61 俺、朧影の巣に挑む。
巴苗の町から離れた俺は、スザクと2人で⦅渚瑳の森⦆に来ていた。
狙いはもちろん、⦅朧影の巣⦆の攻略。そして、この洞窟に封印されている、聖剣を手に入れることだ。
本当は、渚瑳の町とスケルトンライダーたちの関係について、あれからどうなったのかも知りたかったのだが、それを確認しているだけの時間はないので、これに関しては諦めるほかない。
⦅渚瑳の森⦆に到着してから、俺は、世界攻略指南で⦅朧影の巣⦆について調べていた。
ここがダンジョンであることは、事前に分かっていたことなので、失望はない。しかし、予想だにしない情報もあった。⦅朧影の巣⦆が禁穴点の1つだというのだ。
この世界には、人間には変えられない仕組みとして、均分という世界の真理があった。
世界中に分布している魔物の強さが、平均に近づくよう、ワールド自身が能動的に調節する、というルールのことだ。この結果、瘴気が極端に高かったり低かったりする土地には、勝手に魔物のボスがテレポートして来るという、均分転移が起こる。この仕組みの存在を知ったからこそ、俺はワールドから、魔物を全部消してしまおうと決意した。
この文脈でいうなら、禁穴点は始まりの場所にあたる。
ワールドの内部を流れる膨大な力が、外へと出て循環するための出口。これが禁穴点だ。元を正せば、モンスターも力の1つであることは変わらない。その存在こそ、禍々しく、人に仇なす形に変化しているが、ワールドを奔流する力の流れである点は、肉体を持っても同じままだ。
早い話が、強い魔物の多くはここから誕生し、そして均分転移によって、世界に散らばっていくということ。
当然、ワープ前の魔物が多数いることになるので、迂闊には進めない。また、膨大なエネルギーのせいで、禁穴点には、禁穴点ならでの特殊な現象も発生してしまう。
⦅朧影の巣⦆の場合には、出入り口の位置が、定期的に移動するという効果が起こる。もっとも、俺の世界攻略指南には、現在の場所がはっきりと記されているので、なんら障害にならない。ほかの人にとっては泣きたくなるような現象でも、不羈の前では無力だ。
……でも、そうだとすると、渚瑳本人は、どうやって聖剣をここに封印したんだろう? 世界攻略指南でもなければ、聖剣を洞窟内に隠すなんてできなさそうだけど……。
何やら鋭い疑問が浮かんで来たが、調べるのはとても面倒くさそうな予感がしたので、俺は無視してスザクに声をかけた。
「ここが入り口で間違いなさそうだね。早速、中に入っちゃおうか」
もたもたしていて、出入り口の場所が変わってしまったら、それこそ面倒だ。
俺に向かってうなずいたスザクが、先導するようにして木陰の奥へと進んでいく。
緩やかに傾斜する大地は、ほどなくして岩石のアーチを頭上に迎える。ここが地下へと広がるダンジョンのスタートラインだ。
……ある程度大きな目印があるなら、渚瑳が自力で入り口を見つけていたとしても、不思議じゃないのか。
感心するように半円の天井を見上げていると、突然、地面が脈動を始める。禁穴点の効果が発動しそうなのだと直感した俺は、スザクの背中に抱きつくようにして、慌てて中に入った。
直後、音もなく背中からの日差しが消える。
それでも、幸いなことに洞内はかろうじて暗闇ではない。
力の流れが充満しているせいか、寒くもなければ、温かくもなく、柔らかな光がかすかに感じられる。
スザクに引っついて後ろを歩きながら、俺は今一度、禁穴点という存在に思いを馳せていた。
……モンスターにとっての始まりの場所ということは、魔物を全滅させるためには、ここを潰す必要がある。単純に、ダンジョンを破壊するだけなら、スザクに任せれば完了だろうけど……。
だが、それは禁穴点を塞いだことにはならない。第一、塞いでしまってもいい穴なのかさえ、俺にはよく分からなかった。
ワールドを循環するエネルギーを止めることなく、モンスターの発生だけをピンポイントで抑制する。
そんな都合のいい方法が、はたして本当にこの世にはあるのだろうか?
