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68 俺、禊之儀に立ち会う。


 コズホゥゼの同意を得た俺とスザクは、夜になってからこっそりと宿屋を抜け出し、巴苗(はなえ)の町へと向かっていた。馬車なら1~2日かかる距離だろうが、あいにくと移動手段がスザクなので、なんの問題もなかった。あえて不満点を挙げるとすれば、スザクの腕に俺とコズホゥゼが抱えられる形なので、(ひど)く揺れることだろうか。これは背中に負ぶわれていたときとは、まるで別物で、比べられなかった。


 だから、巴苗(はなえ)の町に到着したとき、俺はとんでもないほど()()()()()していた。


「ちょっと、大丈夫?」


 そんな俺を心配して、コズホゥゼが背中をさすってくれる。彼女も状況は俺と同じはずだったのだが、よく分からない。スザクがコズホゥゼ側だけ、揺れないように配慮したのだろうか? でも、スザクにそんな気づかいができるとは思えなかった。単純にコズホゥゼの三半規管がレベチなのだろう。俺がクソ雑魚(ざこ)の可能性も大いにある。むしろ、こっちが正解。


「いえ……それは私が」


 一応は責任を感じているのか、なぜかスザクが俺の介護を代わっていた。少なくとも、コズホゥゼのほうが器用だという確信があったので、俺としては、彼女のままでいてくれたほうがよかったのだが、仕方ない。いつまでも俺につきあわせていては、聖女の儀式を始められないだろう。


「ねぇ、ゼンキチ。この辺でいいの?」


 コズホゥゼに促された俺は、かろうじて彼女をテゾナリアス家の区域に案内した。土壇場での計画なので、警備の騎士団(ナイト・コー)に見つかると面倒だったのだが、幸いに数は多くない。これは、俺たちのいる場所が、町から少し離れた場所であることも、多分に影響していたのだろう。


 土に触れたり、空気の匂いを嗅いだりしていたコズホゥゼが、眉根を寄せながら再び俺に尋ねる。


「……やっぱり分かんないな。本当にここであっているの?」

「うん……。騎士団(ナイト・コー)が、ここに魔物の死体を埋めちゃったから」

「そうなのね」


 首筋に手をあてて、コズホゥゼが(わず)かにうなる。


「分かんないって、聖女なら邪雰(じゃふん)の位置を特定できるの?」

「腕のいい人なら、匂いとかで判断できるらしいよ。……がっかりした?」

「全然。なんで?」

「ううん」


 どんな表情をしているのかと、顔を上げてコズホゥゼのほうを向いてみたが、彼女はすでに俺から視線を外していた。


 腕を広げ、何事かコズホゥゼが(つぶや)いている。たぶん呪文とか、祝詞(のりと)とかそういう(たぐい)のものだと思った。魔法やスキルの実在する世界なのだから、真摯に取り組むコズホゥゼを馬鹿にするつもりなんか、俺に毛頭ない。黙って見守るだけだ。……それに、コーザを女神と呼んでいいのかは分からないけど、超常の存在には俺もすでに出会っているしね。


 まぁ、正直ちょっとファンタジーの息吹(いぶき)を感じられて、どことなく(うれ)しかったのは事実。内緒だけど。


 退屈そうに明後日のほうを向いていたスザクが、思い出したように俺の背中を再びさすり始める。その(きぬ)擦れの音に気がついたコズホゥゼが、言いにくいことを(しゃべ)るようにして、俺たちのことを白い目で見た。


「……ねぇ。悪いんだけど、気が散るからさ。どっか行っていてくれない?」

「あっ、ごめん。気が利かなくて」


 ちょうどいいので、俺も()()()()()をさまそうと、ふらふらと周りを歩きだす。手持ち無沙汰のスザクが、俺について来ようとしたのだが、彼女には悪いと思いつつも、念のためにコズホゥゼを遠くから護衛するように頼んだ。……俺? ンラウィルド族のところに出入りしていた際も、あんまり魔物には遭遇していないし、たぶん大丈夫っしょ。


