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81 俺、スリの現場に遭遇する。

 昨日はあれから、昼食を取ったあと、宿屋に戻ってだらだらと過ごしていた。

 主人のフレデリックは元冒険者らしいのだが、これがまた話し上手(じょうず)で、冒険者時代の体験談を、楽しく聞かせてもらっていたのだ。


 確保した部屋は、複数のパーティーで使う前提の大部屋。

 一応、相部屋ということで、ロッカたちの帰りを俺も待つつもりでいたんだが、王都で人ごみにもまれたこともあってか、割とすぐに寝てしまったらしい。


 (まぶ)しさを感じて目を開けるが、すでに日は十分にのぼっている。

 やや濁った窓の(ふち)には、植物の(つる)が腕を伸ばしていて、その先の屋根をめがけて、クライミングをしている最中だ。こういった部分は、現代の旅館であれば、手入れの行き届いていないということで、得てして趣とは呼べない古臭さを、どうしても覚えてしまうところだが、さすがに異世界だと感じ方も異なる。自然と一体化した建物みたいで、いかにもファンタジーらしくて俺は好きだ。


 部屋の中を見渡しても、ほかの人の姿は見えない。

 昨晩は特に意識していなかったのだが、部屋の壁に使われている木材は、結構節が目立っていて、継ぎはぎが多い。部屋は最大で、3つのパーティーが一緒に使うことを想定しているらしく、荷物を入れるための木箱は、同じだけの数が用意されていた。容積が小さいので、使い道はかなり限定されたものになりそうである。


 壁に貼られた商業区画(マーケットウォーク)の地図は粗く、大まかな位置しか分からない。

 これなら旅人客窓(トラベラーズ・レスト)周辺だけでいいから、もうちょっと詳しいマップがあったほうが、旅客の為になるんじゃないかと俺は思ったのだが、ここに泊まるのは基本的に冒険者だ。外へと向かう人間ばかりなので、このくらい広域の地図のほうが、何かと使い勝手がよいのだろう。居座りもしない王都のことより、たぶん宿に戻って来られるルートが、なんとなくでも分かるほうが重要だ。


 視線を床のほうへと向ける。

 布団に使われた形跡があるので、ちゃんとロッカたちも、一度帰って来ているのは間違いなさそうだ。


 ……ドロシーたちも、もう起きているんだな。

 珍しく、寝坊をしてしまった。

 急いで1階の食堂におりて、ドロシーたちに挨拶を済ませる。そうして、今日こそはタマーラ商会を訪れようと、俺たちは外に向かった。……正直、タマーラに会うことを思えば、憂鬱な気分になるのは避けられなかったが、こればっかりは仕方ない。ソーニャのためだ。


 滑りの悪くなった引き戸を、半ば強引に開けて宿から出れば、少し先に3人組のパーティーが見えた。


 明らかに、そのパーティーは黄色い髪の少年を中心にしていた。

 彼からは理知的な雰囲気が漂っているのだ。実戦を想定したであろう、動きやすい軽めの(よろい)の下からは、立派な頭脳とは対照的な、残念な体型が顔を(のぞ)かせており、きっと俺の頭をよくして顔も美化したら、あんな感じになったに違いないと思わせるものがある。……それもう俺じゃねぇよ。


 リーダーの体力不足は、ほかのメンバーが補う方針のようで、もう1人の男は少年と違って、防具の上からでも分かるほどに筋骨が盛りあがっている。上腕は俺の太ももに近いし、下肢は冗談抜きで電柱に近い。それでも、全くといっていいほどに威圧感を覚えないのは、きっと笑ったときに、目じりに(しわ)が寄ってしまうせいなのだろう。親しみやすい顔つきをしているんだ。手に()()い革が()()っているのは、無造作に負ぶわれた、背中の巨大な剣を使うときに便利だからに違いない。


 全員に共通しているのは、肩にかけられた深緑色のマントだ。

 このシンボルがあるおかげで、彼らが日常を共にしているパーティーなのだと、一目でも判別できるようになっている。その中でも、やはりマントが一番似合っているのは、オレンジ色の髪をポニーテールにまとめた女だろう。すがすがしい朝日を思わせる女は、その印象から実態もあながち外れてもいないようで、ちょっと見ているだけでも快活であることを察せられる。髪どめに付属している銀のリングは、彼女が動くたび、(せわ)しなく踊るように跳ねていた。


 間違いない。

 そのパーティーとは、ほかでもなくロッカたちその人だった。

 遅れて俺たちに気がついたロッカが、ぱあっと表情を明るくする。


「あっ、おはよう! 昨日はありがとね。助かっちゃったよ!」


 そう言って、ぱたぱたと駆け寄った彼女は、俺ではなくドロシーの手を握って礼を言った。

 本能的に、ロッカは俺たちの中の誰が本当のリーダーなのか、よく分かっているのかもしれない。表向きは俺が雇用している形だが、実際のところは、ドロシーがいなくなった途端に崩壊するのは間違いない。そして、たぶん一番いらないのが俺! 最高だね、人生って。


 若干、顔を引きつったようにさせているドロシーだが、それ以上の拒絶をすることはなく、渋々とロッカに応じている。そんなロッカの様子に、残りの男2人も、苦笑を浮かべながらこちらに近寄って来ていた。


「よく眠れたみたいだね」

「おかげさまで」

「大部屋の経験があったのかな?」

「全くないわけじゃない程度だよ」


 修学旅行で雑魚寝(ざこね)したときのことを思い出しながら、俺は男に答える。

 そうやって他愛もない話に興じていれば、俺たちのそばを子供が通りかかった。手に持っている黄金色の焼き菓子には、俺にも見覚えがある。サテモ焼きだ。王都がラベンダー地方にあるせいで、生地の形がなんとも複雑で、珍妙なものになってしまっているが、やはりあれはラベンダーを表しているんだろう。


