58 俺、ドロシーたちと作戦会議を開く。
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ゼンキチが酒場でカリナと出会った翌々日、巴苗の町では、定例となる諮問会議が行われようとしていた。
会議の開かれる場所は、町の中心にある集会所だ。平時、ここはどの領主にも属さない共有地として、旅人を含めた各人が、自由に使えることになっているが、会議の日に限っては、関係者以外の立ち入りが厳しく制限される。
この諮問会議に出席するのは、領主の代表がそれぞれ1人ずつ。加えて、代表を補佐・警護するための人間が1人ずつの、合計6人だ。例えば、エオガリアス家からはグラントリーの控えに、ディートリヒが参加しているという具合である。
議題の内容は多岐に渡るが、臨時で開会するほどのビッグニュースが、なかったことからも分かるように、そのどれもが細々とした内容のものであった。
町の防衛に務めるテゾナリアス家の男が、いかにも自分たちが一番に、巴苗の町に尽くしているとでも言いたげに、重苦しく口を開く。いかめしい態度の割に、その口元に髭はなく、己が新時代のリーダーであると、いつまでも気取っているらしく、身なりや服装にも妥協は見られない。
だが、若々しさを求めた顔面と荘厳な服装は、残念ながらミスマッチであろう。テゾナリアス家の領主という肩書きがなければ、住民の失笑を買ったに違いない。
「近頃、リーフスライムが牧草地に頻出しており、家畜にも被害が出ていると聞く」
スライムの中に、木材に触れて、木材の性質を獲得したウッドスライムという物があった。リーフスライムも、同様のものであると考えてよい。すなわち、葉っぱに触れて、葉っぱの性質を獲得したスライムが、リーフスライムである。おまけに、ウッドスライムに比べれば、運動性能・硬度ともに半分以下。あまりに貧弱なステータスという、散々な出来栄えだ。だが、葉っぱに擬態していることが多く、不意を衝かれて襲われるという被害が、跡を絶たない。無論、そこには相手が貧弱であるがゆえに、恐れるに足らないという油断があるのもまた、疑いようのない事実だった。
なお、いくら葉っぱに擬態しているからといっても、家畜がリーフスライムをうっかり食べることはない。大抵の場合には、口に含む前に魔物であることに気がつくし、そうでなかったしても、咥えた物の異変に気がつくので、すぐに吐き出すのだ。ゆえに、これが疾病の原因でないことは、ゼンキチが予想したとおりであった。
「少しリーフスライムと様相は異なるのだが、魔物のほうから襲撃を受けるというケースとして、新たに報告が上がるようになったモンスターを、諸君にも紹介したい」
「ふむ、新種という意味ですかな?」
「あぁ……。いくら魔物の討伐が私たちの専業といえども、諸君と情報を共有することは、決して無駄ではないだろう。……これはウサギ型の魔物で、体長は30cm程度。背中の皮が緑と茶に色づいているため、これが原因で、草原内での目視での発見を難しくしている」
「ランクのほうは、どのようにお考えに?」
モンスターに対するランクを設定しているのは、北菔鳳らを会員とする魔物討伐協会だ。新種のものといえども、その例外ではない。しかしながら、魔物のステータスや行動パターンから、ある程度までの推測は可能になる。ワグトリアス家の領主は、テゾナリアス家としての考えを聞こうとしていたのだ。
「邪法を確認しているので、Bランクに相当するだろう。プラス・マイナスについては、魔物討伐協会の決定を待たなければならないが、体感だとB+に思える。また、夜間に襲われた事例が少ないため、こいつは昼行性であるとも考えられる。諸君も無関係ではいられないだろう。くれぐれも注意して欲しい」
「……なるほど。しかし、いつまでも『こいつ』と呼ぶのは不便ですな。たしか、新種の魔物には、発見者に命名権が与えられる場合があると聞きましたが、どうでしょう? ここは、アドラム殿が名づけてみてはいかがですかな?」
「私が?」
「ほかにいないでしょう!」
そう言って、ワグトリアス家の領主が、大げさに手を挙げて笑う。
実のところ、その台詞はテゾナリアス家が望んでいたものであり、アドラムは咳ばらいをひとつすると、この日のために考えて来ていた案を口にしていた。
