63 俺、ビルキメの秘策をグラントリーに授ける。
体調不良により、予定外に休載期間が長引きました。
以降、このようなことがないよう、体調管理に気をつけます。
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「まずいな……」
ディートリヒがケラハーに腹部を抉られたとき、それを遠目に見ていたタマーラは、独り言ちるようにして呟いていた。
「えぇ、全くですね。まさか、あんなに怪我をするなんて。これでは試合に出場できるかどうか……」
追従するジャスティン。
だが、その見当違いの返事に、タマーラは苦笑を浮かべる。
「それはそうだが、私が言いたいのはそっちじゃないよ」
アドラムはプライドの高い男だ。
ディートリヒが出るにせよ、当主であるグラントリーが出場するにせよ、テゾナリアス家は我慢できないだろう。
エオガリアス家の乗っている馬は、びっくりするほど質が高い。そのことは、たとえゼンキチが何をしたのか知らずとも、見ていればタマーラにも理解できた。馬力の勝負では、汍瀾が負けることはない。
そうでなくとも、例年、牧羊競争の最下位はテゾナリアス家なのだ。このまま行けば、エオガリアス家が優勝することになる。
だが、単に馬上試合に負けるだけならばいざ知らず、怪我を負ったディートリヒや、まだ成人もしてもいないグラントリーに負けたとあっては、プライドが許せないだろう。何がなんでも、そうならないように策を講じて来るに決まっている。
現在の順位は、エオガリアス家とワグトリアス家が同率で1位。
裏を返せば、テゾナリアス家にもまだ、逆転のチャンスが残っているということである。それこそ、ワグトリアス家がエオガリアス家の邪魔をすれば、テゾナリアス家が悠々と勝者になるだろう。それでは意味がない。せっかく、ゼンキチの提案に同調したのだ。寸前で負けてもらっては、何も残らなくなってしまう。
(私が独断で動いたほうがよかったなんていう結果は、もう見飽きているんだがな……)
ビルキメのいるンラウィルド族が、ワグトリアス家から離脱しようとしているという動きは、ゼンキチが行動してすぐに、タマーラの耳にも入っていた。まだ、エオガリアス家の権力が回復していないので、直接的な行動にこそ出ていない。しかし、今期の馬上試合には、ビルキメなどの主要な人員が、ワグトリアス家から出場していないので、そのことからも離脱は明らかだった。
ゼンキチは、これで自分のたくらみを潰せたと思っているのだろう。対立している相手が町からいなくなってしまえば、タマーラが煽ったところで、不仲を激化しえないと考えているのだ。
だが、そんな単純なことで収まるほど、両者の溝は浅くない。適切なタイミングで、適切な噂を流せば、扇動すること自体は不可能ではなかった。そして、タマーラにはそれを実現するだけの力がある。それこそ、ンラウィルド族は、疫病の実行犯だという自覚があるから、ワグトリアス家から逃げようとしているなどと嘯けばよい。
しかし、結局、タマーラはそのような強引な手法を取らなかった。自分の考えを翻したのである。
なぜ、こんな中途半端な妨害で諦めるのかと、ジャスティンに問われたとき、タマーラは肩を竦めて次のように答えた。
『自制と種まきかねぇ。ちょっと欲張りすぎたと、これでも反省しているんだぜ? それに、将来へ向けた投資でもあるよ。早い話が、少年の不興を買うほうが、長期的には損かもしれないと思ったのさ』
その返事に、僅かな違和感を覚えたジャスティンだったが、深く追及することまではしない。タマーラが自ら話そうとしないことは、決して答えないだろうことを、すでに学習していたからである。
自身が抱いた懸念を胸中に、ワグトリアス家のもとへとタマーラは急ぐ。
その背中に、ジャスティンが声をかけた。ようやく彼にも、タマーラがワグトリアス家とテゾナリアス家の結託による、八百長を阻止しようとしていることに、気がついたのである。
「試合の結果なんて、タマーラさんにとってはどうだっていいことでしょう? そこまであの少年にしてやる必要があるんですか? 俺には、とてもそうは思えませんが……」
振り返ったタマーラが、呆れたように片方の眉を吊りあげながら、顎に手をあてる。
「マヌケだねぇ。私の目的は、あくまでもワグトリアス家さ。お前の言うように、試合の結果になんか大して興味はないねぇ」
