64(前編) 俺、カリナと共に巴苗の町をあとにする。
本話は長すぎたので、前編と後編に分割します。申し訳ありません。
ほどなくして、正式な優勝者の発表があった。総得点19で、エオガリアス家の優勝である。
それは、エオガリアス家が権力を取り戻したことと同時に、優勝者の馬である汍瀾が、巴苗に捧げられることをも意味した。
一同が馬の墓へと場所を移していく。俺も最後までつきあうのが筋だろうと、そのあとを追った。
到着するやいなや、遅滞なく馬の処刑が始まる。
先ほどまで一緒に戦っていたパートナー。汍瀾を戦友と呼ぶのはさすがに大げさだが、その馬に抱いた気持ちは、決して小さなものじゃない。
「……」
なんとも言えない、やるせない思いを抱えながら、俺は淡々と進んでいく処刑の景色を眺めていた。そんな俺の様子を、ビルキメは心配してくれたのかもしれない。いつの間にか、俺の横には、汍瀾の持ち主であるビルキメが立っていたのだ。
「あんまり深く気にしちゃダメよ。よくあることなんだから」
「気にするなって……」
そんな冷たいことがあるだろうか。
俺のかすかな失望はビルキメに伝わったようで、彼女は俺の苛立ちに、少しだけ悲しそうに口元を歪めた。
「そんなに薄情な女の子だと思わないで。汍瀾は、ただ死んだだけで、巴苗様のもとに向かったわけじゃない。それでも、私だってそうあって欲しいとは思っているのよ? 相手が汍瀾なら、きっと巴苗様も満足してくれるだろうしね」
「うん……」
俺が相づちを打てば、ビルキメは首を横に振って話を続ける。
「ただね、愛着は動機を無条件に肯定するものじゃないの。愛着で目的を覆って、隠された悪意に蓋をするような、善人ぶることはしちゃダメよ。それはとても恐ろしいことだわ」
曖昧に俺はうなずいた。
ビルキメの話は、ややもすると哲学的で、大変お馬鹿な俺の頭には入って来にくい。それでも、知識人にありがちな嫌味な感じがしないのは、本当に俺を思ってくれているがゆえの、偽りない言葉だからなのだろう。
「それからね、ゼンキチ」
「うん?」
「私たち、正式に巴苗の町から離れることになったわ」
……そうだった。
試合に夢中で、すっかりと忘れていたが、表立ってワグトリアス家に盾突いた以上、もう他部族と一緒には生活することができない。畜産の疾病が、いくらンラウィルド族と無関係といっても、元々の間柄が亀裂だらけだったのだ。修復は見込めないだろう。
「……ごめん、ビルキメ。忙しくて、まだグラントリーを説得していないんだ。今すぐ行って来る」
「もう済んだわよ。直接、私たちのほうからお願いしたの。話も通さずに、町から離れるわけないでしょう?」
「本当に、ごめんなさい」
「いいわよ、別に。元々、冒険者のゼンキチに、町のことを色々と任せているほうがおかしいんだし」
そう言って、ビルキメが肩を竦める。対する俺は、肩身が狭くて縮こまっていた。……あんなにどや顔で任せろって叫んだのに。
聞くところによれば、ワグトリアス家の当主自体は、ンラウィルド族とも、ちゃんとした付き合いを重ねていたらしい。ビルキメたちが町を去ることを伝えると、心底驚いていたそうだ。初めは引き止めようとしていたノースロップも、これまでの事情を鑑みると考えを改め、それも仕方ないと納得したのだという。
俺にとっては憎きタマーラも、ビルキメたちの離反を、あまり気にしていない様子だった。名目上は、ワグトリアス家を脱するが、ンラウィルド族はエオガリアス家との交流を続けるので、卸される干し肉の量は大差がない。供給が滞りなく維持されるのであれば、自分の思い描いたプランどおりにならずとも、どうだっていいのだろう。
……その割には、部族間の対立を激化させることに、固執していたようにも見えたのだが、きっとあれは、ワグトリアス家からも搾れるだけ取ってやろうという、阿漕な判断だったに違いない。自分で煽って深めた溝を、ワグトリアス家から報酬をもらいつつ、タマーラ自身が落ち着かせる。徹頭徹尾、金銭にしか興味のない嫌なやつなんだと、俺は改めてタマーラを疎ましく思った。
大きなトラブルもなく、汍瀾の奉納が終わったので、俺たちはディートリヒの邸宅に戻る。そこにはくだんのタマーラも顔を見せている。関係者一同が勢ぞろいだ。
祝勝会はすでに終えているので、そういうハッピーな集まりではない。後始末などについて話しあうため、タマーラが発起人となって集めたのだった。
