65 俺、和鈴の町に到着する。
※設定の変更に関するお詫び
ゼンキチ以前の勇者Xが、今から何年前にワールドを訪れたのか。この部分の設定がまだ曖昧にしかできておらず、ずっと「古代」という表現でごまかしていました。
しかしながら、様々な設定ができあがるうちに、古代という言葉からイメージされるほど、ゼンキチと勇者Xの間隔は、空いていないと考えなおすようになりました。したがって、これを機に、勇者Xの文脈で使っていた古代という表現を、「往年」へと修正します。以降、なるべく勇者Xの文脈では、往年という言葉づかいを心がけます。
読者のみなさまには、私の練りが甘いばっかりに、このようなご不便をおかけし、誠に申し訳ございません(投稿済みの部分については、すでに修正してあります)。
俺と同じように、カリナは馬に乗れない。これについては、さんざん説明して来たので、もう聞き飽きているかもしれないが、要するに、俺たちは移動手段に欠いていた。俺1人ならまだしも、いつまでも、スザクの背中で移動し続けることはできないだろう。
いい頃合いだと思った俺は、巴苗の町を出る際に馬車を購入していた。さすがは畜産の町だ。買い物につきあってくれたエスメラルダの言では、とてもいい馬車を手に入れることができたらしい。ちなみに、御者はなんでもそつなくこなす我らのメイド――ドロシーの担当だ。
すでに巴苗の町を出発してから、数日が経過している。そろそろ新たな町が見えて来るはずだった。
巴苗の町では、酒場の一件以来、カリナと話す機会が中々なかったのだが、いくらかの日数を同じ馬車の中で過ごしたことによって、俺たちの間はそれなりに親しいものになっていた。簡単にいえば、ちょっと踏みこんだプライベートな質問であっても、少しであれば、できるような間柄になったのだ。
なので、以前は遠慮して聞けなかったことを、俺は尋ねていた。
「ねぇ、カリナ。いっつもその絵を見ているけど、いったいなんの絵なの?」
カリナの手元には、1枚のキャンバスが大事そうに抱えられている。大きめの庭に、芝生が生えたような風景が広がっている絵だ。俺にはそれしか分からないのだが、カリナがこのキャンバスをじっと眺めている様子は、巴苗の町にいたときにも何度か見られた。
だから、この絵に対して、カリナが並々ならぬ思いを抱いていることは、俺にも察せられたのだが、肝心の中身が殺風景というか、ただの素朴な土地にしか見えず、ちょっとした不思議だったのだ。
俺が不用意に尋ねれば、カリナは驚いた顔をして俺のことを見つめた。
「巴苗様の庭よ」
「そうなんだ……。それはタイトルとかで分かるの?」
重ねて問えば、いよいよカリナは俺の無知を我慢できなくなったらしく、ありえないと言わんばかりに俺に詰め寄った。
「ちょっと、ゼンキチ! 赤い弓と馬っていったら、巴苗様しかいないじゃない! これは巴苗様の象徴よ? 信じらんない。ゼンキチも絵画に興味があるんだ~なんて、ちょっと期待していたのに、まさかこんなことも知らないなんて!」
差し出されたキャンバスに目を凝らせば、確かにカリナの言うように、立てかけられた弓と、遠くに走る馬の姿を認められた。
「……ごめん」
いたたまれなくなって、俺はついつい謝罪の言葉を口にしていた。
だけど、内心では、カリナには悪いけど、全然違うことを思っていたんだ。
……そりゃ、教養のない俺が悪いんだろうけどさ。そこまで全力で否定しなくても、よくない?