ワグトリアス家との繋がりが深いはずのタマーラが、あえて、そこと敵対するようにして、エオガリアス家に助力しているのは、これが畜産の正常化にとって、都合がいいからにほかならない。喫緊の課題は、テゾナリアス家から権力を剥奪することだ。家畜の疾病――延いては、騎士団の不用意な拡大に終止符を打つためには、テゾナリアス家一強の時代に、幕をおろしてやる必要がある。
その役目はワグトリアス家であっても構わないし、もちろん、エオガリアス家であってもよい。部族間の問題を抱えているワグトリアス家では、馬上試合に集中することができないからこそ、タマーラはエオガリアス家に手を貸しているのだ。もしも、ワグトリアス家に、優勝するだけの戦力が揃っているならば、躊躇なく、彼女はエオガリアス家を見限っていただろう。
再び歩きだしたタマーラが、ふと足を止める。
「ん? さては、ジャスティン。お前、私を謀ったか?」
タマーラが、積極的にゼンキチの提案を潰そうとしなかったことは、ジャスティンも承知している。それならば、タマーラがエオガリアス家の勝利に、能動的に貢献しようとすることくらい、ジャスティンならば容易に想像できるのだ。あえて、ここで問うまでする必要はない。
だが、逆に尋ねることで、少なからずタマーラの本心を引き出すことはできる。それこそ、ジャスティンが抱いた違和感に、解決のためのヒントを与えることくらいは、できるかもしれない。
タマーラの鋭い視線を受け、ジャスティンが緩やかに首を横に振った。
「……まさか。俺に、タマーラさんを出し抜くほどの才覚はありませんよ」
「よく言う。いい成長ぶりだが、私の護衛としてはふさわしくないな。それは私の求めているやり方じゃないねぇ。あまりこういうのが多いと、首だぞ?」
「心得ております」
ほどなくして、タマーラはワグトリアス家の当主に接触していた。馬上試合の当日という忙しなさの中でも、タマーラほどの商人であれば、会う時間を作るのもそんなに難しいことではない。加えて、部族間の対立を、最大まで激化させようとしていたタマーラは、疾病に関する真実を、ワグトリアス家にまだ伝えていなかった。
ゆえに、タマーラは今、その病気が邪雰によって引き起こされていることを、話したのである。
「邪雰ですと?」
それは魔物の持つ負の性質を指しているのかと、男はタマーラを訝しんだ。
巴苗の町で魔物の邪雰と関連するものといえば、テゾナリアス家の騎士団しかありえない。必然的に、タマーラの発言は、テゾナリアス家が犯人であることを示唆していた。
「そうだよ。テゾナリアス家の死体の捨て方に、問題があったんだ。これは間違いない」
「……信じていいんでしょうな?」
「テゾナリアス家よりはねぇ。第一、私はワグトリアス家びいきだ。それは、スクワイアを見ていても分かることだろう?」
元来、女商人であるタマーラは、他家よりもワグトリアス家との縁が深い。そのことを思い出した男は、タマーラの行動から信憑性を感じ取ると、牧羊競争でテゾナリアス家に協力しないことを、タマーラに約束した。
その約束は、すぐに果たされることになる。
タマーラと別れた直後、ワグトリアス家は、アドラムから助力の要請を受けたからである。
これは、タマーラの素早い対応がなければ、防げなかった事態というほどのことではない。実際、あとからジャスティンが、タマーラの代理として、ワグトリアス家に話をつけたとしても、結果は同じであっただろう。だが、ワグトリアス家の心証には大きな違いが出た。すなわち、ワグトリアス家がアドラムに対する評価を、大きく改めたのである。それはやがて、エオガリアス家との協調という路線に繋がるのだが、今は話を戻そう。
自分の提案を断るワグトリアス家に対して、アドラムは平静を装いながら言葉を続けた。
「……。聞けば、エオガリアス家の乗る馬は、元々、ンラウィルド族のものだったという話じゃないか。これを問題にしたっていいんだぞ」
なんだそんなことかと言いたげに、恰幅のいい男は肩を竦める。
「馬上試合のルールで禁止されていたでしょうか? アドラムさんといえども、巴苗様に捧げるはずの、神聖な試合を愚弄するのは、さすがに感心しませんね。いずれにせよ、ワグトリアス家は、本気で牧羊競争に臨ませてもらいます。これは手前どもが唯一、巴苗様に自信を持ってお見せできる競技ですから」