 好物に釣られたドロシーの視線が、しばし横に動いたのが俺には分かった。タマーラ商会の帰りにでも、買っていこうかな。


「それでさ、ちょっと君たちに相談があるんだよね。昨日の今日で悪いんだけど……」

「ロッカ、それは僕から話す約束だったじゃないか!」


 対面の男が慌てたように叫ぶ。


「だって、カリスは何かとまどるっこしいんだもん」


 ……それは初めて会ったときに、俺も感じたことだけどさ。

 言わないでおいてあげるのが、優しさってものなんじゃないだろうか。本人からすれば、丁寧さを心がけているだけのつもりなんだろう。ほら、見ろ。口をぱくぱくとさせたまま、固まっちゃったじゃないか。


 みなの注意がカリスに向いた直後、ロッカが小さな悲鳴を上げる。


「冷たっ!」


 何事かと思って見やれば、子供がロッカに激突していた。子供の脇を駆けていた女が、男の子を蹴とばすようにして無理やり進んでいったのだ。押された子供が、そのままロッカに衝突した形だ。


「あれ? サテモ焼きって冷たいお菓子だったっけ?」


 たい焼きのオマージュなので、てっきり熱い食べ物だと早合点していた。

 とんちんかんな俺の発言には、ドロシーが冷めた目で答えてくれる。


「これは冷凍のタイプですよ」

「あっ……うん」


 さも常識であるかのように語るドロシーに、俺は温度差を感じながらうなずいていた。詳しすぎるでしょ、あなた。なんだよ、サテモ焼きガチ勢って。


 ロッカの衣服に、付着しなかった部分のサテモ焼きについても、すでに地面に落っこちており、3秒ルールを好んで用いる俺としても、拾ってまでは食べたくない惨状だ。


 自分の置かれている状況に、ようやく気がついた男の子は、その手にサテモ焼きがないことを理解すると、目じりに涙を浮かべ、ほどなくしてわんわんと泣きだした。


 当然のように、女からの謝罪はない。我関せずと、足早にこの場から去っていく。

 少しだけむっとしながら女のことを見つめる俺の隣では、ドロシーが(にら)みつけるような視線を彼女に向けていて、はっきり言って、俺にはそっちのほうがよほど恐ろしかった。


(今……ちらっと光る物が見えたような)


 あたふたと男の子をなだめるロッカだが、不慣れな彼女では力不足だ。ベロニカが加わり、手際よく子供をあやしていく。その表情に、どこか恍惚(こうこつ)としたものを見て取ってしまった俺は、ドロシーのときとは別の意味で背筋が寒かった。その動機は母性にあるのではなく、(へき)なのだ。


 ……こんな幼い子でも、ショタコンの守備範囲なんだ。

 とまどう俺の横で、ドロシーがロッカに声をかけていく。


「そっちはベロニカさんに任せて、あなたはご自身の手荷物を確認してみては?」

「えっ? 荷物?」


 きょとんとした顔でドロシーを見返すロッカだが、促されるがままに、素直にポケットの上から手をあてて、中身を確かめていく。そのしぐさは、まさしく俺がスマホをなくしたときにそっくりで、親近感を覚えた俺は、なんだか笑ってしまっていた。……やっぱり、どこの世界であっても、人が探すときのふるまいは同じになるんだなって。


 再びロッカが悲鳴を上げる。

 どうにも、ズボンに(ひも)でくくりつけておいた貴重品が、消失しているらしい。


「うっそ! 取られないように、あたし、ちゃんと結んでおいたのに!」

「案の定ですね」

「どういうこと?」


 この子供がぶつかったとき、盗み取ったようには全然見えなかった。


「違いますよ、ご主人様。この子は関係ありません。先ほどの女性にうまく利用されただけです。ナイフを抜いたように見えましたので、子供をぶつけて注意をそらせた間に、切って袋ごと持っていったのでしょう」


 なんて手際のいい犯人なのだろう。


「急いで追いかけなきゃ!」


 走りだすロッカの背中に、俺は声をかける。


「待って、俺たちも行くよ。中身は何?」


 ロッカたちの恰好(かっこう)は、贔屓(ひいき)めに評価したって下級の冒険者だ。貧相なパーティーをわざわざ狙った理由は、俺も知りたい。


「……。銅貨(ベロウェ)が2枚だけだけど、今のあたしにとってはとっても大金!」


 ドロシーのおかげで、大したタイムロスもなくスリを看破した俺たちだったが、それ以上に犯人の女はすばしっこい。旅人客窓(トラベラーズ・レスト)での犯行を得意としているらしく、人ごみを巧みに使われ、女との距離は近づくところか、見るみる広がっていってしまう。ちょっとでも注意を怠れば、即座に女を見失ってしまうほどだ。


 いずれじり貧だろう。

 このまま市場広場(マーケットスクエア)にまで逃げられたら、俺たちでは二度と見つけられない。


「スザク、上だ! 俺をあの建物にまで運んでくれ!」


 屋根に登って高所から見おろしたほうが、まだ勝ち筋があるだろう。

 そう思ってスザクに身を委ねれば、その目論見(もくろみ)どおりに、女の現在地をはっきりと確認できた――スザクが。


 ……やっべ。分かんね。


「……。……ゼンキチ様。あの青い家の路地に……」


 指さすほうに視線を向ければ、俺にも走る女の姿が見える。


「見つけた! ロッカ、俺たちは先に行くよ!」


 合図を出すやいなや、瞬く間にスザクは、俺を抱きかかえるようにして移動していった。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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