69 俺、水車破壊の事件を調べる。
次章に必要な設定を構想していたら、本文の執筆が遅れました。
下書きで申し訳ありませんが、先に投稿します(近日中に推敲したものに変更しますが、内容に大きな変更はありません)。
追記:すでに清書のものに差し替えてあります。
水車の爆発は事故ではなく、事件だった。これが意味するところは、何者かが意図的に水車を破壊したということ。つまり、犯人がいる。
町の施設が、日常的に壊されるような、世紀末の荒廃した状態でない限り、この一件で、コンクールの開催に影響が出ることは間違いない。犯人の確保とまでは言わないにせよ、その目的が分かるまでは、開催の時期を延期することも、十分にありうるだろう。
幸か不幸か、タマーラのおかげで、ソーニャの夢については一区切りがついていた。なので別段、俺たちは急いでいるわけじゃなかったのだが、これはカリナも楽しみにしていたイベントにあたる。俺としても、直前に余計な茶々を入れられたくはなかった。さっさと終わらせるなら、事件の黒幕を取っ捕まえるのがスマートだろうと、俺はまず市民から話を聞いていた。現場に向かう前に、和鈴の町の実情を知っておきたかったからだ。
……世界攻略指南を使えって? こいつには得意な分野と、不得意な分野があるんだよ。あと、スキルホルダーの問題――これはくり返さなくても平気だろう?
巴苗の町とは違って、ここに知り合いはいないので、広場の近くで商いをしている、渓谷薔薇の店主のもとを、俺は訪れていた。
朝、宿屋で調べた限りでは、和鈴の町は共和制だ。製粉組合と芳香料組合が、合同で町の方針を決めている。早い話が、商人の町ということだろう。
複数の頭取。
この点だけを見れば巴苗の町にも似ているが、町を治めているのは特定の領主じゃない。あくまでも、組合――つまり、商人の集合体になる。
和鈴の町に来るときに見かけた水車は、ちゃんと水流の力で回っていたので、置き物じゃない。町の動力としても使われていると、そう考えたほうが自然だ。製粉にも芳香料にも、石臼の力は必ず用いられる。それを思えば、1基とはいえ、水車を失ったことは、この町にとって甚大な被害なのではないか。
俺はそのつもりで店主に尋ねたのだが、どうにも事情は違うらしい。聞けば、水車への依存度合いは極端に低いのだという。
「麦を挽いているのは、水車じゃなくて風車だな。渓華香……渓谷薔薇の香水にも、たしか水車は使っていないはずだ。組合といっても一枚岩じゃないからな。俺たちとは違う系統の店が、持てあましている水車のエネルギーを、利用したいとかなんとか話していたような気もするが……大体はそんな感じだ」
「そう……なんですね」
釈然としない気持ちが、声の抑揚に表れてしまっていたかもしれない。
パン屋で見た水車型のパンしかり、和鈴の町では、巨大な水車が、何かと観光に結びついているような印象だったのだが、実情は異なるのか。
これはあとで分かったことなのだが、この町の水車は、大昔の災害をきっかけに建てられたものらしい。元来、和鈴の町は風車で成り立っていたのだが、一時期、町の周囲が無風になってしまった。当然、風がなければ風車は止まり、内部の歯車が動かないため、麦を粉にする作業も滞る。蓄えがないわけでこそなかったので、2~3日の中断程度では、恐れるような事態にはならない。何より、風車の伝統は、この町の守護者である寺岸和鈴の時代から、連綿と受け継がれて来たものだ。早々、手法を変えることなどできはしなかった。それに、すぐに風が再開するだろうという、楽観的な公算もあったのだ。
しかし、住民の予想に反し、風はいつまでもやんだまま。
日にちだけが無駄に過ぎていき、伝統を維持しようにも、いよいよ明日のパンが作れないほどに、住民は追いこまれてしまう。
苦渋の決断だっただろう。
和鈴の意思に背くことを承知で、臨時的なものだからと、仕方なく急ピッチで水車が作られたのだ。
このような経緯で作られた水車なので、元々、和鈴の町の住民たちは、風車の生活に戻るつもりだった。念のために、しばらくの間は、水車も動力として併用されたようだが、やがて本来の暮らしぶりが復活すると、誰も水車のことを気にとめなくなった。
