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84 俺、カリスたちとクエストを受注する。

 カリスに率いられた俺たちは、王都での主要な依頼をひとまとめにした掲示板――中央掲示板(ビルボード)の前へとやって来ていた。


 位置としては、市場広場(マーケットスクエア)にあたる。何回か通ったことのある場所であっても、エリアが広すぎるせいで、俺は掲示板の存在を完全に見落としていたんだ。


「さすがに冒険者が多いね」

「そうだね。みんな僕たちと一緒だよ」


 俺の(つぶや)きにカリスが同意する。

 だが、このときの俺はまだ、カリスが真に言わんとしていることに、全然気がつけていなかった。つまり、中央掲示板(ビルボード)の周りに集まっている冒険者たちが、俺たちと同じように初心者ばかりだということを、理解できていなかったんだ。


 掲示板の規模が大きくなったといっても、雪乃(ゆきの)の町のナプ=パプと、本質はあまり変わらない。一緒のままだ。分かれた掲示板の左側が求人で、右側が求職にあたる。


 中央掲示板(ビルボード)の場合、それだけじゃなくて真ん中にも、大きなクエストボードが見られる。

 こういった3つタイプの掲示板では、目玉にあたるクエストなどを、目立たせるべく中央に張り出す傾向にある。それは中央掲示板(ビルボード)でもおんなじのようだったが、そこに群がる人だかりは、控えめに見積もっても冒険者とは思えない。商人や農夫の()で立ちといった具合で、クエストボードを確認しに来る人たちとしては、かなり珍しい職種になる。


 何か王都ならではのものがあるんだろうか?


「ねぇ、カリス。あれって?」


 真ん中の掲示板を指さして尋ねれば、カリスは合点がいったとばかりにうなずいてから、簡単に答えてくれる。


「あぁ、あれは魔物討伐協会による速報だよ」


 言いながら、人山に近づいていくカリス。

 俺も慌ててそのあとを追う。


「速報?」

「そうそう。魔物の正式なランクが発表されると、中央掲示板(ビルボード)にも速報として掲載されるんだ。特に、冒険者以外も被害に()いやすい、低ランクのやつなんかはね」


「ふーん、なるほどね」


 だから、魔物と対峙(たいじ)しなさそうな人でも、見に来ているわけか。……コラ、そこ。どうせお前も戦わないで逃げるだけだろうとか、本当のことをいうんじゃないよ。泣いちゃうでしょうが。


 人だかりの後ろから、カリスが張り紙に目を通していく。手持ち無沙汰なので、俺も一応は真似して記号を注視してみるが、当然のように俺は読めないので、ここでもイラストを流し見るだけで終わってしまった。……文字の練習? したよ。2分くらい。


「魔物討伐協会って、たしか北菔鳳(ほくおう)とライ=カーだったっけ?」

「ほかにもドラッジ=グラッジとか、色んな組織が加盟しているけれど、主要な機関はその2つだけだね。北菔鳳(ほくおう)はBランクに関与することがないから、僕たちに直接関係しているのは、実質的にライネージ=カーネージだけなのかも」


 冒険者としての能力が高くないと話すわりに、ちょっと色々と詳しすぎやしないかと、若干俺はカリスに恐れを抱きつつも、質問を続けた。


「ライ=カーも王都?」

「王都にもあったと思うけど……ここにあるのは支部じゃなかったかな? 本部は咲吏称(さりな)だよ、ほらクレマチス地方の」


「なるほどね……」


 ……まず、クレマチス地方の場所が分からないんだが?

 勘のいい人なら分かったかもしれないが、咲吏称(さりな)も一般的な地名とは異なり、愛称の1つになる。つまり、由来になった人物も八乙女(やおとめ)の1人だということ。


 氏名は咲田(さきた)栄吏称(えりな)

 愛原(あいはら)玖朱香(くすか)が、バランスの取れた万能型の勇者だったのに対し、咲田(さきた)栄吏称(えりな)のほうは槍の名手で、中距離での戦闘を得意としていたらしい。八乙女(やおとめ)最大の特徴は、もちろん彼女たちが、最も深く才蔵(さいぞう)と交流していたことなのだが、それを可能にした理由の半分くらいは、ほかでもなく八乙女(やおとめ)側にある。