「そうだな……私はこれをグラスランナーと命名したい」
「いい名前ですな」
ワグトリアス家の追従に、アドラムが満足げにうなずく。
テゾナリアス家からの話題が終わると、続いてワグトリアス家からの報告が始まった。建物や道路の破損状況といった、町の経済に関わるもので、当然ながら、ここでも芸術に関する話題はのぼらない。すでに巴苗の町には、地元の芸術を育てようという意思が、完全に失われていた。
エオガリアス家からの報告は、ないのが妥当とでもいうように、テゾナリアス家の当主が、机の上で組んでいた手を仰々しく組み替える。
「さて、もうまもなく今期の馬上試合が開催される。諸君も知っているとおり、優勝者の馬は巴苗様に捧げるのが決まりだ。だが、いざ巴苗様に捧げようという場面で、肝心の馬の墓が汚れていては、私たちの面目は丸つぶれだろう」
「ふむ、おっしゃるとおりですな」
アドラムの嫌味に気がつかなかったワグトリアス家は、純粋にテゾナリアス家に同意する。
「……墓はエオガリアス家の管轄だ。グラントリー殿、墓の清掃はどうなっているだろうか? 失礼だが、手間取っているようならば、私たちには掃除を手伝う用意がある。もちろん、これを他家に対する干渉などとは、思わないで欲しい。私たちも馬上試合を成功させたいのだ。そのために、ささやかな協力をするくらい、当然の行動だろう?」
アドラムの発言は、言葉こそ丁寧であるが、そこには落ちぶれたエオガリアス家に対する、優越感が隠れていない。慇懃無礼という文句が似合うほどである。
しかし、勝ち誇るアドラムの期待に反して、それは無用なお節介であった。暇を見て、ドロシーが掃除を手伝ったので、墓地はすでにピカピカになっていたのである。ゼンキチが巴苗の町に滞在していなければ、エオガリアス家だけでは手が回らなかっただろうが、今はもう違うのだ。
ゆえに、グラントリーはおもむろに首を横に振る。
「いいや、問題ない。エオガリアス家のお役目として、墓の清掃は滞りなく完了している」
普段とは違う堅苦しい言葉づかい。
努めて、不慣れな言い回しをしなければならない負担に、グラントリーの神経は疲弊したが、それでもどうにか、毎回、諮問会議の間だけは乗りきって来た。根本的に、発言の回数が極端に少ないことも、この点に限っていえば、プラスの方向に働いていたといえる。
しかし、今日も同じにするわけにはいかない。これからグラントリーは、この場でワグトリアス家がひた隠しにしている、疫病の事実を公表するつもりだからである。
自分の予想とは、まるで異なる返事。
意表を衝かれたテゾナリアス家の当主が、決まりが悪そうに喉を鳴らす。
「……そうか。これは失礼した。それでは、特段の支障もないようなので、続いて、馬上試合の種目について、諸君の希望を尋ねたい。私たちは今期も騎乗試合を望む」
「手前どもも例年どおり、牧羊競争を……グラントリー殿も、いつもどおりですかな?」
ワグトリアス家の男がにこやかに尋ねる。アドラムと違って、そこに明確な悪意は存在しない。だが、テゾナリアス家とは違う種類の優越感があるのは、否定しがたい事実だろう。つまり、エオガリアス家がいるうちは、最下位にならずに済むという安心感である。
静かに、グラントリーはワグトリアス家の催促を拒んだ。
「いいや、我々はランタンレースを希望する」
「ほぅ……ランタンレースですか。そういえば、久しくやっておりませんでしたな。これは趣向が変わって、観客たちも喜ぶことでしょう。素晴らしい提案です!」
必要以上にグラントリーの意見を持ちあげるのは、もちろん、エオガリアス家におべっかを使っているわけではない。相応の旨みがあるためだ。
エオガリアス家の希望する競技が、少々定例と変わったところで、ワグトリアス家が2位の位置を取れることは、依然として変わらない。そうである以上、ワグトリアス家としては、観客が町で落とす硬貨の量のほうが、大事になって来るのである。客が盛りあがれば、それに呼応するようにして、盛り場での散財が増えることは、想像にかたくない。
だが、歓迎するワグトリアス家とは対照的に、アドラムは不審そうにグラントリーのことを見返した。
(なぜ、ここに来て種目を変更する必要がある?)