テゾナリアス家――特に、その騎士団による暴走に歯止めがかかるので、今後、不必要に討伐した魔物を、土葬して処理するという問題は、しばらくの間起こらなくなる。根本的な解決ではないものの、ひとまずは上等といえた。まずいのは、今も地中に残っている邪雰のほうだ。
俺はタマーラのほうに向きなおり、彼女に尋ねる。
「つまり、妖精使いの出番ってこと?」
ユリアーネのことを念頭に聞けば、どうにも見当違いの発言だったらしく、タマーラが目をしばたたかせていた。
「……邪雰が相手となると、さすがに妖精使いでは無理じゃないか」
「そうなんだ」
違いがまるで分からない。
自然関係の障害全般は、てっきり妖精使いに丸投げなのだと思っていた。
「こういうのは聖女の出番だろうねぇ」
「ふ~ん」
自分から言うだけあって、タマーラがどうにかするのだろうと、期待を込めて見やれば、彼女は苦笑を浮かべながら首を横に振っていた。
「おいおい、熱視線は嬉しいが、私にも聖女の知り合いはいないぞ。個人的に懇意にしている教会ならあるが、相手が聖女ともなると、私には無理だねぇ」
「へぇ、意外だな。お前でもか……」
「買いかぶりだねぇ。あの業界は、中々取り入ることができないのさ。私の愛しいハヤテが、切り札になるわけでもないしねぇ」
……弱った。
まさかここまで首を突っこんでおいて、完結にまで導けないとは考えていなかった。ビルキメとグラントリーの仲を、約束どおりに持てなかったこともあいまって、俺は少々焦った。
「どうするんだ? お前にだって、邪雰の問題は損なんだろう? このまま病気が収まらないんじゃ、畜産は結構な打撃を食うぞ」
「そりゃそうだが……。邪雰の発生源が消えたんだ。時間はかかるが、放っておけばいずれ邪雰は散り、症状は弱まる。それを待つしかないだろうさ。それより、あの病気に名前をつけようじゃないか。早馬を出して知り合いに尋ねてみたが、やはりあれは未知の病で間違いない」
タマーラとしては、すでに問題は解決したという扱いなのだろう。人類史上初の出来事を前に、興奮を隠せていない様子だった。おおかた、今回の招集は、疾病の命名がメインの話し合いだったのだ。
「……あぁ、いいけど」
俺としては、世界攻略指南で調べてあったので、最初からこれが未知の病気であることを知っていた。病気は一般に、発見者の名前をもじることが通例らしい。単独での発見でなければ、誰の名前をつけるかでもめることも多いようだが、俺たちの場合は違った。みなが積極的につけたがらなかったのだ。
発案者のくせに、タマーラは自分の名前――偽名――が、こういう形で広がることを嫌がったし、彼女の次に大きな縁を結ぶことになったスクワイアは、畜産家として不名誉だと命名を拒否した。大本のワグトリアス家は、病の解決に乗り出せなかったことを重く見て、自分たちに名親の資格はないと考えているようだし、当然、病気とは本来関係のないエオガリアス家は、全員が辞退している。
「……ふむ。まさか、誰もつけたがらないとはねぇ。ユゼロホあたりが聞けば、卒倒するな。まず間違いなく」
愉快そうに、タマーラは上品に手を叩いている。
このままでは、いつまでも総括に向かわないとみるや、ドロシーが口を開いていた。
「では、古語にするというのはどうですか?」
「なるほど。それなら、『_ハブリ』あたりか」
「いいですね。人名がついていないと落ち着きがないなら、巴苗様の名前をお借りしましょう」
教養ある2人の会話についていけず、置き去りにされてしまったが、あとでドロシーがちゃんと、意味は「黒い」だと教えてくれた。
こうして、巴苗の町に広まった邪雰による疾病は、ハナエ=ハブリ病という、正式なネーミングを与えられたのだ。これならば、新しく世界攻略指南に、項目が追加されたのではないかと、俺はみんなに隠れてスキルを使う。予想どおり、そこにはハナエ=ハブリ病の欄が加わっていた。簡単に読み進めていけば、直並鴨茅と邪雰の相性が悪いので、こういう結果になったのだという。以前、タマーラが推測していたとおりだ。……経験と閃きだけでスキルに追いつくか。やっぱり、こいつは化け物だな。
