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58 俺、ドロシーたちと作戦会議を開く。

✿✿✿❀✿✿✿




 ゼンキチが酒場でカリナと出会った翌々日、巴苗(はなえ)の町では、定例となる諮問会議が行われようとしていた。


 会議の開かれる場所は、町の中心にある集会所だ。平時、ここはどの領主にも属さない共有地として、旅人を含めた各人が、自由に使えることになっているが、会議の日に限っては、関係者以外の立ち入りが厳しく制限される。


 この諮問会議に出席するのは、領主の代表がそれぞれ1人ずつ。加えて、代表を補佐・警護するための人間が1人ずつの、合計6人だ。例えば、エオガリアス家からはグラントリーの控えに、ディートリヒが参加しているという具合である。


 議題の内容は多岐に渡るが、臨時で開会するほどのビッグニュースが、なかったことからも分かるように、そのどれもが細々(こまごま)とした内容のものであった。


 町の防衛に務めるテゾナリアス家の男が、いかにも自分たちが一番に、巴苗(はなえ)の町に尽くしているとでも言いたげに、重苦しく口を開く。いかめしい態度の割に、その口元に(ひげ)はなく、己が新時代のリーダーであると、いつまでも気取っているらしく、身なりや服装にも妥協は見られない。


 だが、若々しさを求めた顔面と荘厳な服装は、残念ながらミスマッチであろう。テゾナリアス家の領主という肩書きがなければ、住民の失笑を買ったに違いない。


「近頃、リーフスライムが牧草地に頻出しており、家畜にも被害が出ていると聞く」


 スライムの中に、木材に触れて、木材の性質を獲得したウッドスライムという物があった。リーフスライムも、同様のものであると考えてよい。すなわち、葉っぱに触れて、葉っぱの性質を獲得したスライムが、リーフスライムである。おまけに、ウッドスライムに比べれば、運動性能・硬度ともに半分以下。あまりに貧弱なステータスという、散々な出来()えだ。だが、葉っぱに擬態していることが多く、不意を()かれて襲われるという被害が、跡を絶たない。無論、そこには相手が貧弱であるがゆえに、恐れるに足らないという油断があるのもまた、疑いようのない事実だった。


 なお、いくら葉っぱに擬態しているからといっても、家畜がリーフスライムをうっかり食べることはない。大抵の場合には、口に含む前に魔物であることに気がつくし、そうでなかったしても、(くわ)えた物の異変に気がつくので、すぐに吐き出すのだ。ゆえに、これが疾病の原因でないことは、ゼンキチが予想したとおりであった。


「少しリーフスライムと様相は異なるのだが、魔物のほうから襲撃を受けるというケースとして、新たに報告が上がるようになったモンスターを、諸君にも紹介したい」


「ふむ、新種という意味ですかな?」

「あぁ……。いくら魔物の討伐が私たちの専業といえども、諸君と情報を共有することは、決して無駄ではないだろう。……これはウサギ型の魔物で、体長は30cm程度。背中の皮が緑と茶に色づいているため、これが原因で、草原内での目視での発見を難しくしている」


「ランクのほうは、どのようにお考えに?」


 モンスターに対するランクを設定しているのは、北菔鳳(ほくおう)らを会員とする魔物討伐協会だ。新種のものといえども、その例外ではない。しかしながら、魔物のステータスや行動パターンから、ある程度までの推測は可能になる。ワグトリアス家の領主は、テゾナリアス家としての考えを聞こうとしていたのだ。


「邪法を確認しているので、Bランクに相当するだろう。プラス・マイナスについては、魔物討伐協会の決定を待たなければならないが、体感だとB+に思える。また、夜間に襲われた事例が少ないため、こいつは昼行性であるとも考えられる。諸君も無関係ではいられないだろう。くれぐれも注意して欲しい」


「……なるほど。しかし、いつまでも『こいつ』と呼ぶのは不便ですな。たしか、新種の魔物には、発見者に命名権が与えられる場合があると聞きましたが、どうでしょう? ここは、アドラム殿が名づけてみてはいかがですかな?」