 行くあてもなく直並鴨茅(ひたみかもがや)の中を歩いていれば、前のほうに地面に座る人影を発見する。

 他人にとやかく言えた義理じゃないが、こんな時間にいったい何をしているのかと、恐るおそる近づいていけば、その人影が、星を見上げているビルキメなのだと分かった。


「えっ? ビルキメ?」


 いつの間にか、ンラウィルド族のほうにまで足を延ばしていたようで、思わず俺は声をかけていた。

 俺の声に反応したビルキメが、ゆっくりとこちらを振り返る。


「あれ、まだいたんだ。てっきり、もう巴苗(はなえ)の町から離れたんだとばかり思っていたわ」

「あぁ、うん。そうなんだけど……今だけ諸事情で戻って来ている感じ」

「ふ~ん。ゼンキチも落ち着きのない人ね」

「せめて、忙しいとかにしてよ……」


 俺が軽めの抗議をすれば、ビルキメがくすくすと笑ってくれる。

 こんな遅くに何をしているのかと問えば、星を観察しているのだという。


「……楽しいの、それ?」

「そこそこね」


 そう言われてしまえば、真似せざるをえないだろう。ビルキメに(なら)って、体育座りをして俺も空を見上げる。本当は寝そべりたかったのだが、ビルキメに品のない男だと思われるのは、なんだか少し照れくさかった。


 俺の故郷は田舎(いなか)だ。

 市の財政が豊かでなかったので、町にあった街灯も数が少なく、テレビに映る都会の夜空よりは、(はる)かに星が綺麗(きれい)に見えた。だけど、それでも到底ワールドには及ばない。ビルキメが夢中になるのも分かるような気がした。


「なるほどね。確かにすごいや」


 感心して俺は声を上げたのだが、本来はこんなものではないらしい。自慢するように、ビルキメが首を横に振っている。


「もっと鮮やかよ。私たちの故郷は」

「ビルキメの故郷……」

「えぇ。いつか、ゼンキチにも見せてあげたいわ」


 ありもしない風景をイメージするべく、俺は薄暗い闇の中に(たたず)む、直並鴨茅(ひたみかもがや)の群生を見回した。てっきりビルキメの古里を、巴苗(はなえ)の町のようなところだと想像したのだが、これはとんだ誤りだった。


 ンラウィルド族は、古語どおりの遊牧民。元来、そこに定住するような集落は存在しないのだ。そのため、だだっ広い草原の中で生まれ、ほかの人には違いの分からない草と土の景色こそが、ビルキメの言う故郷にあたる。


 そんな(はかな)い光景だからこそなのだろう。

 これはあとから知ったことなのだが、遊牧民は人一倍、生まれた古里に対する愛着が強いらしい。土地を離れる運命にある彼らは、しばしば懐郷の詩を読みあった。場所によってできあがる雲の形が違うので、そんな情報からも故郷の位置を判断できると、ビルキメは語ってくれたのだが、さすがにこれは言い過ぎだと俺は思った。あるいは、ビルキメくらいの人にもなれば、もしかすると本当に判断できるのかもしれない。


「そうだ、ゼンキチ。お茶を持っているの。飲む?」

「ひょっとして古里の味的な?」

「そこまでじゃないけど、一応は似せているつもりよ」


 そう言ってビルキメが、どこからかティーカップを2つ取り出してくれる。少し大きめの缶と魔動具を使って、水を火にかけると、そこにレンガ状の塊をナイフで削って入れていた。


 ……茶葉、どこにあるんだろう。


「ねぇ、お茶ってこうやって注ぐんだっけ? こっそり土入れなかった?」

「失礼ね。磚茶(せんちゃ)よ。知らない?」

「うん……」


 レンガ状の物体が茶の本体であるらしい。

 茶葉を蒸して固めたものを削って使うのだ。つまり、当たり前だけど、ビルキメのやり方が正式な飲み方になる。てっきり紅茶みたいなのを予想していたのだが、成形にバターを使っているせいなのか、味は茶というよりも、香りが豊かなスープに近かった。


「どう?」

「美味しいと思うよ」


 そうやって、暗闇の中で過ごしていると、やがて俺の目が夜に慣れて来て、遠くでぼんやりと光っているものに気がつく。


「ねぇ、あれは何?」

「ん? あぁ、灯台よ。紫璻(しすい)の町にある、灯台」


 なんだか聞き覚えのある地名に、うんうんと頭を(ひね)っていれば、どうにかその正体を俺は思い出せた。ディートリヒの故郷だ。


「あぁ! そっか、ビルキメもそこの出身なのか!?」


 興奮して俺は叫んだのだが、ビルキメのほうはジト目で(にら)むだけだった。


「あのねぇ。私たちは遊牧民よ? あんな小島で、どうやって生活するのよ」

「ご、ごめん。詳しいからてっきり同じ町の出身なのかと……」


 (あき)れたように、大きなため息をついたビルキメが、分からず屋の弟にするようにして、優しく説いてくれる。


巴苗(はなえ)の町には、紫璻(しすい)の町を経由して来たのよ。海路より陸路のほうが家畜を運べるから、本当はそっちで来たかったんだけど、陸路だと危険だっていうから海路になったの。最初に訪れたのは毖鞠(ひまり)の町だったかな。その次が紫璻(しすい)の町。そして、巴苗(はなえ)の町にたどり着いた」