いつぞやのロングフェローが、聖女と関係しているかもしれないので、ついでに彼のプロフィールも覗こうとしたのだが、近くにいない扱いだったので、詳細がまるで分からなかった。現在地についても、≪直近で出会った人≫という、スキルの条件を満たしていないので、問題外だ。手詰まりなので、不本意だが、今すぐ地中の邪雰をどうこうすることはできない。大人しく、タマーラと同様に放置するのが正解なのだろう。
もっとも、完全にスルーする意思は俺にない。西親川の町に戻ったら、一応は、ロングフェローの足取りを追ってみるつもりだ。
そんなことを考えていると、ふとタマーラが俺に話しかけて来た。
「これから、どうするつもりだい?」
計画を決めた直後に、これ。
目ざといと言うべきか、それとも不気味と表現したほうが正確か。
とにもかくにも、俺は正直に答えない。前に伝えたとおりだと、タマーラに対して肩を竦める。
「王都に向かうさ」
「それは拳闘士のためだったよな?」
「そうだが、なんでそんなことを聞く」
「いや、な~に。それなら、西親川の町から向かわずに、このまま和鈴の町へ進むといい。そこに昔拳闘士だった私の知り合いがいる。私の名前を出して話をすれば、修行くらいはつけてくれるだろう」
願ってもない提案だが、なぜそんな親切なことをするのかと、俺はどうしてもタマーラを訝ってしまう。こいつが単なるお節介で他人に便宜を図るとは、どうしても思えなかったのだ。
俺が怪訝な視線をタマーラに向ければ、心外だとでも言いたげに、彼女は大げさに手を挙げて抗弁した。
「捻くれるなよ。私から、ささやかなプレゼントだ」
(久しぶりに、私の期待を超えた結果だからねぇ。黙っていたほうが面白いから、訳までは教えてあげないけど)
なおも俺は不審だったのだが、俺の気持ちをよそに、ソーニャが前のめりになってしまう。
「マジか! そりゃ助かるぜ。なにぶん師匠の稽古は為になるんだが、元々の身体能力が違いすぎて、戦術とかは全く参考になんないからな」
……でしょうね。
満場一致の評価だが、とうのスザクは、不服そうに口を「へ」の字に曲げている。
……そっか、ソーニャの修業を潰しちまっているんだった。
馬上試合に備えるため、スザクには、ディートリヒに稽古をつけるように伝えてあった。ソーニャも混じって鍛錬しただろうが、個人練習に比べれば、強度の低い修行であったことは認めざるをえない。補填が必要だ。
ロングフェローの件だけじゃなく、西親川の町では、⦅アネモネの大洞窟⦆の経過も気がかりだったのだが、これについては別の機会に譲るしかないのだろう。当然、ボーイッシュのヌザリーマとも再会はできない。
今はソーニャのほうが優先だと、俺は考えなおす。実際、スザクでは拳闘士ならではの技術といった、より実践的な訓練を行えない。俺が世界攻略指南で調べたところで、その事情は変わらないだろう。本で文字を読むのと、実際に体を動かすのでは、やはり求められる動作は別次元のものになる。俺の運動性能はごみカスなのだから、頭で考えるほど簡単には動けない。
だが、それも本物の経験者が教えてくれるのであれば、状況は全く違ったものになる。ソーニャの拳闘士になるという夢を叶えるうえで、どちらがより大切なことなのかは明白だった。和鈴の町に向かう。これが正解だ。
俺が方針を固めると、ディートリヒがおずおずと声を発した。今さら畏まる関係ではないだろうと、俺は少々とまどった。
「ゼンキチ殿、私からもお願いがあります。その旅に、カリナを同行させてはもらえないでしょうか?」
何かあるだろうとは身構えていたが、予想外の展開に俺は言葉を失った。
……えっ? カリナは、エオガリアス家で画家になりたいんじゃ……。
俺の疑問に答えるようにして、ディートリヒが言葉を繋げる。
「最終的に、カリナがどうするのかは私の知るところではありません。ただ、何をするにしても、今はカリナに広い世界を見せてやりたいのです。絵描きの心は私には分かりませんが、画家の道を歩むうえで、それはとても大切なことだと信じています。自分から言いだすことこそしませんが、本心では、カリナはそうしたいはずです」
ディートリヒの独断ではないのかと、俺はほかの人の反応が知りたくて、エオガリアス家の面々を見回した。グラントリーはためらいがちに肯定していたが、エスメラルダは反対のようで、目を伏せたままだった。……ドロシーと言い、エスメラルダと言い、メイドの性格は過保護でなければいけないという、何か厳格なルールでも定められているのだろうか?
