7 俺、金の力で無理やり薬をゲットする。
翌朝、俺たちはガスの馬車で、雪乃の町に戻って来ていた。
町の玄関口にあるのは、もちろん我らがギルド「ナプキン=パンプキン」だ。結局、1回しか行ってねぇけどな。
その横には巨大な居住区が広がっているが、一般市民は反対サイドの小さなほうに、固まって暮らしているようだった。
そのまま大通りを前進すれば、左手には食品市場が見えて来る。この町で、すでに俺はドロシーの手料理を、2回ごちそうになっているが、その原材料のどちらもが、今いる市場で買われたものだろう。
市場を抜け、そこからちょっとだけ進めば、右手にはもうデリック商会の看板が見えている。
鷹揚とした動作で馬車からおりてもよかったのだが、優雅なふるまいをする趣味は俺にない。
飛びおりるようにして馬車を離れれば、早速、商会の会長であるデリックに、雪烏帽子を必要としていることを伝えていた。
「雪烏帽子ですか、なるほど。たしかに、手前どもでも扱っております。町周辺で入手できるものではなく、商会同士を集めた競売が、主な仕入れ手段となっております。そのため、確実にお渡しできる金額となりますと、どうしても値が張ってしまいます。いかがしますか?」
「いくらだ?」
「相場の2~3倍は欲しいかと」
昨日のガスの話では、安く仕入れられたときの金額が、600金貨という話だった。
少し多めに見積もっておこうか。
「金貨で2000あれば足りるな?」
「えぇ、間違いなく」
「分かった、いいだろう」
「注意点として、もう1つ。雪烏帽子級の商品となりますと、手前どもにとっても、大変大きな商売となります。ですので、前金として半分を先にいただきますが、よろしいですか?」
「構わん。今日、この場で半額を置いていこう。……ドロシー」
彼女に、スキル大食衣嚢を使ってもらい、俺はデリックに1000金貨を手渡していた。
規定の木箱に硬貨を収め、金貨の枚数を確認していたデリックが、ほどなくして顔を上げていた。
「確かに、1000枚いただきました。万が一、今日話した金額よりも安く入手できた際には、価格の変更をいたしますので、ご安心ください。それでは、12日ほどでお渡しできるかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
踵を返し、店屋をあとにしようとしていた俺の耳に、聞き捨てならない台詞が飛びこんで来る。
あと12日かかる?
迂闊だった。
てっきり数日で届くものだと、現代の感覚で契約をしてしまっていた。
ドロシーの父親ブライアンの寿命は、残り7日。
これでは完全なる手遅れではないか。
「よかった、そんなに早く手に入れられるんですね」
事情を知らないドロシーが、俺の横で無邪気に喜んでいる。
心が痛んだが、彼女の認識を正さねばならない。
俺は苦悶の表情を浮かべながら、ドロシーに小声で耳打ちしていた。
「あの病気は、そんなに優しいものじゃないんだ……」
「でも、父があんな状態になってから、すでにもうかなりの時間が経過していますよ? 今さら、すぐにどうこうなるとも思えませんが」
何かを察したのか、ドロシーも俺に小声で返す。
無論、俺はすべての事実を話せないが、首を横に振っていた。
「末期の状態ってことだよ、たぶん」
(……たぶん? ご主人様は、病気に詳しいわけじゃなかったってこと? それなら、どうして……)
このとき、ドロシーは俺に対して、そんな疑問を抱いたそうだが、結局は何も言わなかった。
デリックに向きなおると、俺は努めて冷静に彼に注文した。努力して平静を装わなければ、今にも声を荒らげそうだったんだ。
「倍額払う。だから、できるだけ早くしてくれ」
「最速のお渡しでも、手前どもでは11日が限界かと」
全く融通の利かない店主。
俺のほうの我慢も限界で、ついに俺はデリックに対して怒鳴ってしまっていた。
「そこから減らせた時間1分につき1枚、金貨をお前にくれてやる! だから、つべこべ言ってねぇで、さっさと1秒でも早く俺に薬を届けろ!」
生まれて初めて、俺はこんなにでかい声を腹の底から出したかもしれない。
しかも、向こうは大人だ。
普段の俺なら、びびってそれどころじゃなかっただろう。
だけど、ドロシーのことを思うと、どうしても冷静じゃいられなかったんだ。
あまりの剣幕に、デリックが俺から後ずさる。
「む、無理なんですよ、旦那……」
「どういうことだ!?」