 遠地からはるばるとやって来たという割に、俺には、ずいぶんと行程が短いように感じられた。


「町2つってことは、意外と近いんだね」

「どうかしらね……。ここから雪乃(ゆきの)の町よりは遠いと思うけど、移動したのは子供の頃だったし、正確なところは、私にもよく分からないわ」


 ビルキメと他愛もない話をしていると、なんだかダガーの一件で沈んでいた心が、晴れていくような気になる。


「ビルキメに会えたからかな? 少し前まで調子が悪かったんだけど、元気になれた感じがする」

「何それ。私から生気を奪わないでよ」

「えっ、そんなつもりじゃ……」


 素直に落ちこむ俺を見て、ビルキメが横で笑う。それから思いついたように、彼女は声を弾ませた。


「冗談よ。そうだ、ゼンキチ。何か用事があったんじゃないの?」

「そうだった。すっかり長居しちゃった。もう終わったかもしれない」


 聖女の儀式に俺は詳しくないが、あっさりとコズホゥゼが引き受けてくれたあたり、何時間もかかるようなイベントではないはずだった。


「どういうこと?」

「ほかの人の作業が終わるのを、ちょっと待っていたんだよ」

「……。相変わらず、ゼンキチは自分で何もしないのね」

「やめて、それは俺に利く」


 苦笑を浮かべながら、俺はビルキメから離れた。だが、歩きだしたのはいいけれど、すぐに俺の足は止まってしまう。町の方角が分からなくて、コズホゥゼの現在地を見失っていたんだ。


 もちろん、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)で調べればいいだけなんだろうけれど、まだビルキメと一緒にいたかった俺は、ついつい(うそ)をついてしまう。


「……ねぇ、町ってどっちだっけ?」


 俺の無能っぷりについては、ビルキメもすでに十二分に把握しているようで、ため息をつくようなことはしない。単に肩を(すく)ませるだけだ。


「いいわ。私ももう楽しんだし、連れていってあげる」


 月明かりもまばらな薄暗い牧草地帯の中を、ビルキメと並んで歩く。適当にほっつき歩いていただけの行きはともかく、ぶっちゃけ帰りは世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)があっても、ビルキメに泣きついていたかもしれない。


 ほどなくして町の(あか)りが、()()()に見えて来る。こんな中を平然と案内できるのだから、やはりビルキメの方向感覚は、俺なんかより数段磨かれているのだろう。


「ここまで来れば、いくらゼンキチでも平気でしょう? 私はエオガリアス家のほうに戻るわ」

「ありがとう」


 走りだす俺。

 数歩進んだところで、思いなおして後ろを振り返る。


「そうだ、ビルキメ。いつか俺が君を故郷に連れていくよ」


 離れてしまったので、彼女の表情は俺の位置からでは読めない。


「……分かった。期待せずに待っているわ」

「うん、約束」


 それだけいうと、俺はビルキメと別れてコズホゥゼのもとへと急いだ。

 幸か不幸か、禊之儀(みそぎのぎ)はまだ続いていたのだが、現場の雰囲気から、すでに終盤であることが察せられた。


 大人しくその場で待機していれば、ややあってから、コズホゥゼが肩を落として息をし始める。それを終わりの合図だと受け取った俺は、彼女に声をかけていた。汗だくになったコズホゥゼの姿が、いい意味で等身大で、なんだか俗っぽかったからだった。