今回は無理でも、いつかはそれに挑戦しなければならないのではないか。
「……」
伝説の勇者が、禁穴点の存在を、漠然としか理解できていなかったことは、間違いない事実だろう。いくら均分転移によって、瘴気の濃度が均一化するとはいえ、禁穴点を起点として、はっきりと濃淡に違いが現れるのだ。魔物を退治するうえで、禁穴点というのは、重点的に守らなければならない場所のはずだった。
それなのに、⦅朧影の巣⦆の周りにある集落というのは、渚瑳の町だけ。配された勇者の一味も、新島渚瑳ただ1人だ。もしも、勇者が禁穴点の情報を得ていたのであれば、こんな危うい采配は取らなかったに違いない。
考え事をしながら歩いていた俺は、スザクが立ち止まったことに気がつかず、その背中に顔面をぶつけてしまう。
「あ痛!」
スザクに謝りつつ、俺がおでこをさすっていると、彼女は前方を指さして口を開いた。
「……ゼンキチ様、道が分かれています。どちらに向かいましょう?」
促されて見てみれば、確かにスザクの言うように、道なりが「Y」の字になって分かれている。気持ち広いのが左側で、すぼむようにして細くなっているのが右側だ。どちらからでも、目的の場所にはたどり着けるのだろうが、今は時間を短縮したいので左側を選択する。
多くの場合、ダンジョンでは、広い道のほうがショートカットになりやすい。道幅に余裕があれば、それだけモンスターと遭遇する危険も高くなるので、必ずしも最良の選択ではないが、スザクがいれば、魔物との交戦はリスクがないのと一緒だ。
ダンジョンには、主要硬度というものが設定されている。もっとも、この言い方は、ゲーム的な考え方に慣れてしまっている、俺だからこその説明で、実際には、何者かが意図して作っているわけじゃないだろう。
主要硬度とは、ボスに出会うまでに、戦闘を避けられないだろうモンスターの、代表的な硬度だ。ダンジョン内に頻出するせいで、ボスと戦うために最低限必要になる、運動性能の目安と言い換えてもいい。
⦅朧影の巣⦆の場合、その値は11.0。
ベロニカでさえ無謀という、馬鹿みたいに高い数値になっている理由は、ひとえに溢れ返っているゴーレムのせいだった。
ゴーレムというと、マルチゴーレムの印象が強いが、あちらはゴーレムの進化形とでも、思っておけばいいだろう。極端に運動性能は低いものの、Bランクにしては異様に防御力が高い。逆に、討伐に時間がかかるだけで、味方への被害が出にくいからこそ、これほどの硬度を有していても、ランクはBにとどまっているのだと考えられる。もう少し運動性能が高ければ、B+の評価を得ていたことだろう。
⦅朧影の巣⦆の内部には、ゴーレム以外にも魔物が多数いる。本来はゴーレムと戦っている間に、別のモンスターによって背後を衝かれるという、かなり難しいダンジョンなのだろうが、動きの遅い魔物なんざ、スザクにしてみれば置き物でしかない。
噂をすればというわけじゃないのだろうが、進んでいるうちに、俺たちの前には2体のゴーレムが姿を現していた。
「スザク、できるだけ倒していこう」
「……承知」
均分転移の観点からも、ここでの討伐は推奨される。
言うなれば、ここは魔物の生産工場。ボス級の魔物以外はワープされにくいようだが、全くされないわけじゃない。出荷される前に倒すことができれば、そのぶんだけ、各地に飛ばされるモンスターの量を減らせるし、殺しすぎたことで、逆に均分転移が発動したのだとしても、十中八九、飛ばされて来る魔物はダンジョン内にワープさせられる。つまり、付近の町に影響があるわけじゃない。しばらくの間は、どこかの魔物を、⦅朧影の巣⦆に閉じこめておけることを意味している。
スザクによる軽めの殴打。
当然のように、一撃で魔物が爆散する。
ゴーレムの邪法は、一時的に自分の硬度を上げ、反撃ダメージを発生させるというものだが、スザクからすれば全部が無意味だ。そもそも、反撃が起こる前に倒してしまう。
「さすがスザク!」
横から茶々を入れる俺を無視して、2体目の魔物もスザクは瞬殺した。
ゴーレムの残骸を捨て置き、俺たちは先に進む。
