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72(前編) 俺、カリナと共に、シャフツベリー記念コンクールに参加する。

 本話は長すぎたので、前編と後編に分割します。申し訳ありません。

 希勇(きゆう)の志士による、水車破壊の事件があってから、実に4日後。無事に、和鈴(かりん)の町の出身者であるシャフツベリーを、記念するコンクールが開催された。


 出場者はカリナを入れて、全部で20名。

 渚瑳(なぎさ)の町とは異なり、コンクールの開催を、町ぐるみで大々的に宣伝しているわけじゃないので、俺が思うに、この大会で優勝しても、売名や広告としての効果は薄いだろう。名誉の側面が強い。遠方から、わざわざ人が来るような祭りじゃないからだ。


 それなのに、20名もの人数が集まっていることに、驚嘆するべきなのかもしれない。もちろん、和鈴(かりん)の町に、飛び抜けて多くの芸術家が住んでいるとか、そういうからくりじゃない。半数は外部の人間だというので、単にシャフツベリーの人気がすさまじいだけなのだ。俺やカリナ以上に、熱狂的な信者がいるんだろう。


 主催者はウォルシュ。

 俺もよく知らなかったのだが、シャフツベリーを記念するという割に、彼女が大会を開いているわけじゃないようだ。シャフツベリーも審査はするので、どっちでも一緒だとカリナは言っていた。そのとおりかもしれない。


 ウォルシュは、渓谷薔薇ヴィルバレンス・ローズで財産を築いた老商だ。寺岸(てらぎし)和鈴(かりん)の好んだ、このバラは、根から水分を吸収することができない。だからこそ、霧の多い渓谷にしか自生しないというのが、これまでの常識だった。その問題を、霧を発生させる専用の魔動具を作ることで、一気に解決したのが、このウォルシュという男だった。


 早い話が、成金だ。

 ……なんだろう。それでもスキルで大金を手にした俺より、どこかまともそうな気がするのが、ちょっと納得いかねぇ。


 魔動具は特注のため、完全に同じものを他人が再現することは難しい。もっとも、原理自体は簡単なものなので、ほかの集落が、渓谷薔薇ヴィルバレンス・ローズを栽培することは可能だ。〚霧散に器(ミスト)〛に似た魔動具を作ればいい。


 だけど、すでに和鈴(かりん)の町が、渓谷薔薇ヴィルバレンス・ローズで有名になってしまったので、今さら真似をしたところで、商売を軌道に乗せられるかどうかは、疑問だという。要するに、渓谷薔薇ヴィルバレンス・ローズには、和鈴(かりん)の町産というブランドが定着したのだ。


 コンクール当日の朝は異様に早い。

 俺は眠たい目をこすりながら、自分の手を引くカリナに声をかけていた。カリナのそばには俺しかいない。シャフツベリーに興味のないドロシーたちは、宿屋でお留守番だった。


「ねぇ? なにも、こんなに急いで向かう必要ないんじゃない?」


 自慢じゃないが、俺に二度寝の癖はない。寝起きは、これでもいいほうだ。

 昔は心ゆくまで惰眠をむさぼっていたのだが、ある休日、親父にバケツで水をかけられて以来、二度寝の癖が直った。


 親父は言った。


『男が女より遅くまで寝ているな。デートのときも男が女を待つだろう? それと同じだ』


 お袋は俺の女じゃねぇだろうという反論は、鉄拳制裁によって封じられたので、親父がこの部分をどう思っていたのかは、いまだに分からない。だから、日本にいた頃はいつも、俺がお袋よりも早起きしていたんだ。代わりに授業中に寝ていたので、等価交換ってやつだね。


 カリナは待ちきれないと言わんばかりに、声を弾ませて俺に答える。


「だって、シャフツベリーさんよ? ゼンキチだって、1秒でも早く実物を見たいでしょう? それにもう、(うち)の絵は完璧に仕上がっているだもん。宿屋で、じっとなんかしていられない!」


 コンクールに提出する絵画は、事前に準備しておいてもいいらしい。というか、そうじゃなきゃたぶん間に合わないだろう。


 だが、それとは別に最終調整として、当日に3時間の猶予が与えられている。土壇場で修正するようでは、ダメなんじゃないかと俺は思うのだが、運営側の真意は判然としない。


 俺たちのほかにも、広場には、すでに数名の参加者が待機していた。

 全員のそばに、キャンバスが立てかけられている。お互い、制作はばっちりだということなのだろう。

 ほどなくして、参加する20名が(そろ)い、見計らったようにして広場に設けられた壇の上に、審査員が登っていった。その中には、もちろんシャフツベリーの姿もある。


「わぁ! 感激。見てよ、ゼンキチ!」

「う、うん。ちゃんと見ているよ」


 小さく跳ねながら、カリナが桃色の髪の女を指さす。地元での人気ぶりから、もういい(とし)なんじゃないかと、俺はひそかに思っていたのだが、まだまだ若い。さすがに大人の雰囲気は隠しきれていないが、厳しめに見積もっても、30代の前半になるだろう。芸術家としては、これからも成長していくはずだ。


