表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/102

59(後編) ランタンレースがスタートしたが、俺は知らない。

 不意打ちのようにして始まるランタンレース。

 だが、よそ見をしている騎手たちではない。気を抜いていたドミニクさえ、僅かな遅れも見せずに馬を駆けていた。


 居住区へ向かうまでには、少しだけだが、直線がある。レース開始直後のこの部分で、どれだけスタートダッシュを決められるかで、その後の試合展開は大きく変わる。そのことを百も承知であったエスメラルダは、直線を駆けるやいなや、すぐさまドミニクに対して、己のスキルを発動させていた。


 ランタンレースの肝は、地理の把握と、夜暗にも恐れない勇敢な平常心だ。披露したいのは直接的なバトルではないため、試合中は、魔法やスキルの使用が禁止されている。当然、見つかった場合には失格だ。魔法を使ってコースを明るくするといった行為は、すぐに発覚するので、こういった不正に及ぶのは困難である。


 しかしながら、その競技精神に反して、当事者にしか分からない手段で、相手の騎手を妨害するのは、もはや暗黙の了解となっていた。試合の結果が、向こう半年の趨勢(すうせい)を決めてしまうので、手段を選んでいられないのだ。第三者によって判別できない不正は、もはや不正とは呼べないのである。


 二重拘束(デュアルバインド)

 エスメラルダのスキルの効果は2つある。1つは、己の右手を犠牲に、相手に不動を()いるもの。もう1つは、己の左手を犠牲に、相手に魔法の使用を禁ずるものだ。


 犠牲といっても、言葉どおりに腕が失われるわけではない。自由に操作することができなくなる、という表現が正しい。馬上からおりることのないランタンレースで、右手を犠牲にすることは無意味だろう。落馬すれば大幅なタイムロスとなるので、相手に不動の効果を与えるほうが、むしろ損であるし、エスメラルダ自身も手綱の調整が難しくなる。


 だが、魔法を禁止することには大きな意味がある。テゾナリアス家から出場するような選手が、魔術の素養を持たないことなど、考えられないからだ。


 ドミニクからすれば、敵は女。少々気が引けたが、だからといって勝負を譲ってやるほど、お人よしではない。そもそも、白癩騎士(プレッジ・ナイト)でもなければ騎士道(ナイト・コード)とは無縁なのだ。婦人を大切にしようという精神を、ドミニクは有していなかった。


 粛々と試合に臨むエスメラルダを、少しからかってやろうと、ドミニクが風の魔法を発動させようとしたとき、己の体の異変に彼は気がついた。魔法が使えないのだ。


(……。早速、使って来たか。まぁ、そうじゃなきゃ、やり()()がないわな)


 魔法を封じられたのは痛いが、大局的には問題がない。ショートカットを使えば、試合に負けることはないからである。


 ドミニクが笑いながら、馬を駆ける。

 その様子に、前を走るエスメラルダは不審がった。今走っている直線が終われば、コースは道幅の狭い居住区へと入る。この区間での追いあげは絶望的だろう。後続の技術がどうであれ、先頭を走る騎手のペースに従わざるをえなくなる。そうであればこそ、スタートダッシュの勝敗は、馬鹿にできないポイントなのである。


 安全策に走りがちなワグトリアス家であれば、捨て身で向かって来ないのも納得できるが、(こと)に、多数の人員を抱えるテゾナリアス家が、選んで出場させたドミニクが全力で走らないのは、エスメラルダの目には奇異としか映らない。はっきり言えば、勝負を捨てているとしか思えなかったのだ。


(何か策が……? それとも、自分が思っている以上に弱いのですか? まぁ、いいでしょう。どのみち、最後まで抜かされなければ結果は同じこと。自分がエオガリアス家を勝利に導きます!)


