86 俺、ハヤテに出会う。
※設定の変更に関するお詫び
カリスの年齢に関する描写を、ゼンキチと同年代から、ゼンキチよりも数年以上年上というものに、変更いたしました。
読者のみなさまには、私の練りが甘いばっかりに、このようなご不便をおかけし、誠に申し訳ございません(投稿済みの部分については、すでに修正してあります)。
「さっ、何をぼーっと突っ立っているの? 早く中に入りましょう?」
ユーフェミアに声をかけられるまで、俺は呆気に取られたまま愛朱香の塔を見上げていた。
半ば彼女に押されるようにして、俺は塔の入り口を潜っていく。
クラスティアナ領の説明は以前にもしたが、愛朱香の塔も、王都建設の功績を称えて作られたものになる。だから、本来これは、当時からの重大貴族であるレシアリブハ家・レシアヘザト家・レシアソユピコ家という御三家に対して、尊敬の念を表すためのものであるはずなのだが、現在では見る影はすっかりとなく、ハヤテという一個人の所有物に、完全に矮小化してしまっていた。
おまけにその大部分が、献上された物品をしまっておくためだけの、物置きになっているというのだから、使い方が豪快すぎて、ちょっとばちがあたりそうなほどだ。
来訪者を驚かせるほどの、山々と積まれたプレゼントの数々。
よくよく考えてもみれば、愛朱香の塔自体も寄贈されたものなのだから、可愛がられ方が尋常じゃない。
うずたかく載せられた雑品に、汚れは1つもないのだが、所狭しと置かれた骨董品は、目利きのできない俺のような人間からしてみると、無用の長物と大差ないように思える。はっきり言ってしまうと、見た目はゴミ屋敷に近い。
足の踏み場がなくなりつつある玄関の奥から、タマーラがユーフェミアを出迎える。
「ご苦労だったねぇ」
「いえ、全然」
俺のときとは打って変わって、ユーフェミアが頬を紅潮させながら話している。
まもなく、こちらに向きなおったタマーラが、いまだ献上品とにらっめっこしている俺にも、声をかけていた。
「わざわざ、呼び出してすまなかったな。なにぶん私のお姫様は、極端に出不精なんだ。笑って、許してくれよ」
「それはいいんだけど……今度はいったいなんのつもりなの?」
俺の無遠慮な質問に、ユーフェミアが横から厳しい視線を送って来たが、俺としては疑問を隠せない。
「おいおい、これから会おうとしているのが誰なのかは、少年も分かっているのだろう? 酷い男だねぇ。あのハヤテとコネクションを持てると聞けば、どんなに傲慢な貴族だって喜んでこうべを垂れるし、どんなに周到な商人だって、罠を承知でついて来るというのに……少年と来たら、まず真っ先にするのが私を疑うことなわけだ」
ほかの人間であればともかく、殊に相手がタマーラであるならば、いくら警戒していても、しすぎるということはないだろう。……もっとも、俺の能力では、どれだけ気張ったところでなんら策略を防げないだろうが、そういった鋭い指摘はすべて無視する。
「タマーラ……さんだからね、そりゃそうでしょう」
ユーフェミアの手前、日和った俺は呼び捨てを断行できない。いつもとは違う俺の言い回しを意に介さず、タマーラは平然と肩を竦めていた。
「どうもこうもないさ。これでも私は、この出会いがハヤテにとって、プラスの方向に進んでくれるんじゃないかって、そう期待しているんだぜ?」
「……」
依然として、訝しむことは避けられないが、女のためだと言われてしまえば、俺に断る理由はない。具体的にどこがどう素晴らしいのかは謎だが、そんなものは懇切丁寧に説明されたところで、どうせ俺の頭では理解できないだろう。気にするだけ無駄だ。むしろ、うっかり俺が寝ないぶんだけ端折るのが正解だ。
手招きするタマーラのあとを追って、俺も最上階へと向かう。
愛朱香の塔は地下1階・地上6階の建物なので、一番上の階にもなると、かなりの高さになる。