「私が?」

「ほかにいないでしょう!」


 そう言って、ワグトリアス家の領主が、大げさに手を挙げて笑う。

 実のところ、その台詞(せりふ)はテゾナリアス家が望んでいたものであり、アドラムは(せき)ばらいをひとつすると、この日のために考えて来ていた案を口にしていた。


「そうだな……私はこれをグラスランナーと命名したい」

「いい名前ですな」


 ワグトリアス家の追従に、アドラムが満足げにうなずく。

 テゾナリアス家からの話題が終わると、続いてワグトリアス家からの報告が始まった。建物や道路の破損状況といった、町の経済に関わるもので、当然ながら、ここでも芸術に関する話題はのぼらない。すでに巴苗(はなえ)の町には、地元の芸術を育てようという意思が、完全に失われていた。


 エオガリアス家からの報告は、ないのが妥当とでもいうように、テゾナリアス家の当主が、机の上で組んでいた手を仰々しく組み替える。


「さて、もうまもなく今期の馬上試合が開催される。諸君も知っているとおり、優勝者の馬は巴苗(はなえ)様に捧げるのが決まりだ。だが、いざ巴苗(はなえ)様に捧げようという場面で、肝心の馬の墓が汚れていては、私たちの面目は丸つぶれだろう」


「ふむ、おっしゃるとおりですな」


 アドラムの嫌味に気がつかなかったワグトリアス家は、純粋にテゾナリアス家に同意する。


「……墓はエオガリアス家の管轄だ。グラントリー殿、墓の清掃はどうなっているだろうか? 失礼だが、手間取っているようならば、私たちには掃除を手伝う用意がある。もちろん、これを他家に対する干渉などとは、思わないで欲しい。私たちも馬上試合を成功させたいのだ。そのために、ささやかな協力をするくらい、当然の行動だろう?」


 アドラムの発言は、言葉こそ丁寧であるが、そこには落ちぶれたエオガリアス家に対する、優越感が隠れていない。慇懃(いんぎん)無礼という文句が似合うほどである。


 しかし、勝ち誇るアドラムの期待に反して、それは無用なお節介であった。暇を見て、ドロシーが掃除を手伝ったので、墓地はすでにピカピカになっていたのである。ゼンキチが巴苗(はなえ)の町に滞在していなければ、エオガリアス家だけでは手が回らなかっただろうが、今はもう違うのだ。


 ゆえに、グラントリーはおもむろに首を横に振る。


「いいや、問題ない。エオガリアス家のお役目として、墓の清掃は滞りなく完了している」


 普段とは違う堅苦しい言葉づかい。

 努めて、不慣れな言い回しをしなければならない負担に、グラントリーの神経は疲弊したが、それでもどうにか、毎回、諮問会議の間だけは乗りきって来た。根本的に、発言の回数が極端に少ないことも、この点に限っていえば、プラスの方向に働いていたといえる。


 しかし、今日も同じにするわけにはいかない。これからグラントリーは、この場でワグトリアス家がひた隠しにしている、疫病の事実を公表するつもりだからである。


 自分の予想とは、まるで異なる返事。

 意表を()かれたテゾナリアス家の当主が、決まりが悪そうに喉を鳴らす。


「……そうか。これは失礼した。それでは、特段の支障もないようなので、続いて、馬上試合の種目について、諸君の希望を尋ねたい。私たちは今期も騎乗試合を望む」


「手前どもも例年どおり、牧羊競争を……グラントリー殿も、いつもどおりですかな?」


 ワグトリアス家の男がにこやかに尋ねる。アドラムと違って、そこに明確な悪意は存在しない。だが、テゾナリアス家とは違う種類の優越感があるのは、否定しがたい事実だろう。つまり、エオガリアス家がいるうちは、最下位にならずに済むという安心感である。


 静かに、グラントリーはワグトリアス家の催促を拒んだ。


「いいや、我々はランタンレースを希望する」

「ほぅ……ランタンレースですか。そういえば、久しくやっておりませんでしたな。これは趣向が変わって、観客たちも喜ぶことでしょう。素晴らしい提案です!」


 必要以上にグラントリーの意見を持ちあげるのは、もちろん、エオガリアス家におべっかを使っているわけではない。相応の(うま)みがあるためだ。


 エオガリアス家の希望する競技が、少々定例と変わったところで、ワグトリアス家が2位の位置を取れることは、依然として変わらない。そうである以上、ワグトリアス家としては、観客が町で落とす硬貨の量のほうが、大事になって来るのである。客が盛りあがれば、それに呼応するようにして、盛り場での散財が増えることは、想像にかたくない。


 だが、歓迎するワグトリアス家とは対照的に、アドラムは不審そうにグラントリーのことを見返した。


(なぜ、ここに来て種目を変更する必要がある?)