 先頭を確保したエスメラルダは、自分の有利を不動のものとするべく、ランタンの出力を大幅に下げた。これから先、選手たちを待ち受けているのは、度重なる増改築によって複雑化した、編み目のような道路だ。何も考えずに走っていては、前の選手のランタンを追えばいいだけの後続が、圧倒的に有利になる。ドミニクも抜かりなく、町の地形はしっかりと覚えて来ているだろうが、それでも、むざむざとコースを案内してやる必要はない。自分の疾駆に必要な、最小限の光にとどめる。


 建物の配置は、完璧に頭に入っていた。

 目を瞑っても歩けるというのは、さすがに大げさだが、エスメラルダはこの町に古くから住んでいるメイドだ。そこいらの市民よりも巴苗(はなえ)の町に愛着があるし、何よりも先代の当主を支えるべく、少しでも暇があれば、町に異変がないかどうか、その様子をじかに見て来た。そんな彼女にしてみれば、飛び出した看板の位置や、路地のでこぼこ具合を(そら)んじることなど、造作もなかったのである。巴苗(はなえ)の町はエスメラルダの味方だ。夜の闇さえも、彼女に加勢しているかのようだ。


(……こればっかりは感謝しますよ、カリナ)


 エスメラルダがランタンレースに出られたのは、カリナが馬上試合への参加を、決意したからにほかならない。そうでなければ、当主であるグラントリーが、出場せざるをえなかったので、このような危険なレースは選べない。エスメラルダが、いかんなく実力を発揮できるのは、今回が特別だからである。


 もっとも、カリナの出場を、エスメラルダは全面的に認めているわけではなかった。カリナは画家見習いなのだから、戦闘とは無縁だ。そのような少女を、表にまで引っぱり出さなければならなかったことを、内心は恥じていたし、そそのかしたゼンキチのことを恨んでもいた。


 だが、この試合中だけは、そうではない。全身全霊を込めて、1位を取りに行くつもりでいる。

 コースそのものに、エスメラルダを脅かすような不安はない。心配なのは、むしろ、他家の用意している妨害の中身だろう。エオガリアス家が準備したのは煙玉で、レース中盤のカーブ手前という、大変嫌な位置に置かれている。


 カーブではインコースを取るのが鉄則だ。

 最初から視界が不明瞭なのだから、煙玉など悪臭なだけで、大した効果が得られないだろう、という声があるやもしれない。だが、それは誤解だ。騎馬がコースアウトしたかどうかに使われるのもまた、発煙する魔動具。これと煙玉の間に、煙の種類という違いこそあれども、それらを即座に見分けることは難しい。さも、正規の範囲から飛び出してしまったかのように、騎手を不安にさせることこそが、エオガリアス家の策略である。時間を食えば大成功。少しでも気を散らして、スピードを落としてくれれば、(おん)の字だ。とっさに焦らない騎手は少ない。


 それがカーブ手前に置いてあるのだ。攻めの姿勢で内側に突っこめば、引っかかる仕掛けであることは間違いない。ましてや、他の障害物と違って、煙玉は小さい。遠目で判断することもできないだろう。


 翻って、レース終盤まで、後方で様子を(うかが)っているワグトリアス家は、一発逆転を狙っているのが見えみえである。おおかた、ゴール手前に、照明弾を設置したのに違いない。スプリント勝負とはいえ、目を閉じた状態で疾駆するわけではないのだ。突如放たれる強烈な光で、騎馬の目がやられれば、その間に追っ手が、ゴールを横取りすることもできる。このような作戦でいると見てよい。


(テゾナリアス家はどうでしょうかね……)


 乱雑に建った家屋の間を、縫うようにして走る選手たち。

 複雑な曲がり角を経て、先頭の選手が中盤の急カーブに差しかかった。

 ちらりとエスメラルダが後ろを振り返る。

 ドミニクの位置は、レース序盤から変わっていない。離れてもいないし、追いついてもいない距離だ。道幅の関係から、抜かされないのは当然としても、置き去りにもできていないというのは、少し意外だった。いくら後方が有利といっても、ランタンの(あか)りは限界まで弱めてあるし、地形によるタイムロスも最小限に抑えていた。一応はとっておきなので、馬の本領はまだ発揮していないが、さりとて手を抜いていたわけでもない。第1種目を任されるだけあって、ドミニクもまた強敵だというふうに、少々評価を改める必要がありそうだ。


 手綱を左に強く引く。左に曲がれという合図だ。

 これだけ闇が深ければ、馬も相当に恐怖を感じているだろうが、ビルキメから借りた汍瀾(かんらん)は、驚くほど素直に騎手の言うことを聞いた。


(いい子だ……。巴苗(はなえ)様に捧げることに不満はありませんが、やはりこれほどの名馬だと()しいですね)


