第6話 セールス
儀式の間が、光に包まれ、馬の形をした物体が天井から降臨して来る。
「なっ、なんだこれは! レミーネが召喚したでも言うのかっ!」
初めて見る召喚方法にロニーは驚き慄く。
高馬を召喚する際は、空気が震え青白いエーテルが渦を巻き起こし、床の魔法陣から高馬が浮かび上がるのだが、今の状態はそうでは無く、光り輝き天から舞い降りて来る姿は過去1度も無く、ただ全員が茫然と見てるだけだった。
「おおっ、もしや。この輝きは……もしかしたら天が授けた高馬! 我ら一族は神に魅入れられたとでも言うのか……」
神からの授かり物と信じ、ロニーは舞い降り着地をするその高馬を期待した。
光り輝く高馬は魔法陣に着地すると、段々と小さくなり約90センチ位まで縮んでしまう。
「「えっ?」」
光は消え、四速歩行から前足を立ち上げ二足歩行へと変わり、まるで人間の様な体勢に変わり始めた。
「なっ、なんじゃ。この得体の知れない馬は! 高馬では無いのか……」
高馬とは違い、エーテルの半透明では無く、口の周りと前後の足先が白で体全体が茶色、立髪が焦茶色で赤い帽子を被り、緑のベストを着て現れた。
ロニーは期待ハズレで落胆をする中で、その愛らしい馬の生き物は人間の様にトコトコと二足で歩き始め、俺の所にやって来る。
「やぁ、君がボクを呼んだんだね」
二足で歩く馬は、前世で聞いた事のある日本語を使い、俺に話しかけて来た。
「貴方は誰なの?」
小さな声で忘れかけた日本語を使い、俺は聞き返すと、その馬は自己紹介を始める。
「ボクの名はグンバちゃん、異世界の日本ってとこから来た者さぁ」
前世で聞いた事があるようなキャラを、濁したネーミングで語り。
まるで群馬県の某ゆるキャラをイメージしている感じだった。
「レミーネ、お前はこの立った馬と話が出来るのか?」
「はい、お父様」
ロニーとカインにはわからない言葉を話す俺とグンバちゃんは、主従関係での特別な会話だと思い込まれ、見守られていた。
「それで貴方は何をしにここへ来たの?」
俺はグンバちゃんに尋ねると、彼はいきなり前の足を差し出し、透明な丸く大きな球体を作り出し、その中から投影が映し出される。
映し出された映像を3人で覗き込むと、グンバちゃんはまるでテレビCMをするように解説を始める。
「週刊、ディファレント・カーシリーズ。今回はあのWRCで活躍したスバル・インプレッサWRXを紹介。鷹目のヘッドライトが印象的なGH-GDBは2、0L水平対抗エンジンで力ある4WDターボを使い280馬力発揮,過酷なグラベルやターマックを走破した優れたマシンを君の手に! 初回限定版は工具一式が付いてくる」
ロニーとカインには全くわからなず,理解できたのは俺1人だけだった。
当たり前な事なのだがこの世界には自動車と言う物が存在しない,故に理解に苦しむ2人にとってはあれがなんなのか、考える時間が必要だった。
「……うお〜っ。な、なんだあの馬車は! す、凄い、凄すぎる。これは動くのか? 乗れるのか? 幾らするんだ? レミーネ、聞いて見てくれ!」
言葉がわからなくてもロニーにはあれが乗り物であって馬車の1種と認識したようで、GH-GDBインプレッサWRXに興味を持ち、映像の物が欲しくて堪らないのか俺に手に入るのかせがまれてしまった。
だが前世と同じなら、あれはホビーで有り毎週、各パーツが送られ数年かけて作り上げる品物なので、短気なロニーには向いてないオモチャだった。
「お父様、あれはホビーと言ってオモチャなのです、たぶん動かないし……毎週パーツが送られて来て作り上げて楽しむ娯楽なんです」
「なんじゃと! オモチャなのか? 乗れないのか? だがあの形に惚れてしまったのだ。オモチャでもいい……レミーネ、頼むから交渉してくれ……」
13歳になった娘に子供の様にせがむロニーは、側から見たら公爵家の当主とは思えない姿で強請っていた。
隣に居るカインでさえも、このわがままな父親の姿には顔を片手で覆い、失望する程だった。