俺が謝ってしまうと、カリナもそこまでするつもりじゃなかったようで、決まりが悪そうに頬をかいていた。
なんとも言えない気まずい沈黙。
その無言の時間を破ってくれたのは、意外なことに、空気なんか読めないはずのスザクだった。あまりのファインプレーに、本当に同一人物かと俺は不審がる。でも、彼女には、雰囲気を直そうという意図がなさそうだったので、いつものスザクだと俺は安心した。
「ゼンキチ様……これを」
そう言って、スザクが手渡して来たのは、⦅朧影の巣⦆から持ち帰った財宝だ。
騎乗試合に間に合わせるべく、ダンジョンから急いで巴苗の町に戻ったので、完全にその存在を忘れていた。その中の1つ、短剣を携帯するよう、スザクは俺に提案していた。
「あの死体が、どこの人間のものだったのか、まだよく分からない部分があります。……ですので、しばらくは護身用に持っておいてはどうでしょう?」
俺たちが⦅朧影の巣⦆で見つけた遺体は、その遺書に願いを書いてあった。曰く、世話になった町に財宝を届けて欲しい、と。
新島渚瑳の使っていた聖剣虎獟は、俺たちに必要なので別とするにしても、それ以外のお宝については、この遺書の言うとおりにしようと、俺は心に決めていた。別に、金貨に困っているわけでもないしね。
なので、スザクの忠言は理解できるのだが、どうしても俺にはためらわれてしまう。
……そういえば、よく考えると、世話になった町っていう言い方も、ずいぶんと変な感じだな。普通に、故郷って書けばいいのに。
第2の故郷ということなのだろうか。そんなふうに、俺が余計なことに思いを巡らせていると、スザクが続けて、こんな言葉を口にした。
「多少、使った程度であれば、武具の価値も目減りしないかと……」
半ば彼女に押し切られる形になったが、そこまで言われれば断る理由もない。これ以上、口答えせずに俺は武具を受け取った。……それとも、ダンジョン内でずっとスザクに引っついていたのが、そんなに嫌だったのだろうか。少しは自分1人でも、戦えるようになれ的な?
御者台の近くで話していたこともあってか、ドロシーが話に興味を持ったようで、馬を器用に操りながら、こちらを振り返ることなく、彼女は抱いた疑問を声に出す。
「死体だなんて、ずいぶんと物騒なお話をしていますね。いったい、私たちと離れてから、何があったんです?」
同じパーティーとして行動しているのだから、情報は共有するのが筋だろうと、俺は簡単に、スザクと⦅朧影の巣⦆に向かったときのことを、みんなに伝えた。死体に遭遇したこと、そこに遺書が含まれていたこと、虎獟以外の財宝が見つかったこと、親玉を倒したこと、そして俺は何もしていないこと。……これは言わなくてもよかったか。
ドロシーが俺にジト目を向けて来たのも、きっと俺が働いていないことに、呆れたからではなくて、全部スザクの手柄であることが、誰の目にも分かりきっているのだから、余計な話はするなという意味だったに違いない。
「スザクさんの手荷物が急に増えたのは、そのためだったんですね」
ちらりとドロシーがナップザックに視線を送る。スザクの回収したお宝はすべて、彼女の携帯する袋に、投げこまれるようにして収納されていた。……そんな乱暴な入れ方でもよかったのか、俺には分からない。
「種類が多いから、ドロシーのスキルとは相性が悪そうだし、このままスザクに持っていてもらうのが、正解なのかなって」
「明らかな違いがなければ、古代の品々として、一括して入れることもできるとは思いますが……数が多くないのであれば、そのまま袋で持っているほうがいいですね。ところで、死体が持っていたという遺書を、私にも見せてもらえませんか? 何か分かるかもしれないですし」
「あぁ……」
遺書の現物は、すでにスザクが粉々にしてしまっている。少し躊躇したのだが、うまい言い訳も思いつかなかった俺は、素直に経緯をドロシーに話した。それを聞いたドロシーが、スザクに対しては久しぶりに白い目を向ける。スザクのほうにも、一応は、しでかした自覚があるのか、軽く頭を下げていた。
「じゃあ、まだその冒険者たちからの依頼は、果たせていないんですね」
「うん。ちょっと見当もつかないから、長い目で見てって感じかな」
ドロシーの台詞には間違いがあった。俺が伝え損なったからなのだが、遺体の数は1つだけだったのであって、複数人の亡骸を目にしたわけじゃない。だけど、これはわざわざ訂正するまでもないことだろう。
(……あの死体が百壇のものであれば、遠く離れた土地から、フロアマップに訪れるようなことはしないだろう。恐らく、あの森周辺が、遺書に示されていた地名になる。できれば、この件は私1人で片をつけたいのだが……さすがに、今はこの少年のそばを、おいそれと離れるわけにはいかないか)