 カーブで一気に突き放すつもりでいるエスメラルダは、ここでランタンの出力を上げた。他家の障害物を見極めるためである。早くも、ここで決着をつけるのだ。


 テゾナリアス家による妨害は、十中八九丸太であろう。急カーブを無事に抜けられた地点――ついつい、騎手が安心して気を抜いてしまう場所に、地獄へ(たた)き落とすための仕掛けがあると見た。


 出力を最大まで上げたランタンは、前方をはっきりと照らす。

 曲線を描く道路は、選手たちの視線を拒むようにして、待ち受ける光景をいくらか塞いでいるが、丸太が置かれていることは疑いない。タイミングを見計らって、あとは馬にジャンプを促すだけだ。


 手綱を強く2回引く。

 汍瀾(かんらん)は一切の遅滞なく、エスメラルダの要望に応える。

 ランタンが上下に揺れるさまを、後ろから綽々(しゃくしゃく)と見ていたドミニクは、エスメラルダの鮮やかな馬術に、思わず口笛を吹いていた。


 ドミニクが煙玉に引っかからなかったのは、単純な理由による。すなわち、ショートカットを使えばいいだけなので、わざわざエスメラルダを、全力で追跡する必要がなかったのだ。いくらドミニクが抜け目のない性格をしていても、本格的に馬を走らせることになっていれば、カーブの手前に置かれた煙玉と、接触せざるをえなかっただろう。その場合には、ドミニクとしてもぎょっとしたはずだ。エスメラルダとの差は、ますます離れていたに違いない。


(やるねぇ……。あの角度じゃ、ろくに丸太なんか見えちゃいねぇだろうに。それにあの馬……やたらと(はえ)ぇな。気のせいじゃねぇ。……やっぱ、ショートカットを使わねぇと勝てねぇな。悪く思うなよ、エスメラルダ。これは勝負なんだからな。陣営の抱える人の多さも、謀略の数も実力のうちだ)


 今までのちゃらちゃらとした顔つきから表情を改め、ドミニクはしっかりと手綱を握った。

 まもなく、区画3-C。味方から合図された範囲である。

 用心深く、ドミニクが周囲に視線を走らせていく。

 レースのコースは、このまま一度左に大きく折れ曲がってから、右側へと戻って来る。そのため、この区画にショートカットを置くとしたら、その位置は右手しか考えられない。カーブを端折(はしょ)る方法以外では、隠し通路を作れないからだ。ここまで条件が(そろ)ってしまえば、実践経験の豊富なドミニクが、それを見落とすことはありえなかった。


 名残()しむようにして目を細めたドミニクが、エスメラルダの背中に別れを告げて、突如として右折する。背後より、テゾナリアス家に迫っていたワグトリアス家の騎士(ナイト)も、それを見るにつき、ドミニクのあとを慌てて追った。


 ほどなくして、(ひづめ)の音に気がついたドミニクが、自分の後ろにぴたりとついている男の存在を認める。


(まさか、自力で見つけたってわけじゃねぇよな? 漁夫の利か? 気に入らねぇな……)


 ショートカットといっても、町中をコースにしている関係上、そうそう都合よく、直線ばかりのルートで構成されているわけではない。正規のルートとは違い、事前に覚えておくことができないため、コースアウトの範囲は広めに設定されているものの、巴苗(はなえ)の町の正確な地図を頭に思い描けなければ、道に迷ってしまうことは十分にありうる。


 ましてや、今は月明かりもまばらな夜。

 前の人間の背中をただ追っていこうなどと、呑気(のんき)に構えているようならば、自ら進んで現在地を見失おうとしているに等しい。


 ゆえに、ドミニクはランタンの(あか)りを不意に消した。

 ドミニクにとっても、これは決して楽な言動ではない。正規のコース自体は把握しているが、隠し通路に使われる細かな道までもを、完全に暗記しているわけではないのだ。闇の中をいつまでも走ることは、ドミニクといえどもできなかった。


