84 俺、カリスたちとクエストを受注する。
カリスに率いられた俺たちは、王都での主要な依頼をひとまとめにした掲示板――中央掲示板の前へとやって来ていた。
位置としては、市場広場にあたる。何回か通ったことのある場所であっても、エリアが広すぎるせいで、俺は掲示板の存在を完全に見落としていたんだ。
「さすがに冒険者が多いね」
「そうだね。みんな僕たちと一緒だよ」
俺の呟きにカリスが同意する。
だが、このときの俺はまだ、カリスが真に言わんとしていることに、全然気がつけていなかった。つまり、中央掲示板の周りに集まっている冒険者たちが、俺たちと同じように初心者ばかりだということを、理解できていなかったんだ。
掲示板の規模が大きくなったといっても、雪乃の町のナプ=パプと、本質はあまり変わらない。一緒のままだ。分かれた掲示板の左側が求人で、右側が求職にあたる。
中央掲示板の場合、それだけじゃなくて真ん中にも、大きなクエストボードが見られる。
こういった3つタイプの掲示板では、目玉にあたるクエストなどを、目立たせるべく中央に張り出す傾向にある。それは中央掲示板でもおんなじのようだったが、そこに群がる人だかりは、控えめに見積もっても冒険者とは思えない。商人や農夫の出で立ちといった具合で、クエストボードを確認しに来る人たちとしては、かなり珍しい職種になる。
何か王都ならではのものがあるんだろうか?
「ねぇ、カリス。あれって?」
真ん中の掲示板を指さして尋ねれば、カリスは合点がいったとばかりにうなずいてから、簡単に答えてくれる。
「あぁ、あれは魔物討伐協会による速報だよ」
言いながら、人山に近づいていくカリス。
俺も慌ててそのあとを追う。
「速報?」
「そうそう。魔物の正式なランクが発表されると、中央掲示板にも速報として掲載されるんだ。特に、冒険者以外も被害に遭いやすい、低ランクのやつなんかはね」
「ふーん、なるほどね」
だから、魔物と対峙しなさそうな人でも、見に来ているわけか。……コラ、そこ。どうせお前も戦わないで逃げるだけだろうとか、本当のことをいうんじゃないよ。泣いちゃうでしょうが。
人だかりの後ろから、カリスが張り紙に目を通していく。手持ち無沙汰なので、俺も一応は真似して記号を注視してみるが、当然のように俺は読めないので、ここでもイラストを流し見るだけで終わってしまった。……文字の練習? したよ。2分くらい。
「魔物討伐協会って、たしか北菔鳳とライ=カーだったっけ?」
「ほかにもドラッジ=グラッジとか、色んな組織が加盟しているけれど、主要な機関はその2つだけだね。北菔鳳はBランクに関与することがないから、僕たちに直接関係しているのは、実質的にライネージ=カーネージだけなのかも」
冒険者としての能力が高くないと話すわりに、ちょっと色々と詳しすぎやしないかと、若干俺はカリスに恐れを抱きつつも、質問を続けた。
「ライ=カーも王都?」
「王都にもあったと思うけど……ここにあるのは支部じゃなかったかな? 本部は咲吏称だよ、ほらクレマチス地方の」
「なるほどね……」
……まず、クレマチス地方の場所が分からないんだが?
