77 俺、占い師の噂を聞きつける。
俺の前を、ずんずんと歩いていくドロシー。
自分の後ろに気配がないことから、俺が彼女のあとをついて来ていないことに、早くも気がついたのだろう。ドロシーは再び、俺のことを不審げに見つめていた。
「……どうかされたんですか?」
「いや……大丈夫。今、行くよ」
慌ててスキルを切って、俺は小走りでドロシーに近寄った。だが、当たり前だが、内心では大慌てだ。はっきり言って、ちょっとしたパニックを起こしかけていたんだ。
予想とはあまりにも違う反応に、俺は世界攻略指南に表示された文字列の意味を、うまく理解することができないでいた。
改めて、書かれてあった言葉を思い起こす。
≪この機能は、羽柴善吉が対象の居住地を知っているか、または、対象の居住地を、1度でも羽柴善吉が訪れている場合にしか、使用することはできません≫
……居住地って何?
いくらワヤから、人格鍵に関する、小難しい講義を受けたからといっても、そこまでの時間は経過していないはずだ。第一、今回は内容が勉学だというのに、俺は寝てすらいないんだぞ。うっかり日が変わったなんていう、奇想天外な事態は起こっちゃいない。
間違いなく、チェミンと出会ったのはついさっきだ。時間の制約は満たしているはず。そうだというのに、ご覧の結果だ。
……マジかよ、冗談だろう?
居場所を確認するための条件は、直前に顔を合わせていることだけじゃなかったのだ。
「……」
半ば強制的に思い返してみれば、今までに現在地を調べたことのある人物は、いずれも故郷を知っている者たちだった。
最初にこの機能を使ったのは、ドロシーのお父さんのために、雪烏帽子という薬品を届けるときだ。確かめた相手は、タマーラの護衛であるジャスティンになる。ジャスティンとは会話もしたことがなかったので、これ以上にないほどの初対面の状態だったが、当時、俺がいたのは雪乃の町。図らずも、ジャスティンの古里に訪れていたことになる。
その後のオスカー・ドロシー・ソーニャ・ムニエ・ダリオロも同様だろう。いずれも地元を知っているか、地元に訪れたことがあるという条件を、綺麗に満たしてしまっている。
……クソっ。
そういえば、タマーラと最初に出会ったときにも、周辺にいる人間なのかどうかという部分で、自分のスキルと格闘したような覚えがある。
知らなかった……。世界攻略指南には、こんな制約もあったんだ。
もっと真摯に、俺は己の異能と向きあうべきだった。
つまり、世界攻略指南には大きく分けて、3つの機能があるということだろう。
1つ――過去の重要な事柄や、偉大な人物についての基本的な解説。ワールドに関する簡単な知識も、ここに含んでみていいはずだ。金庭雪乃や均分転移なんかがこれにあたる。当たり前だが、こちらは俺が顔と名前を知っている必要がない。大昔の人間と出会うことはできないから、ワールドの常識は例外という扱いなのだろう。
2つ目は、詳細な解説だ。相手の顔と名前を知ることで、他人には秘密にしておきたいプロフィールも、難なく覗けるようになる。この機能を使うには、対象となる人物が、俺のそばにいてくれないといけない。名前なしでも、運動性能だけは確認できてしまえるのは、この効果の延長線になるんじゃないかと、俺は予想した。
最後に3つ目。居場所の確認だ。
恐らく、これは2個目の機能よりも内容がシビアなのだ。情報の中身が、リアルタイムの位置情報という、極めてこまやかなものになるので、顔と名前を知っているだけでは、スキルに弾かれる。相手にもっと接しないといけない。ブロンズデーモンに関する項目が追加されたのも、振り返ってみれば、こういう理屈によるのではないか。
情報を整理してみたはいいが、今さらどうすることもできない。チェミンの行方は分からずじまいだ。
直後に、猛烈な後悔が俺を襲ったが、安心材料が1つもないわけじゃなかった。
連れの男だ。
あの男のステータスを、事前に知られたのは大きい。不幸中の幸いだ。チンピラごときに負けることは、絶対にないと言い切れる。
ドロシーに促されるままに、旅人客窓のほうへと向かえば、進む先から、見知った顔たちが歩いて来るのが見えた。どうやら、ベロニカたちも考えたことは同じだったみたいだ。
「な~んだ。ドロシーたちも飯を買いに来ていたのか。意外と、そっちのほうが用件が早く済んだんだな。……もっとも、こっちのは、おおむねスザクが道草を食ったせいだがね」
肩を竦めるベロニカに釣られてスザクを見やれば、大層ご機嫌な様子で、手に何本もの竹串を持っている。十中八九、それはペロペロキャンディーの残骸だった。
「中々どうして、噛みごたえがありました」
市場広場でもない場所の、いったいどこに飴の屋台なんてものがあったのか。全く見当もつかないが、いずれにしろ、最強のぽんこつに対して何も言えない俺たちは、スザクの奇行を気にしない方向で流すしかない。
すぐさま、ドロシーが本題を口にする。
「どうでしたか?」
「まだ予選が始まらないので、しばらくしてからまた来いとさ。どうにも、相手にされなかった感じは否めないね。向こうは、ゼンキチ様と直接話がしたいようだったよ」
「そうなの? ……いったいなんの用だろう」