一度、俺から視線を外し、ドロシーのことを一瞥したデリックが、どうして雪烏帽子を手に入れられないのかという、からくりを喋りだす。
「雪烏帽子は、金持ち連中がこぞって大事にしている貴重な花。そのため、売買の優先権が王族にあるんです。王族たちがいらないといって初めて、手前どものような商人たちの市場に、品物が落ちて来ます。この王族たちによる売買、それが王都で開かれるのが、毎月の25日。今日の日付は18日です。今頃は続々と、売買品が王都にのぼっていることでしょう。ですが、あと7日は品物の売り買いが禁止されているんです! この期間は、誰であっても手出しができません! 雪乃の町から王都までは、早馬でも最低で3日はかかります。どんなに金を積まれたって、どんなに縮めようと努力したって、10日より早くはならないんですよ! お渡し日は28、これが限界です!」
デリックの説明を聞きながら、俺の頭の中は真っ白になっていた。
間に合わなかったのだ。
俺がアナザーワールドに転生した時点で、ドロシーの父親の運命は決まっていた。
到底受け入れることのできない事実を突きつけられ、思わず、俺は後退していた。
その様子で、ドロシーも事情を察してしまったのだろう。
俺の背中に声がかかった。
「父は……もう助からないんですね。気にしないでください、ご主人様。元々、長くない命なんだと、覚悟はしていましたから。そっか……もう。でも、ご主人様のおかげで、父が死ぬ前に見舞いに行くことができました。私だけだったら、もう一度生前に会うこともできなかったでしょう。それを思えば、結構、私は幸運なんだと思います」
そう言ってドロシーは、初めて俺の前で寂しげな表情を浮かべた。
ふざけるなと思った。
幸運なわけがないだろう!
普通に生きてりゃ、80歳まで人間はくたばらない。
事故や病気、犯罪に巻きこまれたことが幸運などとは、たとえ相手が神であろうとも呼ばせてなるものか。
変えてやる。
このふざけた茶番を、俺の望んだ台本に書き換えてやる!
ドロシーの父親は、何があっても殺させない。
俺のメイドだぞ。
俺が雇って、俺を救って、俺にこの世界で生きていけるんだと、そんな自信をくれた大事なメイド。そのたった1人の家族さえ救えなくて、何が世界中の女を幸せにするだ。
ふざけるな。
世界攻略指南でどうにかする、それしかない。
これまでに出会ったどの辞書よりもでかくて、気の遠くなるほどの分量だが、それでも世界攻略指南には載っているはずだ。この状況を打開できる、正解のルートが。
それを必ず見つけ出す。
目から血が出ようが、頭が破裂しようが、関係ねぇ。今日中に、このスキルを読み終わってやるよ。
俺が決意のもとに店屋を出ていこうとすれば、いつの間にか、その入り口に人が立っていた。
「ずいぶんと大きな声だねぇ。外にまで話が聞こえて来ちゃったよ」
騒音のクレームでも言いに来たのだろうか。
あいにくと、今の俺に愛想よく対応しているような余裕はない。
やつあたりも兼ねて、盛大にメンチ切ってやろうと思ったが、その寸前で、戸口に立っているのが女であることに気がつき、どうにかこらえた。
「悪いが、邪魔だ。どいてくれ」
「話は聞かせてもらったよ。雪烏帽子が最速で必要だということだねぇ?」
怒気を帯びた俺のため息。
ひとつ、息を吐いてから俺は女に向きなおる。
「……あんたは?」
「タマーラ。ただの女商人さ。私ならできるよ。もっと早くに、雪烏帽子を手に入れることも」
「悪いが、時間がないんだ。それは7日以内なのかどうか、『はい』か『いいえ』で答えてくれないか!?」
「もちろん、その必要があるならば。ただし、相応の金額は覚悟してもらうけどねぇ」
「金なんかいくらでも出してやる! 好きな金額を言え、いくらだ? あん?」
「金貨で8万」
女の発言に、慌ててデリックが横から口を挟んでいた。
「無茶だ! いくらなんでも、それはない。旦那、あんたまだ若いから、金貨がどれだけの価値を持っているのか、よく分かっちゃいねぇんだろう。10枚だ! たったの10枚で、健康な大人が1年間働かずに暮らせる金額だぞ。それを8万枚だって!? あんたが誰だか知らねぇが、王族相手にだって、そんな金額はそうそうふっかけねぇぞ。悪いことは言わない! 旦那、やめとけ。こいつは単なる詐欺師だぜ!」
詐欺か。
たしかに、その可能性はある。
今の俺は全く冷静じゃないだろうからな。正常な判断なんてできやしない。目の前に人参を出されれば、それが罠であっても飛びつくに決まっている。
