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82 俺、ライバルと出会い、そして敗北する。

 女の身のこなしは軽やかだ。

 さすがに、地上からの追跡のみで、対処しなければならないロッカたちには、ちょいと酷な仕事だろう。すでに犯人を見失ったようで、市場広場(マーケットスクエア)との境目で足が止まってしまっている。


 一方の女も、追っ手がやって来ないことに安心したのか、スピードが緩やかなものになっていた。


「スザク、まだ気がつかれないようにしてね」


 一般人のいるところで、騒動を起こすわけにはいかないだろう。もっと人の少ない場所に女が向かうまで、待つ必要がある。


「……。……それでしたら、あちらの板を使ってみては?」


 スザクが指さして示すのは、建物たちを(つな)ぐようにして頭上に渡されている橋だ。縦横無尽に張り巡らされているので、尾行するのにはうってつけだろう。


 ただ、この天橋(あまばし)、俺の記憶が正しければ、憲兵のための道だった気がする。世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)で王都について、ちらっと調べたときに、そんなような記述を読んだ覚えがある。


「ほかの人が使っていないから、やめとこうか」

「……。そういうものですか」


 非常時には、一般人であっても使用可能なのかもしれなが、偉い人に怒られたくはない。屋根に登って空中を闊歩(かっぽ)してしまっているので、すでに手遅れかもしれないが、そこはほら……遠慮ってやつだよ。


 そこからさらに追走を続け、女の周りに人がいなくなったことを確認した俺は、タイミングを見計らって1人で突撃していた。


「悪いけど、スザクはここにいてね。怖がらせると、あれだから」

「……ゼンキチ様が相手を脅すのですか?」


 なんでだよ。


「そうじゃなくて、スザクが一緒だとあれでしょう。スザクって顔立ちが整っているのに無表情だから、結構、怖いんだよ」


 俺の発言に、スザクは目をしばたたかせて驚いている。今の今まで、その体で生きて来て、自覚が芽生えなかったんだろうか。分野を問わず、自分がナンバー1になった経験がない俺には、ちょっと想像するのが難しい。


(顔立ち……)


 スザクを適当な場所に残したまま、ゆっくりと俺は犯人の女に近づいていく。辺りは、裏道という様相を呈した暗い小径。周囲にある建物が高いせいで、日あたりが悪くなっているんだ。


「ねぇ、悪いんだけどさ。それは返してくれないかな」


 (はじ)かれるように肩を震わせた女が、身構えながら振り返った。


「なっ、お前……いつの間に!」

「驚かせたのは謝るけど、その袋は返して欲しいんだ」


 言って、俺は彼女の持つ小さな麻袋を手で示した。この道中、何度か女の姿を見失ったので、ずっと監視していたわけじゃないが、それでもあの麻袋はロッカので間違いないはずだ。


「――ッ! これは元から、あたしんだ」


 威嚇するように、女が1歩前へと踏みこんで来る。

 戦ったら確実に負ける俺としては、彼女の一挙手一投足に冷や汗をかいてしまうが、ドロシーほどの運動性能はないだろうと、心を落ち着かせる。不思議なことだが、殴られることに慣れると、人は冷静でいられるんだな。……人生はマゾヒストになったとき、ようやく初めて満喫できるようになるというのは、俺の友達の言葉だった気がする。


「本当に? それでいいの? (うそ)はやめようよ。別に俺はさ、君を捕まえようってわけじゃないんだから。見てよ、憲兵じゃないでしょう。そのお金、何に使うつもりだったの?」


 ……まっ、憲兵の恰好(かっこう)なんて知らないんだけどね。日本の警察官みたいに、分かりやすい制服を着用しているんだろうか。


「……」


 こちらの問いに、女は答えようとしない。

 まだ警戒されているのだろうと、俺は話題をちょっとだけ別のものにそらした。彼女のまとう衣服は、あたりさわりのない町娘のものでもなければ、アウトローを主張する盗賊のものでもなく、それこそ単なる冒険者然としたものだ。