勘のいい人なら分かったかもしれないが、咲吏称も一般的な地名とは異なり、愛称の1つになる。つまり、由来になった人物も八乙女の1人だということ。
氏名は咲田栄吏称。
愛原玖朱香が、バランスの取れた万能型の勇者だったのに対し、咲田栄吏称のほうは槍の名手で、中距離での戦闘を得意としていたらしい。八乙女最大の特徴は、もちろん彼女たちが、最も深く才蔵と交流していたことなのだが、それを可能にした理由の半分くらいは、ほかでもなく八乙女側にある。
彼女たちはスキルホルダーだったのだ。
8人は生粋のスキル所有者だったからこそ、才蔵に多くの貢献をでき、また、だからこそ才蔵のほうも、八乙女を重用したというからくりらしい。女の子を区別するのはちょっと気が引けるが、この点が、その他の伴侶である娘子軍と八乙女を隔てる、決定的な違いになるんだろう。
ちなみに、もう少し栄吏称を深掘りするなら、彼女には槍の加護力もあったとのこと。
加護力というのは、特定の武具を扱っている間、一定のバフを得られるっていう、先天的な特殊能力のことだ。スキルにも似ているが、効果が運動性能のアップに限られていることと、1人の人間が、スキルと加護力を併用する場合もあることから、概念としては、きっちりと区別がなされている。……得物を持っているだけで運動性能がアップするとか、正直、羨ましすぎる。はぁ、やってらんねぇ。コーザさん。今からでも遅くないから、ちょっと俺にも加護力つけてみようぜ?
胸中で己の非力な体に悪態をついている間に、カリスが適当なものを選んでくれたようだ。新種だという魔物の説明をしてくれた。
「僕らにも関係のありそうな魔物だと、これになるのかな。ナイトランナーだって。どうにも夜行性の魔物みたいだ。大体の情報は、グラスランナーと重なるところが多いみたいだけど……ナイトランナーのほうが、いくらか評価が高くなっているから、危険性は増している感じだね。身体能力とかが高いのかも」
「……。ごめん、俺、グラスランナーも分かんない」
「あれ? そうだったか……。最近、草原とかで目撃されるようになった、こっちも新しめの魔物だよ。たしか、巴苗の町で発見されたんじゃなかったかな」
「巴苗の町ねぇ……。えっ、巴苗の町?」
「えっ、うん」
見たことも聞いたこともない地名だと思ったら、割かし知っている集落の名前で、俺は驚いてしまった。
「そんなことがあったなんて全然知らないや。ねぇ、カリナ。知っていた?」
「軽くならね」
「……」
当たり前のように首肯するカリナに、俺は裏切られた気分を隠せない。カリナちゃんは、僕ちゃんと同じく、運動音痴のお人ではありませんでしたかや? 文化系でしょう? なんでちゃんと知っているのさ。
自分より少しだけ背の低い、薄い紫色の髪をした女のことを、俺が恨みがましく見ていれば、呆れるようにしてベロニカがカリナに追従して来る。
「テゾナリアス家の命名だろう? ランクをB+で申請したのに、実際はBでの承認だったからな。腹を抱えて笑った記憶があるさ」
ショタ以外には、マジで関心がないようで、ベロニカが醜悪な笑みを見せている。あるいは、誰にでも容赦がないのは、たぶんワールドのメイドに共通している、不思議な性向なのかもしれない。
「というより、ゼンキチ様はなんであの町に滞在しておきながら、知らないなんてことが起きるんだよ?」
「すみませんでした」
えっ、これって俺が悪いの? マ?