広間を抜け、曲がりくねった道を黙々と歩く。気晴らしに、壁に手をあててみれば、土の一部が崩れていることが分かった。闇を覗かせる地割れに出くわしたときには、洞窟内がほのかに明るいことに、心から感謝した。もしも、足を踏み外したらと思うと、ぞっとしてしまう。万が一、落ちたとしてもスザクが助けてくれると信じたいが、だからといって、好んで試してみる気にはなれない。天井からは、鍾乳石のような氷柱状の鉱物が伸びていることもあり、背丈の低い俺はともかく、スザクは窮屈そうにすることがあった。……別に、ぶつかっても問題ないと思うんだけど。
時折、現れるのは石の彫像だ。人型のところからして、誰かしらのモデルがいると思われたが、俺にはいまひとつ判然としない。少なくとも、男性を象った物も見られたので、渚瑳だけを参考に作られたわけではないようだ。
盗賊か、はたまた勇敢な冒険者か。
石像には、目印のように刻まれた線がいくつも見られる。だが、そのたくらみがすべて失敗に終わったことを、俺は知っている。まだ、⦅朧影の巣⦆は聖剣を隠しているからだ。
なぜ、こんなところに石像があるのかと、疑問が浮かぶかもしれないが、相手は禁穴点だ。なんでもありだろう。詳細な説明が入り用なら、次の記述が役に立つかもしれない。植物だろうと、動物だろうと、元を正せば全部がエネルギーなので、膨大な力の宝庫たる禁穴点なら、生物を模した石像を勝手に作ることくらい、なんらイレギュラーな事態ではないのだ。分かっているとは思うが、これは世界攻略指南の受け売りであって、俺が自力で考えついたわけじゃない。
出没する魔物は、どんな種類であってもスザクの敵ではないため、ちょっとしたピクニック気分でいたことを、俺は認めなければならないだろう。
飛び交うコウモリを横目に、さらに先へと進めば、ある段階から洞内の空気が変わった。魔物の気配が増えたとかでは決してなく、冷気を帯びたように、周囲の空気が湿気を含むようになって来たのだ。
それに呼応して、地面や壁に苔が目立つようになる。
ほどなくして、通路の先で何かを見つけたスザクが、俺に声をかけて来た。
「……ゼンキチ様」
口下手な彼女から話しかけて来るとは珍しい。よほど貴重なお宝でも発見したのかと、浮かれていた俺は脳天気に期待したが、全く違った。それは死体だったのだ。
「えっ……」
ムードの激しい落差に、怯えてしまいそうになる。
白骨化してしまっているが、壊れてはいない。当時の衣服を身にまとったまま、内側にくぼんだ巨大な両目が、俺たちのほうを見るともなしに向いている。壁にできたへこみ――龕のような部分にもたれかかっているので、形を崩していないのだ。
「……何か意図があるようですね」
「意図?」
俺には分からなかったので、スザクに詳しい解説を求めれば、おおむね次のような答えが返って来た。
この龕と似たような箇所には、まだ出会っていない。なので、自然にできたわけではないだろう。死期を悟った本人が、死後に自分の体が魔物に荒らされないようにと、工夫をしたと見るべきである。それならば、そこには意図がある。遺体をあえて、分かるように残したというのだ。
なるほどと俺が感心している間に、スザクが遺体に近づいていく。いくら白骨化しているとはいえ、家族以外の骨に接するのが怖かった俺は、その場で見ているだけだった。
ためらうことなく、スザクが衣類の下をまさぐっていく。死体には慣れているのだろう。やがて彼女は、遺体の中から一通の手紙を取り出していた。
「……どうぞ」
砂埃を払うように、ぱたぱたと手紙を振ってから、スザクが俺に物品を差し出す。何を期待しているのか分からないが、俺にワールドの文字は読めないので、内容の確認はスザクに任せた。そうじゃなかったとしても、たぶん任せた。ていうか、絶対。
「ごめん。俺、字を知らないんだ。スザクが読みあげてくれる?」
「……えっ? あっ……はい」
困った顔をしながら、スザクが手紙を開ける。一瞬、スザクもワールドの文字を知らないのかと思ったが、そうではないらしい。すぐにざっくりとした経緯を話してくれていた。