「なんていうか……聖女様って、もっと近寄りがたい人なんだと思っていたよ」


 俺の言葉に、小さな笑みを浮かべたコズホゥゼが、晴れやかに返す。


「だから、いったじゃない。元聖女だって。もう聖女とは言えないわ」


 疑っていたわけじゃないが、さらりと言ってのけるコズホゥゼを見て、俺もようやく彼女がやめたくて聖女をやめたんだと、心の底から理解できた。


 スザクがあからさまな(せき)ばらいをして、俺たちの注意を自分に向ける。


「……朝までに戻りませんと、心配されるのでは?」


 うなずき、再びスザクで移動しようとするが、それをコズホゥゼが止める。


「ごめん、ちょっとだけ町の中を(のぞ)いていってもいい?」


 スザクに視線を向ければ、自分では決められないと言いたげに、首を(かし)げている。スザクの運動性能をもってすれば、短時間の寄り道が、事態を悪化させることもないだろうと、俺はコズホゥゼに首肯した。もとより、彼女の目的は旅なのだ。経緯はどうであれ、初めて訪れた町ならば、ちょっとくらい見ておきたいんだろう。


 だが、意外なことに、特定の場所を、じっくりと見学したかったわけではないらしい。コズホゥゼは、スザクに抱えられたままでいいからと、俺に()()()()()()いた。これでは本当に町を突っきるだけで、何がしたかったのかも、俺にはいまいちよく分からない。


(……聖女の豊富な聖教会はともかく、勇教会くらいはあると思ったのに、まさかそれさえもないなんて……。世界にはこういう町もあるのね。知らなかったわ。たしかに、これなら巡礼も行われないでしょうね)


 巴苗(はなえ)の町を背にした辺りで、コズホゥゼが俺に対して口を開く。


「一応さ、私に取り除けるだけの邪雰(じゃふん)は取り除いたよ。でも、町に聖女がいないんじゃ、いずれ再発するわよ?」


 コズホゥゼが気にしていたのはそれだったのかと、俺にも合点がいった。でも、それはいらない心配だろう。


「それは大丈夫だと思う。今回はあくまでも特殊なケースで、普段は起こらないみたいだから」

「そう? それならいいんだけどさ」


 返事は了承したようなものだったが、コズホゥゼの表情は、いまいち納得していない様子だった。どこか聖女として思うところがあったのかもしれないが、これ以上彼女を教会と関わらせるのはダメだろうと、俺は何も聞かない。


(立ち寄った町の問題を解決しちゃうなんて、もしかしてゼンキチってすごい人? 町の事情を詳しく知らないみたいだから、地元の人間ってわけでもないでしょうし……)


 ほどなくして、大きなあくびをしたコズホゥゼが、スザクに抱きかかえられた状態で、すやすやと寝息を立て始めた。


 それを見るにつき、スザクが俺に言う。


「……ゼンキチ様もお休みになられては?」

「う~ん。向こうに着くまで、スザクの話し相手になるよ。俺まで寝ちゃったら、眠っているのをいいことに、全力で移動しそうだし」


「……。……そんなことは……」


 いつにも増して切れの悪い返事。

 ……さては、するつもりだったな?







 ゼンキチが巴苗(はなえ)の町に向かった同日、その深夜。希勇(きゆう)の志士は、和鈴(かりん)の町にある水車の前に集まっていた。


 親川(おやかわ)山脈から流れる膨大な水流は、和鈴(かりん)の町に接し、その後右手にそれて唯翡(ゆいひ)の町のそばを通り、最終的に多茉喜湖(たまきこ)という、超巨大な湖にすべてが流れこむ。これを利用している和鈴(かりん)の町の水車は、灌漑(かんがい)のために水を()むのが役目だった。巴苗(はなえ)の町に広がる直並鴨茅(ひたみかもがや)ほどではないが、和鈴(かりん)の町にも、いくらかの小麦畑が存在している。水車はこれを潤すためのものだったのだが、その有無にかかわらず畑に水は引けるので、灌漑(かんがい)の機能は、おまけほどの効果しか持っていない。


 また、名産品の渓谷薔薇ヴィルバレンス・ローズを栽培するのには、水車の灌漑(かんがい)が一切用いられない。この花は根から水を吸収することができないので、生育にはどうしても、専用の魔動具が必須となるためだった。


 水車の羽に取りつけられた桶。

 これと芯を結ぶ棒状の()――すなわち、クモ()を壊してしまえば、たちまち水車はその機能を失う。回らない水車であっても、置き物としての価値は残るが、壊れていてはさすがに観光にも資さない。いくら象徴という意味合いがあっても、これでは用なしだ。無論、希勇(きゆう)の志士がそれを狙っていることは、言うまでもない。


 建物の裏手へと回り、男が水車の手触りを確かめていく。警備が手薄である理由は、もとよりこれを破壊しようなどとたくらむ者が、希勇(きゆう)の志士以外にいないからだろう。


