて組み立てる事は貴族的にタブーなので断る事を期待して話してみたのだった。
「うむ〜初めて見るこの馬車をか? ワシは物を作る事など1度もした事が無いし、こう言うのは職人にやらせる物ではないのか?」
ロニーも含めだいたいの貴族は物を作ると言う概念が無い、専門の職人に作らせ、それを購入して使い、壊し、その職人にまた直させる、それがこの世界のお貴族様なのだ。
「お父様、ホビーとは自分で作って楽しむのが普通なのです。他の方にお願いしたら楽しみが半減してしまいますよ〜」
「しかしなぁ……いやっ、やはりワシでは無理じゃ。おっ、そうじゃ、レミーネが使役している従者が居るではないか! 頼む、お前から作るよう話してはくれまいか……」
他力本願もはなはなしいが、目論み通りに話が行ったので俺はグンバちゃんに話を通しに行った。
「グンバちゃん、これ私が作り上げてもいいのかしら?」
「大丈夫ですよ、マスター。元々マスターが組み立てるはずでしたから……サポートはボクがするので安心してね」
話が通り父親のロニーにグンバちゃんが作ると嘘を付き、話を戻す事にした。
「お父様、彼が作り上げてくれるそうです」
「おおっ、そうかこれで安心した」
話が整い、モノコックフレームは魔法陣にそのまま置かれ、次のティラディスまで待つ事になった。
自分の部屋に戻った俺は、嬉しさを隠しきれず、オフィーリアが居るのにもかかわらず喜び踊ってしまう。
「やったわ、念願の車いじりが出来るのね。嬉しいわ」
オフィーリアに悟られないよう日本語で喋り、感情をあらわにすると、グンバちゃんが近づいて来て話しかけて来る。
「やっぱりマスターはこの世界の人間ではないのですね……」
「半分は合ってて半分は違うわ、だって体はこちらの世界の人の物ですもの」
俺はグンバちゃんにこの世界に来た顛末を話した。
「ふむふむ、マスターの前世は男で日本の群馬県に居たと……でも不運な事故に遭い気が付いたら少女の姿で居たと……だからボクが呼ばれたのか〜」
グンバちゃんを召喚した意味、それは俺が前世で群馬県に居た事と自動車整備士を持っていた事が関係しているようだった。
そうでなければこの世界の人間に、あのインプレッサWRXを作り上げるのは無理なはずだ。
「あっ、そうだわ。完成してからって言ってたけど、なんであの車が動かないのよ〜実物みたいだし材質も同じ、有り得ないわ」
俺はグンバちゃんに理由を聞いた、今後も来るパーツもきっと実車のものだろう、ならば動くに違いないはずだ。
だがグンバちゃんは首を横に振り、否定をする。
「それは無理です、マスター。いくつか理由がありますが、その1つは答えておきます……マスターはこの世界であのインプレッサWRXが動いたらどう思いますか?」
「どうって……私的には嬉しいし、乗ってみたいわ」
「この世界にあってはいけない物なのですよ……1台とは言え、それが突然使えてしまったら秩序は乱れ、文明は歪み、その行く先は……」
それ以上、グンバちゃんは言わなかった。
確かにこの世界では機械と言える物は少なく、ましてやこんな発達したハイ・テクノロジーが世の中に出てしまったら,平和なこの世界が狂ってしまうのは誰が見てもわかる事だった。
「わかったわ、グンバちゃん。これはホビー、この世界では動かない。これでいいのよね」
俺は不動な車に納得をしながら作るだけで満足する事にした。
「と・こ・ろ・で〜 グンバちゃん。なんでこの世界にこんな物を持って来たのよ〜」
「だって,だって,ボクにもノルマって言うものがあるし,召喚した場所で売らないと上司に怒られちゃうんだよ〜」
召喚された世界で物を売らなくてはいけない葛藤っと,この世界を狂わせてはいけない安寧を保ち,きっとそのバランスを取るためにホビー化する事を選んだんだろう。
「まぁ〜いいわ。貴方もセールスマンとしての立場があるでしょうからこれ以上の詮索はしないであげる。それにしても……」
このインプレッサWRXを組み立てるのには懸念があった。
それは俺が男では無く,このレミーネと言う貧弱な体で作れるのか? と言う不安だった。
母親のミディアと侍女であるオフィーリアには見つからないように,毎日のストレッチと,膝を付いた腕立て伏せ,クランチ式の腹筋に浅めのスクワットなど2〜3回はしているが,それでもサスペンションやエンジン,ボンネットなどを持ち上げる筋力には遠く及ばず,貧弱なこの体を幻滅していた。
「はぁ〜 どうしたらいいのかしら……」
「マスターどうしたのです?」
気を使ってくれたのかグンバちゃんは俺の様子を伺い,心配をしてくれた。
「ねぇ,グンバちゃん。あのインプレッサWRXって実車でしょ? エンジンとかボンネットやドアなど重いわよね〜どうやって組み立てるの?」
「そんなの簡単です。ボクのサポート魔法で重たい物は持ち上げたり移動させたり出来るので,お茶の子さいさいですよ」
「……」
それを聞いて俺は今まで悩んでた事が自分でアホらしくなった。
よくよく考えたらここは魔法が使える世界,自分自身が魔法を覚えていなかったから前世のイメージでどう対処しようか考え過ぎていたのだ。
俺はグンバちゃんの言葉を聞いて顔を赤面し,ただ恥ずかしく布団に潜りたい気持ちでいたのだった。
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