「……。……どうやら、ここには聖剣のほかにも、種々の財宝が封じられていたようで、この男はそれを見つけたとのことです。しかしながら、脱出しようにも出口が分からず、力尽きてしまったとあります。願わくは、その一部を自分の世話になった町に、届けて欲しいとのことですが……肝心の町の名前が、消えてしまっているので読めません」
⦅朧影の巣⦆は、出入り口を目まぐるしく変化させる。たとえ、周到に歩いた道順を記憶していたとしても、そのマッピングは帰るときに役立たない。桁違いの強運でもなければ、フロアの全部を制覇する必要があるうえに、移動する出口を探して、闇雲に放浪を続けなければならないだろう。それも、硬度11.0のゴーレムがひしめくダンジョンの中を――だ。はっきり言って、不可能に近い。
遺体のそばに散らばっている小物が、男が見つけたという財宝だ。
さすがに、事情を知ってしまった以上、俺としてもそれらを横取りする気にはなれなかった。死んでまで誰かに伝えたかった願いを、平然と無下にすることは、人の道から外れている。こちらにも理由があるので、聖剣の虎獟を譲ることはできないが、それ以外の財宝については、男の遺書に従おうと心に決めた。
俺が物思いに耽っている間も、スザクは手紙に目を通している。
(……出口が分からないのは、入り口が変わってしまうためのようだ。だからこそ、後続の人間に対しての注意書きもある。……しかし、そうだとすると、少年はどうやって、洞窟の入り口を見つけたんだ? 前回、偶然に見つけたと言っていたが、そのときから場所が変わっていなかったのだろうか……。いいや、深く考えるのはよそう)
あまりにその時間が長いので、俺は不審に思ってスザクのほうに顔を向ける。
「……あれ? まだほかにも何か書かれてあったの?」
しかし、俺の問いにスザクは答えず、あろうことか、いきなり手紙を握りつぶして粉々にしてしまった。原型が残らないほど細かくなったのは、なにも時間が経って、劣化していたことだけが理由じゃないだろう。とっさに、スザクが全力を出してしまったのだ。
(……馬鹿な。百壇のメンバーだっただと? なぜ、百壇がこんなところにまで潜入している? いったい何を……)
驚きよりも恐怖が勝った俺は、スザクに声をかけるまでに、相当な心の準備が必要だった。
「……えっと、スザクさん?」
「あぁ……すいません。つい……」
そう言って、スザクは首を横に振る。これ以上の追及はして欲しくないようだ。
明らかにおかしい挙動だったが、スザクの過去に関係がありそうな匂いを、敏感に感じ取っていた俺は、何も言わずにこくりとうなずく。下手なことを言って、俺もスザクとの関係を壊したくはない。
(……本当に百壇だったのであれば、町の世話になったというのも、あながち嘘ではあるまい。私のいたところとは、違うのだからな)
男の見つけた財宝は、あとから回収すればいいと思ったのだが、拾い始めたスザクを止めることができなかった俺は、仕方なく彼女を手伝う。
遅れたぶんを取り戻すように、聖剣までの道を早足で急ぐ。これだけの迷宮から、一発で正解のルートを引きあてるなんていうのは、世界攻略指南があるからこその神業だった。
風の音。
ほかとは違う、異質な雰囲気をまとった石の扉が、厳然と目の前に現れる。これまでは気にならなかった魔物の這い回る音が、今になって気に障るようだった。
間違いない。
この先に、ダンジョンのボスがいる。
……渚瑳はボスの部屋に聖剣を隠したのか。
禁穴点の効果が効果なのだから、ここまでたどり着けただけでも、聖剣を手にする資格としては、十分に合格点なんじゃないかと思ったが、さすがに勇者の伴侶は要求するものが高い。
スザクにうなずいて、俺は扉を開けるように指示する。
部屋の奥には古びた祭壇。
儀式に使う道具がひととおり揃っているのに、肝心の供物だけが不在なのは、これからの来訪者がそうなる運命なのだという、魔物からの暗喩なのだろうか。
暗黒司祭マルドラス。
部屋で待っているボスの情報は、ここに来るまでに知っていた。
真っ黒なローブに身を包んだ司祭。目元からは、神経質そうな赤い光が漏れている。シリーズ暗黒司祭のうちの1体で、ランクはマルチゴーレムよりも高い、純粋なAだ。