アドラムを見限ったワグトリアス家の当主が、悠々とその場から立ち去っていく。
その背中を思いきり睨みつけながら、アドラムはわなわなと震えていた。
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脇腹を鮮血で真っ赤に染めあげたディートリヒが、グラントリーたちのもとへと戻っていく。
彼らとは反対側にいた俺だったが、スザクに向かって、思いっきり手をぶんぶんと振っていれば、合図に気がついた彼女が俺を抱えて、みんなのところへと連れていってくれた。
現場の空気はお察しだ。
この頃には、ようやく俺にも事態の深刻さが分かっていた。牧羊競争に出場できる選手が、グラントリーだけになってしまったのだ。
「申し訳ありません……」
右の腹を左手で押さえるディートリヒ。
顔を苦痛に歪めながら、自身が無理にでも役目を果たすと、ディートリヒは主張する。
イケメンの悶える姿に鼻息を荒くしそうなドロシーも、今回ばかりは喜んでいられなさそう……いや、俺の目が確かなら、ちょっとだけ喜んでいると見えた。
「ディートリヒくん……残念だけど、その怪我じゃいくらなんでも厳しいわ」
「あんたはよくやったよ」
あのベロニカさえも慰めモードであることに、俺は正直びっくりしていた。……これが顔面強者の力か。
「しかし、それでは……」
必然的に、グラントリーが勝負を決めなければならない。どのような結果になろうとも、その責任をすべて小さな肩で背負うのだ。
ためらいがちにうなずくグラントリーの肩を小突いたのは、ほかでもないカリナだった。
「あんたがやるしかないんだよ、グラントリー。怖くてもさ」
同年代の女に励まされ、今度は力強くグラントリーがうなずく。彼女のそれは、実績の伴わない軽い言葉ではないのだ。カリナは、勇敢に爬虫類型のモンスターに挑み、そしてワグトリアス家を超す成績を残した。だからこそ、グラントリーの心にも響くのだろう。
ベロニカも何か声をかけようとしていたようだが、それとなくドロシーに阻まれていた。まだ過度な接触は禁物ということに違いない。
「ちょっと歩こう」
ビルキメから聞いた競技のコツを伝えるべく、俺はグラントリーと共に汍瀾のもとまで歩いた。ディートリヒにも同じことを話してあったが、いくらディートリヒの説明のほうがうまいといっても、今のコンディションでは任せるわけにはいかない。
牧羊競争は、名前のとおり羊を導いてゴールを目指すという競技だ。
巴苗の町には直並鴨茅が広がっているが、端から端まで、全部が牧草地帯なわけではない。探せば、木や岩・小川といった、天然の障害物を見つけ出せる。ここを共通のコースとして、騎手は指定の地点にまで羊を誘導するというのが、牧羊競争の眼目になる。手早く障害物を乗り越えたり、あるいは、迂回したりする技術が求められるのだ。
レースは一斉にスタートし、羊の群れを奪いあう形で進行していくので、手慣れているワグトリアス家が圧倒的に有利だ。もはや初歩的な部分で、ワグトリアス家にどれだけ遅れを取らないかが、肝要となるだろう。
俺が自分の不安を述べれば、グラントリーは曖昧に首肯していた。
「大丈夫……だと思う。基本的な事柄は、一応、エスメラルダに教えこまれたから」
そう言って、照れくさそうにグラントリーが頬をかく。さすがは、領家の当主。英才教育は伊達じゃない。羊を脅かしたり、あるいは、馬の頭で尻を叩いたりする手法は修めてあるのだ。
今回のお助けアイテムは、青く発光する光。
この町の羊は、青い光に引き寄せられるという性質があるので、どうしても羊たちが移動してくれないときには、これを用いることになる。もちろん、この魔動具は使用しないほうが、レースの評価は高い。
牧羊競争の特徴は、なんといっても自由度の高さだ。給水所など、各所に配された設備に立ち寄るかどうかは、騎手に完全に委ねられている。早い話が、各人は好きにコースを難化させられるのだ。得意なワグトリアス家は、より難度の高いレースをこなして、ポイントを高めて来るだろう。
「行って来るよ」
汍瀾に飛び乗ったグラントリーに、俺は返事をする。
すぐに、他家の参加者も集まって来た。ワグトリアス家からはシバエイカ族の長が、テゾナリアス家の騎手は、ランタンレースにも出場したドミニクだった。