「……何か?」


 力強く横目で牽制するグラントリー。

 さすがに、他家の方針に干渉することはできず、すぐさまアドラムはかぶりを振っていた。


「いや、私たちはこの町を対等に治める領主だ。どのような理由であれ、口出しすることはできないさ。では、今年は挙げられた3種目を任意競技とする。……これにて閉会だ」


「少し待っていただきたい」


 椅子から立ちあがろうとしたアドラムが、意識的に間を置いてからグラントリーを見返す。自分の思いどおりに会議が進まなかったことが不満で、どうにかして自分のペースに戻そうとしているのだ。


「いいや、我々が問題にしたいのは、テゾナリアス家ではない。ワグトリアス家の不祥事についてだ。今、ここではっきりと訳をお聞きしたい。いつまで待っていても、中々、口を開いてくれないようなので、単刀直入に尋ねさせてもらおう。なぜ、家畜の疾病について黙っているのだ?」


「なぜ、それを!」


 途端に気色ばむワグトリアス家。

 取るに足らない子供だと思っていたグラントリーに、自家の不名誉を指摘され、ワグトリアス家は分かりやすくたじろいだ。


 その様子を見るにつき、グラントリーの指摘を、ただの妄言と一蹴できなかったアドラムは、ワグトリアス家を(とが)めていた。


「……どういうことだ? 説明してもらおうか」


 表向き、巴苗(はなえ)の町は3つの領主が対等に治めている。

 だが、その中でも自分たちが一番に、町の統治に尽力していると(おご)っていたアドラムは、町の近況について知らないことが許せない。ましてや、力の衰えたエオガリアス家に、情報で先を越されたなどというのは、間違ってもあってはならない事態だった。


 しかし、素早く問い詰めるアドラムに、ワグトリアス家は明確な拒絶で臨む。当然だ。どれだけアドラムが統治者を自認していようとも、家畜に関する問題はワグトリアス家の管轄。そこを追及しようとするのは、他家の方針に対する明確な干渉にあたる。


「……。現在、調査中であります。それに、いくらアドラム殿といえども、これはワグトリアス家の問題。他家の事情に首を突っこむことは、控えていただきたいですな!」


 もっとも、解決に乗り出しているかのように、口では言うワグトリアス家だったが、実際のところは、何も進んでいないに等しかった。被害の状況を把握しているので、当然ながら、疾病が蔓延していることだけは理解していたが、遊牧民と定牧(ていぼく)民の間の対立が、想定以上に激化してしまったため、調査などはとてもしていられなかったのである。


「……」


 余計なことを言ってくれたとばかりに、ワグトリアス家は、苦々しい表情でグラントリーのことを(にら)みつける。逃げだすようにして、会議室から出ていくワグトリアス家の当主に続いて、事務の女も外へと向かう。退出する際、グラントリーに目礼をしたのは、彼女なりに家畜の件で思うところがあったためだ。早い話が、主人たちに代わって、エオガリアス家が疫病の調査を始めたことに、気がついたのである。


 ワグトリアス家が強引に話を終わらせたことで、今日の会議は閉会となった。腹立たしくはあったものの、最低限、大人としてのふるまいを維持しようと、アドラムも鷹揚(おうよう)な足取りで会議室をあとにした。ディートリヒと2人だけになった室内で、グラントリーが大げさにため息をつく。