もちろん、不本意だったとはいえ、水車があったからこそ生き延びられたのだ。市民の多くは、水車のことを嫌っているわけじゃない。それでも、和鈴の町の人間にとっては、寺岸和鈴との絆を感じられる風車のほうが、遥かに大切な機械なのだ。その対応が現在の姿勢にも表れている。要するに、水車に恨みを持っている人間は、少ないんじゃないかっていう話。
店主は続ける。
「いや、本当に壊れたのが風車じゃなくてよかったよ。危うく、風のお告げに影響が出るところだった」
その言い回しに、ドロシーは違和感を覚えたらしい。確認するような口ぶりで、店主に向かって尋ねていた。
「経年による劣化ではなく、人為的に破壊されたものだと伺いましたが?」
「あれ、そうなの? だからか。ギルドの連中が、何やら慌ただしい様子で、水車のほうに行くのを見たんだよね」
店主の台詞は、事情を知らなかったことを如実に示していた。少々、自分の住んでいる町について、興味がなさすぎやしないかとも思ったが、水車の来歴を踏まえるなら、そこに大きな関心がないことにもうなずける。第一、日本にいたときは俺もそうだった。市長の名前も覚えていないし、地方のニュースもほとんど見た記憶がない。
返事を聞くやいなや、ドロシーが意味深な視線を俺に送って来る。
「ご主人様」
その目配せが、自分たちも向かってみようという、誘いであることに気がつけないほど、俺は鈍感じゃなかった。
「そうだね。行ってみよう」
世界攻略指南の情報が更新されれば、犯人の特定は造作もないことだろう。読めば、俺でも分かる。
※
和鈴の町には2つのギルドが存在したが、このうちの1つは、西親川の町と同じく自治ギルドだった。町で起こった事件を調べたり、起こった問題に対処したりするのが、彼らの主な仕事となる。
そういうわけだから、水車の付近ではプロリックス=ボリックスが、不用意に人を近づけないように、一帯を封鎖していた。
現場の目と鼻の先にまで来られたので、世界攻略指南の中身には、無事に変更が加えられていた。だが、肝心の内容を、プロ=ボリの人間と共有できなければ、犯人の逮捕には繋がらないだろう。俺たちでひそかに動いてしまったら、コンクール開催の判断に影響が出ないからだ。ちゃんと正規の手段で、犯人を捕らまえる必要がある。
どうやって規制をかい潜って侵入しようかと、俺がうんうんと悩んでいれば、ドロシーがその場で機転を利かせてくれる。
ギルドの男に近づくやいなや、ポケットから大量の金貨を取り出して見せたのだ。
「この町の水車が失われたことに対し、私の主人は大変心を痛めております。つきましては、ここに義援金をお持ちしたのですが……その前に、いったいどれほど破壊されたのか、現状を見ておきたく」
生まれて初めて目にするだろう大量の金貨を前に、男が腰を抜かしてあとずさる。
「えっ? ……えっ、本物ですよね?」
「確認されますか?」
柔和な笑みを崩さずに、ドロシーが両手を男のほうへと向ける。その堂々とした態度が、却って、ドロシーにすごみを与えたようだ。男は軽く頬を引きつらせながら、ぶんぶんと首を横に振っていた。
「……いや、いいです。水車を直すお金ということですよね?」
「はい、そのとおりでございます」
場違いなほどに丁寧な言葉づかいに、俺の後ろで、スザクが本当にドロシーかと訝しんでいた。俺も同じ突っこみをしたかったのだが、実際に口に出すと、あとでドロシーに殴られたことだろう。これはスザクだからこそできた言動だ。
「この水車って直すのかな……。使っていないし、なくてもいいような気がするんだけど……。あの、俺じゃ分からないんで、一緒に来てもらえますか?」
ドロシーが俺を一瞥する。思いどおりに事を運べたと言いたげだった。
男の後ろについて、水車が取りつけられた建物の後ろへと回れば、俺たちの接近に気がついたリーダー格の男が、鋭い声を発していた。
「おい、まだ調査中だぞ。誰が中に入れていいといった? 関係のない人間を巻きこむな」
いきなりの正論に、俺たちを連れて来た男がうろたえるが、さすがに回れ右をするほど、逆らえない関係ではないようだ。
「いや、しかし……こちらの資産家が、水車の修繕を手伝いたいと話していますんで、せめて物の状態くらいは、報告しないといけないかと思い……。修理の金額に直結するでしょうから」
予想外の返事だったようで、部下の発言に男は戸惑っていた。先ほどと同様、ドロシーが周囲に金貨を示している間に、俺はリーダー格の男に近づいていく。名前はダリオロというようだった。
