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63 俺、ビルキメの秘策をグラントリーに授ける。

 体調不良インフルエンザにより、予定外に休載期間が長引きました。

 以降、このようなことがないよう、体調管理に気をつけます。

✿✿✿❀✿✿✿




「まずいな……」


 ディートリヒがケラハーに腹部を(えぐ)られたとき、それを遠目に見ていたタマーラは、(ひと)()ちるようにして(つぶや)いていた。


「えぇ、全くですね。まさか、あんなに怪我(けが)をするなんて。これでは試合に出場できるかどうか……」


 追従するジャスティン。

 だが、その見当違いの返事に、タマーラは苦笑を浮かべる。


「それはそうだが、私が言いたいのはそっちじゃないよ」


 アドラムはプライドの高い男だ。

 ディートリヒが出るにせよ、当主であるグラントリーが出場するにせよ、テゾナリアス家は我慢できないだろう。


 エオガリアス家の乗っている馬は、びっくりするほど質が高い。そのことは、たとえゼンキチが何をしたのか知らずとも、見ていればタマーラにも理解できた。馬力の勝負では、汍瀾(かんらん)が負けることはない。


 そうでなくとも、例年、牧羊競争の最下位はテゾナリアス家なのだ。このまま行けば、エオガリアス家が優勝することになる。


 だが、単に馬上試合に負けるだけならばいざ知らず、怪我(けが)を負ったディートリヒや、まだ成人もしてもいないグラントリーに負けたとあっては、プライドが許せないだろう。何がなんでも、そうならないように策を講じて来るに決まっている。


 現在の順位は、エオガリアス家とワグトリアス家が同率で1位。

 裏を返せば、テゾナリアス家にもまだ、逆転のチャンスが残っているということである。それこそ、ワグトリアス家がエオガリアス家の邪魔をすれば、テゾナリアス家が悠々と勝者になるだろう。それでは意味がない。せっかく、ゼンキチの提案に同調したのだ。寸前で負けてもらっては、何も残らなくなってしまう。


(私が独断で動いたほうがよかったなんていう結果は、もう見飽きているんだがな……)


 ビルキメのいるンラウィルド族が、ワグトリアス家から離脱しようとしているという動きは、ゼンキチが行動してすぐに、タマーラの耳にも入っていた。まだ、エオガリアス家の権力が回復していないので、直接的な行動にこそ出ていない。しかし、今期の馬上試合には、ビルキメなどの主要な人員が、ワグトリアス家から出場していないので、そのことからも離脱は明らかだった。


 ゼンキチは、これで自分のたくらみを潰せたと思っているのだろう。対立している相手が町からいなくなってしまえば、タマーラが(あお)ったところで、不仲を激化しえないと考えているのだ。


 だが、そんな単純なことで収まるほど、両者の溝は浅くない。適切なタイミングで、適切な(うわさ)を流せば、扇動すること自体は不可能ではなかった。そして、タマーラにはそれを実現するだけの力がある。それこそ、ンラウィルド族は、疫病の実行犯だという自覚があるから、ワグトリアス家から逃げようとしているなどと(うそぶ)けばよい。


 しかし、結局、タマーラはそのような強引な手法を取らなかった。自分の考えを翻したのである。

 なぜ、こんな中途半端な妨害で諦めるのかと、ジャスティンに問われたとき、タマーラは肩を(すく)めて次のように答えた。


『自制と種まきかねぇ。ちょっと欲張りすぎたと、これでも反省しているんだぜ? それに、将来へ向けた投資でもあるよ。早い話が、少年の不興を買うほうが、長期的には損かもしれないと思ったのさ』


 その返事に、(わず)かな違和感を覚えたジャスティンだったが、深く追及することまではしない。タマーラが自ら話そうとしないことは、決して答えないだろうことを、すでに学習していたからである。