 彼女たちはスキルホルダーだったのだ。

 8人は生粋のスキル所有者だったからこそ、才蔵(さいぞう)に多くの貢献をでき、また、だからこそ才蔵(さいぞう)のほうも、八乙女(やおとめ)を重用したというからくりらしい。女の子を区別するのはちょっと気が引けるが、この点が、その他の伴侶である娘子軍(じょうしぐん)八乙女(やおとめ)を隔てる、決定的な違いになるんだろう。


 ちなみに、もう少し栄吏称(えりな)を深掘りするなら、彼女には槍の加護力(ブリス)もあったとのこと。

 加護力(ブリス)というのは、特定の武具を扱っている間、一定のバフを得られるっていう、先天的な特殊能力のことだ。スキルにも似ているが、効果が運動性能のアップに限られていることと、1人の人間が、スキルと加護力(ブリス)を併用する場合もあることから、概念としては、きっちりと区別がなされている。……得物を持っているだけで運動性能がアップするとか、正直、羨ましすぎる。はぁ、やってらんねぇ。コーザさん。今からでも遅くないから、ちょっと俺にも加護力(ブリス)つけてみようぜ?


 胸中で己の非力な体に悪態をついている間に、カリスが適当なものを選んでくれたようだ。新種だという魔物の説明をしてくれた。


「僕らにも関係のありそうな魔物だと、これになるのかな。ナイトランナーだって。どうにも夜行性の魔物みたいだ。大体の情報は、グラスランナーと重なるところが多いみたいだけど……ナイトランナーのほうが、いくらか評価が高くなっているから、危険性は増している感じだね。身体能力とかが高いのかも」


「……。ごめん、俺、グラスランナーも分かんない」

「あれ? そうだったか……。最近、草原とかで目撃されるようになった、こっちも新しめの魔物だよ。たしか、巴苗(はなえ)の町で発見されたんじゃなかったかな」


巴苗(はなえ)の町ねぇ……。えっ、巴苗(はなえ)の町?」

「えっ、うん」


 見たことも聞いたこともない地名だと思ったら、割かし知っている集落の名前で、俺は驚いてしまった。


「そんなことがあったなんて全然知らないや。ねぇ、カリナ。知っていた?」

「軽くならね」

「……」


 当たり前のように首肯するカリナに、俺は裏切られた気分を隠せない。カリナちゃんは、僕ちゃんと同じく、運動音痴のお人ではありませんでしたかや? 文化系でしょう? なんでちゃんと知っているのさ。


 自分より少しだけ背の低い、薄い紫色の髪をした女のことを、俺が恨みがましく見ていれば、(あき)れるようにしてベロニカがカリナに追従して来る。


「テゾナリアス家の命名だろう? ランクをB+で申請したのに、実際はBでの承認だったからな。腹を抱えて笑った記憶があるさ」


 ショタ以外には、マジで関心がないようで、ベロニカが醜悪な笑みを見せている。あるいは、誰にでも容赦がないのは、たぶんワールドのメイドに共通している、不思議な性向なのかもしれない。


「というより、ゼンキチ様はなんであの町に滞在しておきながら、知らないなんてことが起きるんだよ?」


「すみませんでした」


 えっ、これって俺が悪いの? マ?

 いたたまれなくなった俺は、カリナたちから目をそらし、(さやか)班のほうに向きなおっていた。


「話を戻そうか! それで……えぇと、カリスたちが考えていた依頼っていうのは、どれになるのかな?」


 俺はなるべく、声音を明るくして(しゃべ)る。

 意図を察してくれたようで、すぐにロッカが応じてくれていた。


「この辺かな! マテリアル探しなんかだと、人数が多いと有利だよね~って思っていたの!」


「でも今は、せっかく合同パーティーを組むのであれば、やっぱりオーソドックスな討伐依頼にしたほうが、お互いにとって学ぶことは多いかもしれないと、考えなおしているところだよ」


 カリスの補足に、俺はゆっくりとうなずいて応える。

 実際のところ、王都に舞いこむ依頼というのは、いったいどのようなものなのかと思っていれば、気をつかったドロシーが、それに先んじて手近なクエストを読みあげていく。


「地下水道にいるネズミを駆除して欲しい。波泊場(ドックサイド)から、日雇い労働のお誘い。行方(ゆくえ)不明になった飼い猫の捜索……これは愛朱香(あすか)からの依頼ですので、一般人の人には、受注制限がかかっているかもしれませんね」