今一度、よく考える必要があると、俺は深呼吸をくり返した。
「……王族の優先売買は本当の話なんだろう? どうやって、これをかい潜るつもりだ? 闇市にでも、雪烏帽子は転がっているのか?」
「さぁてねぇ。あいにくと、そっち方面にはあまり詳しくないんだよ。ただ、私の方法は単純さ。王族の売買に割りこんで、私たちが先に買わせてもらう」
「そんなこと、できっこねぇぜ!」
再び、デリックが口を挟む。
こいつにとっても、雪烏帽子は莫大な儲け。
もちろん、デリックは善意から注意してくれているのだろうが、そこには、俺という客を逃がしてなるものかという意図も、だいぶん含まれているはずだった。
俺はどちらの主張も、理性的に判断しなければならないのだ。
この限られた時間の中で。
「いいや、できる!」
ぞくりとするほどの蠱惑的な表情で、女商人タマーラは言い切っていた。
「王都にはハヤテっていう女性がいてねぇ。彼女はスキル持ちという意味でも特別なんだが、何よりも、その中身が規格外なんだよ」
「……それで?」
「ハヤテのスキルは、すなわち物体の転送。彼女は、自分自身とハヤテが触れている物、そのどちらもを瞬間移動させられるのさ。このスキルは王族たちのお気に入り! なにせ、地方の名産品を、馬もびっくりの超特急で王都に届けられるのは、いかにワールド広しといえども、彼女ただ1人だけ。そんなハヤテにせがまれたら、いくら王族といえども無下には断れないのさ。もちろん、一般人が同じように優先売買に割りこもうなら、確実に死罪だろうけどねぇ。私には、そのハヤテとのコネクションがある。だから、ハヤテを使って雪烏帽子を買い取るんだ。……どうする? 私は誠意をもって、私の方法を君に伝えたよ。今度は君が、君の考えを私に伝える番だ」
論旨は明快。
売り買い禁止の期間に、1人だけ商売ができるのであれば、タイムロスは発生しない。
王都までの往復に6日かかるとしても、1週間以内に品物は届くだろう。
ハヤテという女のスキルも、要するに本人の瞬間移動だ。
彼女の生活する王都圏が、どこまでなのかは俺も知らない。だが、帰りはハヤテ本人が、途中までスキルを使って届けてくれるのだとすれば、薬の到着は、7日よりももっと早まるに違いない。
俺はうなずいて、タマーラに了承の意を伝えた。
「倍額払ってやる。なんとしてでも5日で届けろ!」
念には念を入れて期限は速めた。
半日の差でブライアンが亡くなりました、なんていう最悪の未来は見たくない。
「了解。……ジャスティン! 私の護衛はいい。今すぐ王都に立って、ハヤテを叩き起こすんだ。大口の依頼だよ! 絶対に雪烏帽子を確保しろ」
そう言うと、タマーラの背後に控えていた男が、すぐさま馬を走らせていた。
護衛が去っていくのを認めたタマーラが、再び俺に向きなおる。
「お代は満額だけいただくよ。私は約束をたがえない。私が8万といえば、それは8万なんだよ。7万でもなければ、9万でもない。覚えておくといい。私は商人、女商人タマーラさ」
そう言って、彼女はぞっとするような笑みを、もう一度浮かべてから、俺よりも早くに店屋をあとにしていた。
すぐさま、タマーラの素性について、世界攻略指南で調べたいところだが、それよりもデリックの対応が先だろう。
「騒いで悪かったな」
「いえ……それは結構ですが」
大口の取り引きがぱあになったことを、気にしているのだろうか。
俺が一々、こんなフォローまでしていたら、それこそ人生がいくつあっても足りない。
だが、雪烏帽子が人の命に関わることもあるのも、また事実だ。
迷惑料を兼ねて、この商会にも在庫を抱えさせておいたほうが、色々と都合がいいのかもしれない。
「聞いてのとおりだ。商品はキャンセルすることになった。だが、お前たちはそのまま雪烏帽子を仕入れろ。俺は買わないが、競売するのに余分にかかった金額は、全額俺が持ってやる。ただし、通年の相場まではお前たちで負担しろ。俺がやるのは差額だけだ」
「……へ? そりゃまぁ、手前どもは構わないですが、いったいそれで、旦那にどんな得があるんです?」
「いつかまた急いで必要になったとき、俺にまた8万金貨を払えっていうのか? 勘弁してくれ」
「違いますよ。ご主人様は、あなたに迷惑をかけたのを気にしているだけです」
間髪入れずに、ドロシーが口を開く。
当然のように、俺とデリックの間には、気まずい空気が流れた。
ねぇ、ドロシーさん。人の心を、勝手に解説しないでもらってもいいですか?