 自身が抱いた懸念を胸中に、ワグトリアス家のもとへとタマーラは急ぐ。

 その背中に、ジャスティンが声をかけた。ようやく彼にも、タマーラがワグトリアス家とテゾナリアス家の結託による、八百長を阻止しようとしていることに、気がついたのである。


「試合の結果なんて、タマーラさんにとってはどうだっていいことでしょう? そこまであの少年にしてやる必要があるんですか? 俺には、とてもそうは思えませんが……」


 振り返ったタマーラが、(あき)れたように片方の眉を()りあげながら、(あご)に手をあてる。


「マヌケだねぇ。私の目的は、あくまでもワグトリアス家さ。お前の言うように、試合の結果になんか大して興味はないねぇ」


 ワグトリアス家との(つな)がりが深いはずのタマーラが、あえて、そこと敵対するようにして、エオガリアス家に助力しているのは、これが畜産の正常化にとって、都合がいいからにほかならない。喫緊の課題は、テゾナリアス家から権力を剥奪することだ。家畜の疾病――()いては、騎士団(ナイト・コー)の不用意な拡大に終止符を打つためには、テゾナリアス家一強の時代に、幕をおろしてやる必要がある。


 その役目はワグトリアス家であっても構わないし、もちろん、エオガリアス家であってもよい。部族間の問題を抱えているワグトリアス家では、馬上試合に集中することができないからこそ、タマーラはエオガリアス家に手を貸しているのだ。もしも、ワグトリアス家に、優勝するだけの戦力が(そろ)っているならば、躊躇(ちゅうちょ)なく、彼女はエオガリアス家を見限っていただろう。


 再び歩きだしたタマーラが、ふと足を止める。


「ん? さては、ジャスティン。お前、私を(たばか)ったか?」


 タマーラが、積極的にゼンキチの提案を潰そうとしなかったことは、ジャスティンも承知している。それならば、タマーラがエオガリアス家の勝利に、能動的に貢献しようとすることくらい、ジャスティンならば容易に想像できるのだ。あえて、ここで問うまでする必要はない。


 だが、逆に尋ねることで、少なからずタマーラの本心を引き出すことはできる。それこそ、ジャスティンが抱いた違和感に、解決のためのヒントを与えることくらいは、できるかもしれない。


 タマーラの鋭い視線を受け、ジャスティンが緩やかに首を横に振った。


「……まさか。俺に、タマーラさんを出し抜くほどの才覚はありませんよ」

「よく言う。いい成長ぶりだが、私の護衛としてはふさわしくないな。それは私の求めているやり方じゃないねぇ。あまりこういうのが多いと、首だぞ?」


「心得ております」


 ほどなくして、タマーラはワグトリアス家の当主に接触していた。馬上試合の当日という(せわ)しなさの中でも、タマーラほどの商人であれば、会う時間を作るのもそんなに難しいことではない。加えて、部族間の対立を、最大まで激化させようとしていたタマーラは、疾病に関する真実を、ワグトリアス家にまだ伝えていなかった。


 ゆえに、タマーラは今、その病気が邪雰(じゃふん)によって引き起こされていることを、話したのである。


邪雰(じゃふん)ですと?」


 それは魔物の持つ負の性質を指しているのかと、男はタマーラを(いぶか)しんだ。

 巴苗(はなえ)の町で魔物の邪雰(じゃふん)と関連するものといえば、テゾナリアス家の騎士団(ナイト・コー)しかありえない。必然的に、タマーラの発言は、テゾナリアス家が犯人であることを示唆していた。


「そうだよ。テゾナリアス家の死体の捨て方に、問題があったんだ。これは間違いない」

「……信じていいんでしょうな?」

「テゾナリアス家よりはねぇ。第一、私はワグトリアス家びいきだ。それは、スクワイアを見ていても分かることだろう?」


 元来、女商人であるタマーラは、他家よりもワグトリアス家との縁が深い。そのことを思い出した男は、タマーラの行動から信憑性(しんぴょうせい)を感じ取ると、牧羊競争でテゾナリアス家に協力しないことを、タマーラに約束した。