「お疲れさまでした」


 労いの言葉に、グラントリーは力なくうなずいた。心労を察したディートリヒも、それ以上、主人に話しかけることはなかった。




✿✿✿❀✿✿✿




 諮問会議が開かれてから数時間後、一般人に向けても、馬上試合の正式な種目が発表された。

 結果は俺たちの予想どおり。これですべての情報が出揃(でそろ)ったことになる。

 競技の順番は、ランタンレースから始まり、モンスター狩り・馬上弓術・騎乗試合と続いて、牧羊競争が最後にあたる。


 エオガリアス家の命運を分けるのは、もちろん、テゾナリアス家との一騎打ちになる騎乗試合だ。この種目に限っていうなら、ワグトリアス家のことは考えなくていい。


 短期間の稽古によって、ディートリヒがどのくらい成長したのかをスザクに尋ねれば、思いのほか悪くないという答えが返って来る。


 テゾナリアス家の陣営から、出場する可能性の高い相手は、ケラハーという女の騎士(ナイト)だ。俺はまだ彼女に会ったことがないので、プロフィールの詳細は分からない。家畜の件で忙しかったことを抜きにしても、不用意に自警団に接触するのは怪しまれるだろうと、ドロシーからアドバイスを受けたためだった。


 日頃から魔物との戦いに明け暮れる騎士団(ナイト・コー)の中でも、ケラハーは相当に強いらしい。土壇場での対策になってしまうが、当日、実際に彼女の姿を確認してから、弱点などをディートリヒに伝える形になるだろう。


 そんなことを俺が計画していれば、ディートリヒの成長に関する所感を、スザクが続けていた。


「……ただ、万全を期すのであれば、強めの武器が欲しいところですね」


 良くも悪くも、ディートリヒは堅実な騎士(ナイト)だ。魔法やスキルといった、特殊な攻撃方法で戦うわけじゃない。ビルキメから馬を借りるので、そのぶんのアドバンテージはあるものの、もっと下駄を履かせたいということらしい。


 その気持ちは俺もよく理解できるのだが、今からでは手遅れだろう。この町に都合よく、目覚ましい業物(わざもの)が残っているとは思えない。


「スザクが持っているやつじゃダメなの?」

「……そこいらのものよりはマシでしょうが、私以外とは相性が悪いようです。私には理由がよく分からないのですが……」


 理由は明白な気がした。

 なんなら、スザクのいかれた運動性能にしてみれば、どんな棒きれでも名刀に早変わりするので、使い手の感想さえ、なんの参考にもならない。


 そうやって、戦力の底上げに行き詰まっていると、ドロシーがふと思いついたように声を上げる。


「戦っている最中に、自分の武器が壊れちゃったときって、どういう扱いになるんですか?」


 ルールの概要からでは読み取れない、細かな質問。

 実際に出場した人にしか分からない内容には、微笑を浮かべたエスメラルダが応じていた。


「その場合には、武器の交換が認められています。ただし、そのために試合が中断されるわけではありませんので、普通は得物を(はじ)かれた時点で、敗北が決まってしまいますね。取りに行こうとしたところを、相手に攻撃されます」


 深くうなずいたドロシーが、俺のほうに力強い視線を向ける。


「それなら、スザクさんがいるので、どうにか間に合うかもしれませんね」

「えっと……」


 彼女の言わんとしていることが分からず、俺はドロシーが続きの言葉を話すのを待った。戦力の底上げという話と、武器の交換という話が、俺の中で結びつかなかったんだ。だってまだ、肝心の名刀さえ手に入れられそうにない。


「何って、前に言っていたじゃありませんか。聖剣が封じられている、本物の洞窟を見つけたって」

「それって……」


 それは渚瑳(なぎさ)の町で、肝試しをしたときの話だ。本当は世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)で調べたことだが、ユリアーネと会っているときに見つけたと、(うそ)をついた覚えがある。


 ⦅朧影(おぼろかげ)の巣⦆。

 ドロシーの指している洞窟とは、⦅渚瑳(なぎさ)の森⦆のダンジョンのことにほかならない。ここならば、確かに聖剣が放置されているだろう。過去の剣豪、新島(にいじま)渚瑳(なぎさ)の使っていたものだ。普通の人には、洞窟の入り口さえ、発見するのが困難なので、すでに誰かに取られているといった心配もない。


 だが、試合当日は4日後にまで迫っている。つまり、残り3日で、渚瑳(なぎさ)の町まで往復して、⦅朧影(おぼろかげ)の巣⦆を攻略しなければいけないということだ。


 あまりの無茶難題に、俺は息を飲んでいた。


「……」


 希望的な推測でも、馬上試合の当日に戻って来られるかどうかだろう。運が悪ければ、肝心の騎乗試合が、開始されていることだってありうる。先ほどの、試合途中で武器を交換するというドロシーの発言は、間違いなく、それを踏まえてのものだろう。要するに、ディートリヒの勝敗がついてしまう前に、渚瑳(なぎさ)の使っていた虎獟(こぎょう)を持って来て、剣をチェンジしろというのだ。