やがて、小さく噴きだしたデリックが、照れ隠しのように後頭部をかきむしりながら、俺に声をかけていた。
「ふっ……あんたみたいな資産家がいるなら、世の中まだまだ捨てたもんじゃないですね」
それを別れの挨拶と受け取った俺は、ようやく店から外へと出ていた。
近寄って来たドロシーが俺に声をかける。
「タマーラ商会は、地元の人間じゃないと思います。これまでに見かけたことがないですから。私は彼らにご主人様の居場所を伝えたあと、裏山に残っている金貨を回収して来ます。なので、ご主人様は、タマーラ商会の人間がやって来たときに備えて、宿屋で待機していてください」
ちょうどいい。俺もタマーラについて、世界攻略指南で調べてみたかったところだ。
俺はドロシーにうなずいて、当面の居と定めている宿屋に戻っていた。
すぐさま、世界攻略指南を開いて、周囲に住んでいる人間のページをめくってみる。
だが、そこにタマーラの名前はない。
……偽名か。
あるいは、周辺に住んでいるという、扱いではないのかもしれない。長年、雪乃の町で暮らしているドロシーでさえ、彼らのことを知らなかったのだから、タマーラは恐らく行商人だ。居住地がここと違うという判定になっていても、おかしくはないだろう。世界攻略指南は無駄に高性能だしな。
素性の分からぬ相手。
やはり、彼女に一任するのはまずかっただろうか。
「……」
ふと思いなおして、タマーラの護衛のほうに注目してみた。
たしか、名前はジャスティンだったはずだと、該当の項目を引いてみれば、そこにはちゃんと、タマーラ商会の人間だと記載されていた。こいつだけは地元の人間なのだろうか?
そのまま世界攻略指南を、ぺらぺらと読み進めていけば、どうやらこのスキルは、最近出会った人間の現在地まで、勝手に知ることができるらしい。地図と位置を照らし合わせられるページを、俺は発見していた。
当然、確認するのはジャスティンだ。
「動いている……か」
ほっと心を撫でおろす。
この様子だと、ちゃんと王都へと向かっているようだった。
ところで、「最近出会った人間」の判定は、いったいどこまでが有効なのだろうと、試しに俺はアルバートの現在地を確認してみる。しかし、すでにアルバートは対象ではないらしく、どこにも表示されていなかった。この機能も、便利なのか不便なのか、いまいちよく分からない。
タマーラ本人を調べられないとなると、俺にできることはなくなってしまった。
ドロシーを手伝おうにも、万が一の連絡に備えて、宿屋からは出ないという方針だ。
「束の間の休憩……か」
そう独り言ちてから、俺はベッドで横になっていた。
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それから3日後、ジャスティンによって伝えられた注文が、王都にいるハヤテの護衛に届いていた。
王都の高級住宅街「愛朱香」。
そこに立ち並ぶ無数の建造物の中で、ひと際目を引くのが、この巨大な塔だ。
王都に白眉が2つある。国を代表する王宮と、この愛朱香の塔。往年の学者にそう言わしめた愛朱香の塔は今、たった1人の女のために与えられていた。
その価値は、現在の価格で、数百万とも数千万金貨とも言われる。
もちろん、所有者はハヤテだ。
この国の王族たちが、いかにハヤテを贔屓にしているのか、それがよく分かる事例だろう。
そんな塔の最上階を、贅沢にもすべて寝室として扱っているのが、ハヤテという弱冠12歳の少女である。
ハヤテ専属の護衛であるメイナードは、寝室の扉をノックすることなく開けていた。叩いたところで、本人からの返事は返って来ないからである。
ベッドまで近づいたメイナードが、乱暴にハヤテの体を揺すった。
「お嬢、起きてくださいよ。懇意にしているタマーラさんとこからの依頼です」