 その約束は、すぐに果たされることになる。

 タマーラと別れた直後、ワグトリアス家は、アドラムから助力の要請を受けたからである。

 これは、タマーラの素早い対応がなければ、防げなかった事態というほどのことではない。実際、あとからジャスティンが、タマーラの代理として、ワグトリアス家に話をつけたとしても、結果は同じであっただろう。だが、ワグトリアス家の心証には大きな違いが出た。すなわち、ワグトリアス家がアドラムに対する評価を、大きく改めたのである。それはやがて、エオガリアス家との協調という路線に(つな)がるのだが、今は話を戻そう。


 自分の提案を断るワグトリアス家に対して、アドラムは平静を装いながら言葉を続けた。


「……。聞けば、エオガリアス家の乗る馬は、元々、ンラウィルド族のものだったという話じゃないか。これを問題にしたっていいんだぞ」


 なんだそんなことかと言いたげに、恰幅(かっぷく)のいい男は肩を(すく)める。


「馬上試合のルールで禁止されていたでしょうか? アドラムさんといえども、巴苗(はなえ)様に捧げるはずの、神聖な試合を愚弄するのは、さすがに感心しませんね。いずれにせよ、ワグトリアス家は、本気で牧羊競争に臨ませてもらいます。これは手前どもが唯一、巴苗(はなえ)様に自信を持ってお見せできる競技ですから」


 アドラムを見限ったワグトリアス家の当主が、悠々とその場から立ち去っていく。

 その背中を思いきり(にら)みつけながら、アドラムはわなわなと震えていた。




✿✿✿❀✿✿✿




 脇腹を鮮血で真っ赤に染めあげたディートリヒが、グラントリーたちのもとへと戻っていく。

 彼らとは反対側にいた俺だったが、スザクに向かって、思いっきり手をぶんぶんと振っていれば、合図に気がついた彼女が俺を抱えて、みんなのところへと連れていってくれた。


 現場の空気はお察しだ。

 この頃には、ようやく俺にも事態の深刻さが分かっていた。牧羊競争に出場できる選手が、グラントリーだけになってしまったのだ。


「申し訳ありません……」


 右の腹を左手で押さえるディートリヒ。

 顔を苦痛に(ゆが)めながら、自身が無理にでも役目を果たすと、ディートリヒは主張する。

 イケメンの(もだ)える姿に鼻息を荒くしそうなドロシーも、今回ばかりは喜んでいられなさそう……いや、俺の目が確かなら、ちょっとだけ喜んでいると見えた。


「ディートリヒくん……残念だけど、その怪我(けが)じゃいくらなんでも厳しいわ」

「あんたはよくやったよ」


 あのベロニカさえも慰めモードであることに、俺は正直びっくりしていた。……これが顔面強者の力か。


「しかし、それでは……」


 必然的に、グラントリーが勝負を決めなければならない。どのような結果になろうとも、その責任をすべて小さな肩で背負うのだ。


 ためらいがちにうなずくグラントリーの肩を小突いたのは、ほかでもないカリナだった。


「あんたがやるしかないんだよ、グラントリー。怖くてもさ」


 同年代の女に励まされ、今度は力強くグラントリーがうなずく。彼女のそれは、実績の伴わない軽い言葉ではないのだ。カリナは、勇敢に()虫類型のモンスターに挑み、そしてワグトリアス家を超す成績を残した。だからこそ、グラントリーの心にも響くのだろう。


 ベロニカも何か声をかけようとしていたようだが、それとなくドロシーに阻まれていた。まだ過度な接触は禁物ということに違いない。


「ちょっと歩こう」


 ビルキメから聞いた競技のコツを伝えるべく、俺はグラントリーと共に汍瀾(かんらん)のもとまで歩いた。ディートリヒにも同じことを話してあったが、いくらディートリヒの説明のほうがうまいといっても、今のコンディションでは任せるわけにはいかない。