「なっ!」


 後方より、驚きの声が上がる。

 だが、ワグトリアス家の騎士(ナイト)が、ドミニクの意図に気がついたときには、すでに手遅れであった。男はほとんど促されるままに、ドミニクについて来ただけなのだ。よほど入念に準備をしていなければ、この状態から、隠し通路を脱することなどできないだろう。もちろん、来た道を戻ることも不可能だ。そして、当然のように、この男はそんな努力とは無縁であった。


 まもなく、やけくそに進んだワグトリアス家の騎士(ナイト)が、騎馬の足下から煙を上げていた。コースアウトしたのだ。その意味するところは、失格である。







 レース終盤、最後のストレートに入ったとき、エスメラルダは自身の勝利を確信していた。長大なカーブで勝負をしかけて以降、何度か後ろを振り返ってみたが、ドミニクはおろか、一度も騎手の姿を見かけなかったのだ。自分が一番にゴールできると思うのは、エスメラルダでなくとも自然な反応だった。


 それゆえに、ゴールの先にドミニクの姿を見かけたとき、エスメラルダの顔は驚愕(きょうがく)(ゆが)むこととなる。


(……そんな、馬鹿な)


 無論、悪態をついてみたところで、レースの結果は変わらない。エスメラルダの順位は2位である。


「お疲れちゃん」


 嫌らしい笑みを浮かべたドミニクが、帰って来たエスメラルダへと声をかける。それは言外に、真っ当な方法で勝ったわけではないという告白であり、馬上試合を(けが)しているのは、お互い様だろうという表明でもあった。


 きりりとドミニクのほうを(にら)みつけてから、エスメラルダはグラントリーのもとに戻っていく。当主を前にした彼女は、ただちに頭を下げていた。


「申し訳ありません。かような名馬をお借りしておきながら、自分は結果を残せませんでした」

「仕方ないよ……。運には勝てない」


 ドミニクがショートカットを使ったのは、誰の目にも明らかだった。それゆえに、グラントリーは純粋にドミニクの強運を認める。


 そんな当主の優しさを否定するようで、エスメラルダの心は痛んだが、今後の馬上試合に対する認識を改めるためにも、間違いを正しておく必要があるだろうと、彼女は力強く首を横に振っていた。


「いえ、恐らくは初めから、隠し通路の位置を知っていたのでしょう」

「まさか、そんな!」


 懐疑的な見方をするエスメラルダに、思わず、グラントリーが義憤の声を上げていたが、同じ陣営のベロニカさえも、グラントリーを(いさ)めようとエスメラルダに同意していた。


「そういえば、レースが始まる前に、火の魔法が使われていたな。まさか、あれが?」

「えぇ。十中八九、ドミニクに場所を伝えるためのものでしょうね」


 メイドの2人に諭されれば、無垢(むく)なグラントリーといえども、考え方を変えざるをえない。グラントリーもまた、不自然に上げられた魔法を目にしていたからだ。反証しようにも、テゾナリアス家が極端に有利な警備という現実で、二の句が継げないでいる。


 沈鬱な表情で、グラントリーは頭を抱えた。


「……覚悟していなかったわけじゃないけど、本気で優勝を狙おうとすると、こんなにも大変なんだな。もっとちゃんとした方法で戦いたかったよ」


 子供ゆえの浅はかな台詞(せりふ)

 そんなふうに、グラントリーを()ねのけることは簡単だ。

 だが、自分たちのやっていることが、公正でないと自覚している2人には、グラントリーに返す言葉を見つけられない。せめて、このような試合が今回限りで終わるようにと、これまで以上に覚悟を強めるだけである。


 事の顛末(てんまつ)を知らない観客たちが、今宵(こよい)の発熱したレースに酔いしれ、市場は大いに(にぎ)わっていた。それらと無縁なのは、実際に馬上試合に参加する者たちだけだろう。


「悔しいだろうけど、ごめんね。エスメラルダ、明日のために早く床に()いて欲しい」


 うなずいたエスメラルダは、グラントリーの護衛をベロニカに任せ、颯爽(さっそう)と自宅へと戻っていく。


「……何か見ていくか?」


 気休めにかけられたベロニカの誘いに首を振って、グラントリーもまた宿屋を目指すのだった。

 汍瀾(かんらん)のアドバンテージを活かせなかった、エオガリアス家の惜敗である。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