荘厳な螺旋階段をへろへろになりながら登れば、その先に待っていたのは、違和感という言葉さえ陳腐になってしまうほどに場違いな、真っピンクの扉だった。まさしくその色合いは、猫型ロボットがお腹のポケットから出してくれる、願った先に瞬間移動できるドアのそれだ。趣向を凝らしているぶんだけ、愛朱香の塔のほうが高級感は漂っているが、いずれにしろ極度にガーリーなものへと、変貌を遂げてしまっている扉に対して、ユーフェミアは渋面を隠さない。
「そこで待っていてくれ」
言うやいなや、ノックもせずにタマーラが入室していく。
ややあってから、女2人の声がドアを挟んで響いて来た。
「何しに来たの~?」
「少し会ってもらいたい人がいてねぇ」
「えぇ……面倒くさ~い」
「そう言ってくれるなよ。今日の客は私の友人だ。いつものおべっか使いじゃないさ」
「……。でも、着替えたくな~い」
「そのままの恰好で構わないさ。そんな些細なことを気にかけるほど、やつは度量の小さい男じゃないよ」
タマーラの発言に、即座にユーフェミアが反応する。
「タマーラ様は、こっちにまで声が聞こえていることを知っていて、あえてあんな言い方をしているの。本心じゃないんだから、いい気にならないでね」
「分かっているよ。……君、あんまりなんでもかんでもすぐに噛みつくと、そのタマーラ様に嫌われちゃうんじゃない?」
「なっ!」
これまでの冷たい表情を崩して、ユーフェミアがわなわなと口を震わせている。
真っ赤になった顔からは、今にも怒りの炎が噴き出て来そうだ。
「……ごめん。なんか言いすぎたよ」
後先考えずに、ユーフェミアが俺をぶっ殺すイメージが脳裏をよぎったので、俺は急いで謝った。
まもなく、眼前のドアが開かれる。
俺の視界に飛びこんで来たのは、いかにも女の子といった感じの部屋だった。
扉がショッキングピンクに装飾されていたので、薄々、そういう予感はしていたのだが、身構えていた以上にすさまじい。
一面、花柄の壁紙。
よく見れば、それは安っぽい紙ではなく、細かい刺繍が加えられた、豪華な織物であることが分かる。壁の3面それぞれに、全く異なる織物を用いているらしく、注目する方向によって、色合いは大きく異なっていた。正面は、たぶん桜だろうか。伝説の勇者が伝えたものなのかもしれない。
ベッドは、特大サイズの物が4つ。
学校の教室2個ぶんくらいの馬鹿みたいに広い部屋に、軽く俺が6人は並べられそうな寝台が、我が物顔で陣取っている。
ここまで巨大だと、ベッドに天蓋をつけることはできなかったようで、代わりに天井から空色のレースが、地面に向かって何本も伸びていた。
白い砂漠と形容できそうなベッドのうち、2つは、フリルのついたクッションと、ふかふかのぬいぐるによって埋められていて、そのもふもふを極めた海の中から、顔だけを覗かせている少女が、俺たちのほうに無遠慮な視線を送って来ている。
退屈さか、あるいは諦観の表れなのか。
値踏みすることさえも手間だと言わんばかりの、眠たげな2つのまなこからは、ドロシーやスザクたちとはまた違った意味で、感情が希薄で読み取りにくい。
口の端に、茶色い固形物。
たぶん、チョコレートだろう。食べ終えた菓子のゴミを少女が無造作に放り投げ、かけ替えたばかりの真っ白なシーツへと落下していく。それを見るにつき、そばに控えていた従者は、分かりやすく頭を抱えていた。
部屋の奥に見える試着室のような魔動具は、なんでも、帯状の髪飾りを頭に自動で結ぶためだけに作られた、特注の品だというから、面倒くさがり屋のレベルが俺の知っている数値じゃない。足元の床では、華美な彩色の施されたドレスが、何着も乱雑に破かれており、極上のおめかしだった物が、強制的に寝間着へと変えさせられていた。
これが最高峰――凄腕の女商人が切り札とする女なのか。
今までに出会った女たちから感じたものとは、方向性が全く違うとまどいを俺は覚えていた。