 何それ。受注不可の依頼を出広(しゅっこう)とか、富豪の遊びじゃん。俺も今度やろうかな。

 俺がアホなことを考えていれば、ドロシーがきりっと(にら)みつけて来る。

 彼女の言葉にも、ちゃんと耳を傾けていることを伝えようと、俺は首が痛くなる勢いで何度も力強く縦に振った。


「チゴモズの足取りについての調査依頼。場所が少し離れていますけれど、ワイバーンの討伐なんかもありますね」


「ワイバーン?」


 サブカルで親しんだエネミーの名前に、ついつい俺は反応を示してしまう。


「気に入ったかい? それは僕たちも候補にしておいた1つだよ」


 ワイバーンの強さはB-。邪法を使うランク帯になる。

 パーティーでの連携を確かめる試運転には、ちょっといきなりハードルが高い気もするが、最悪、すべてをスザクに任せれば問題ない。そう思えば、かなり気が楽だ。


「じゃあ、それで行こうか」


 まさか(さやか)班は、パーティーとしてのレベルが、俺たちより低いなんてことはないだろう。深く考えずに俺が誘えば、カリスは少し迷ったあとでしっかりとうなずいていた。


「いいよ」

「それにしてもあれだね。王都っていう割に、依頼の難度が極端に高いわけじゃないんだね」


 挑んでみたかったわけじゃないが、てっきりワールドでも無類のクエストが、所狭しと並んでいるんだと想像していた。


「あくまでも、ここは中央掲示板(ビルボード)だからね。北菔鳳(ほくおう)に頼まなきゃいけないようなクエストだと、こっちには置いていないんだよ。見てごらん? ほかの冒険者たちも……失礼だけど、僕らみたいなのばかりだろう?」


 言われて、俺はようやくこの場に、上級者たちの姿がないことに気がついた。さっきカリスが、自分たちと一緒だと話していたのは、こういう意味だったのか。


「なるほどね」

「ついでだし、商人牙行(ギルドハウス)のほうも(のぞ)いていこうか? さすがに、依頼は受けられないだろうけど、見るだけなら追い出されもしないはずだよ」


 せっかくだからと、促されるままに俺たちは、商業区画(マーケットウォーク)の北側へと移動を開始する。市場広場(マーケットスクエア)を中心に南が王都の入り口、東が職人街(クラフトワード)、西が旅人客窓(トラベラーズ・レスト)だ。細かく見ていけば、市場広場(マーケットスクエア)の頭上に第Ⅱ市場(セカンドスクエア)が広がるなど、まだまだエリアは残っているんだろうが、これで商業区画(マーケットウォーク)のすべてに、ひととおり目を通したことになる。


 商人牙行(ギルドハウス)を一言で説明するならば、商人たちのエリアになるんだろう。

 商人といっても、ショップを経営しているような、個人の店主を指す言葉じゃない。それよりももっとマクロな視点――市場広場(マーケットスクエア)の制度や裁定といった、社会の仕組みに携わっている人たちを指している。


 なので、ある意味、当然といえば当然なのだが、そこは多くの憲兵がとどまっている一角でもあった。


「……」


 青いマントを身につけた集団を、俺が形容しがたい心持ちで(にら)みつけていれば、カリスがきょとんとした表情で、俺の注意を自分のほうへと向けて来る。


「こっちだよ」


 釣られて振り向いた俺は、そこで息を飲んでいた。

 商人牙行(ギルドハウス)に鎮座する巨大なギルド会館。その正面に堂々と置かれた、真っ茶色の異色の看板。

 サイズでは建物よりも小ぶりのはずなのに、その威容が発する迫力は、明らかに看板のほうが勝っていた。


 高さ約4m。

 幅にいたっては、軽く10mを超えているだろう。

 市場指標板(マーケットボード)にびっしりと刻まれた数字の羅列は、様々な商品に設けられている、価格の相場を表すものに違いない。


 看板の存在理由は理解できる。いくら俺が馬鹿だといっても、そのくらいを察する能力はあるはずだ。


 人の手が決して届かない、恐ろしく高い位置に建てられていることにも、ちゃんと意味があってのことだろう。マナーの悪い人間による、安易な上書きを避けたいからだ。


 だが、さすがにこのサイズはやりすぎだ。これじゃあ変動があっても、正規の人間でさえ、内容を書き換えることができないんじゃないのか?