 牧羊競争は、名前のとおり羊を導いてゴールを目指すという競技だ。

 巴苗(はなえ)の町には直並鴨茅(ひたみかもがや)が広がっているが、端から端まで、全部が牧草地帯なわけではない。探せば、木や岩・小川といった、天然の障害物を見つけ出せる。ここを共通のコースとして、騎手は指定の地点にまで羊を誘導するというのが、牧羊競争の眼目になる。手早く障害物を乗り越えたり、あるいは、迂回(うかい)したりする技術が求められるのだ。


 レースは一斉にスタートし、羊の群れを奪いあう形で進行していくので、手慣れているワグトリアス家が圧倒的に有利だ。もはや初歩的な部分で、ワグトリアス家にどれだけ遅れを取らないかが、肝要となるだろう。


 俺が自分の不安を述べれば、グラントリーは曖昧(あいまい)に首肯していた。


「大丈夫……だと思う。基本的な事柄は、一応、エスメラルダに教えこまれたから」


 そう言って、照れくさそうにグラントリーが頬をかく。さすがは、領家の当主。英才教育は伊達(だて)じゃない。羊を脅かしたり、あるいは、馬の頭で尻を(たた)いたりする手法は修めてあるのだ。


 今回のお助けアイテムは、青く発光する光。

 この町の羊は、青い光に引き寄せられるという性質があるので、どうしても羊たちが移動してくれないときには、これを用いることになる。もちろん、この魔動具は使用しないほうが、レースの評価は高い。


 牧羊競争の特徴は、なんといっても自由度の高さだ。給水所など、各所に配された設備に立ち寄るかどうかは、騎手に完全に委ねられている。早い話が、各人は好きにコースを難化させられるのだ。得意なワグトリアス家は、より難度の高いレースをこなして、ポイントを高めて来るだろう。


「行って来るよ」


 汍瀾(かんらん)に飛び乗ったグラントリーに、俺は返事をする。

 すぐに、他家の参加者も集まって来た。ワグトリアス家からはシバエイカ族の(おさ)が、テゾナリアス家の騎手は、ランタンレースにも出場したドミニクだった。


 羊のゲートが解放され、レースが始まる。公平を期すため、シバエイカ族以外の飼養する羊だけを、競技の対象としているようだったが、それも微々たる援護だろう。元々の実力に違いがありすぎるので、能力の差を縮めるだけの措置になりえない。


 ……ビルキメは、いかに早く群れのリーダーを見つけられるかが、大事だと言っていた。

 実のところ、羊は特定の個体が、常に(おさ)として周りを引っぱっているわけではないようだ。自分の知っている分野や地域であれば、自主的に誰かがリーダーの役目を担う。ちょうど、同じ陽キャであっても、合唱コンクールを主導していた女子と、運動会を盛りあげていた男子が違うようなもので、そうやって代わるがわる先頭に立つことで、群れとしての知識を共有しているらしい。


 だから、群れのリーダーを見つけると一言でいっても、それは特定の個体に注目しておけばいいといった、暗記科目ではなく、その場その場で判断しなければならない実技科目だ。俺もビルキメと一緒に模擬戦をやらせてもらったが、開始5分で途方に暮れた。正確には1分半だ。