「あたし、ずっとここで眠って暮らしていたいんだよね」
開口一番、女は俺たちに向かって、とんでもない発言をして来る。
ユーフェミアのこめかみが、ぴくりと動いたのが俺にも見て取れたが、さすがにタマーラ商会の人間だけあって、声を荒らげるようなことはない。……俺だけ例外ってこと? なんともまぁ、嬉しくない特別視だね。
俺も驚きこそしたものの、別にハヤテの希望に、ケチをつけるつもりは毛頭なかった。
「へぇ、いいんじゃない? その世界、俺が作ってみせるよ」
サムズアップ。
ちょっと反応に困ったので、冗談めかしてそう返したのだが、俺の期待に反して、周囲には嫌な感じの沈黙が漂っている。
やっちまったかと思って慌てて言葉を追加するも、どうやらすでに手遅れのようだった。
「な、な~んちゃって……」
道端で変な物体でも見つけたようにして、びっくりした表情を向けて来るハヤテに、俺はどうしていいのか分からない。露骨に見開いた目で、俺のことを頭のてっぺんからつま先まで、何度も往復している。
そんな沈黙を破ったのは、こらえきれずに笑いだしたタマーラだった。
「いやぁ、最高だねぇ。まさか、そんな突飛な答えが出て来るとは、さすがに予想していなかったよ」
腹を抱えてげらげらと笑うタマーラに、今度はハヤテが憤りを示す。
「うわっ、何それ! タマーラ、嫌い! 出てけ!」
手当たり次第、彼女は自分の近くに置いてあったぬいぐるみを、力いっぱい投げつけて来る。
犬・うさぎ・熊……それから、シャチっぽいフォルムの何か。
頭を下げて身を守るタマーラを、ハヤテの従者が横から庇った。
ハヤテも俺と同じで運動音痴らしく、投擲した玩具のうちのいくつかは、明後日の方向に飛んでいて、その中の2つが俺の頭に直撃した。……ぬいぐるみの割に超痛ぇのは、たぶん目玉のボタンがクリーンヒットしたからだろう。
なぜ、今のが命中するのかと主張する視線を、ユーフェミアが怪訝な様子で俺に送って来たので、俺も同じように目線で応えてやる。……これだから、運動センスのいいやつは嫌いなんだってね。
それは、へたくそなウィンクになってしまったらしく、俺はユーフェミアに強めに小突かれたのだが、タマーラに腕を引かれたので、そのまま一緒にハヤテの寝室を退出していた。
「さっきの一件は気にしなくていい。ハヤテが初対面の相手に、よく投げかける言葉だから、深い意味はないさ。いやぁ、それにしても久しぶりに大笑いしたよ。だが、怒らせてしまったのは事実だから、ちょいとお姫様には、機嫌を直してもらわないといけないねぇ」
「何か案でもあるのか?」
「下にハヤテあてのプレゼントが、大量にあっただろう? 当たり前だが、あそこには未整理――つまり、メイナードやハヤテによるチェックを、済ませていない物が多量に残っている。その中から、ハヤテの好きそうなものを、適当に何個か見繕って持っていこう。少年も手伝ってくれるだろう?」
階段をおりながら話すタマーラに、俺は首を横に振って応じる。誤解しないでくれ、断る理由の第1は、タマーラと一緒が嫌だったからじゃない。
「そうしたいのはやまやまだけど、そろそろいい時間なんじゃないかな。悪いけど、俺はソーニャのほうに行くよ」
「ハヤテがいるのにかい?」
俺の言葉に、タマーラは驚いた様子で、階段の踊り場で立ち止まっている。
「ハヤテがいるって……」
この国にとって、ハヤテがどれだけ重要な人物であったとしても、今の俺にはソーニャのほうが重要だろう。そう思ったのだが、どっちが大切かを話しているわけではないらしい。
「拳闘士のコロシアムがあるメーベルフレヨ競技場は、瞬間移送の範囲内だ。こちらが座席の指定をすれば、そこに寸分の狂いもなく、ハヤテなら1秒で連れていってくれるというのに、少年は、本当に今から、風韻闘技場に向かって、出発するつもりでいるのかいって意味だよ」
「……」
