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60(前編) モンスター狩りもスタートしたが、やっぱり俺は知らない。

 本話は長すぎたので、前編と後編に分割します。申し訳ありません。

✿✿✿❀✿✿✿




 ランタンレースから一夜明け、巴苗(はなえ)の町は、ついに馬上試合の当日を迎えていた。

 次の種目はモンスター狩りだ。

 これには、エオガリアス家からは、カリナが出場することになっている。

 戦闘経験の浅いカリナが、果敢にもモンスター狩りに挑むことになった理由は、ゼンキチが酒場で彼女を勧誘したためなのだが、当然ながら、ここには大きな反対があった。エスメラルダの存在に思いを()せるまでもなく、その挑戦は無謀といえただろう。


 そのため、時系列はいくらか前後するが、カリナの出場に、勝算があると見込まれた経緯について、少し触れておく必要がある。







 当初、カリナは自身が馬上試合に出場することについて、否定的な見方をしていた。

 当然である。

 エオガリアス家に属したまま、地元の芸術に携わることの難しさについて、いかにゼンキチが適格な指摘をしようとも、そう簡単に考えを改められるわけではない。


 もとより、芸術と運動は対極に位置する。

 演舞や舞踊であれば、そこに共通の精神を見出すことも可能だろうが、カリナの志す絵描きの分野にはそれがない。どれほど躍動的な絵画を作ろうとも、そこには、己の体を使って成し遂げるという、運動の真髄にあたるものが、ごっそりと抜け落ちているのだ。


 幼少期より芸術に囲まれて育ったカリナには、体を動かすことに対する喜びが欠落している。本人の運動性能を見ても、それは不得意な仕事であると言い切ってよい。ゼンキチの提案に渋るカリナの反応は、実に自然なものであった。


 だが、その気持ちも、酒場が閉まる頃には180度変わっていた。

 エオガリアス家を復興させたいという思いが、人一倍強かったことも、もちろん大きな理由の1つなのだが、自分が参加すれば、それだけでエスメラルダが、他の競技でいかんなく実力を発揮できるようになる。この見込みと、何よりもゼンキチに対して己が語った言葉の影響が、大きかった。


(うち)、色んなところの文化を知って、絵として残したいの。これはそのための練習かな』


 時間が()つに連れて、カリナは自分の発言を振り返っていた。

 馬上試合は()()()とした制度ではあるものの、その中身にあっては文化の側面が大きい。自分は巴苗(はなえ)の町に暮らしているというのに、他人に堂々と己の夢を語れるほど、巴苗(はなえ)の町の文化について詳しくないのではないかと、カリナは急に不安になったのだ。


 ひとたび、その視点に立ってしまえば、あとは流れるように思考は変わる。

 せっかく町の住民として日々を過ごしていながら、肝心の文化を外から眺めているだけでは、十分に理解しているとは言えないだろう。参加して初めて、肌感覚で物事を捉えられるようになる。今のままの傍観者を貫いていては、一向に自分の夢に近づかないことに、カリナは気がついたのである。


 これでは意味がない。ゆえに、カリナの決心は固かった。

 無論、この決断を、エスメラルダが一方的に否定したことは、想像にかたくない。ディートリヒだけでなく、当主のグラントリーでさえも、これには難色を示した。自家のために協力してくれているとはいえ、同年代の女が捨て身で戦おうとするのを、見過ごすことができなかったからである。


 しかし、カリナもまた引かない。すでに、陣営に協力したいという、単純な動機だけではなくなっていた。


 議論はいつまでも平行線。

 どのみち領主の許可が必要なので、グラントリーが強行すれば、カリナを参加させないようにすることは、容易に達せられた。だが、それでは両者に悔恨しか残さないだろう。


 しかして、この決着は、おのずとカリナを巻きこんだ張本人である、ゼンキチに求められることになった。すなわち、カリナの意思はともかく、本当に彼女のスキルは魔物を倒せるのかという、力の証明が必要になったのである。


 物理面でも、魔法面でもカリナに戦闘力はない。

 尚蔵画布(リフレクトカンバス)だけが頼りになるので、ひとえに問題は、どのくらいの量まで、魔法をストックしておくことができるのか、という部分になる。おまけに、尚蔵画布(リフレクトカンバス)は防御寄りの性能だ。ストックした魔法を放出できるといっても、選択して解放できるような器用なものではなく、保存した魔法は、必ず一度に解放されてしまう。言い換えれば、スキルホルダーによる戦術の余地がないのである。


 一斉放出以外の選択肢が存在しないということは、どうしたって、最大火力を保存しておかなければならない。


 ディートリヒは言う。


「モンスター狩りで使われる魔物は、いつも決まってインマチュアドレイクです。この魔物には、火属性に対する抵抗があります。私たちにストックできる魔法というのは、ベロニカ殿のツアツア火球(ファイヤーボール)にならざるをえませんので、モンスターとの相性も考えるなら、余裕を持って6~7発は欲しいでしょうか」


 尚蔵画布(リフレクトカンバス)は、必ずカリナの正面に現れる。魔法をストックするためには、ツアツア火球(ファイヤーボール)を、尚蔵画布(リフレクトカンバス)に向けて発射しなければならないが、それは後ろに控えるカリナの身を、危険にさらすことをも意味していた。


 そのことが分かっていたからこそ、人目につかないところまで移動したベロニカは、4発目のツアツア火球(ファイヤーボール)を発動させると、そこで逡巡(しゅんじゅん)してしまっていた。これ以上は、カリナの安全を保証できなかったからである。