✿✿✿❀✿✿✿




 グラントリーは、懸命にシバエイカ族の(おさ)に食らいついていた。

 ここで2位を取るだけでも、総合優勝は可能だったが、正面からワグトリアス家を超えることに、大きな意義があると考えていたのである。


 そんな2人の熾烈(しれつ)な戦いを、注意深く見守る騎士(ナイト)が2人いた。ケラハーと、その配下のメリッサである。


 注目していたのは、試合の勝ち負けではない。

 ケラハーにとって重要なことは、それが巴苗(はなえ)に捧げるに値する、正常な競技になっているかどうかであり、メリッサにとってはケラハーの心証が何よりだった。もちろん、そこに、勇者に選ばれた伴侶たる親川(おやかわ)巴苗(はなえ)に対する愛情が、ないわけでこそなかったが、己とは縁遠い昔のことについて、想像力がうまく働いていないこともまた、偽らざる事実であった。早い話が、メリッサにとって巴苗(はなえ)は思い出の中の聖人であり、自分たちでどうこうするような、身近な存在ではなかったのである。


 では、ケラハーは何を警戒していたのか。無論、ドミニクの行動である。

 牧羊競争でも、直接的な攻撃は禁止されている。だが、そんなことを素直に守るほど、ドミニクという騎士(ナイト)は礼儀を重んじてはいなかった。良くも悪くも、雇用主に対する忠誠心が高すぎるのだ。だが、それが騎士(ナイト)という職業に求められる素質でないことは、言うまでもないことだった。騎士(ナイト)は家系に対しての誓いであり、その自治に責務を負う。そのようなドミニクの姿勢についても、ケラハーはあまりいい印象を抱いてはいない。


 ドミニクが動く。

 風の魔法を試みようとしていることを悟るやいなや、ケラハーが相殺しようと己の手に魔力(スピリット)を込めた。


 大規模な火の魔法を展開することで、ドミニクの悪知恵を無力化しようとしたのである。

 だが、結局のところ、ケラハーの腕から魔力(スピリット)の光が漏れることはなかった。その前に、メリッサが騎手と全く同じ魔法を用いて、ドミニクの魔法を打ち消したからだ。


「……メリッサ、余計なことをするな」


 背後に控える女の騎士(ナイト)を、ケラハーは鋭く(にら)む。そんな見下すような視線もまた、快感だと言いたげに、メリッサは両手で口元を覆った。


「とか言って、あたしがやらなかったらケラハー姉さん、もっとすごい魔法を使おうとしていたじゃないですか。試合、壊すつもりですか?」


 メリッサのスキル「魔法予覚ハイインスピレーション」は、他人の使おうとしている魔法の中身が分かる。既知の魔法に限るものの、メリッサにしてみれば、相手の先を読んで同じ魔法をぶつけることは、造作もないことだった。


(とが)められるのは、テゾナリアス家だけだろう。構わんよ。そのほうが巴苗(はなえ)様にとっても、いくらかマシだ」


「いやいやいや、構うでしょうよ。ケラハー姉さんって、時々、ものすごく乱暴な手段で解決しようとしますよね」


 自覚があるのか、メリッサの指摘に、ケラハーは(つか)()言葉に窮する。


「……。馬上弓術では見逃してやったさ。これは2度目、もはや容赦はいらんだろう」

「それでも、ほどほどにしてくれないと、本格的にアドラムさんから叱られますよ」

「どうでもいいさ、そんなこと。私は騎士(ナイト)聖騎士(パラディン)じゃない」


 それは単なる詭弁(きべん)だろうと、メリッサが眉根を寄せる。だが、すぐに彼女は元どおりの表情になった。万が一のときには、自分もケラハーと共に、テゾナリアス家をあとにすればいいだけであると、考えなおしたからだ。そして、幸か不幸か、それは現実のものとなる。




✿✿✿❀✿✿✿




 俺の目から見ても、グラントリーは奮闘していたように思う。

 あいつの仕事は、馬に乗ることじゃない。慣れない騎乗に苦戦しながらも、必死になって、ワグトリアス家と競っていた。


 遠くで、2人が口を開いたのが見える。


『認めるぜ。正直、ここまでやるとは思っていなかった』

『……ずいぶんな余裕ですね。今までが1位だからといって、今回も同じとは限りませんよ』

『いいや、同じさ』


 何を話しているのかまでは聞こえなかったが、想像以上にグラントリーが抗戦していたので、きっと彼のことを褒めたのだろう。


 (わず)かに聞こえるグラントリーの声は低い。

 普段は、声変わりもまだ中途半端な状態なので、男の割にかなり高いが、試合中は、観客の歓声と混じらないようにするべく、意識して低い声を出すようにアドバイスしてある。ちゃんとそれを実践しているのだ。