俺はなんて愚かなのだろうと、つくづく思う。
このときのタマーラの一言で、ようやく俺にもハヤテのスキルが持つ異常さを、心の底から理解できるようになったんだ。
……ほとんど反則じゃないか。もはや、不羈じゃなくて、ただの四字祝賀であることが不思議なくらいだ。
口ごもる俺の横から、ユーフェミアが申し訳なさそうにタマーラに声をかける。
「タマーラ様、わたしもそろそろ……」
「そうだな、ありがとう。忙しいだろうから、本部に戻ってくれ」
言うやいなや、一礼したユーフェミアが、駆け足で愛朱香の塔から去っていく。
「逃げた……」
ついつい口に出たのは、そんな言葉だったのだが、珍しくタマーラと意見があったようで、彼女も小さくうなずいていた。
「仕方ないさ。ユーフェミアはハヤテが苦手なんだ」
それはお前のせいだろうと俺は思ったのだが、いったらいったで、ユーフェミアに再び烈火のごとく怒られそうなので、俺は黙ったまま階下を目指す。
最上階以外、そのほとんどが物置きに変わっている愛朱香の塔だが、その使われ方は、なにも無秩序というわけではないようだ。
地上1階部分が、献上されたばかりの品だということで、俺はタマーラと共に掘り出し物を探すべく、玄関の付近を漁っていく。
「基本的には、寝室にあったみたいな動物のぬいぐるみとかでいいの?」
「そうだねぇ。あとは意外に、香水が好きなんだよ。ただ、もう渓華香くらいじゃ、最高ランクの品質であっても見向きもされないから、その辺は注意してくれよな」
……あれって最上位のモデルは、王族とかにも献上されるものじゃなかった?
スケールの違いに頭がくらくらとして来たが、俺は淡々と作業に没頭する。
ふと彼女のほうを見やれば、山のように積まれた物品を、タマーラが思いのほか、乱暴にひっくり返しているのが気になった。
「そんなに力任せにしちゃっても平気なの? どれも貴重なものなんじゃないの?」
「真に価値のあるものは、ここにはないさ。そういう意味でなら、構わないよ。それでも売り物になるだろうという話なら、そのとおりさねぇ。不要な物品はタマーラ商会で引き取っているから、本来は丁重に扱うべきなのだろうけど、こうも数が多いと、いつも慎重にとはいかないな。だからといって、積極的に壊してもいいっていうことにはならないから、その辺りの塩梅は少年を信頼しているぜ」
「……俺には、どうしてお前がそこまで俺を信じてくれるのか、その理由が分からないよ」
「おや、おかしいな。前に話しているはずだぞ。『仲良くしようじゃないか。君のほうから、私と仲良くしたくなるよう、私は、私にできる限りの手を尽くしてみせよう』ってな」
「……」
いつかの台詞の再現に、あの日、タマーラに対して抱いた悪感情まで、自然と思い出されるようだった。
感じた不愉快さを払拭したくて、俺はやつあたり気味に手近な木箱を裏返す。
落ちて来たのは1枚の札と、狙っていたかのようなぬいぐるみ。
札のほうは、木箱にしまわれていた感じではなかったので、おおかた箱の裏側にでも、何かの拍子にくっついていたんだろう。
手早く、俺は緑色のぬいぐるみを拾いあげていく。
デフォルメされた蛇のおもちゃは、目を細めてにこにことしているので、完全に愛玩用だろう。
これならば、彼女も十分に気に入ってくれるのではないかと、期待を込めて俺はタマーラを呼ぶ。
だが、俺がタマーラに話しかけるよりも早く、彼女は鋭い声を発していた。
「……少年。その札、どこにあった?」
「えっ?」
手に持っているぬいぐるみのほうじゃないのかと、俺は足元を見おろして、今一度、真っ茶色の札を認めて手を伸ばす。
「おい、よせ!」
タマーラの制止させる声も虚しく、俺はそれに触れてしまっていた。
その瞬間、俺たちは亜空間に飲みこまれていたのだ。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