「……何か?」
力強く横目で牽制するグラントリー。
さすがに、他家の方針に干渉することはできず、すぐさまアドラムはかぶりを振っていた。
「いや、私たちはこの町を対等に治める領主だ。どのような理由であれ、口出しすることはできないさ。では、今年は挙げられた3種目を任意競技とする。……これにて閉会だ」
「少し待っていただきたい」
椅子から立ちあがろうとしたアドラムが、意識的に間を置いてからグラントリーを見返す。自分の思いどおりに会議が進まなかったことが不満で、どうにかして自分のペースに戻そうとしているのだ。
「いいや、我々が問題にしたいのは、テゾナリアス家ではない。ワグトリアス家の不祥事についてだ。今、ここではっきりと訳をお聞きしたい。いつまで待っていても、中々、口を開いてくれないようなので、単刀直入に尋ねさせてもらおう。なぜ、家畜の疾病について黙っているのだ?」
「なぜ、それを!」
途端に気色ばむワグトリアス家。
取るに足らない子供だと思っていたグラントリーに、自家の不名誉を指摘され、ワグトリアス家は分かりやすくたじろいだ。
その様子を見るにつき、グラントリーの指摘を、ただの妄言と一蹴できなかったアドラムは、ワグトリアス家を咎めていた。
「……どういうことだ? 説明してもらおうか」
表向き、巴苗の町は3つの領主が対等に治めている。
だが、その中でも自分たちが一番に、町の統治に尽力していると驕っていたアドラムは、町の近況について知らないことが許せない。ましてや、力の衰えたエオガリアス家に、情報で先を越されたなどというのは、間違ってもあってはならない事態だった。
しかし、素早く問い詰めるアドラムに、ワグトリアス家は明確な拒絶で臨む。当然だ。どれだけアドラムが統治者を自認していようとも、家畜に関する問題はワグトリアス家の管轄。そこを追及しようとするのは、他家の方針に対する明確な干渉にあたる。
「……。現在、調査中であります。それに、いくらアドラム殿といえども、これはワグトリアス家の問題。他家の事情に首を突っこむことは、控えていただきたいですな!」
もっとも、解決に乗り出しているかのように、口では言うワグトリアス家だったが、実際のところは、何も進んでいないに等しかった。被害の状況を把握しているので、当然ながら、疾病が蔓延していることだけは理解していたが、遊牧民と定牧民の間の対立が、想定以上に激化してしまったため、調査などはとてもしていられなかったのである。
「……」
余計なことを言ってくれたとばかりに、ワグトリアス家は、苦々しい表情でグラントリーのことを睨みつける。逃げだすようにして、会議室から出ていくワグトリアス家の当主に続いて、事務の女も外へと向かう。退出する際、グラントリーに目礼をしたのは、彼女なりに家畜の件で思うところがあったためだ。早い話が、主人たちに代わって、エオガリアス家が疫病の調査を始めたことに、気がついたのである。
ワグトリアス家が強引に話を終わらせたことで、今日の会議は閉会となった。腹立たしくはあったものの、最低限、大人としてのふるまいを維持しようと、アドラムも鷹揚な足取りで会議室をあとにした。ディートリヒと2人だけになった室内で、グラントリーが大げさにため息をつく。
「お疲れさまでした」
労いの言葉に、グラントリーは力なくうなずいた。心労を察したディートリヒも、それ以上、主人に話しかけることはなかった。
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諮問会議が開かれてから数時間後、一般人に向けても、馬上試合の正式な種目が発表された。
結果は俺たちの予想どおり。これですべての情報が出揃ったことになる。
競技の順番は、ランタンレースから始まり、モンスター狩り・馬上弓術・騎乗試合と続いて、牧羊競争が最後にあたる。