「しっかし、やたらと頑丈な造りだな。俺たちの魔法だけじゃ、ひょっとすると壊せないんじゃないか?」


 下準備をしていたとはいえ、お試しでやってみるとはいかない内容だ。できることにも限りがある。抱いた疑問を男は(ひと)()ちるが、対するサベージの表情に不安の色は見られない。


「心配するな。これがある」


 そう言って、サベージが取り出したのは、魔動石を動力とした兵器だった。名は単純に魔動兵器。魔動具とは異なり、こちらは日常生活を助けるための、お助けアイテムではない。戦場で使うことを想定して作られた、殺傷力のある立派な武具だった。


「それは……?」


 なじみのない物体に、男が思わず怪訝(けげん)な視線を送る。


「爆発を引き起こす魔動兵器だ。使い捨てだがな」


 サベージの発言を聞くにつき、男が酷薄そうに笑う。


「さすがだな。安心したぜ。だが、よくそんなものを手に入れられたな」

「顔見知りの商人から、末奇七(まきな)の失敗作という触れ込みで、押しつけられるように購入したものだが……真実は分からん」


末奇七(まきな)って、天象魏(セバスティアン)の後継か? 実在したのか……」


 サベージたちの会話についていけなかったウィロウが、慌てて口を開く。


「なんですか、末奇七(まきな)って?」


 ウィロウが興味を抱いたことに、少し目を丸くしながらも、男はきちんと問いに答える。


末奇七(まきな)――天象魏(セバスティアン)末奇七(まきな)は、公にはされていない北方大陸の秘密部隊さ。成り立ちだけでいえば、北菔鳳(ほくおう)とかと同じらしい。北菔鳳(ほくおう)は市民にも知られているがね」


 苦笑する男に対し、ウィロウは困ったように返事をする。


「でも、北菔鳳(ほくおう)っていい人たちなんじゃ……」


 市民に代わって強大な力を持った魔物を、退治してくれる頼もしい存在。3人の中で、一般人に最も近い感性を持つウィロウが、そんな感想を漏らすのは無理もないことだった。


 だが、その発言をサベージは見逃さない。

 目をかっと見開いたサベージが、ウィロウの肩を力任せにがしりと(つか)む。あまりの痛みに、ウィロウは顔を(ゆが)ませたが、そんなことをサベージは気にもとめない。


「忘れたのか、ウィロウ! 北菔鳳(ほくおう)は決して味方などではない!」

「ご、ごめんなさい!」


 激しく肩を揺すぶられ、ウィロウは慌てて謝罪の言葉を口にする。

 そんなサベージの過敏な反応を、男はやや冷めた目で見つめながら、勝手に魔動兵器のセットをし始めていた。そそくさと準備をしだす男に気がついたサベージだが、何も言おうとはしない。〚傷爆なる玉(ボンバー)〛の設置は男に任せ、爆発を逃れるだろう離れた地点に、自分たちの犯行をマークとして残そうと、てきぱきと歩いていく。


 だが、どんな印を描けばいいのか。

 肝心の模様がサベージにはまるで思いつかない。馬鹿正直に希勇(きゆう)の志士であると描きたいところだが、それではいささか安直で、自治ギルドに信用されないかもしれない。


 悩むサベージの背後から、ウィロウがおずおずと声をかける。


三叉(みつまた)(つえ)はどうでしょうか?」

「……和鈴(かりん)様の象徴か。素晴らしいじゃないか! よくやった、ウィロウ」


 ウィロウの予想に反して、サベージが素直に褒めて来る。自分が組織の役に立ったことが(うれ)しくて、ウィロウは大げさに喜んでいた。


 男の準備が完了。

 希勇(きゆう)の志士が立ち去ってから数分後、〚傷爆なる玉(ボンバー)〛が無事に作動して、1基の水車が使い物にならなくなった。


 夜明け前。

 巴苗(はなえ)の町から戻って来たゼンキチは、そこで水車が壊れたという事実を知る。どのような目的かは不明だが、合図となる目印が現場に残されていたという。


 すなわち、これは事故ではなく、事件。人の手による犯行だ。

 イレギュラーなハプニングのせいで、行事のスケジュールが変わってもらっては困る。カリナのために、シャフツベリーのコンクールには、つつがなく開催してもらわなければならない。


 ゼンキチは事件の解決に向けて、動きだすことを決めていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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