「……スザク?」
何やら考えこんでいるふうだったので、俺は彼女に声をかけたのだが、意見があるわけではなかったようで、ゆっくりと首を横に振っていた。
ほどなくして、俺たちは町に到着する。馬車は厩舎の近くに止めたので、ここからは徒歩での移動だ。
和鈴の町は、美しい丘陵地帯に広がる小さな町で、製粉業が盛んだ。麦を粉にする機械には、風車と水車が使われている。2基の巨大な水車は、遠目からも分かるほどで、この町のシンボルになっていることが察せられた。
このほかにも、和鈴の町では、花の栽培に力を入れているようで、渓谷薔薇と呼ばれるバラの品種が、特に有名らしい。長く町に滞在する予定はなかったが、あまりたくさん事前に調べてもつまらないだろうと、俺は最低限の紹介しか確認していない。だから、町に対する理解はかなり浅い。……ぶっちゃけ、ちょっと面倒くさかったってのもある。巴苗の町では気張りすぎたんだ。
タマーラの知り合いだという、元拳闘士の居場所については、地図をもらってあるので問題ない。先にカリナのために、この町で開かれるという、コンクールの情報を探すべきだろう。そう思ったのだが、ソーニャ本人は待ちきれなかったようだ。
「悪いな、兄貴。楽しみで仕方ねぇんだわ、抜けるぜ」
「あぁ、うん」
返事も聞かずに、走りだしていくソーニャ。
彼女のステータスは十分に高く、また、拳闘士を志すくらいなので、格闘の技術も有している。1人でも、たぶん問題はないんだろう。少し心配性が過ぎるようにも思えたが、初めての町に不安を覚えた俺は、それでもスザクに同行を頼んでいた。……そうか、こういうときのために、急いでいないときは、できるだけ町の情報を仕入れておくべきなんだな。
カリナを先頭に、町の人から話を聞いていけば、どうにもちゃんとコンクールは近々催されるようだった。情報源がタマーラだっただけに、俺には疑う部分もあったのだが、安心した。やがて、その審査を務めるのが、シャフツベリーという名前であることも分かった。
男は嬉しそうに、顔をほころばせていう。
「シャフツベリーは、この町が生んだ宝だからな!」
ほかにも何名か評者がいるようだったが、その中でもぶっちぎりに、シャフツベリーという人間が重要らしい。俺は芸術なんていう高尚なものに、全く興味がないので、どこ吹く風の気分でいたのだが、他人事ではないことをドロシーが思い出させてくれた。
「よかったですね、ご主人様」
「よかった?」
ドロシーの真意が分からずに、オウム返しで聞きなおせば、すぐに答えを教えてくれる。
「はい。シャフツベリーって、ご主人様が会いたがっていた作品の作者ですよね? ほら、渚瑳の町で一緒に見たじゃないですか。私は全然、いいと思えませんでしたけど」
ドロシーの説明を聞いて、ようやく俺の記憶も呼び起こされた。絵画『海』のことだ。
……そうだ。なんであんな大事なこと、忘れていたんだろう。
大胆な手法で、世代交代のシーンを描き出した作品のことは、今でもはっきりと俺の目に焼きついている。
その作者に、ここで会えるかもしれない。
もっと先のことだと思っていた出来事が、急に目の前に現れたようで驚いたが、時間が経ち、落ち着いて現実を捉えられるようになった頃には、俺は自分の心臓が高鳴っていることに、気がついていた。
俄然、このコンクールに興味が出て来た。
さすがに、参加するほどの才覚は俺にないので、出場こそしないものの、カリナのバックアップは全力でするつもりだ。カリナにとっても、シャフツベリーは憧れの対象だったらしく、両手で頬を押さえて感激を露わにしていた。
そうと決まれば、話は早い。町を見て回るのは、あとからでもいいだろうと、俺たちは宿屋に入って人数分の部屋を借りた。そのまま、カリナは部屋にこもって題材を考えるらしく、なるべく声をかけないで欲しいと、俺たちに希望を言って来た。1人で集中したいのは、どこの世界の芸術家も同じのようだ。
わざわざ邪魔をするような人は、俺たちの仲間にいないので、その点は大丈夫だろう。過度な心配から、やたらと様子を見に来るようなエスメラルダも、今はいない。
部屋のドアが閉じられる直前、俺はなんとなく思ったことをカリナに尋ねていた。
「ねぇ、カリナ。出品する絵には、花を使ったほうがいいんじゃない?」
和鈴の町に対するリサーチは少ないが、それでも、花の栽培に力を入れていることは知っていた。シャフツベリーが地元で審査員をする以上は、花をモデルにしたほうがいいのではないかと、そう思ったのだ。
だが、カリナは目を丸くして首を横に振った。
「いらないんじゃない? だって、コンクールでしょう? 私は、純粋に自分の作品を見てもらいたいの」
