60(前編) モンスター狩りもスタートしたが、やっぱり俺は知らない。
本話は長すぎたので、前編と後編に分割します。申し訳ありません。
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ランタンレースから一夜明け、巴苗の町は、ついに馬上試合の当日を迎えていた。
次の種目はモンスター狩りだ。
これには、エオガリアス家からは、カリナが出場することになっている。
戦闘経験の浅いカリナが、果敢にもモンスター狩りに挑むことになった理由は、ゼンキチが酒場で彼女を勧誘したためなのだが、当然ながら、ここには大きな反対があった。エスメラルダの存在に思いを馳せるまでもなく、その挑戦は無謀といえただろう。
そのため、時系列はいくらか前後するが、カリナの出場に、勝算があると見込まれた経緯について、少し触れておく必要がある。
※
当初、カリナは自身が馬上試合に出場することについて、否定的な見方をしていた。
当然である。
エオガリアス家に属したまま、地元の芸術に携わることの難しさについて、いかにゼンキチが適格な指摘をしようとも、そう簡単に考えを改められるわけではない。
もとより、芸術と運動は対極に位置する。
演舞や舞踊であれば、そこに共通の精神を見出すことも可能だろうが、カリナの志す絵描きの分野にはそれがない。どれほど躍動的な絵画を作ろうとも、そこには、己の体を使って成し遂げるという、運動の真髄にあたるものが、ごっそりと抜け落ちているのだ。
幼少期より芸術に囲まれて育ったカリナには、体を動かすことに対する喜びが欠落している。本人の運動性能を見ても、それは不得意な仕事であると言い切ってよい。ゼンキチの提案に渋るカリナの反応は、実に自然なものであった。
だが、その気持ちも、酒場が閉まる頃には180度変わっていた。
エオガリアス家を復興させたいという思いが、人一倍強かったことも、もちろん大きな理由の1つなのだが、自分が参加すれば、それだけでエスメラルダが、他の競技でいかんなく実力を発揮できるようになる。この見込みと、何よりもゼンキチに対して己が語った言葉の影響が、大きかった。
『私、色んなところの文化を知って、絵として残したいの。これはそのための練習かな』
時間が経つに連れて、カリナは自分の発言を振り返っていた。
馬上試合はれっきとした制度ではあるものの、その中身にあっては文化の側面が大きい。自分は巴苗の町に暮らしているというのに、他人に堂々と己の夢を語れるほど、巴苗の町の文化について詳しくないのではないかと、カリナは急に不安になったのだ。
ひとたび、その視点に立ってしまえば、あとは流れるように思考は変わる。
せっかく町の住民として日々を過ごしていながら、肝心の文化を外から眺めているだけでは、十分に理解しているとは言えないだろう。参加して初めて、肌感覚で物事を捉えられるようになる。今のままの傍観者を貫いていては、一向に自分の夢に近づかないことに、カリナは気がついたのである。
これでは意味がない。ゆえに、カリナの決心は固かった。
無論、この決断を、エスメラルダが一方的に否定したことは、想像にかたくない。ディートリヒだけでなく、当主のグラントリーでさえも、これには難色を示した。自家のために協力してくれているとはいえ、同年代の女が捨て身で戦おうとするのを、見過ごすことができなかったからである。
しかし、カリナもまた引かない。すでに、陣営に協力したいという、単純な動機だけではなくなっていた。
議論はいつまでも平行線。
どのみち領主の許可が必要なので、グラントリーが強行すれば、カリナを参加させないようにすることは、容易に達せられた。だが、それでは両者に悔恨しか残さないだろう。
しかして、この決着は、おのずとカリナを巻きこんだ張本人である、ゼンキチに求められることになった。すなわち、カリナの意思はともかく、本当に彼女のスキルは魔物を倒せるのかという、力の証明が必要になったのである。
物理面でも、魔法面でもカリナに戦闘力はない。
尚蔵画布だけが頼りになるので、ひとえに問題は、どのくらいの量まで、魔法をストックしておくことができるのか、という部分になる。おまけに、尚蔵画布は防御寄りの性能だ。ストックした魔法を放出できるといっても、選択して解放できるような器用なものではなく、保存した魔法は、必ず一度に解放されてしまう。言い換えれば、スキルホルダーによる戦術の余地がないのである。
一斉放出以外の選択肢が存在しないということは、どうしたって、最大火力を保存しておかなければならない。
ディートリヒは言う。
「モンスター狩りで使われる魔物は、いつも決まってインマチュアドレイクです。この魔物には、火属性に対する抵抗があります。私たちにストックできる魔法というのは、ベロニカ殿のツアツア火球にならざるをえませんので、モンスターとの相性も考えるなら、余裕を持って6~7発は欲しいでしょうか」
尚蔵画布は、必ずカリナの正面に現れる。魔法をストックするためには、ツアツア火球を、尚蔵画布に向けて発射しなければならないが、それは後ろに控えるカリナの身を、危険にさらすことをも意味していた。
そのことが分かっていたからこそ、人目につかないところまで移動したベロニカは、4発目のツアツア火球を発動させると、そこで逡巡してしまっていた。これ以上は、カリナの安全を保証できなかったからである。