いたたまれなくなった俺は、カリナたちから目をそらし、爽班のほうに向きなおっていた。
「話を戻そうか! それで……えぇと、カリスたちが考えていた依頼っていうのは、どれになるのかな?」
俺はなるべく、声音を明るくして喋る。
意図を察してくれたようで、すぐにロッカが応じてくれていた。
「この辺かな! マテリアル探しなんかだと、人数が多いと有利だよね~って思っていたの!」
「でも今は、せっかく合同パーティーを組むのであれば、やっぱりオーソドックスな討伐依頼にしたほうが、お互いにとって学ぶことは多いかもしれないと、考えなおしているところだよ」
カリスの補足に、俺はゆっくりとうなずいて応える。
実際のところ、王都に舞いこむ依頼というのは、いったいどのようなものなのかと思っていれば、気をつかったドロシーが、それに先んじて手近なクエストを読みあげていく。
「地下水道にいるネズミを駆除して欲しい。波泊場から、日雇い労働のお誘い。行方不明になった飼い猫の捜索……これは愛朱香からの依頼ですので、一般人の人には、受注制限がかかっているかもしれませんね」
何それ。受注不可の依頼を出広とか、富豪の遊びじゃん。俺も今度やろうかな。
俺がアホなことを考えていれば、ドロシーがきりっと睨みつけて来る。
彼女の言葉にも、ちゃんと耳を傾けていることを伝えようと、俺は首が痛くなる勢いで何度も力強く縦に振った。
「チゴモズの足取りについての調査依頼。場所が少し離れていますけれど、ワイバーンの討伐なんかもありますね」
「ワイバーン?」
サブカルで親しんだエネミーの名前に、ついつい俺は反応を示してしまう。
「気に入ったかい? それは僕たちも候補にしておいた1つだよ」
ワイバーンの強さはB-。邪法を使うランク帯になる。
パーティーでの連携を確かめる試運転には、ちょっといきなりハードルが高い気もするが、最悪、すべてをスザクに任せれば問題ない。そう思えば、かなり気が楽だ。
「じゃあ、それで行こうか」
まさか爽班は、パーティーとしてのレベルが、俺たちより低いなんてことはないだろう。深く考えずに俺が誘えば、カリスは少し迷ったあとでしっかりとうなずいていた。
「いいよ」
「それにしてもあれだね。王都っていう割に、依頼の難度が極端に高いわけじゃないんだね」
挑んでみたかったわけじゃないが、てっきりワールドでも無類のクエストが、所狭しと並んでいるんだと想像していた。
「あくまでも、ここは中央掲示板だからね。北菔鳳に頼まなきゃいけないようなクエストだと、こっちには置いていないんだよ。見てごらん? ほかの冒険者たちも……失礼だけど、僕らみたいなのばかりだろう?」
言われて、俺はようやくこの場に、上級者たちの姿がないことに気がついた。さっきカリスが、自分たちと一緒だと話していたのは、こういう意味だったのか。
「なるほどね」
「ついでだし、商人牙行のほうも覗いていこうか? さすがに、依頼は受けられないだろうけど、見るだけなら追い出されもしないはずだよ」
せっかくだからと、促されるままに俺たちは、商業区画の北側へと移動を開始する。市場広場を中心に南が王都の入り口、東が職人街、西が旅人客窓だ。細かく見ていけば、市場広場の頭上に第Ⅱ市場が広がるなど、まだまだエリアは残っているんだろうが、これで商業区画のすべてに、ひととおり目を通したことになる。
商人牙行を一言で説明するならば、商人たちのエリアになるんだろう。
商人といっても、ショップを経営しているような、個人の店主を指す言葉じゃない。それよりももっとマクロな視点――市場広場の制度や裁定といった、社会の仕組みに携わっている人たちを指している。
なので、ある意味、当然といえば当然なのだが、そこは多くの憲兵がとどまっている一角でもあった。
「……」
青いマントを身につけた集団を、俺が形容しがたい心持ちで睨みつけていれば、カリスがきょとんとした表情で、俺の注意を自分のほうへと向けて来る。
「こっちだよ」
釣られて振り向いた俺は、そこで息を飲んでいた。
商人牙行に鎮座する巨大なギルド会館。その正面に堂々と置かれた、真っ茶色の異色の看板。
サイズでは建物よりも小ぶりのはずなのに、その威容が発する迫力は、明らかに看板のほうが勝っていた。
高さ約4m。
幅にいたっては、軽く10mを超えているだろう。
市場指標板にびっしりと刻まれた数字の羅列は、様々な商品に設けられている、価格の相場を表すものに違いない。
看板の存在理由は理解できる。いくら俺が馬鹿だといっても、そのくらいを察する能力はあるはずだ。
人の手が決して届かない、恐ろしく高い位置に建てられていることにも、ちゃんと意味があってのことだろう。マナーの悪い人間による、安易な上書きを避けたいからだ。
だが、さすがにこのサイズはやりすぎだ。これじゃあ変動があっても、正規の人間でさえ、内容を書き換えることができないんじゃないのか?