エオガリアス家の命運を分けるのは、もちろん、テゾナリアス家との一騎打ちになる騎乗試合だ。この種目に限っていうなら、ワグトリアス家のことは考えなくていい。
短期間の稽古によって、ディートリヒがどのくらい成長したのかをスザクに尋ねれば、思いのほか悪くないという答えが返って来る。
テゾナリアス家の陣営から、出場する可能性の高い相手は、ケラハーという女の騎士だ。俺はまだ彼女に会ったことがないので、プロフィールの詳細は分からない。家畜の件で忙しかったことを抜きにしても、不用意に自警団に接触するのは怪しまれるだろうと、ドロシーからアドバイスを受けたためだった。
日頃から魔物との戦いに明け暮れる騎士団の中でも、ケラハーは相当に強いらしい。土壇場での対策になってしまうが、当日、実際に彼女の姿を確認してから、弱点などをディートリヒに伝える形になるだろう。
そんなことを俺が計画していれば、ディートリヒの成長に関する所感を、スザクが続けていた。
「……ただ、万全を期すのであれば、強めの武器が欲しいところですね」
良くも悪くも、ディートリヒは堅実な騎士だ。魔法やスキルといった、特殊な攻撃方法で戦うわけじゃない。ビルキメから馬を借りるので、そのぶんのアドバンテージはあるものの、もっと下駄を履かせたいということらしい。
その気持ちは俺もよく理解できるのだが、今からでは手遅れだろう。この町に都合よく、目覚ましい業物が残っているとは思えない。
「スザクが持っているやつじゃダメなの?」
「……そこいらのものよりはマシでしょうが、私以外とは相性が悪いようです。私には理由がよく分からないのですが……」
理由は明白な気がした。
なんなら、スザクのいかれた運動性能にしてみれば、どんな棒きれでも名刀に早変わりするので、使い手の感想さえ、なんの参考にもならない。
そうやって、戦力の底上げに行き詰まっていると、ドロシーがふと思いついたように声を上げる。
「戦っている最中に、自分の武器が壊れちゃったときって、どういう扱いになるんですか?」
ルールの概要からでは読み取れない、細かな質問。
実際に出場した人にしか分からない内容には、微笑を浮かべたエスメラルダが応じていた。
「その場合には、武器の交換が認められています。ただし、そのために試合が中断されるわけではありませんので、普通は得物を弾かれた時点で、敗北が決まってしまいますね。取りに行こうとしたところを、相手に攻撃されます」
深くうなずいたドロシーが、俺のほうに力強い視線を向ける。
「それなら、スザクさんがいるので、どうにか間に合うかもしれませんね」
「えっと……」
彼女の言わんとしていることが分からず、俺はドロシーが続きの言葉を話すのを待った。戦力の底上げという話と、武器の交換という話が、俺の中で結びつかなかったんだ。だってまだ、肝心の名刀さえ手に入れられそうにない。
「何って、前に言っていたじゃありませんか。聖剣が封じられている、本物の洞窟を見つけたって」
「それって……」
それは渚瑳の町で、肝試しをしたときの話だ。本当は世界攻略指南で調べたことだが、ユリアーネと会っているときに見つけたと、嘘をついた覚えがある。
⦅朧影の巣⦆。
ドロシーの指している洞窟とは、⦅渚瑳の森⦆のダンジョンのことにほかならない。ここならば、確かに聖剣が放置されているだろう。過去の剣豪、新島渚瑳の使っていたものだ。普通の人には、洞窟の入り口さえ、発見するのが困難なので、すでに誰かに取られているといった心配もない。
だが、試合当日は4日後にまで迫っている。つまり、残り3日で、渚瑳の町まで往復して、⦅朧影の巣⦆を攻略しなければいけないということだ。
あまりの無茶難題に、俺は息を飲んでいた。
「……」
希望的な推測でも、馬上試合の当日に戻って来られるかどうかだろう。運が悪ければ、肝心の騎乗試合が、開始されていることだってありうる。先ほどの、試合途中で武器を交換するというドロシーの発言は、間違いなく、それを踏まえてのものだろう。要するに、ディートリヒの勝敗がついてしまう前に、渚瑳の使っていた虎獟を持って来て、剣をチェンジしろというのだ。