得意とするのは、高火力のビーム攻撃と、運動性能を下げるデバフのコンビネーション。魔術攻撃が主体の割に、硬度・運動性能ともに決して低い値ではなく、ボスとしての品格の高さを見せつけてくれる。
正攻法で戦えば、数名の犠牲を覚悟しなければならない。
しかし、こちらにいるのは、生まれる世界を間違えたスザクだ。基準となる人間の強さから、あまりに逸脱していて、チートという言葉さえどこか不足に感じる。
マルドラス司祭に、こちらを歓迎するそぶりなど毛頭ない。闖入者を認めるやいなや、得意の邪法を放って来る。
根本悪な繊維。
重ねあわせた手のひらから放たれる光線は、運動性能で18.4相当という破壊的な一撃だ。
あたれば、ほとんどの人間が致命傷を負う。もちろん、急所を突かれれば、それだけで即死だろう。
ビームは一直線に、俺のもとに飛んで来る。
当然に避けられない俺は、目を瞑ることしかできない。
迫りきった黒い波動を、片手で軽く払いのけたスザクが、なんでもないように言う。やはり、彼女にしてみれば、そこいらのボスでは、俺というお荷物を抱えていても、まるで相手にならないのだ。
「……ゼンキチ様、このまま私の後ろに隠れていてください。これの相手は私がしましょう」
「もう是非!」
貼りつくようにスザクの背中に飛びつくと、さすがの彼女も少しだけ迷惑そうにしていたが、俺は自分の命がかかっているので遠慮しなかった。
マルドラス司祭に向きなおったスザクが、その場でデコピンをする。もちろん空振りだったが、オジロワシのときとは違い、手加減はあまりしなかったようだ。風圧をもろに受けた司祭は、後方に控える祭壇に飛んでいって、自分の体で道具を破壊してしまっていた。
立ちあがった司祭の目が、より暗い赤い色へと変化する。
アルゴリズムが別のものになったのだと、すぐに俺は理解した。
「気をつけて、スザク! やつのガードはそれなりに硬い。……でもでも、間違っても本気は出さないでね? お願いよ?」
体力が一定の割合を下回ったときに、一度だけ使用される邪法がある。この託つ宵の欄楯は、10秒間、運動性能で50.0相当未満の攻撃を、すべて無力化してしまう。カリナの尚蔵画布とは異なり、このときの計算方法は絶対単位だ。累積しない。ツアツア火球程度の火力では、100発放っても突破できないだろう。もっとも、普通は絶対単位なので、尚蔵画布が例外だ。
この間、マルドラス司祭は攻撃し放題というのが、一番厄介になるポイントのはずである――スザク以外が相手ならば。
「……では、少しだけ力を込めましょうか」
黒いベールに包まれた司祭が、不気味に笑う。
そんな敵の不敵な思考を、スザクは真正面から蹴散らした。
「棒立ちなら、いい的ですよ?」
一瞬で肉薄したスザクが、司祭に向かってグーパンチを浴びせる。
異次元のステータスによって振るわれる拳は、50.0の壁を易々と越え、マルドラス司祭の体を邪法ごと粉砕。勢いは止まらずに、そのまま広間の壁に巨大な亀裂を無数に作った。
「……」
……だから、本気は出すなと、あれほど。
これでもスザクの基準にしてみれば、抑制した部類なのだろうが、みしりという嫌な予感のする音を、俺は聞き逃さなかった。
直後、ボスのいる部屋の壁や天井が、音を立てて崩れ始める。
「スザク! 右側の壁のところ。そこに立てかけてあるのが、聖剣だから。急いで持って来て!」
祭壇から素早く離れたスザクが、指定どおりに虎獟を手にする。
「……まだ、ほかにも珍しい物が残っているようですが」
その身に危機が迫ることのないスザクは、当然のように危機感が欠如していて、悠長に床を見回しながら俺にそう告げた。
「いいよ、もう! 俺、このままじゃ生き埋めになっちゃうもん!」
言い終わらぬうちに、俺は独りで部屋から退却していた。
落下する岩や土を、無表情で払いながら、瞬く間にスザクも合流して来る。
「……では、せっかくですのでゼンキチ様。帰る前に、ここの親玉を狩っていきましょう」
今のがボスだという言葉を、ぐっとこらえて、俺は⦅朧影の巣⦆をあとにした。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