「君もロッカ――さっきの子たちと似たようなものじゃないか」

「なっ! 失礼なことを言うな! 金ならちゃんとある!」


 歯をむき出しにして憤りを(あら)わにする女だが、それを真に受けるならば、彼女の行動と実態はちぐはぐなものになってしまう。


「……お金があるなら、わざわざ盗みを働かないはずじゃん。他人には言えないような、そんな(ひど)い理由からやったの?」


「違う! ……いったら、お前がそれをあたしにくれるのか? そうじゃないだろう。だから、これはあたしんだ」


 女は今まで以上に麻袋の口を固く握りこめる。その態度からは、絶対に渡さないという決意が見て取れた。


 弱ったな。

 自分に説得ができると思って来たわけじゃないが、それでも、もう少し話しあえるんじゃないかという、淡い期待を抱いていた。なんでも金で解決するのは不健全にも思えるが、あいにくと俺の頭では、それ以上の妙案が出て来ない。


「……。別にいいよ。どうせ高いものじゃないんでしょう? 俺が代わりに払うよ。だから、そっちは返して? 心配なら、中身だけは君がまだ持っていてもいいから。袋は俺の……知り合いのものだから、戻して欲しいんだ」


 まだ疑うように、女は俺を見つめている。

 これについては当然だろう。俺が逆の立場であっても、そうしたはずだ。意味が分からないし、ちょっと不気味だ。


「本当だろうな?」

「うん。女の幸せは、俺の幸せだからね。ただし、理由だけはちゃんと話してもらうよ。それから――」


 ほかにもあるのかと、女があからさまに俺を(にら)む。


「それが、君やほかの人にとって危ないものだったら、どれだけ安くても俺は買わない。それが条件」


 うなずく女。

 これで一件落着かと、女が麻袋に手を入れた瞬間、上空から突然1人の男が()って来た。

 何事かと女が臨戦態勢を取る。

 俺としても、いったいどこから現れたのかと、驚きを隠せない。せっかく丸く収まりそうだったのに、勘弁してくれ。


 翻る外套(がいとう)

 男の身に着けたマントに刻まれたシンボルは、天へと伸びる逆さまの(いかり)。アンカーに施された爪の数は4つと、見慣れているタイプの(いかり)じゃない。


「クソッ! なんで、こんなところに憲兵がいるんだ! 市場広場(マーケットスクエア)鬻安粛僚(プレイス・キーパー)の管轄だろう!?」


 憲兵……これが?

 男から受ける印象は、治安を維持する綱紀に人生を捧げたというよりも、復讐(ふくしゅう)の炎に身を焦がしていた、アルバートたちのものに近い。よほど彼らのほうが、シンパシーを感じただろう。


「……」


 女の問いに、男は答えようとしない。

 瞬く間に女へと肉薄した憲兵は、俺の見ている前で、女の体に背後から腕を回して拘束していた。


鬻安粛僚(プレイス・キーパー)は商人同士の問題を、自分たちで解決させるための機関ってだけだ。メンツの問題が、余計な派閥争いに発展されても困るんでな。だから、憲兵が出張っちゃいけねぇ理由が、そこにあるわけじゃない。それに……ここで俺たちを見かける機会が少ねぇのは、単にほかの連中がなまけているってだけだ。この俺を、そいつら無能と一緒にするな」


「ふざけるな! 鬻安粛僚(プレイス・キーパー)の顔を潰しているくせに、威張ってんじゃねぇよ!」

「黙れ、犯罪者。銀色の髪に、右目の下にある特徴的なほくろ……てめぇが最近よく聞く、異邦街(ストレンジ)のスリで間違いねぇな?」


「だったら、どうだってんだい?」


 腕を縛りあげられていることも気にとめず、女は挑発的に憲兵を見上げる。

 そんな不敵に笑った女の顔は、次の瞬間、驚愕(きょうがく)(ゆが)んでいた。

 口から(あふ)れる、おびただしい量の血液。

 ごぼり。

 血の泡を盛大に吐いた女が、そのまま倒れるようにして頭から地面に倒れた。


「憲兵ごときが――」


 恨み節を(こぼ)す女の上から、さらに続けて、男は流れるようにナイフを刺す。

 ……おい、待て。何をしている。

 その目から命の輝きが失われるまでに、そこから大した時間はかからなかった。

 自由に動かせたはずの、彼女のもう一方の手は、どこにも伸ばされてはいない。俺に助けを求めようとしなかったのは、無関係な俺を巻きこみたくなかったのか。それとも、結局のところは、最後まで俺のことを信用していなかったからなのか。