「いや、うん……。別に構わないけれど、今後の馬上試合は大丈夫なの?」
今期、カリナの果たした役割は大きい。はっきり言って、勇気を出してカリナが協力してくれたからこそ、優勝できたといっても過言ではなかった。
馬上試合のサイクルはおよそ半年なので、それまでに戻って来るという方法も、ないわけではない。だが、こんな短時間では世界を知ることは難しい。何より、いなくなったことが発覚すれば、いざ舞い戻っても、エオガリアス家の人間として、すぐに馬上試合に参加できるのか、疑問である。こっそり離れるにしても、かなりの博打になるだろう。リスクに見合っているのかは謎だ。
もっとも、これは落ち着いて考えてみれば、最初から間違いでもあった。カリナが単独で残ったところで、尚蔵画布は本領を発揮できないからだ。グラントリーは、ベロニカと別れるつもりでいるのだから、彼女は俺と共に巴苗の町を出ていくことになる。つまり、ツアツア火球の担い手を失うのだ。魔法使いを補充しなければ、カリナがいても戦力には数えられない。
そのことが分かっているのだろう。ディートリヒは俺の返事に、笑ってうなずいていた。
「今回の優勝をきっかけに、エオガリアス家の風向きは大きく変わります。新しく、エオガリアス家を希望する騎士も増えることでしょう。そうなれば、モンスター狩りくらいならば、どうにかなると思います。……それより、本当によかったのでしょうか。この魔剣を私がいただいてしまっても?」
そう言って、ディートリヒは自分の腰に佩いてある剣を、指で示した。
新島渚瑳の使っていた聖剣虎獟は、結局、エオガリアス家にプレゼントすることにした。俺たちの中に剣士はいないし、あとから増えたとしても、別の聖剣を手に入れればいいだけだからだ。超人スザクがいる限り、不可能はない。
「うん、いいよ。これも何かの縁だし、グラントリーにあげる」
心底、感謝しているという表情で、エスメラルダがずいっと前に出て来る。
「何から何まで申し訳ないですね。このうえ、カリナまでお世話になるわけには……」
露骨にカリナを逃さない強引な姿勢に、俺はついつい作り笑いを浮かべてしまう。エスメラルダの抱く寂しさも理解できるが、一番重要なのは、カリナ本人がどうしたいかだろう。……エスメラルダの感情が、もっと闇の深いものだったら、どうしよう。ワールドのメイドは、色々と規格外だからな。
なんともなしにドロシーの顔を見ようとしたが、怒られそうなのでやめておいた。
「ご主人様。今、何か私に言おうとしたのでは?」
背後で、なぜかドロシーが読心術を使っていたので、俺は怖くて無視した。
「カリナはどうしたい?」
できるだけ優しい声で、カリナが余計なプレッシャーを感じないように、俺は声をかける。
なんとなく、カリナの気持ちは知っていた。以前、酒場で話したときの台詞を、俺は覚えていたからだ。
『私、色んなところの文化を知って、絵として残したいの――』
だから、俺が促して連れていくこと自体は、そんなに苦なく実現できる。だが、カリナの意思を確認することが大切なのだ。そうでなければ、外の世界に出ても学びは少ない。
「行きたい! ……でも、私がいても迷惑にならないの?」
「迷惑かどうかは考えなくていいよ。迷惑にならないし、カリナが途中で画家になるのを諦めたって、俺は別に怒らない。俺にとって重要なのは、カリナが俺たちと一緒に行くことが、本当にやりたいことなのかどうかだから」
じっと、カリナを凝視すれば、カリナもまた俺のことを真剣な目で見つめ返す。
「……お願い! 連れてってください。私は色んな文化を知って、この町に戻って来たいの!」
「分かった、いいよ。一緒に行こう」
これまで沈黙を保っていたタマーラが、再び上品に手を叩く。
……そうだった。まだこいつも、この場にいたんだ。