 そう思って注視していれば、看板の背後に、これまた馬鹿でかい人形が座っているのを、俺は認めていた。


 白色で、能面でもつけているかのような、事務的で無表情のマネキン。


「……なんだ?」


 (きし)んだような音を響かせているかと思えば、やがて人形はゆっくりと立ちあがり、市場指標板(マーケットボード)を背後から(のぞ)きこむようにして、順番に数字を修正していく。


(うそ)だろう……」


 看板を下に見られるほど、背の高い人形だ。

 動力はまさか人力じゃないだろう。こんな埒外(らちがい)の物品まで魔動具に含まれてしまうのかと、魔法の奥深さに俺は肝が冷える思いだった。


 ……俺の知っている魔動具じゃない。

 魔動具は生活家電の延長線じゃなかったのか。こんなの日用に供されているだけで、実態は兵器に近い気がする。


「どうした兄ちゃんたち? なんの商品の適正価格が知りたいんだ? こう位置が高くちゃ、背伸びしたってよく見えないだろう? おいらが近くまで案内してやるよ」


 いきなり話しかけて来た男は、そう言って金を欲するようなしぐさをして来る。

 これだけ大きくちゃ、初心者はお断りだろう。迷っておしまいだ。

 なるほど。それを思えば、小づかい稼ぎが生まれるだけの素地は、確かにあるに違いない。だからこそ、その点は不思議じゃなかったのだが、そうかといって、男に辟易(へきえき)しなくなるわけじゃない。


「あいにくと俺たちは――」


 断りの文句をいうよりも早く、ドロシーの鋭い目つきを受けた男は、相手が悪いとすぐさま退却していた。


 素人を相手の雑な商売をするだけあって、見切りの判断は速いようだ。そうじゃなければ、やっていられないんだろう。


「……」

「はぇ~。ドロシーちゃんってすごいね」


 純粋な感想を漏らすロッカの発言を聞いて、ドロシーはお茶と間違って、めんつゆを飲んだときみたいな顔をしていた。どんな顔かって? 思っていたのと違ったうえに、思っていたよりもまずかったって顔だよ。


 対応に困ったのか、なぜかドロシーが俺を殴って来たが、たぶんこれは照れ隠しじゃなくて、人形のモデルが女であることに、俺が一段と大きな興味を示していたからだと思う。質感は最悪だが、かなりいい(ぺぇ)でした、はい。


 いつまでも馬鹿なことはしていられないので、建物の中へと入っていく。

 商業の重役や、上級の冒険者ばかりかと身構えたが、冷やかしもしばしばいるらしく、俺たちを見ても誰も(とが)めようとはして来ない。


「ゼンキチ、見てよ! すごい。紅舌狼団(クリムゾン)のメンバーだ!」


 ロッカがぴょんぴょんと跳ねながら、俺の肩を(たた)いて声を出す。

 指さす先には、電話のような機械で話をしている女が見える。雰囲気は渚瑳(なぎさ)の町で見かけた〚声拡に器(ボイス)〛にそっくりだが、あれに応答するような機能はないだろう。別物だ。


紅舌狼団(クリムゾン)?」

「大手の冒険者ギルドだよ」

「そんなにすごいところなの? ライ=カー的な?」


 一応、ワールドの主要ギルドについて調べていたつもりの俺は、自分の知識に不安を覚えながら尋ね返す。やはり頭脳の担当はカリスのようで、ロッカに代わって答えていた。


「ライネージ=カーネージは、どっちかっていうと、町を守ることがメインのギルドだからね。外に出ていって、本格的な探索をするとかになると、紅舌狼団(クリムゾン)の上をいくギルドは、少なくとも僕はないと思うな。フロアマップへの挑戦を請け負っている、ほとんど唯一のギルドだよ」