そう思って注視していれば、看板の背後に、これまた馬鹿でかい人形が座っているのを、俺は認めていた。
白色で、能面でもつけているかのような、事務的で無表情のマネキン。
「……なんだ?」
軋んだような音を響かせているかと思えば、やがて人形はゆっくりと立ちあがり、市場指標板を背後から覗きこむようにして、順番に数字を修正していく。
「嘘だろう……」
看板を下に見られるほど、背の高い人形だ。
動力はまさか人力じゃないだろう。こんな埒外の物品まで魔動具に含まれてしまうのかと、魔法の奥深さに俺は肝が冷える思いだった。
……俺の知っている魔動具じゃない。
魔動具は生活家電の延長線じゃなかったのか。こんなの日用に供されているだけで、実態は兵器に近い気がする。
「どうした兄ちゃんたち? なんの商品の適正価格が知りたいんだ? こう位置が高くちゃ、背伸びしたってよく見えないだろう? おいらが近くまで案内してやるよ」
いきなり話しかけて来た男は、そう言って金を欲するようなしぐさをして来る。
これだけ大きくちゃ、初心者はお断りだろう。迷っておしまいだ。
なるほど。それを思えば、小づかい稼ぎが生まれるだけの素地は、確かにあるに違いない。だからこそ、その点は不思議じゃなかったのだが、そうかといって、男に辟易しなくなるわけじゃない。
「あいにくと俺たちは――」
断りの文句をいうよりも早く、ドロシーの鋭い目つきを受けた男は、相手が悪いとすぐさま退却していた。
素人を相手の雑な商売をするだけあって、見切りの判断は速いようだ。そうじゃなければ、やっていられないんだろう。
「……」
「はぇ~。ドロシーちゃんってすごいね」
純粋な感想を漏らすロッカの発言を聞いて、ドロシーはお茶と間違って、めんつゆを飲んだときみたいな顔をしていた。どんな顔かって? 思っていたのと違ったうえに、思っていたよりもまずかったって顔だよ。
対応に困ったのか、なぜかドロシーが俺を殴って来たが、たぶんこれは照れ隠しじゃなくて、人形のモデルが女であることに、俺が一段と大きな興味を示していたからだと思う。質感は最悪だが、かなりいい胸でした、はい。
いつまでも馬鹿なことはしていられないので、建物の中へと入っていく。
商業の重役や、上級の冒険者ばかりかと身構えたが、冷やかしもしばしばいるらしく、俺たちを見ても誰も咎めようとはして来ない。
「ゼンキチ、見てよ! すごい。紅舌狼団のメンバーだ!」
ロッカがぴょんぴょんと跳ねながら、俺の肩を叩いて声を出す。
指さす先には、電話のような機械で話をしている女が見える。雰囲気は渚瑳の町で見かけた〚声拡に器〛にそっくりだが、あれに応答するような機能はないだろう。別物だ。
「紅舌狼団?」
「大手の冒険者ギルドだよ」
「そんなにすごいところなの? ライ=カー的な?」
一応、ワールドの主要ギルドについて調べていたつもりの俺は、自分の知識に不安を覚えながら尋ね返す。やはり頭脳の担当はカリスのようで、ロッカに代わって答えていた。
「ライネージ=カーネージは、どっちかっていうと、町を守ることがメインのギルドだからね。外に出ていって、本格的な探索をするとかになると、紅舌狼団の上をいくギルドは、少なくとも僕はないと思うな。フロアマップへの挑戦を請け負っている、ほとんど唯一のギルドだよ」
「うんとね。フロアマップの踏破を掲げているギルドには、紅舌狼団のほかにも、霓食の凍筆っていうのがいるんだけど……あっちはちょっと癖が強すぎるから、紅舌狼団一択になっちゃうの!」
「マジ……か」
フロアマップへの潜入。
それがどれだけ無謀であるかは、実際にやったことのある俺が、一番よく分かっている。