「犯人のものと思われる、痕跡が見つかったと聞きましたが?」
俺がそういえば、ダリオロは俺たちの事情に合点がいったらしい。苦々しい表情を隠すように、一度大きくうなずいてから口を開いていた。
「なるほど、そっちが本命か。だが、たとえ建前でも支払うといったからには、本当に義援金をもらうぞ。全額ではないにしろ……な」
もとより俺もそのつもりだ。シャフツベリーが、水車をどう思っているのかは知らないが、彼女の故郷のためだと思えば、安いものだろう。俺だけじゃなく、カリナだってそれを望んでいるに違いない。
「えぇ、いいですよ。金貨100枚くらいで足りますか?」
相場が分からなかったので、適当な数字を出せば、今度こそダリオロは露骨に俺を疎んじた。
「……お前はいったい何基作るつもりなんだ。20枚もあれば新品ができあがるだろうよ。犯人の手がかりはこっちだ。ついて来い」
ダリオロに案内された俺は、水車のそばで、事件を起こした人間が描いただろう、奇妙なマークを見せられる。ダリオロが指で示した部分には、上から焦げ跡のような物がついていて、それが騒動に先んじて残されたものであることを、容易に理解できた。
「爆発の前に描かれたってことですね?」
「そうだ。だから、誰かがあとから、面白半分のいたずらでつけ加えたものじゃない。マークはまだ新しい……事件と無関係だと考えるのも不自然だろう」
「心あたりは?」
「三叉の杖といえば、和鈴様の象徴だ」
ダリオロの言葉に、俺は、ここに来るまでに調べた内容を思い返していた。
「勇者の時代に、水車はまだなかったそうですね?」
俺の確認に、ダリオロが同意するようにして目を閉じる。
「あぁ。それが犯人側の意思表示なのだろうな。つまり、和鈴様は水車などというものを、決して望んではいないという」
世界攻略指南という全能のスキルが、俺にあって本当によかったと、改めて思う。こんなチート能力でもなけりゃ、とてもじゃないが、俺の頭では話についていけなかっただろう。
「希勇の志士?」
ゆっくりとダリオロがうなずく。
それで、ようやく俺にも事件の全貌が見えて来た。
希勇の志士というのは、きっと勇者の過激な信仰団体なのだ。世界攻略指南の情報が更新されたとき、水車を破壊したのが、希勇の志士だというところまでは、どうにか突き止められたのだが、余裕がなくて、団体の中身にまでは手を伸ばせなかった。
これで話は繋がっただろう。
警察側の自治ギルドが、すでに犯人に目星をつけているのであれば、もう心配することはそんなにない。こちらにスザクがいる以上、武力衝突で遅れを取ることは、万に1つもないからだ。
早々にけりがつきそうな予感に、俺は安堵したのだが、あくまでもこれは、俺に世界攻略指南というカンペがあるためらしい。流れを乱す発言を、プロ=ボリの女がし始める。
「でも、一概に希勇の志士とは言い切れなくて、ちょっと困っているの」
「言い切れない?」
「うん。今、希勇の志士って、メンバーの大半を失っているんだよね。これは私たちにも情報が筒抜けだから、簡単にギルドに組み伏せられちゃうような状態で、こんな大それたことをわざわざするのは変かなって。だって、事件を起こすのに、戦力が不足していちゃダメじゃない?」
「……まぁ、それはそうかもしれないですけど」
「仕方ない事情で人がいなくなったとかなら、まだこっちも理解できるんだけど、メンバーが減ったのだって、リーダーのサベージが追い出したようなもんだったし……こんなことを起こすなら、人手は多いほうがいいでしょう? だから、希勇の志士と言い切っちゃうのは、早計かもしれないなって」
女の発言にダリオロも追従する。
「それに、これだけ大型の水車を破壊できるような人間は、希勇の志士にはいなかったはずだ。仲間を引きこんだのであればまだしも、出ていったのに、戦力が増えているというのはおかしい」
「やっぱり、どうやって破壊したのかっていう線から、犯人像を絞りこんでいったほうがいいんじゃない。ねぇ、ルッツ?」
静観を決めこんでいた3人目のギルメンに、女が話を振る。
分かっている答えに誘導するのは、意外と大変なのだと、俺は胸中でため息をついていた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