「うんとね。フロアマップの踏破を掲げているギルドには、紅舌狼団(クリムゾン)のほかにも、霓食の凍筆(アイリス)っていうのがいるんだけど……あっちはちょっと癖が強すぎるから、紅舌狼団(クリムゾン)一択になっちゃうの!」


「マジ……か」


 フロアマップへの潜入。

 それがどれだけ無謀であるかは、実際にやったことのある俺が、一番よく分かっている。

 俺がほいほいと⦅朧影(おぼろかげ)の巣⦆に飛びこんでいけたのは、絶対に道に迷うことのない、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)というチートスキルと、サレンダー以外では負けようがない、スザクという反則があったからだ。


 これを持たない状態で挑めと言われたなら、俺がドロシー並みの運動性能であったとしても、間違いなく拒否しているだろう。


 平気でフロアマップの探索を行うなんて、通常じゃ考えられない神経だ。

 どうかしている。

 蛮勇と言いたくなるほどの豪快さだが、それが上級の冒険者というのだから、単なる実力の裏返しなのだろう。いったいどれだけパーティーの練度が高いのか、まるで想像もつかない。


 騒ぐロッカを無視するのは気が引けたようで、受話器を置いた女がこちらに歩いて来る。


「こ~ら、ここでは静かに。ねっ?」


 しょげるロッカだが、すぐに顔を上げて女のほうに視線を向けた。


「あ、あの! 紅舌狼団(クリムゾン)のムガラッチさんですよね!? あたし、ファンなんです! よかったら、握手してください!」


 さすが、ロッカだ。押しが強い。

 女は目を丸くしてから、次いで、困ったように笑いながらロッカの手を握る。

 感極まったようにはしゃぐロッカは、まるでいつかのカリナを見ているようだった。


「なんか……場違い感がすごいね」


 空気に飲まれてしまっていた俺は、すっかりと興奮が冷めてしまっていた。


「……そうだね。そろそろ戻ろうか」


 なんでも、ドロシーが言うには、商人牙行(ギルドハウス)側の掲示板には、マルドラス司祭の討伐依頼なんかがあったようだ。暗黒司祭マルドラスといえば、一度、俺も⦅朧影(おぼろかげ)の巣⦆で目にしたことがある。スザクならワンパン、俺なら逆の意味で瞬殺だよ、つまんねぇ。







 昼間はカリスたちに別の依頼が入っているというので、次に彼らと再会したのは、俺たちが夕飯を食べ終えて、宿の部屋でごろごろとリラックスしているときだった。


「帰りがけにクエストを受注して来たよ。実際に挑むのは、ゼンキチ君たちのほうが自由になってからだろうけど、今のうちに話を進めちゃおうか。用事のほうは、どのくらいかかりそう?」


拳闘士(グラディエーター)の試合に出る子がいるんだ。明後日に予選があるから、そこまで長引かないと思うよ。ワイバーンってどこにいるんだっけ?」


 ドロシーは、王都から離れた位置のクエストだとしか、教えてくれなかった。


「⦅風()い峠⦆だよ」

「……」


 いまひとつ反応の悪い俺を見て、察してくれたのだろう。カリスが話を続ける。


逗玲(すみれ)の町から来るときに通らなかった? それとも、王都にはキンモクセイ地方のほうから来たのかな?」


「いや、ダリアから来たんだけど……祖晴(そはる)の町から入ったんだ」


 王都のあるラベンダー地方に向かうには、東周りのルートか西周りのルートの2つしか、選択肢がない。このとき、東がキンモクセイで西がダリア地方だ。メジャーなのは、たぶんダリアのほう。


 俺の発言に、カリスが目を丸くする。


「えっ? 祖晴(そはる)の町からじゃ、ラベンダー地方には行けなかった気がしたんだけど……」


 そのとおりだ。

 ダリア地方の形は三日月の反対。二十六夜月みたいな形をしている。

 王都エオンオットの位置が、ラベンダー地方の中央付近にあるため、馬鹿正直に、ダリア地方の先端からラベンダーに向かうより、それより少し下からラベンダーに入ったほうが、移動距離を節約できると考えていた。俺は世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)に頼りっきりだったので、表面上の地図しか見ていなくて、ダリア地方の先端――つまり、逗玲(すみれ)の町以外からでは、ラベンダー地方自体に行けないことに、全く気がつけていなかったんだ。