揺さぶっても中々、ハヤテは起きようとしない。
いつものことだ。
根気強く、何度もメイナードが声をかけ続ければ、ようやくハヤテは鬱陶しそうに瞼を開いた。
「面倒くさ~い……。メイナード、あなたがあたしの代わりに行ってくればいいじゃな~い」
「俺が1人で行ったところで、埒が明きません。お嬢がそばにいてくれないと、話が進まなくて困るんですよ。何もしなくていいですから、とりあえず起きてください。毎度のことですが、タマーラ商会の報酬は半端じゃないです。2万ですよ、2万。銀貨じゃありません、本物の金貨です」
自分では決して稼ぐことのない金額を前に、メイナードは目を輝かせる。
だが、ハヤテの機嫌を取れるならば、タマーラとしては、膨大な金貨を支払うくらい、造作もないのだということに気がつくと、メイナードの口元に浮かんでいた笑みも、いつの間にか苦笑いへと変わっていた。
「タマーラが金貨で払うことなんて、よくあることじゃん。珍しくもなんともないよ」
当然のように言ってのけるハヤテに、メイナードは決まりの悪さを隠せなかった。
「いいから、起きてください。仕事ですよ」
そう言って、メイナードは無理やりハヤテを叩き起こすと、その体を引っぱって寝室から出ていった。
そうして、王都に上洛している商人の一団を、途上で捕まえる。
いきなり呼び止められたことに、商人たちは怪訝な表情を浮かべていたが、その相手がメイナードであることを理解すると、たちまち相好を崩していた。
「おや、メイナードさん。これはいったいどういう……」
質問に答える代わりに、メイナードは横で眠りこけているハヤテを指さす。
途端に、商人たちは態度を改めていた。
まるでそれは、王族に対するものだ。
「ハヤテ様もご一緒でしたか!」
「そう、そういうこと。悪いんだけど、雪烏帽子を先に譲ってくれるかな? お代は、あとからタマーラ商会さんが、色つけて払ってくれるみたいだから」
ハヤテの頼みであれば、王族の優先売買に割りこんでも問題がない。それどころか、ハヤテの注文を拒もうものなら、彼女を贔屓にしている王族たちの、心証さえも悪くする。
事情を承知している商人に、断る意思などは最初からなかった。
「えぇ、それは構いませんが……」
歩きだすメイナードに向かって、商人は言葉を続けた。
「メイナードさんは、これからどちらに?」
「う~ん……。タマーラ商会の人と、王様に会いに行く感じかな。表向きはお嬢が欲したからっていう体裁だけど、実際は違うからねぇ。お嬢が本当にねだったのなら、そりゃお伺いを立てなくてもいいだろうけどさ。お嬢に近しい俺たちみたいな人間が、王様たちから気に入られているわけじゃないのよ。だから、謝罪に行かないと、やっぱりまずいのよね」
すかさず、ついて来ていたタマーラの者が補足を加える。
「迷惑代として5万金貨をお納めするので、ご心配なく。そちらに害は及びません」
「ご、5万金貨ですか。これはまたずいぶんと、衝撃的な金額ですね。私も長年、商人として場数を踏んで来たと自負していますが、そうそう聞かない価格です。もちろん、それは本来の依頼者が払うのでしょう? 金貨硬貨で5万もの大金となると、ぱっと出せるような人物に、あまり心あたりがないのですが、いったいどんな御仁なのでしょう?」
自分も一枚話に噛んで、儲けを引き出したいという腹づもりに違いない。
商魂の溢れる話し手に釘を刺すべく、タマーラの者が再び口を開く。
「新規のお客様です。しかし、タマーラ商会は決して代金を取り損ねません。地の果てまでも、必ず取り立てに伺います」
暗に、茶々を入れるなら報復すると言っているのだ。
「おぉ、怖い」
これ以上、首を突っこむべきではないと、潔く商人は退いていた。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