 一同に対して、静かにさせるようなしぐさをしてから、シャフツベリーが口を開く。意外にも、その声はかすれていた。だけど、しわがれているような野卑さはない。女だからかもしれないが、どこか上品な感じがした。


「今年で、このコンクールも13回目になるかしら。初めて参加する人もいるでしょうから、もう1度だけおさらいするわね。これは、あたしを記念するものだけど、主催しているのが、ウォルシュっていう商人であることを忘れないで。依頼者はウォルシュよ。……さっ、あんたも何か言いなさい」


 シャフツベリーが隣に座る老人を見おろした。あれがウォルシュなのだ。

 立ちあがり、(せき)ばらいを1つしてから、ウォルシュが口を開く。


「……今年は色々と、予想だにしないハプニングが起こった。そんな中でも、こうして無事にイベントを開催できたことに、ほっとしている」


 変哲もない感想。

 そのはずなのに、ウォルシュの言葉に(はじ)かれるようにして、何人かの絵描きが、一斉に自分のキャンバスに修正を加えていく。


 ……猶予は、このためにあったのか。

 だが、今の感想のどこに重要な箇所(かしょ)があったのか。俺には全く理解できない。希勇(きゆう)の志士が起こした事件に、軽く触れていたようだが、そこに深い意味があるようには、どうしても思えなかったんだ。


 案ずる俺の肩を、カリナが小突く。


「大丈夫よ、ゼンキチ。心配しないで。みんなのでおかげで、十分な時間をもらえたんだもん。今さら手直しするようなところはないわ」


 言いながら、彼女は俺の不安をやわらげるように、キャンバスを覆っていた布を取った。

 それは3色のみで描かれた、なんとも不思議な絵だった。緑・黄・赤の3つしか、どこにも使われていないのだ。


 俺の発想力では信号機が限界だが、当然これは違うだろう。大人しく彼女に意図を尋ねてみれば、これはシャフツベリーのオマージュなのだという。


「リスペクト作品ってこと?」

「そうよ。伝われば、確実に高い評価をもらえるわ!」


 ファン歴の短い俺では、シャフツベリーの作品に詳しくない。だが、芸術家を志すカリナが言うのであれば、間違いはあるまい。俺も、カリナの力強い言葉に負けないよう、はっきりと首肯した。


 緊張していたせいか、待機の3時間はあっという間に過ぎる。

 気がついた頃には、参加者の作品が順番に、審査を受けていく段になっていた。

 1人目――題名は『家族の団欒』。

 キャンバスの中央にいる家族は、暖炉の前に集まっている。外から差しこむ暖かな光が、部屋全体を満たしていて、両親と子供たちが、ほほ笑みを()わしながら、それぞれの穏やかな時間を楽しんでいることが、容易に察せられた。父親は椅子に腰かけて本を読んでいて、その隣では、母親が子供たちに対して、優しい眼差しを向けている。肝心の子供たちは、床に直接()いつくばったままパズルに夢中だ。


 窓の外に見えるのは風車。たぶん、和鈴(かりん)の町を模しているんだろう。羽の回る速度はゆっくりで、今日みたいな日のものだった。


 絵の中でも、特に俺が気になったのは、母親の足下に置かれた鉢植えの部分だ。咲いている花に文句があるわけじゃない。猫じゃらしみたいな紫色の花なので、きっと種類はラベンダーなんだろう。それを囲むようにしてある白い花は、あいにくと俺には分からないが、そこじゃない。


 問題は、花の位置なんだ。

 母親の足下は絵画全体でも、ど真ん中に位置している。『家族の団欒』というコンセプトにしては、鉢植えの存在感が大きすぎて、なんだか場違いなように感じられる。


 そして、一番の問題点は、その鉢植えを、絵描きの男が土壇場で描き足したように見えたこと。こんな余計なものを直前に加えようとするなんて、かなり変だろう?