 ……知らなかったんだよ。王都だけじゃなくて、ラベンダー地方そのものに、強固な入場規制がかけられているなんて、思いもしなかった。


 カモミール地方の上にあるのは、アネモネ・ネモフィラを合わせたほどの大きさもある、超巨大な湖。これがラベンダーまで続いているので、南からの侵入は完全に拒絶されている。多茉喜湖(たまきこ)の西、祖晴(そはる)の町周辺には⦅阿部(あべ)の連峰⦆が控えているため、俺の計画していたプランでは、どう考えても逗玲(すみれ)の町まで行かないと、王都に接続できなかったんだ。


 カリスの問いに、俺は若干言葉を詰まらせながら答える。


「俺たちも……なんだろう。地元の人に案内されて通っただけだから、いまいちよく分かっていないんだけどね。ほら……(ひど)い目に()ったから、間違っても真似しないほうがいいと思うよ」


 いうまでもなく、俺たちはスザクの運動性能で、無理やり突破しただけだ。

 ⦅阿部(あべ)の連峰⦆をただの山と()めちゃいけない。ここには大量の愧毛上(きけじょう)があるため、山登りとは別の意味で命が脅かされる。それこそ、無謀な登攀者(とうはんしゃ)が、これまでにも数多く命を散らしているというから、ガチで遊び半分では向かっちゃいけない場所になる。愧毛上(きけじょう)っていうのがなんなのか、実は俺もまだよく分かっていないんだけどさ。なんかすごく怖いやつだよ。


「でも、いいなぁ! 祖晴(そはる)の町ってたしか温泉があるんでしょう!? あたしも1回行ってみたい!」


 声を弾ませたロッカが、うっとりとした表情で(つぶや)いている。


「温泉があるとは聞いたけど、そこに滞在したわけじゃないから、俺たちも湯に入ったことはないね」


「それなら、ちょっと寄り道になっちゃうけど、帰りがけにでも行ってみようか」

「えっ?」

「……ゼンキチ君。本来、祖晴(そはる)の町はラベンダー地方から向かうものだよ」


 ……そうでしたね。


「逆に、逗玲(すみれ)の町ってどういうところなの?」


 今後、訪れる機会があるやもしれないが、カリスたちと仲を深めるうえで、彼らがそこで何を見たり、何を感じたりしたのかを聞いておくのは、悪くない案に思える。


逗玲(すみれ)の町か……。そうだな、格闘で有名な町になるのかな。拳闘士(グラディエーター)の引退者とかが多いって話を聞くよ」


「そうなんだ」


 祖晴(そはる)の町経由で無理やり上洛(じょうらく)したのは、完全に失敗だったと反省したが、これは(かえ)って正解だったのかもしれない。拳闘士(グラディエーター)の引退者の集落なんて、ソーニャは素通りできないだろう。下手したら、予選に間に合わなくなるという、本末転倒の事態になっていた恐れもある。


「あっ、でも美料理コンテストのほうが有名かもね」

「何それ?」


 あとで調べたところによれば、この町の勇者である大塚(おおつか)逗玲(すみれ)は、拳闘士(グラディエーター)の原型になった人物らしい。それでも、今では王都のほうが、このスポーツが人気になってしまっているのには、時間の無慈悲な流れをちょっと感じてしまうが、重要なところはそこじゃない。大塚(おおつか)逗玲(すみれ)の作る料理が、大変美しかったところにある。


「僕たちも参加したよ。残念ながら、3位だったけどね」

「へぇ。ずいぶんと、料理が得意なんだね」

「ううん。ロッカが最高に美味しくない料理を、作ってくれたんだ」

「ひっどー! ムーディが味つけをしなかったら、絶対美味しくなっていたもん!」

「がはは!」

「いや、あれは美味しくない料理を目指すものなんだってば!」


 ……訂正しよう。大塚(おおつか)逗玲(すみれ)の作る料理は大変美しいうえ、クソまずかった。

 彼女に敬意を払って、できるだけ美しく、そしてできるだけまずい料理を作る大会。これこそが美料理コンテストだ。ちなみに、優勝者の激まず料理は、シーズンごとに、逗玲(すみれ)に由来のある酒場でふるまわれるという話。かなり人気だとかなんとか。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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