俺がほいほいと⦅朧影の巣⦆に飛びこんでいけたのは、絶対に道に迷うことのない、世界攻略指南というチートスキルと、サレンダー以外では負けようがない、スザクという反則があったからだ。
これを持たない状態で挑めと言われたなら、俺がドロシー並みの運動性能であったとしても、間違いなく拒否しているだろう。
平気でフロアマップの探索を行うなんて、通常じゃ考えられない神経だ。
どうかしている。
蛮勇と言いたくなるほどの豪快さだが、それが上級の冒険者というのだから、単なる実力の裏返しなのだろう。いったいどれだけパーティーの練度が高いのか、まるで想像もつかない。
騒ぐロッカを無視するのは気が引けたようで、受話器を置いた女がこちらに歩いて来る。
「こ~ら、ここでは静かに。ねっ?」
しょげるロッカだが、すぐに顔を上げて女のほうに視線を向けた。
「あ、あの! 紅舌狼団のムガラッチさんですよね!? あたし、ファンなんです! よかったら、握手してください!」
さすが、ロッカだ。押しが強い。
女は目を丸くしてから、次いで、困ったように笑いながらロッカの手を握る。
感極まったようにはしゃぐロッカは、まるでいつかのカリナを見ているようだった。
「なんか……場違い感がすごいね」
空気に飲まれてしまっていた俺は、すっかりと興奮が冷めてしまっていた。
「……そうだね。そろそろ戻ろうか」
なんでも、ドロシーが言うには、商人牙行側の掲示板には、マルドラス司祭の討伐依頼なんかがあったようだ。暗黒司祭マルドラスといえば、一度、俺も⦅朧影の巣⦆で目にしたことがある。スザクならワンパン、俺なら逆の意味で瞬殺だよ、つまんねぇ。
※
昼間はカリスたちに別の依頼が入っているというので、次に彼らと再会したのは、俺たちが夕飯を食べ終えて、宿の部屋でごろごろとリラックスしているときだった。
「帰りがけにクエストを受注して来たよ。実際に挑むのは、ゼンキチ君たちのほうが自由になってからだろうけど、今のうちに話を進めちゃおうか。用事のほうは、どのくらいかかりそう?」
「拳闘士の試合に出る子がいるんだ。明後日に予選があるから、そこまで長引かないと思うよ。ワイバーンってどこにいるんだっけ?」
ドロシーは、王都から離れた位置のクエストだとしか、教えてくれなかった。
「⦅風喰い峠⦆だよ」
「……」
いまひとつ反応の悪い俺を見て、察してくれたのだろう。カリスが話を続ける。
「逗玲の町から来るときに通らなかった? それとも、王都にはキンモクセイ地方のほうから来たのかな?」
「いや、ダリアから来たんだけど……祖晴の町から入ったんだ」
王都のあるラベンダー地方に向かうには、東周りのルートか西周りのルートの2つしか、選択肢がない。このとき、東がキンモクセイで西がダリア地方だ。メジャーなのは、たぶんダリアのほう。
俺の発言に、カリスが目を丸くする。
「えっ? 祖晴の町からじゃ、ラベンダー地方には行けなかった気がしたんだけど……」
そのとおりだ。
ダリア地方の形は三日月の反対。二十六夜月みたいな形をしている。
王都エオンオットの位置が、ラベンダー地方の中央付近にあるため、馬鹿正直に、ダリア地方の先端からラベンダーに向かうより、それより少し下からラベンダーに入ったほうが、移動距離を節約できると考えていた。俺は世界攻略指南に頼りっきりだったので、表面上の地図しか見ていなくて、ダリア地方の先端――つまり、逗玲の町以外からでは、ラベンダー地方自体に行けないことに、全く気がつけていなかったんだ。
……知らなかったんだよ。王都だけじゃなくて、ラベンダー地方そのものに、強固な入場規制がかけられているなんて、思いもしなかった。