 ためらうベロニカの姿に、我慢の限界を迎えたエスメラルダが、ただちに実験の中止を主張する。


「ねぇ、ほらもう分かったでしょう? これ以上、あなたが無理をする必要はないの。急いで確認なんかしなくたって、馬上試合は逃げないわ。またの機会がいくらでもあるわよ」


 だが、止めに入るエスメラルダに対し、ゼンキチは続行を提案する。

 当然だ。

 ゼンキチは、カリナのスキルについて、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)で調べてあった。尚蔵画布(リフレクトカンバス)の許容上限を、すでに知っていたのである。


 ゆえに、険しい顔つきになったエスメラルダをたしなめようと、ゼンキチは己の体を無理やり、カリナと尚蔵画布(リフレクトカンバス)の間に割りこませた。これならば、万が一のことがあっても、カリナに危害が及ぶことはない。間違っても、ツアツア火球(ファイヤーボール)は、ゼンキチの体にしかあたらないからだ。


 ゼンキチの言わんとすることを察したベロニカとカリナが、目を見開く。


「大丈夫。カリナの尚蔵画布(リフレクトカンバス)にはまだ余裕があるよ。間違いない。魔法だけじゃなくて邪法も防げるみたいだけど、ツアツア火球(ファイヤーボール)なら6発だ」


 その言葉は、エスメラルダに向けてのもの。

 勧誘者に、ここまでされてしまっては、さすがにエスメラルダも、反対の意思を表明し続けることはできない。渋々といった表情で、ゼンキチに対してうなずくのみだった。


「……。本当にいいんだな、ゼンキチ様?」


 ベロニカが、主人であるゼンキチを小さく(にら)む。

 彼女が、かたくなにご主人様という言い方をしないのは、ベロニカにとってゼンキチが、本当の主人ではないからにほかならない。エオガリアス家と別れたのは、あくまでも一時的な措置。その心は今もグラントリーのもとにある。


 だが、それでも彼女はプロのメイドだ。かりそめの主人といえども、全く心配しないわけではない。


「あぁ。思いきりやってくれ」


 防御のスキル・魔法は、おおむね2種類の効果に大別される。一定以下の威力をなかったことにするタイプと、どんなに微少な攻撃であっても、累積していくタイプがそれである。前者であっても損耗は免れないため、最終的には力業で押し通ることも可能だが、基本的には考えなくてよい。


 尚蔵画布(リフレクトカンバス)によって作り出される画布は、運動性能で、50.0相当にあたる攻撃まで防ぐことができる。このときの計算は加算(ストック)単位――つまり、累積していく。ツアツア火球(ファイヤーボール)は8.0相当なので、6発までなら保存しておくことが可能だ。


 ゼンキチの返事を受け、即座に火球が放たれる。

 ドロシーの殴打にも匹敵する業火は、真正面へと発射され、やがて画布にぶつかると、吸いこまれるようにして消えていく。


 そこに大きな変化は見られない。暴発するそぶりもなければ、(きし)むような音も聞こえない。ただ画布に刻まれた赤い模様が、いくばくか増えただけである。


 安心したように、ほっと息を吐くエスメラルダを無視して、ベロニカはさらに火球を放つ。

 ゼンキチは動じない。

 その姿に驚愕(きょうがく)しつつ、ベロニカは7発目の火球をその手に宿した。

 上限が6発というゼンキチの話を、彼女は一顧だにしていない。

 ゆえに、ゼンキチは慌てふためく。


「えっ? ちょっと何をやっているんすか、ベロニカさん!?」

「あんたこそ、なに逃げようとしているんだ、ゼンキチ様。7発目が防げなかったときに初めて、ようやく私たちは、尚蔵画布(リフレクトカンバス)の上限ってやつを証明できるんだろう? そこを動くんじゃないよ。カリナが怪我(けが)しちまうだろうに」


「俺だってそんなのを食らえば、怪我(けが)しますよ!?」

「あんたは試合に出ないだろうが!」

「それは……そうかもしれないですけど! ですけども!」


 ゼンキチの抵抗も(むな)しく、ベロニカの行動は止まらない。

 こういうときこそスザクの出番だと、ゼンキチは素早く彼女の姿を探す。だが、ドロシーの横に控えた彼女は、ゼンキチと目が合っても、首を(かし)げるだけで何もしようとしない。


 またいつものように会話が通じず、ゼンキチの意図が()めなかったとも思われたが、そうでないことは、すぐに明らかとなった。ゼンキチが不安がるほうがおかしいと、スザクは仰天の主張をしたのである。


「……少し大げさなのでは? この程度なら、ゼンキチ様であっても問題ないかと」

「それは、あなたのステータスがバグって――」


 ゼンキチの台詞(せりふ)は最後まで続かない。尚蔵画布(リフレクトカンバス)に着弾したツアツア火球(ファイヤーボール)が、吸収されることなく、そのままゼンキチを燃やしたからである。


 声にならない悲鳴を上げて、ゼンキチが後方へと吹っ飛んでいく。

 ドロシーの全力と同等なのだから、踏んばれないのは当たり前だった。

 ゼンキチの後ろにはカリナがいると思うかもしれないが、そこにいるはずの人物については、ドロシーが(かば)ったので何も問題がない。無傷である。


 この場で守るべきはカリナではなく、主人であるゼンキチのほうだったのではないか、という()()()()の質問に対して、ドロシーはのちのちに次のように答えている。


『この頃から、ご主人様はベロニカさんのバストを見ることに、全然遠慮がなくなって来ていたので、たまには、痛い目に()ったほうがいいかなと思いまして』


 気絶したゼンキチを見て、初めてスザクは、己が間違った判断をくだしたことに気がついた。だが、もはや手遅れである。


「……あっ」


 駆け寄るスザクに、ゼンキチからの返事はない。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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