「……わかりました。お父様、聞いてみます」
気が進まないものの、俺はグンバちゃんにこれが幾らで買えるのか聞いて見る事にした。
「ねぇ、グンバちゃん。これ幾らで買えるの?」
「えっ〜とですね……」
いきなり後に振り返り、グンバちゃんは電卓を取り出して計算を始める。
前世では実車の1/8サイズを各パーツごとに、約2000円を払い組み立てた気がしたはずなのだが、この世界でなら毎週銀貨2枚で済むだろうと思っていた。
「そうですね〜商品に亜空間輸送費が掛かりますので……こちらの世界なら金貨10枚ってとこですね」
「きっ、金貨10枚ですって〜〜〜〜!」
俺はその値段を聞いてカインお兄様が居るのにも関わらず驚いた、この世界の通貨は銅貨1枚で100円、銀貨で1枚で1000円、金貨1枚は10万円にあたるのだ。
金貨を10枚支払うとなると1回に100万円を支払う計算になるはずな訳で、1/8のオモチャにそんな金額を出す人はいないと思っていた。
「なんじゃ、どうした。何を慌てているのだ?」
これをロニーに言っていいかわからなかった、たかがオモチャに毎週、金貨10枚を払ってまで購入する人間がいるのかと、だが予想もつかない答えが帰って来る。
「おっ、お父様、とても言いづらい事なのですけど……」
「なんじゃ、早く言いってみなさい」
「このオモチャ、毎週金貨10枚必要らしいのですが如何しますか?」
俺は実車の1/8のサイズだと思い、完成したらこのくらの大きさだと両手で表現をして見せた。
「ふむ、金貨10枚か……安いじゃないか、買おう」
「へっ?」
俺はレミーネである事を忘れ、素で間抜けな顔をしてしまった。
前世の価値、いわゆる一般庶民の考えでなら高いと思うこの値段だが、ここは異世界の公爵家で有り、貴族と言うものは気に入れば、後先考えずに借金をしてでも購入する生き物である事を俺は忘れていた。
「父上! レミの言う通りこんなオモチャに毎週金貨10枚なんて馬鹿げています。無駄な浪費です。是非お考え直して下さい」
カインも同じ考え方らしいのか、あるいは興味が無いから価値観が低くてそう言っているのか、とにかく反対をしていた。
「嫌じゃ、ワシはこのオモチャが気に入ったのだ、この世界で誰も持っていないこの馬車が欲しいのだ。頼むレミーネ、契約をしてくれ……」
他人が持っていない物を自慢するのは貴族としての習性なのだろうか? 今の状態だとどっちが子供でどっちが大人なのかわからない位ロニーはわがままだった。
「わかりましたわ、お父様。では契約しますね」
俺はこんなオモチャにとため息を吐き、グンバちゃんに買う事を日本語で告げた。
「グンバちゃん、私のお父様がこのホビーが欲しいそうです。どうしたら買えるの?」
「はい、ではこれにサインをお願いします」
グンバは嬉しそうに向こうの世界の契約書を取り出し、自筆のサインと血判をする様に求めて来た。
こんなオモチャに大袈裟だとお思いながら、小さな文字が書かれた誓約書に内容を読まず、俺はサインと血判を押した。
「はい、それじゃ〜次の木曜日から定期で亜空間輸送にて送られてきますので、お待ち下さい。輸送場所はこの魔法陣で良いでしょうか? 不都合なら別の魔法陣でも送れるので言って下さいね」
「わかったわ。お父様、今度のテラディスに、ここの魔法陣に送られて来るらしいの、大丈夫かしら?」
契約を終え、その事をロニーに話すと本人は大喜びで浮かれていた。
「うむ、問題は無い。良くやったレミーネよ、これでワシのコレクションがまた1つ増えたと言うものだ」
たかが全長55、1センチのホビーに大いに喜ぶロニーは、浪漫ある大人の子供で有り、それを見てた俺とカインお兄様は呆れるしかなかった。
「父上! 本当にいいのですか? 母上にバレたら大事ですよ」
「大丈夫じゃ、ミディアにはこの間、ダイヤモンドと言う宝石を金貨1000万以上で買ってやったから文句は言うまい」
「「えっ!」」