 俺の疑問を無視して、採点は進んでいく。

 5人のうちの3人が、文句のつけようがないとして満点をあげていた。


「見事だな……」

「素晴らしい出来ね」


 ウォルシュとシャフツベリーも、それぞれ褒め(たた)える言葉を(つぶや)いて、高得点をつけていった。


 最終的に、男の獲得した点数は驚異の47点。50点が最高得点であることを思えば、ほとんど優勝を約束されたようなものだった。


 詳しい講評は、全員の採点が終わってから行われるみたいだが、いきなりの高得点を前に、会場にいた誰もがびびっていた。はっきり言って、俺はちょっと漏らした。


 評価自体が甘いのではないか?

 そんな疑いも、初めのうちこそ、参加者たちは抱いたことだろう。だけど、以降の作品では『家族の団欒』ほどの成績を残すことはできなかった。時々、平均よりもいくらかマシな点数が、つけられることもあったが、芳しい評価は全然出ないのだ。


 最初の人が別格だっただけなのだと、その場にいた誰もが理解したとき、いよいよカリナの番が回って来ていた。


 カリナの足取りは軽い。

 自信に満ちた表情のまま、自分で描いたキャンバスを壇上へと持っていく。

 カリナから絵を受け取った審査員は、それを見てきょとんとしていた。

 それも無理のないことなのかもしれない。シャフツベリーとウォルシュを除けば、審査員に芸術の素養はないだろう。そういう紹介だったからだ。一般人に毛が生えた程度では、カリナの絵が、シャフツベリーの過去の作品を真似たことは、見抜けないに違いない。


 それを証明するかのように、ウォルシュとシャフツベリーだけが、感嘆するように息を吐く。


「ほぅ……『夢(落書き)』か」

「そうね」

「だいぶ前の試作品じゃなかったか?」


 肩を(すく)めて笑うシャフツベリー。

 ……これはやったか?

 うまくいった予感に、思わず、俺は自分のことのように喜びながら、カリナの顔を(のぞ)きこんでいた。そんな俺の手をカリナは握る。どこまでも膨らんでいってしまう期待に、こらえるかのようなそぶりだった。


 置いてけぼりを食らった参加者たちに、説くようにしてシャフツベリーは言う。

 『夢(落書き)』は、彼女が以前にお試しで作ったものらしい。

 1つのキャンバスに無数の紙を敷きつめて、それぞれの紙に様々な小物を描いていく。それこそ、食器とかリンゴとか手袋とか、日常で目にしたり使ったりする何気ない雑品だ。


 紙はランダムなページだけが表示され、ベースとなるキャンバスと合わせてみると、毎回違う絵になるという試みだったようだ。その無作為で、あまりにとりとめのない光景は、まさしく高熱でうなされているときに見る「夢」だ。


 だが、彼女の希望に、ぴたりと合致するような道具が存在しなかったので、実際に制作することは諦めたらしい。だから、カリナが見たのも、試作品の段階のものなんだろう。


(わし)に言えば、専用の魔動具を作らせたものを……」


 成金のウォルシュはなんでもないふうにいって、苦笑した。

 それに対し、シャフツベリーは鬱陶しそうに手を振って応える。


「あたし、できるだけ魔法には頼らないようにしているの」


 もはや、シャフツベリーの発言から、カリナの意図が伝わっていることは明白だった。

 カリナの絵は『夢(落書き)』を自分なりに修正したものだ。

 緑・黄・赤――これらの3色は、各々で独立した絵になっていて、1日の間に誰しもが行う単純な作業を表している。起きたり、食事をしたり、横になったりと、そういう日常生活を支えているものだ。


 よく目を()らしてみると、3つの色には、明らかな濃淡があること分かる。例えば、赤色を中心に絵を見ていくと、ほかの緑や黄色の淡い部分で、赤で示される基本の動作を補うように、別の小道具が作られているのだ。


 単純に眺めているだけでは、決して気がつけない絶妙な構成。

 『夢(落書き)』ほど精巧なわけじゃないが、どこを中心に絵を見つめるかで、様々な光景が浮かんで来るというのは、(まぎ)れもなく『夢(落書き)』のオマージュだった。


 ここまで解説されれば、いくら俺に絵心がないといっても、カリナの才能を理解してしまう。


「……」


 ……すごい。

 新時代を築くだろう芸術家の、原石を見つけてしまったような気分だった。

 採点が進む。

 一般審査員は3人とも0点。

 (わず)かにも点数をもらえなかったことに驚きつつも、俺とカリナは顔を見合わせてうなずいていた。こいつらからの評価は仕方ないと、割りきったのだ。


 優勝は逃したが、本命はあくまでもシャフツベリー。彼女の覚えさえよければ、ほかの審査員が酷評しようともお釣りが来る。


 満点か、それとも()しくも9点か。

 飛びあがる準備をし終えた俺たちに、彼女たちから与えられた点数は、ウォルシュ0点・シャフツベリー0点と、全く予想していないものだった。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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