 いずれにしろ、止める暇なんてたぶんなかった。あまりに急な展開で、俺は全く動けていなかった。その場に縫いつけられたように、体が止まってしまっていたんだ。


「ほら、これはお前のだろう? 取り返してやったぞ。次からはせいぜい、盗まれないようにするんだな。そうすりゃ俺の手間も、ちっとは減るってもんさ」


 女の腕から、ひったくるようにして抜き取った麻袋を、男は自慢するように掲げてみせる。そうして、笑いながら俺に話しかけていた。


 だが、その楽しげなポーズは、まるで俺とは対照的だ。

 俺の心中にあったのは、どうしようもないもどかしさと、目の前の憲兵に対する(いら)立ちにほかならない。


「なんで……殺した。……なんで殺した!?」


 俺の発言に男は眉根を寄せる。

 まるで、何を言われたのか見当もつかない、異国の言葉を耳にしたかのように、男は黙ったまま冷ややかに俺を見返していた。


「たった銅貨(ベロウェ)2枚だぞ!」


 ようやくそこで、男は(いぶか)るように手元の麻袋に視線を落とした。

 だが、俺にはどうして男がそんなことをしたのか、全く分からない。


「……たとえ、これが銀貨(ラハモ)であったとしても、どのみち同じことだ。お前にとっては、これが大金だったからこそ、取り返しに来たんだろう?」


「違う! 俺は、なぜ盗んだのか――その理由を聞くために追って来たんだ!」


「話にならんな。聖職者の真似事か?」


 もしもこの男の言うように、駆け出しの冒険者たちにとって、銅貨(ベロウェ)が本当の大金になってしまっているのだとすれば、それは個人の努力とは無縁の部分に、重大な欠陥があるだろう。程度の低い依頼には、極端に安価な報酬が設定されていたり、コミュニティーが必要とする以上の数の冒険者が、見境なく職につけてしまったりといった、社会の制度や構造のほうに修正の余地がある。そのアプローチは、上級パーティーの荷物持ちといった、副業を充実させる面でもいいかもしれない。


 だが、周囲の環境や自分の努力ではどうしようもないことを、個人の責に還元するような理論だけは、認めるわけにはいかない。それは親ガチャを許容するということにほかならない。絶対にありえないのだ。


「お前は自分が何をしたのか、分かっていないのか!?」

「この世から、いらねぇゴミを処分した。ただ、それだけだ。うだうだ()えるな、三流」


 冷酷に吐き捨てた男が、手渡す気も()せたと言いたげに麻袋を放る。

 袋から飛び出た中身は、俺の横に落ちて、そのまま硬貨は地面を転がっていく。ロッカの荷物だけは回収しなければと、俺は腹立たしさをどうにか抑えながら、それを拾いあげていた。


「お前は――間違っている!」


 露骨な舌打ち。


「……ついでだ。慈善活動をしてやるよ。どこまでもお気楽な坊ちゃまに、現実ってやつを見せてやる」


 言うやいなや、憲兵の男は右手で指を鳴らした。

 その瞬間、男の隣に銀髪の女が現われる。それが実在する人間ではなく、先ほど亡くなってしまった女だと、直感的に理解できたのは、彼女の足が地面に接することなく、ふわふわと漂うようにして宙に浮いていたからだった。


「俺のスキル冥界死霊交信(ザ・ヘイトリッド)は、俺のそばにいる死影(ゴースト)を幽霊にするというものだ。そして、その死影(ゴースト)が俺によって殺されたものである場合、俺はその幽霊に対して命令ができる……ちょうど、こんなふうにな。『偽りなく正直に話せ。お前はどうして盗みを働いたんだ? 食っていけねぇような状態だったのか?』」


 ……不羈(イリーガル)