 最速で⦅朧影(おぼろかげ)の巣⦆を攻略する。

 このためには、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)が必須だ。俺は必ず、スザクと共にダンジョンに挑まなければならない。


 それはつまり、当座で世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)を使って、相手のデータを調べることができない、ということを意味している。当日のケラハー対策はおろか、途中の試合すべてを、ドロシーたちに任せることになる。不測の事態を打破するため、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)を使うということが、できなくなるのだ。


「……いいの?」


 俺は悩んだ。

 世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)は間違いなく、規格外のスキルだ。前々から、とんでもない効果だとは思っていたが、ドロシーから不羈(イリーガル)の話を聞いて確信できた。使い手が俺じゃなければ、それこそ天下を取れていたに違いない。


 裏を返せば、俺が使っても相応に強力だということで、盤石の状態で馬上試合に臨むためには、世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)が必要なように思えた。


 だが、ドロシーは俺を安心させるように、(うやうや)しくスカートの端を摘まんで持ちあげてみせる。


「お任せを」

「……。分かった。ドロシー、お前に任せるよ」


 その返事で、俺は全幅の信頼を置くことができた。ドロシーは俺なんかより、よっぽど優秀なメイドだ。そんな彼女が大丈夫だというのであれば、これ以上、どこに悩む理由があるというのか。


 そうと決まれば、話は早い。

 スザクがどれだけ超人であっても、俺を負ぶる関係上、フルパワーで移動はできない。俺の体がもたないからだ。これからの時間は、1秒も無駄にできなかった。


「行こう、スザク!」


 スザクに声をかけ、俺はドロシーに見送られながら、ディートリヒの邸宅をあとにしていた。

 巴苗(はなえ)の町を出ようとする際、俺たちのことを見かけた女が、こちらに小走りで近寄って来る。誰かと思ってまじまじと見返せば、なんてことはない。ビルキメだった。


「ゼンキチ、待って! 今さら、どこに行くつもりなのよ?」

「ごめん、ちょっとだけ用事があるんだ」

「そう……。でも、ちょうどよかったわ。渡したい物があったから」


 試合で使う馬の汍瀾(かんらん)だろうか?

 ……それにしては、ちょっと早い気が。

 俺たちに馬匹(ばひつ)の世話なんかできないだろう。試合まで、ンラウィルド族で預かってもらっていたほうが、よっぽどいい。


 とんちんかんな考えを俺が巡らせていれば、すぐさまビルキメが、俺の腕に1本の赤いスカーフを巻きつけていた。


「……これはなんだろう?」


 彼女の意図が分からなくて、俺は呆けたようにビルキメに聞き返す。


「勝つための、おまじない。本当は木の枝に結ぶものなんだけど、巴苗(はなえ)の町にはあんまり高い木ってないから」


 元々、ビルキメのいるンラウィルド族は、巴苗(はなえ)の町の出身者ではない。彼女の故郷では、そのような文化があったのかもしれないと、俺は見たこともない異国の情景を、一瞬、頭に思い浮かべていた。


「ありがとう……でも、俺はエオガリアス家の人間じゃないから、レースには出られないよ?」


 同じワグトリアス家の陣営とさえ、ンラウィルド族は、うまくコミュニケーションを取れていなかったのだ。積極的に、グラントリーを助けようとしている俺のことを、エオガリアス家の人間だと誤解するのも、無理はない。


「……早く言いなさいよ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめたビルキメが、俺の腕からスカーフを解こうとするので、俺は慌てて彼女から距離を取った。


「嫌だ! もう、これは俺のものだ!」


 たとえ、ビルキメの勘違いだったとしても、女子からもらった物を簡単に手放す俺ではない。

 戦勝をまじなうためのものなのだから、俺が持っていても意味がないだろうと言いたげに、ビルキメがひと際大きなため息をつく。


 そうして、苦笑を浮かべると、ビルキメもまた俺たちのもとを離れていった。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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