俺とカインお兄様はそれを聞いて、この公爵家は本当に大丈夫なのだろうか? っと疑いながらも、貴族の贅沢ぶりがどんだけ酷いのか思い知るのだった。
「そうじゃ! この馬車を買った事はミディアには内緒じゃぞ、バレるとまた違う宝石をねだって困るからな……」
俺もカインお兄様も、口は軽い方では無いので今聞いた事は、母親のミディアには言わない事にした。
そしてこの儀式場から立ち去る為に、グンバちゃんを元の世界に返そうと話をする。
「これで契約は終わりでしょ? 元の世界に帰っていいわよ」
だがグンバちゃんは首を横に振り、帰ろうとしなかった。
「ボクはまだ帰れないんだ、全てが終わっていないからね。契約書読んだでしょ?」
お金を払い、商品が届けば良いと思っていた俺は契約書など読んではいなく、そこにはグンバちゃんをこの世界に滞在させる事が記してある事さえ知らなかった。
帰す事が出来ないと知った俺は、グンバちゃんをこの屋敷に居住ませる為に当主であるロニーに一緒に住んで良いか聞く事にした。
「あの〜お父様……」
「なんじゃ、レミーネ」
「この子の事なんですけど……この馬車。いえ、このオモチャが完成するまで元の世界に帰れ無いそうなので、このお屋敷に住まわせてもよろしいでしょうか?」
「うむ、この馬車が出来るまで責任を持つと言う事だな。よろしい、一緒に住む事を許可しよう」
断られると思っていたが機嫌のいいロニーはすんなりと許可を与え一段落した後にやっとこの儀式の間から出る事になった。
扉を開け、通路に出ると待機していたオフィーリアが待っている。
「お帰りなさいませレミーネお嬢様。おっ、お嬢様……手と膝に傷が! 直ぐにお手当致しませんと」
オフィーリアは手と膝にハンカチを当て、傷から滲む血と汚れを拭ってくれた。
「ありがとう、オフィーリア」
膝の辺りをハンカチで拭っているとオフィーリアは俺の後に居るグンバちゃんと目が合い、びっくりする。
「レ、レミーネお嬢様! こっ、この得体の知れない馬はなんなんですか!?」
オフィーリアからすればいきなりの対面で、立った馬が目の前に居るのだから驚いて無理も無かった。
俺は事情を彼女に話した。
「従者ですか……そうなのですね。」
理解をしてくれたオフィーリアは腰を落とし、グンバちゃんに挨拶をする。
「わたくしはレミーネお嬢様の専属侍女のオフィーリアと申し上げます、以後お見知りおきを」
「ボクは異世界の日本から来たグンバちゃん、よろしくね」
「……」
「……」
オフィーリアが話したからグンバちゃんも対応して喋ったのだろう。
だがこの世界のイルベンタル語と日本語では互いにわかる訳も無く、俺はそんな2人にお互いの言葉で通訳をして話した。
オフィーリアとグンバちゃんは納得した様子で仲良くなり、全員で地下から屋敷内へっと登って行くのだった。
「レミーネお嬢様、その怪我は一度ミディア奥様にお見せして治療をしてもらった方が良いと思います」
「そうするわ、オフィーリア」
オフィーリアに連れられ、ミディアの部屋へと向かうと通路でバッタリとミディアに出会った。
「あら、レミーネ。カインの召喚儀式が終わったのね。んっ? その馬のような物体は何かしら?」
ミディアに傷を見せる前にグンバちゃんの存在に気づき驚かれる。
『あの、あの、お母様。この子はグンバちゃんっと言って私が召喚した従者なの……それで……」
俺がグンバちゃんの事を紹介しているとミディアは別の箏で驚き、喜ばれる。
「レミーネ、貴女は召喚魔法の才能があるのね、凄いわっ! そうだわ、貴女来年から貴族の学校に行きなさい。そしてもっと魔法の事を覚えるのよ」
「えっ! 本当、お母様」
手と膝の傷の事など忘れ、あれほど苦悩していた縁談話がグンバちゃんを召喚した事で延期になったのだった。
来年から貴族の学校へ行く事が許された俺は、この先まだ見ぬ知らぬ不幸が来る事など予想も出来ずに、今の生活を送るのであった。
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