カモミール地方の上にあるのは、アネモネ・ネモフィラを合わせたほどの大きさもある、超巨大な湖。これがラベンダーまで続いているので、南からの侵入は完全に拒絶されている。多茉喜湖の西、祖晴の町周辺には⦅阿部の連峰⦆が控えているため、俺の計画していたプランでは、どう考えても逗玲の町まで行かないと、王都に接続できなかったんだ。
カリスの問いに、俺は若干言葉を詰まらせながら答える。
「俺たちも……なんだろう。地元の人に案内されて通っただけだから、いまいちよく分かっていないんだけどね。ほら……酷い目に遭ったから、間違っても真似しないほうがいいと思うよ」
いうまでもなく、俺たちはスザクの運動性能で、無理やり突破しただけだ。
⦅阿部の連峰⦆をただの山と舐めちゃいけない。ここには大量の愧毛上があるため、山登りとは別の意味で命が脅かされる。それこそ、無謀な登攀者が、これまでにも数多く命を散らしているというから、ガチで遊び半分では向かっちゃいけない場所になる。愧毛上っていうのがなんなのか、実は俺もまだよく分かっていないんだけどさ。なんかすごく怖いやつだよ。
「でも、いいなぁ! 祖晴の町ってたしか温泉があるんでしょう!? あたしも1回行ってみたい!」
声を弾ませたロッカが、うっとりとした表情で呟いている。
「温泉があるとは聞いたけど、そこに滞在したわけじゃないから、俺たちも湯に入ったことはないね」
「それなら、ちょっと寄り道になっちゃうけど、帰りがけにでも行ってみようか」
「えっ?」
「……ゼンキチ君。本来、祖晴の町はラベンダー地方から向かうものだよ」
……そうでしたね。
「逆に、逗玲の町ってどういうところなの?」
今後、訪れる機会があるやもしれないが、カリスたちと仲を深めるうえで、彼らがそこで何を見たり、何を感じたりしたのかを聞いておくのは、悪くない案に思える。
「逗玲の町か……。そうだな、格闘で有名な町になるのかな。拳闘士の引退者とかが多いって話を聞くよ」
「そうなんだ」
祖晴の町経由で無理やり上洛したのは、完全に失敗だったと反省したが、これは却って正解だったのかもしれない。拳闘士の引退者の集落なんて、ソーニャは素通りできないだろう。下手したら、予選に間に合わなくなるという、本末転倒の事態になっていた恐れもある。
「あっ、でも美料理コンテストのほうが有名かもね」
「何それ?」
あとで調べたところによれば、この町の勇者である大塚逗玲は、拳闘士の原型になった人物らしい。それでも、今では王都のほうが、このスポーツが人気になってしまっているのには、時間の無慈悲な流れをちょっと感じてしまうが、重要なところはそこじゃない。大塚逗玲の作る料理が、大変美しかったところにある。
「僕たちも参加したよ。残念ながら、3位だったけどね」
「へぇ。ずいぶんと、料理が得意なんだね」
「ううん。ロッカが最高に美味しくない料理を、作ってくれたんだ」
「ひっどー! ムーディが味つけをしなかったら、絶対美味しくなっていたもん!」
「がはは!」
「いや、あれは美味しくない料理を目指すものなんだってば!」
……訂正しよう。大塚逗玲の作る料理は大変美しいうえ、クソまずかった。
彼女に敬意を払って、できるだけ美しく、そしてできるだけまずい料理を作る大会。これこそが美料理コンテストだ。ちなみに、優勝者の激まず料理は、シーズンごとに、逗玲に由来のある酒場でふるまわれるという話。かなり人気だとかなんとか。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