 他人からスキルの効果について、聞かされた経験はまだ少ないが、それでも断言していいだろう。これは確実に、俺が初めて接する自分以外の不羈(イリーガル)だった。


 ぽつぽつと女は語る。

 しかし、その表情は、彼女が幽霊になってしまったからなのか、どのような言葉を発しようとも、変化が訪れることはない。


 彼女は死んだ。

 その事実を痛烈に突きつけられるようだった。


『仲間が話していたんです。よく行く酒場の新作料理について。あたしはまだ食べたことがなくて、それで話題についていきたかったんです』


「『まだ、お前には聞きたいことがある。先にお前は、俺の部屋で待っていろ。場所は憲兵の宿舎に行けば、それと分かる』」


 幽霊との会話を終えた男が、俺を鼻で笑う。


「聞いただろう? これがお前の(かば)っていた犯罪者の正体だ。ちょっとは現実ってもんが分かって来たか、お坊ちゃま?」


「犯罪だからって、お前は軽微なものでもなんでも殺しちまうのか!? 寛容な社会じゃなきゃ、道を踏み外しちまった人間のことは、誰が救ってくれるんだよ!」


 身振り手振りを交えながら、俺は激情のままに言葉を男にぶつける。


「本来、道を踏み外すことのなかった人間が、ゴミクズのせいで人生を台無しされることのほうが、(はる)かに大きな問題だ。自分じゃ何もできねぇ夢想家が、いっちょ前にでけぇ口を(たた)くな」


 憎しみを込めて俺は男を見返す。

 この感情はタマーラのときとは違う。言うなれば、これはサベージに似ている。英雄の不在に対する憤りであり、不平等を是正できない己の無力さへの嘆きでもある。


「お前は絶対に間違っている!」

「いい加減にしろよ、クソガキが」


 殴打。

 あっという間に肉薄した男が、俺の頬を打ち抜いていた。


「やめろ、スザク!」


 刹那――俺は腹から声を出す。

 叫んだのは、ほとんど直感だった。

 後方へと、俺の体が勢いよく吹き飛ばされる。

 ドロシーほどの運動性能じゃなさそうだが、だからといって俺と同類じゃない。自分よりは明らかに格上だと、無条件に理解させられるステータスだ。


 体中に伝わる衝撃は、気力を失うには十分。

 おまけに頭部から背後の壁に激突したせいで、目が回って辺りの様子もよく分からない。


「やめ……ろ……。ス……ク」


 うなされるように、かすれた言葉を吐く。

 かろうじて見えたスザクの姿は、男の背後にぴたりと張りつくようだった。背中から抱きしめるように回された4本の指。長い指先が、なぶるようにして、男の(あご)を順番に優しく()でていく。


 俺が本能のままに叫ばなければ――彼女の行動を止めていなければ、まず間違いなくスザクは憲兵の首を、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくへし折っていたことだろう。


(こいつやべぇな……。今まで出会って来たどの人間よりも(つえ)ぇ。今のままじゃ、魔合業(コンビネーション)を使っても俺がやられる)


 男の顔をもてあそんでいたスザクが、何事か口を開く。

 だが、その声はあまりに小さくて、俺のもとにまで届いて来なかった。


『……。私の雇用主はすこぶる寛大だ。貴様が今も悠長に息を吸って吐けるのは、その寛大さが理由なのだと、これからの人生、せいぜいそれを()みしめて生きていけ』


『てめぇ堅気(かたぎ)じゃねぇだろう?』

『……。……今は堅気(かたぎ)のつもりですよ。でなきゃ、今頃あなたの首は、鳥の餌になっているでしょう?』


 (つか)()、目を細めて俺を見ていた男が、諦めたように首を横に振る。


「……いいぜ。正しさの勝負はお前に譲ってやるよ。だが、現実の結果は俺がもらう。これからも俺は社会のゴミを始末し続ける、一生な」


 スザクの手を振り払って、男がこの場から立ち去っていく。


「待て……。お前の……名前を教えろ」


 俺は呆然(ぼうぜん)と寝転んだ状態のまま、動けない。

 こちらのことなど意に介さず、男は通りのほうへと消えていく。ただの一度でさえ、そいつは俺のことを振り返らなかったのだ。


(待っていてくれ、姉ちゃん……。俺が必ず、姉ちゃんを()めたすごくいい人(ナイスパーソン)を、地獄に(たた)き落としてやる)