最速で⦅朧影の巣⦆を攻略する。
このためには、世界攻略指南が必須だ。俺は必ず、スザクと共にダンジョンに挑まなければならない。
それはつまり、当座で世界攻略指南を使って、相手のデータを調べることができない、ということを意味している。当日のケラハー対策はおろか、途中の試合すべてを、ドロシーたちに任せることになる。不測の事態を打破するため、世界攻略指南を使うということが、できなくなるのだ。
「……いいの?」
俺は悩んだ。
世界攻略指南は間違いなく、規格外のスキルだ。前々から、とんでもない効果だとは思っていたが、ドロシーから不羈の話を聞いて確信できた。使い手が俺じゃなければ、それこそ天下を取れていたに違いない。
裏を返せば、俺が使っても相応に強力だということで、盤石の状態で馬上試合に臨むためには、世界攻略指南が必要なように思えた。
だが、ドロシーは俺を安心させるように、恭しくスカートの端を摘まんで持ちあげてみせる。
「お任せを」
「……。分かった。ドロシー、お前に任せるよ」
その返事で、俺は全幅の信頼を置くことができた。ドロシーは俺なんかより、よっぽど優秀なメイドだ。そんな彼女が大丈夫だというのであれば、これ以上、どこに悩む理由があるというのか。
そうと決まれば、話は早い。
スザクがどれだけ超人であっても、俺を負ぶる関係上、フルパワーで移動はできない。俺の体がもたないからだ。これからの時間は、1秒も無駄にできなかった。
「行こう、スザク!」
スザクに声をかけ、俺はドロシーに見送られながら、ディートリヒの邸宅をあとにしていた。
巴苗の町を出ようとする際、俺たちのことを見かけた女が、こちらに小走りで近寄って来る。誰かと思ってまじまじと見返せば、なんてことはない。ビルキメだった。
「ゼンキチ、待って! 今さら、どこに行くつもりなのよ?」
「ごめん、ちょっとだけ用事があるんだ」
「そう……。でも、ちょうどよかったわ。渡したい物があったから」
試合で使う馬の汍瀾だろうか?
……それにしては、ちょっと早い気が。
俺たちに馬匹の世話なんかできないだろう。試合まで、ンラウィルド族で預かってもらっていたほうが、よっぽどいい。
とんちんかんな考えを俺が巡らせていれば、すぐさまビルキメが、俺の腕に1本の赤いスカーフを巻きつけていた。
「……これはなんだろう?」
彼女の意図が分からなくて、俺は呆けたようにビルキメに聞き返す。
「勝つための、おまじない。本当は木の枝に結ぶものなんだけど、巴苗の町にはあんまり高い木ってないから」
元々、ビルキメのいるンラウィルド族は、巴苗の町の出身者ではない。彼女の故郷では、そのような文化があったのかもしれないと、俺は見たこともない異国の情景を、一瞬、頭に思い浮かべていた。
「ありがとう……でも、俺はエオガリアス家の人間じゃないから、レースには出られないよ?」
同じワグトリアス家の陣営とさえ、ンラウィルド族は、うまくコミュニケーションを取れていなかったのだ。積極的に、グラントリーを助けようとしている俺のことを、エオガリアス家の人間だと誤解するのも、無理はない。
「……早く言いなさいよ」
恥ずかしそうに頬を赤らめたビルキメが、俺の腕からスカーフを解こうとするので、俺は慌てて彼女から距離を取った。
「嫌だ! もう、これは俺のものだ!」
たとえ、ビルキメの勘違いだったとしても、女子からもらった物を簡単に手放す俺ではない。
戦勝をまじなうためのものなのだから、俺が持っていても意味がないだろうと言いたげに、ビルキメがひと際大きなため息をつく。
そうして、苦笑を浮かべると、ビルキメもまた俺たちのもとを離れていった。
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