羊のゲートが解放され、レースが始まる。公平を期すため、シバエイカ族以外の飼養する羊だけを、競技の対象としているようだったが、それも微々たる援護だろう。元々の実力に違いがありすぎるので、能力の差を縮めるだけの措置になりえない。
……ビルキメは、いかに早く群れのリーダーを見つけられるかが、大事だと言っていた。
実のところ、羊は特定の個体が、常に長として周りを引っぱっているわけではないようだ。自分の知っている分野や地域であれば、自主的に誰かがリーダーの役目を担う。ちょうど、同じ陽キャであっても、合唱コンクールを主導していた女子と、運動会を盛りあげていた男子が違うようなもので、そうやって代わるがわる先頭に立つことで、群れとしての知識を共有しているらしい。
だから、群れのリーダーを見つけると一言でいっても、それは特定の個体に注目しておけばいいといった、暗記科目ではなく、その場その場で判断しなければならない実技科目だ。俺もビルキメと一緒に模擬戦をやらせてもらったが、開始5分で途方に暮れた。正確には1分半だ。
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グラントリーは、懸命にシバエイカ族の長に食らいついていた。
ここで2位を取るだけでも、総合優勝は可能だったが、正面からワグトリアス家を超えることに、大きな意義があると考えていたのである。
そんな2人の熾烈な戦いを、注意深く見守る騎士が2人いた。ケラハーと、その配下のメリッサである。
注目していたのは、試合の勝ち負けではない。
ケラハーにとって重要なことは、それが巴苗に捧げるに値する、正常な競技になっているかどうかであり、メリッサにとってはケラハーの心証が何よりだった。もちろん、そこに、勇者に選ばれた伴侶たる親川巴苗に対する愛情が、ないわけでこそなかったが、己とは縁遠い昔のことについて、想像力がうまく働いていないこともまた、偽らざる事実であった。早い話が、メリッサにとって巴苗は思い出の中の聖人であり、自分たちでどうこうするような、身近な存在ではなかったのである。
では、ケラハーは何を警戒していたのか。無論、ドミニクの行動である。
牧羊競争でも、直接的な攻撃は禁止されている。だが、そんなことを素直に守るほど、ドミニクという騎士は礼儀を重んじてはいなかった。良くも悪くも、雇用主に対する忠誠心が高すぎるのだ。だが、それが騎士という職業に求められる素質でないことは、言うまでもないことだった。騎士は家系に対しての誓いであり、その自治に責務を負う。そのようなドミニクの姿勢についても、ケラハーはあまりいい印象を抱いてはいない。
ドミニクが動く。
風の魔法を試みようとしていることを悟るやいなや、ケラハーが相殺しようと己の手に魔力を込めた。
大規模な火の魔法を展開することで、ドミニクの悪知恵を無力化しようとしたのである。
だが、結局のところ、ケラハーの腕から魔力の光が漏れることはなかった。その前に、メリッサが騎手と全く同じ魔法を用いて、ドミニクの魔法を打ち消したからだ。
「……メリッサ、余計なことをするな」
背後に控える女の騎士を、ケラハーは鋭く睨む。そんな見下すような視線もまた、快感だと言いたげに、メリッサは両手で口元を覆った。
「とか言って、あたしがやらなかったらケラハー姉さん、もっとすごい魔法を使おうとしていたじゃないですか。試合、壊すつもりですか?」
メリッサのスキル「魔法予覚」は、他人の使おうとしている魔法の中身が分かる。既知の魔法に限るものの、メリッサにしてみれば、相手の先を読んで同じ魔法をぶつけることは、造作もないことだった。
「咎められるのは、テゾナリアス家だけだろう。構わんよ。そのほうが巴苗様にとっても、いくらかマシだ」
「いやいやいや、構うでしょうよ。ケラハー姉さんって、時々、ものすごく乱暴な手段で解決しようとしますよね」
自覚があるのか、メリッサの指摘に、ケラハーは束の間言葉に窮する。
「……。馬上弓術では見逃してやったさ。これは2度目、もはや容赦はいらんだろう」
「それでも、ほどほどにしてくれないと、本格的にアドラムさんから叱られますよ」
「どうでもいいさ、そんなこと。私は騎士、聖騎士じゃない」