 ……何も言い返せなかった。

 スザクが強引にこの場を壊しただけで、俺が何かをしたわけじゃない。

 うずくまったままの俺の肩を抱えて、スザクが立ちあがらせてくれる。


「……。……あまり、ご無理をなされませぬよう。私も、いつも自分の行動を止められるわけでは、ありませんから」


 珍しく、スザクが気をつかって冗談を話してくれたというのに、俺は曖昧(あいまい)にうなずくことしかできない。


 支えられて地面を歩く俺たちを横目に、中年の男が野卑な笑い声を上げながら、転がっていた硬貨を持ち去っていく。俺が拾い損ねたやつだ。おおかた、憲兵とのやり取りを(うかが)って、時機を見計らっていたのだろう。


 とっさにスザクが殺意を(あら)わにしていたが、俺にはもう、それに関わるだけのモチベーションがなかった。殴られたときに、残さず生気は裏道にプレゼントしてしまったらしい。ロッカには、あとで俺の銅貨(ベロウェ)で補填しよう。


「ごめん、スザク。今日はもうやめよう……。お願いだから……」


 立ちあがれはしたものの、体重は全部スザクのほうに預けてしまっている。自分の足で歩いていない。


 頭を傾け、スザクの腹部に()()()かかる。

 甘えたかったわけじゃない。

 慰めて欲しかったわけでもない。

 ただ、現実ってやつに戻るまでの、時間稼ぎがしたかったんだ。まだ、受け止めたくなかったんだ。直視したくなかったんだ。


 たぶん、スザクのほうも、どうすればいいのか分からなかったに違いない。

 俺の後頭部を持つと、そっと自分の体のほうに寄せてくれていた。


「……」


 朝露を帯びたような、爽やかなオレンジの香りが鼻に広がったが、あいにくとそれに関心を向けられるほどの余裕は、今の俺にはなかった。


 ほどなくして、俺は()りつかれたように、女の死体があるところへと近づいていく。

 その体に触れながら世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)を開く。

 手で実物を触っていれば、スキルで該当の項目を呼び出せることは、すでに学んでいたからだ。

 だが、どんなに注意深くページを開いてみても、どんなに願ってスキルを発動させても、思いどおりの内容は浮かんで来ない。


≪あなたには、すでにその権限がない≫


 性格の悪い女神様が、不遜にも勇者を(かた)る俺に対して、冷たいほほ笑みを向けているようだった。


 無慈悲な警告は何度やっても変わらない。

 世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)の情報に規則があることは、何度も教えられて来た。

 そして、そのルールがこのときほど、残酷な形で表されたことはない。

 過去の事柄は、それがどれだけ俺にとって必要なものであったとしても、ワールドにとって記載するに足る重要な情報しか、加えられないのだ。


 自分のスキルが本来、死者には用なしなのだという、赤ん坊にも分かる事実さえ俺は理解していなかった。


「ホント……クソの役にも立たねぇスキルじゃねぇか……。何が不羈(イリーガル)だ」


 生きている者を助けるための世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)と、死者にしか食指を動かさない冥界死霊交信(ザ・ヘイトリッド)

 考えも能力も、まるで正反対だ。

 正真正銘、あの憲兵が俺のライバルってやつになるんだろう。俺は決して、あいつを認めるわけにはいかない。あれじゃ、ただの不平等の象徴だ。


「ごめんなさい……。俺にはもう、君の名前さえ知る()()がないんだな」


 ここで涙を流すことが、どれほど君を慰めることに(つな)がるのだろうか。

 だけど、俺は自分の瞳から(こぼ)れるしずくを、止められそうにない。

 人前でもわんわんと泣ける特技は、こんなときのために用意していたわけじゃないのに。

 後日、俺は今日出会った男が、憲兵の死神と呼ばれていることを知った。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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