 ……やれ、グラントリー。

 残りはラストスパート。

 ビルキメ最後の秘策は、リーダー自体のすげ替えだ。汍瀾(かんらん)が自ら羊として、仲間を導くのである。


『作戦なんかいらないわ。この子は、一時的に自分をリーダーだと、羊たちに誤認させることができるの。だから、そのときが来たら、この子の首元を何度か優しく()でなさい。それが合図になる。でも、何度もは使えないわ。羊も慣れちゃうから。ちゃんと頃合いは見極めるのよ?』


 何から何まで、ビルキメと汍瀾(かんらん)の世話になりっぱなしだが、それだけ有力な味方を手に入れられたのだと、俺たちに恥じるところはない。


 グラントリーと心が通ったわけじゃないのだろうが、()しくも同じタイミングで、グラントリーが汍瀾(かんらん)の首筋に手を伸ばす。しかし、その動作は途中で止まる。声をかけて来たシバエイカ族の男を、グラントリーが不審げに見返したからだ。


『その馬、ンラウィルド族の汍瀾(かんらん)だろう?』

『……なぜ、それを』

『もちろん、知っているさ。ってことは、やっぱり今のは声を使おうとしたな。悪いが、その特技はダメだ。絶対に使わせない』


 気にせずに、グラントリーが汍瀾(かんらん)に優しく触れる。

 いななき。

 2度、立て続けに聞こえたのは、何も気のせいじゃない。シバエイカ族の男も、同じようにして自分の馬を()でていたのだ。


『なっ!』


 驚きにグラントリーが目を見開いたのが、ここからでも分かった。


汍瀾(かんらん)を相手に、駄馬を使うほど俺たちは自信家じゃないんでな。こっちも本気だ。馬力は低いが、うちの沇溶(いよう)にも同じことができる。……そんな技に頼らず、お前の力だけで来いよ。何度、声を使ったって、全部止めるぜ』


 何が起きたのか、正確なところは俺に理解できなかった。だが、ビルキメの秘策がどうやら防がれたらしいことは、遠目に見ている俺にも察せられた。グラントリーがそれ以上、汍瀾(かんらん)に合図を送ろうとしなかったからだ。……同じワグトリアス家であっても、それだけ汍瀾(かんらん)は警戒されていたということなのか。


 接戦。

 単純な技術の勝負になっては、エオガリアス家に勝てる道理はない。これはグラントリーに限らず、誰が出場していたとしても同じだろう。


 それでも、ひょっとすると今日のグラントリーが、一番だったのではないかと、俺は贔屓目(ひいきめ)に彼のことを見てしまう。ディートリヒが目の前で怪我(けが)したことも、たぶん大きかったのだろうが、グラントリーの騎乗試合に臨む姿勢には、鬼気迫る物があったのだ。


 怒涛(どとう)の追いあげ。

 しかし、そんな奇跡も長くは続かない。

 運命の女神様ってやつは、普段の努力を簡単に覆してくれるほど、悪平等じゃないんだ。

 両手を高く挙げてゴールしたのは、シバエイカ族の男。あからさまに勝利を喜ぶのは、それだけグラントリーに、苦戦していた証拠にほかならない。


 結果は2位。

 ワグトリアス家との勝負には負けたが、テゾナリアス家から権力を剥ぎとることには成功した。


「おめでとう」


 正確な講評の出る前に、ワグトリアス家の当主がグラントリーを(ねぎら)う。

 差し出された手に、グラントリーは己の汗ばんだ手を返していた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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