ためらうベロニカの姿に、我慢の限界を迎えたエスメラルダが、ただちに実験の中止を主張する。
「ねぇ、ほらもう分かったでしょう? これ以上、あなたが無理をする必要はないの。急いで確認なんかしなくたって、馬上試合は逃げないわ。またの機会がいくらでもあるわよ」
だが、止めに入るエスメラルダに対し、ゼンキチは続行を提案する。
当然だ。
ゼンキチは、カリナのスキルについて、世界攻略指南で調べてあった。尚蔵画布の許容上限を、すでに知っていたのである。
ゆえに、険しい顔つきになったエスメラルダをたしなめようと、ゼンキチは己の体を無理やり、カリナと尚蔵画布の間に割りこませた。これならば、万が一のことがあっても、カリナに危害が及ぶことはない。間違っても、ツアツア火球は、ゼンキチの体にしかあたらないからだ。
ゼンキチの言わんとすることを察したベロニカとカリナが、目を見開く。
「大丈夫。カリナの尚蔵画布にはまだ余裕があるよ。間違いない。魔法だけじゃなくて邪法も防げるみたいだけど、ツアツア火球なら6発だ」
その言葉は、エスメラルダに向けてのもの。
勧誘者に、ここまでされてしまっては、さすがにエスメラルダも、反対の意思を表明し続けることはできない。渋々といった表情で、ゼンキチに対してうなずくのみだった。
「……。本当にいいんだな、ゼンキチ様?」
ベロニカが、主人であるゼンキチを小さく睨む。
彼女が、かたくなにご主人様という言い方をしないのは、ベロニカにとってゼンキチが、本当の主人ではないからにほかならない。エオガリアス家と別れたのは、あくまでも一時的な措置。その心は今もグラントリーのもとにある。
だが、それでも彼女はプロのメイドだ。かりそめの主人といえども、全く心配しないわけではない。
「あぁ。思いきりやってくれ」
防御のスキル・魔法は、おおむね2種類の効果に大別される。一定以下の威力をなかったことにするタイプと、どんなに微少な攻撃であっても、累積していくタイプがそれである。前者であっても損耗は免れないため、最終的には力業で押し通ることも可能だが、基本的には考えなくてよい。
尚蔵画布によって作り出される画布は、運動性能で、50.0相当にあたる攻撃まで防ぐことができる。このときの計算は加算単位――つまり、累積していく。ツアツア火球は8.0相当なので、6発までなら保存しておくことが可能だ。
ゼンキチの返事を受け、即座に火球が放たれる。
ドロシーの殴打にも匹敵する業火は、真正面へと発射され、やがて画布にぶつかると、吸いこまれるようにして消えていく。
そこに大きな変化は見られない。暴発するそぶりもなければ、軋むような音も聞こえない。ただ画布に刻まれた赤い模様が、いくばくか増えただけである。
安心したように、ほっと息を吐くエスメラルダを無視して、ベロニカはさらに火球を放つ。
ゼンキチは動じない。
その姿に驚愕しつつ、ベロニカは7発目の火球をその手に宿した。
上限が6発というゼンキチの話を、彼女は一顧だにしていない。
ゆえに、ゼンキチは慌てふためく。
「えっ? ちょっと何をやっているんすか、ベロニカさん!?」
「あんたこそ、なに逃げようとしているんだ、ゼンキチ様。7発目が防げなかったときに初めて、ようやく私たちは、尚蔵画布の上限ってやつを証明できるんだろう? そこを動くんじゃないよ。カリナが怪我しちまうだろうに」
「俺だってそんなのを食らえば、怪我しますよ!?」
「あんたは試合に出ないだろうが!」
「それは……そうかもしれないですけど! ですけども!」
ゼンキチの抵抗も虚しく、ベロニカの行動は止まらない。
こういうときこそスザクの出番だと、ゼンキチは素早く彼女の姿を探す。だが、ドロシーの横に控えた彼女は、ゼンキチと目が合っても、首を傾げるだけで何もしようとしない。
またいつものように会話が通じず、ゼンキチの意図が汲めなかったとも思われたが、そうでないことは、すぐに明らかとなった。ゼンキチが不安がるほうがおかしいと、スザクは仰天の主張をしたのである。
「……少し大げさなのでは? この程度なら、ゼンキチ様であっても問題ないかと」
「それは、あなたのステータスがバグって――」
ゼンキチの台詞は最後まで続かない。尚蔵画布に着弾したツアツア火球が、吸収されることなく、そのままゼンキチを燃やしたからである。
声にならない悲鳴を上げて、ゼンキチが後方へと吹っ飛んでいく。
ドロシーの全力と同等なのだから、踏んばれないのは当たり前だった。
ゼンキチの後ろにはカリナがいると思うかもしれないが、そこにいるはずの人物については、ドロシーが庇ったので何も問題がない。無傷である。
この場で守るべきはカリナではなく、主人であるゼンキチのほうだったのではないか、というレベッカの質問に対して、ドロシーはのちのちに次のように答えている。
『この頃から、ご主人様はベロニカさんのバストを見ることに、全然遠慮がなくなって来ていたので、たまには、痛い目に遭ったほうがいいかなと思いまして』
気絶したゼンキチを見て、初めてスザクは、己が間違った判断をくだしたことに気がついた。だが、もはや手遅れである。
「……あっ」
駆け寄るスザクに、ゼンキチからの返事はない。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