それは単なる詭弁だろうと、メリッサが眉根を寄せる。だが、すぐに彼女は元どおりの表情になった。万が一のときには、自分もケラハーと共に、テゾナリアス家をあとにすればいいだけであると、考えなおしたからだ。そして、幸か不幸か、それは現実のものとなる。
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俺の目から見ても、グラントリーは奮闘していたように思う。
あいつの仕事は、馬に乗ることじゃない。慣れない騎乗に苦戦しながらも、必死になって、ワグトリアス家と競っていた。
遠くで、2人が口を開いたのが見える。
『認めるぜ。正直、ここまでやるとは思っていなかった』
『……ずいぶんな余裕ですね。今までが1位だからといって、今回も同じとは限りませんよ』
『いいや、同じさ』
何を話しているのかまでは聞こえなかったが、想像以上にグラントリーが抗戦していたので、きっと彼のことを褒めたのだろう。
僅かに聞こえるグラントリーの声は低い。
普段は、声変わりもまだ中途半端な状態なので、男の割にかなり高いが、試合中は、観客の歓声と混じらないようにするべく、意識して低い声を出すようにアドバイスしてある。ちゃんとそれを実践しているのだ。
……やれ、グラントリー。
残りはラストスパート。
ビルキメ最後の秘策は、リーダー自体のすげ替えだ。汍瀾が自ら羊として、仲間を導くのである。
『作戦なんかいらないわ。この子は、一時的に自分をリーダーだと、羊たちに誤認させることができるの。だから、そのときが来たら、この子の首元を何度か優しく撫でなさい。それが合図になる。でも、何度もは使えないわ。羊も慣れちゃうから。ちゃんと頃合いは見極めるのよ?』
何から何まで、ビルキメと汍瀾の世話になりっぱなしだが、それだけ有力な味方を手に入れられたのだと、俺たちに恥じるところはない。
グラントリーと心が通ったわけじゃないのだろうが、奇しくも同じタイミングで、グラントリーが汍瀾の首筋に手を伸ばす。しかし、その動作は途中で止まる。声をかけて来たシバエイカ族の男を、グラントリーが不審げに見返したからだ。
『その馬、ンラウィルド族の汍瀾だろう?』
『……なぜ、それを』
『もちろん、知っているさ。ってことは、やっぱり今のは声を使おうとしたな。悪いが、その特技はダメだ。絶対に使わせない』
気にせずに、グラントリーが汍瀾に優しく触れる。
いななき。
2度、立て続けに聞こえたのは、何も気のせいじゃない。シバエイカ族の男も、同じようにして自分の馬を撫でていたのだ。
『なっ!』
驚きにグラントリーが目を見開いたのが、ここからでも分かった。
『汍瀾を相手に、駄馬を使うほど俺たちは自信家じゃないんでな。こっちも本気だ。馬力は低いが、うちの沇溶にも同じことができる。……そんな技に頼らず、お前の力だけで来いよ。何度、声を使ったって、全部止めるぜ』
何が起きたのか、正確なところは俺に理解できなかった。だが、ビルキメの秘策がどうやら防がれたらしいことは、遠目に見ている俺にも察せられた。グラントリーがそれ以上、汍瀾に合図を送ろうとしなかったからだ。……同じワグトリアス家であっても、それだけ汍瀾は警戒されていたということなのか。
接戦。
単純な技術の勝負になっては、エオガリアス家に勝てる道理はない。これはグラントリーに限らず、誰が出場していたとしても同じだろう。
それでも、ひょっとすると今日のグラントリーが、一番だったのではないかと、俺は贔屓目に彼のことを見てしまう。ディートリヒが目の前で怪我したことも、たぶん大きかったのだろうが、グラントリーの騎乗試合に臨む姿勢には、鬼気迫る物があったのだ。
怒涛の追いあげ。
しかし、そんな奇跡も長くは続かない。
運命の女神様ってやつは、普段の努力を簡単に覆してくれるほど、悪平等じゃないんだ。
両手を高く挙げてゴールしたのは、シバエイカ族の男。あからさまに勝利を喜ぶのは、それだけグラントリーに、苦戦していた証拠にほかならない。
結果は2位。
ワグトリアス家との勝負には負けたが、テゾナリアス家から権力を剥ぎとることには成功した。
「おめでとう」
正確な講評の出る前に、ワグトリアス家の当主がグラントリーを労う。
差し出された手に、グラントリーは己の汗ばんだ手を返していた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