ベロニカは苦笑するだけだったが、俺としてはあまり喜ばしくない。間違ってもタマーラとは会いたくなかったのだが、さすがに礼儀として、拳闘士の予選が始まることを、遅滞なく伝えてくれたことの感謝くらいは、やはり述べないとまずいんだろうか。ぐぬぬ。
そういうことならば、仕方ない。ソーニャの戦いが終わるまでは、癪だが言うことを聞いてやろう。俺だって鬼ではないのだ。
突然、生じてしまった空白の時間。
パンのみの昼食のつもりであったが、ホワイトシチューも買うのが安パイかと、露店のほうに足を向ける。この頃にもなれば、俺もホワイトシチューがないと落ち着かない程度には、ワールドの食事事情にも慣れて来ていた。……さすがに、日本の味噌汁ほどじゃないけどね。
ところで、立ち食い形式の安価な露店にもなると、日本でなじんだような食器は使われなくなる。陶製の器は、大衆食堂レベルでもあまり見られない。では、どんなものが用いられるのかといえば、なんてことはない。使い捨ての食器だ。
もちろん、プラスチックみたいな工業製品じゃない。
安価な食器の定番は、セプラの実かフランドラビーン。どちらも植物製だ。
セプラの実は、殻がマトリョーシカのように入れ子状になっていて、ヤシのように実が巨大なので、1つの実からでも、半円状の殻が大量に得られる。これを器として用いるのが、代表的なやり方だ。
ただし、このセプラの実には欠点もある。
当たり前だが、入れ子状になっているせいで、殻の大きさが均一じゃない。中に行けば行くほどに殻が小さくなるので、食器として用いたときにも、大きさがばらばらになってしまう。
もっとも、これは盛りつけの工夫次第で、対応することは可能だ。例えば、ホワイトシチューなんかであれば、お玉で掬った1杯を基本とするなら、器のサイズが違っても中身の量は変わらない。
反対に、この点を気にする場合に使われがちなのが、フランドラビーンだ。
フランドラビーンはマメ科のでかすぎる植物で、ここでは特にその鞘をそう呼んでいる。この豆の鞘は、お団子状に上品に連結しているため、手でも簡単に切り離すことができ、割って中の豆を取り出すだけで、鞘を器に変えられるのだ。
鞘は端から端まで、大きさにほとんど差がない。なので、セプラの実と違って椀を揃えたい場合には、フランドラビーンが好まれる。
……え? 全部、フランドラビーンでよくねって?
たぶん、その指摘は正しい。でも、半分だけだ。
あいにくと、フランドラビーンの鞘は、団子1つ1つが「く」の字に曲がってしまっている。単純に食器として使いにくいという点が、セプラの実と両立しているゆえんだろう。形は「く」の字っていうより、腎臓型とかいったほうが専門的なんだろうけどね。ちなみに、どっちも中身のほうは食用に堪えないらしい。
……正確には、フランドラビーンを食べるのは、めちゃくちゃ大変ってだけだけど。
「分かっちゃいたけど、どこも混んでいるよね。先にパンだけでも買っておいて正解だったよ」
万能なメイドに感心しながら、人の少ないシチュー売りを探す。
ほっつき歩いていれば、どうにか足が痛みだす前に、店を見つけることができた。店主が女だったのは偶然だ。……いや、ホントだって。
嬉しがる俺。
だが、店主は俺たちを見るなり、首を横に振る。
「悪いけど、今日はもう店じまいよ」
「えっ?」
そう話す彼女のそばには、湯気の立つ鍋が見える。まさしく、今にも客にふるまわれる直前というありさまだ。これにはドロシーも、何事かと首を傾げざるをえない。俺のほうは、若干、店主を恨みがましく思っていたほどだった。……意地悪しないでよ。
「なんだ、知らないの? 今、王都で話題の占い師エレステ様が、ちょうど店を開けているみたいなのよ。こうしちゃいられないわ。占ってくれる人数に限りがあるから、早く行かないと! 悪いけど、ホワイトシチューなんか売っている場合じゃないの」
呆気に取られている間に、彼女はてきぱきと店を片づけて、どこかへと去っていく。
対する俺は、占い師という単語に少し困惑気味だった。
……魔法の実在するこの世界で、占い?
効果あるんだろうか、それ。
それとも、魔法があるワールドだからこそ、ちゃんとした力として占いも使われているんだろうか。
「……」
なんともなしに隣を見やれば、コズホゥゼも思うところがあるようで、黙ったまま微動だにしていない。女の子は占いが好きだって聞くし、そういうことなんだろうか?
(エレステって、まるでチェレステみたいな名前ね。それに占いっていうのがどうにも、聖女の力っぽいんだよな……)
「やっぱり気になるの?」
「う、うん……少しね」
「ふーん。まぁ、コズホゥゼも女の子だもんね」
「えっ? う、うん……」
俺のとんちんかんな感想には、素早くドロシーが、俺の脇腹を強めに小突くことで対応していた。おかげで、コズホゥゼが聖女として気になっているのだということを、どうにか俺も察することができた。
「私もちょっと見てみたいかも」
カリナの純粋な好奇心で、温かい気持ちになれた俺たちは、そのままホワイトシチューを無視して、占い師のもとへと移動することに決めていた。
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