急に旅への熱が冷めてしまった俺は、げんなりとした表情でタマーラのほうを振り返る。
「そいつはちょうどいいねぇ。この時期なら、たしか和鈴の町で、ちょっとしたコンクールをやっている。行きがけだろう? 参加してみるといい」
俺はタマーラの発言に、言いようのない気味悪さを覚える。
「……。お前の思いどおりに動かされているようで、俺はすっごく不愉快だよ」
「だから、買いかぶりだよ。所詮、私は四字祝賀さえもらえなかった落ちこぼれさ」
台詞は自嘲的だが、タマーラに意に介した様子はない。そんな彼女の発言に、護衛のジャスティンは、悲しげに明後日の方向を向いた。恐らく、ジャスティンのほうはスキルホルダーなのだろう。主の自虐に、応えるような言葉を持たないのだ。
「そのほうが世のためだったんじゃないか? お前にスキルがあったら、ろくな使い方をしていないだろうさ」
茶化すように俺が返せば、目を丸くしたタマーラが、次いで珍しく声を上げて笑った。
「いいねぇ! すごっくいいよ、それ。私も今度から、そうやって挨拶しちゃおうかな」
もちろん、半分くらいは彼女をフォローするつもりでいったのだが、ここまで喜ばれると却って複雑だ。場の雰囲気を直したかっただけで、俺にタマーラを慰めるような意図はない。
興奮したタマーラが矢継ぎ早に声を出す。
「そうだ、失念していたが、手っ取り早く強くなりたいなら、わざわざ修行をせずとも、少年には別の方法もあったじゃないか。ほかの人間には薦められないから、完全に頭から抜け落ちていたよ。でも、少年なら大丈夫だろう」
「やけにもったいぶるじゃないか」
特に期待もせずに応じれば、タマーラの発言は激しいノックによって遮られた。
訝しむディートリヒよりも早く、ドアの外から声が響いて来る。
「こちらにタマーラ様はおいでですか? クローディーヌです」
告げられた名前に、敏感に反応するタマーラ。
「……すまない。急ぎの用事が入ったみたいだ。私はこれで失礼するよ」
「お、おい!」
止めるのも聞かず、玄関の扉を開けて、タマーラたちが外へと出ていく。
ドアの先に見えた人影は、意外なことに2人だった。たぶん、タマーラに声をかけただろう女と、そのそばに控える護衛の銀髪。
その銀髪の女を視界に入れるやいなや、ベロニカが俺のことを押し倒すようにして、力任せに後ろにさがらせていた。そのまま、彼女はファイティングポーズを取る。相手に交戦の意思はないだろうから、明らかに過剰な反応だった。
だけど、その目があまりに切羽詰まった様子なので、俺は何もいうことができない。ただただ、暴力的なステータスによる衝撃の痛みに、黙って耐えていただけだった。
「……見つかったか?」
「えぇ、なんとか。⦅妖精森林⦆に入れれば、もっと簡単だったんでしょうけど」
「いいや、上出来だよ」
そんなタマーラの台詞を最後に、玄関のドアが閉まっていく。たった数秒の出来事のはずなのに、なんだかやたらと時間の経過が遅く感じられた。
「ベロニカさん……?」
先輩メイドの対応に困惑しながらも、一応は警戒の態勢を取っていたドロシーが、訳を話してくれと言いたげに声を発する。
「知っている人だったの?」
俺の発言に首を横に振ったベロニカが、謝罪の言葉と共にドロシーの問いに答える。
「悪かった。銀髪の禍々しい気配に、過敏な反応をしちまった……」
「……ベロニカさんに、そこまでさせる相手ですか」
閉じきった扉の先を見るように、ドロシーが玄関に目線を向ける。もちろん、そんなことをしても意味はない。せっかくカリナも加わっていい雰囲気だったのに、出鼻をくじかれた気分だ。
念のため、十分な間隔を空けてから、俺たちはアネモネの先――カモミール地方にある和鈴の町を目指して、巴苗の町をあとにした。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