そう言われれば、そうかもしれないと俺も思う。
だけど、やっぱりこれは早計だったんだ。カリナは、色んな文化を知りたくて、巴苗の町を飛び出したんだから、よその町に対する好奇心は、絶対に捨てちゃいけないものだった。それはコンクールの結果に如実に表れ、今回の一件は、カリナにとって苦い経験となる。
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和鈴の町が位置するカモミール地方の右隣、キンモクセイ地方には、伝説の勇者が舞いおりたとされる颫束の町がある。所縁のある土地でありながら、勇者本人の名前が残っていないのは、彼がそれを是としなかったためであるが、結局は無駄だったといえるだろう。伝説の勇者の名前は、時代を区分する言葉として、一部の研究者の間で、広く使われるようになったからだ。
勇者と関係の深い土地。
颫束の町が、勇者の正確な軌跡をたどろうとする、民間団体の本拠地となったのは、当然のいきさつであったろう。
過激な勇者信仰団体として知られる栄冠の司書は、福音派の中でも、新たな勇者を望まない団体として有名だった。往年に、天より遣わされた勇者だけが本物であり、二番煎じがいてはならない。これこそが、栄冠の司書に共通する信条であった。
勇者にまつわる派閥は、好悪を含めて大きく3つが知られる。この中で、勇者に関わる正確な記録を残そうとするのが、福音派と呼ばれる組織だ。
騎乗試合に際して、ゼンキチたちが⦅朧影の巣⦆を訪れたのは、奇しくも、栄冠の司書が同地に目をつけたタイミングと重なっていた。
彼らが⦅朧影の巣⦆に着目した理由は、驚くほど単純である。往年の剣豪――新島渚瑳の使っていたとされる虎獟の存在を、いよいよ疑問視し、事実を確かめようと働き始めていたのだ。
スザクに負ぶわれたゼンキチが、⦅朧影の巣⦆に近づいたとき、颫束の町では、栄冠の司書の1人であるレオノーラが、仲間に向けて鋭い声を発していた。
「巡監警固に反応あり……! ⦅渚瑳の森⦆に誰かが接近したものと思われます」
レオノーラのスキルは、指定した場所に現れる、予期せぬ来訪者を警告するものだ。もっとも、敵と味方の区別に難があったり、警備できる場所に限りがあったりと、万能な能力ではない。
だが、遠く離れた颫束の町から、渚瑳の町にある森林の様子を探れるというのは、生半可なスキルではなかった。
リーダーの男は首を捻る。
「……このタイミングで? すでに森林ツアーの繁忙期は過ぎている。何者だ……。ひょっとすると、⦅朧影の巣⦆に向かおうとしているのかもしれない。レオノーラ、絶対にそいつらから目を離すな!」
⦅渚瑳の森⦆に現れたレオノーラの分身は、監視以外の動作を取ることができない。他者から見られることこそないが、侵入者の邪魔をすることはできず、ましてや、攻撃行動などもってのほかである。
「了解です」
分身と、その視覚と聴覚を共有したレオノーラによって、まもなくゼンキチたちが、ダンジョンの入り口に到着したことが伝えられる。
「……たった2人で挑むつもりなのか。ここがどこなのか知らないで来たとでも? あるいは、単なる無謀な冒険者……か」
男はしきりに小首を傾げている。
だが、直接一部始終を目撃したレオノーラにだけは、ゼンキチたちの放つ違和感に気がついていた。
(なんでこの人たち、こんなにスムーズに入り口を見つけられたんだろう……)
栄冠の司書の情報網をもってしても、⦅朧影の巣⦆までの正確な道順は不明のままだ。これは定期的に入り口が移動しているためだと、断言せざるをえない。それなのに、ゼンキチたちの足取りには迷いがなかった。
これは偶然なのか、それとも場所が分かるのか。
雑念を振り払うように、レオノーラは一層2人の監視に専念する。
ためらいもせずに、ゼンキチたちは中へと入っていく。
「……」
スキルで作られた分身は不可視だが、それは無敵であることを意味しない。むしろ、体自体は脆いため、被弾すれば呆気なく壊れてしまう。そうなれば、もう2人のあとを追うことはできなくなる。分身の発生は、侵入者の感知をトリガーとするのであって、レオノーラが自発的に作り出せるわけではないのだ。
ダンジョンの中に踏み入ることに対して、少なからず葛藤はあったが、出入り口が移動するという性質に鑑みれば、⦅朧影の巣⦆に侵入するという選択肢しか、そこには存在しなかった。帰りを待っていても、2人はここから現れないからだ。
魔物の出現。
無数にやって来るBランクのモンスターを、平然とワンパンしていくスザクの姿に、レオノーラは戦慄する。
(……これって、本当に人間がやっているのよね?)
接近は厳禁だ。
余波だけで、分身が粉砕されかねない。
間違っても戦いに巻きこまれないよう、レオノーラは遠く離れた位置から、慎重に2人の観察を継続する。
遺体を発見した際に、やや中断はあったものの、ほとんど足止めを食うことなく、ゼンキチたちはボスの部屋へとたどり着いていた。
その信じられない光景を、レオノーラは驚きと共に男に報告した。
「代表……。私の目には、危うげなくここまで到着したように見えましたが……」
「にわかには信じがたいが、よほど手練れの冒険者だったようだな。立ち寄っても踏破するだけの自信があったのか。……そこが親玉の部屋で間違いないんだな?」
「はい。雰囲気では、そのはずです」
「ならば、虎獟があるとすれば、そこになるだろう。確かめるまでは観察を続行しなければならない。万が一にも、魔物の攻撃を受けるのは避けたいところだな。レオノーラは壁の前で待機してくれ」
「分かりました」
大した間を置かず、部屋の中より地鳴りが響く。
飛び出して来る2人の姿。その奥に見えたのは、崩落する天井だった。
「女のほうが剣を抱えています!」
レオノーラの発言に、男は大きく目を見開いた。
「虎獟か? 実在したのか」
「まだ使用されていないので分かりません。……どうやら、彼らは正しい出口に向かっているようです!」
「いったい、何者なんだ。その2人は!」
懸命にレオノーラはスザクのあとを追うが、すでに彼女はゼンキチを負ぶっており、そこに足を止めるような意思はない。あっという間に分身を引き離す。
「……早すぎです。目標、ロストしました」
ぐったりと、レオノーラが机に伏せる。任務を果たせなかった悔しさもあるが、多くはスキルの疲労によるものだった。分身と視界を共有することは、酔うような感覚を彼女に与えるのである。
そんなレオノーラのことを労るように、男は穏やかな声音で尋ねる。
「……。顔は覚えているか?」
「いくらかは……」
「それを今回の収穫とするよりない……か」
無念さを払拭するように、男が幾度も首を横に振る。
レオノーラの分身から逃れた者は、過去に何度もいたが、その大部分は被弾による損傷が理由だ。ここまで一方的に、身体能力の差で手も足も出なかったことはない。
短時間とはいえ、スザクの圧倒的な戦いぶりを、目にしたレオノーラの口からは、予想だにしない言葉が漏れる。
「新時代の八乙女なのでしょうか?」
思わず、衝いて出てしまった言葉。張本人であるレオノーラでさえ、信じられないとばかりに口元を覆っていた。
だが、それは栄冠の司書にとって、決して聞き流せるようなものではない。
歯をむき出しにして、男はレオノーラを叱責する。
「よせ! そんなこと、絶対に認められるわけがないだろう。我々の勇者は才蔵ただ1人だけだ!」
それは絶対条件であり、レオノーラにとっても常識であった。
ゆえに、彼女は力強くうなずく。
「……分かっています」
栄冠の司書は新たな勇者を望まない。たとえ、それが本物であったとしても。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




