50 俺、巴苗の町の政治について詳しく知る。
騎乗したディートリヒに案内され、俺たちは一軒の邸宅を訪れていた。
くり返しになるが、ディートリヒはエオガリアス家に仕える騎士だという。
騎士といっても決して金持ちではないようで、家はこぢんまりとしていた。さすがに、グラントリーの屋敷とは比べられない。
当たり前のように騎士だと紹介されたが、正直、俺は騎士という物がよく分かっていなかった。なんとなくはイメージできるのだが、はっきりと、こうと説明できるだけの知識がない。……なんか恰好いいんでしょ?
促されるようにして、俺たちはディートリヒの邸宅へと入っていく。
屋内に入ったことで、ディートリヒが兜を脱いだ。そうして、今までは隠されていた素顔が露わになる。
「わぁ、カッコいい……」
俺の横でドロシーが感嘆の声を上げている。
悔しいが、確かに、ディートリヒは金髪のイケメンだった。
……まずいぞ。俺はもうディートリヒのことが嫌いになりつつある。
顔面格差を歴然と示された俺は、むっとしてディートリヒに難癖をつけていた。
「冒険者がいれば、騎士なんていう職業はいらないんじゃないのか?」
あからさまな嫌がらせに、ドロシーが俺を白眼視していたが、ここで引くわけにはいかない。でかい態度を取られないよう、ここでぎゃふんと言わせる必要があるのだ。
実際、ドラ=グラなどがあれば、魔物の討伐だけでなく、治安の維持にさえ効果的であることは、よく知られている。そのため、小さな集落では、ドラ=グラの支部1つで済ませていることさえあると聞く。
だが、ディートリヒは明確に俺の意見を否定した。
「いえ、そういうわけでもありません。騎士と冒険者ではまるで役割が違います。冒険者というのは、報酬をもらって依頼をこなす人たちのことですが、我々騎士は、特定の家系に忠誠を誓っているんです。また、その役目も多くが自治にあり、仕事が大変だからといって、冒険者のように気軽に町を離れることはできません。もちろん、その見返りとして、集落では強い身分が保障されていますが、例えるならば、同じ武具であっても、盾と矛程度には差があるんです」
それ見たことかと、無関係なはずのドロシーが、どや顔で俺のことを見つめた。俺に味方はいないのかと周囲を見回すが、ため息を吐くベロニカを見つけただけだった。
……クソ。俺が完全に悪者じゃねぇか。
実際にそのとおりなのだから、ぐうの音も出ない。
間を置かず、奥のキッチンから小柄な女が登場する。盆の上にティーカップを載せたまま、彼女は柔和に微笑んだ。
「あら、ディートリヒくん。そこまで説明したのであれば、騎士には2種類あるという話も、したほうがいいんじゃないかしら?」
彼女の接近に、慌てたようにベロニカが深々と頭を下げた。どうやら、ベロニカが来る以前に、エオガリアス家で働いていた元メイドらしい。母親を早くに亡くしたグラントリーにとっては、母親代わりの人でもあったようで、このエスメラルダの登場には、グラントリーでさえも背筋をぴんと伸ばしていた。
念のために言えば、ディートリヒとエスメラルダは、特別な間柄ではない。家族でもなければ、恋人同士とも違うらしい。単にディートリヒがグラントリーを招くつもりだったので、エスメラルダに、食事などの準備を手伝ってもらったとのことだ。
「聖騎士ですか……。エスメラルダさんもまた、複雑な話題をお出しになるんですね」
困ったようにディートリヒが顔を歪ませる。
イケメンの窮地ほど、俺にとって喜ばしいこともないが、なぜかドロシーもちょっと頬を赤らめていた。それを見て、俺の喜びは一気に冷めた。無論、女が喜ぶことは歓迎するべきだ。だが、相手がイケメンであるならば、せめて俺の身近な女でないことが条件だろう。
……分かっているよ。別に、ドロシーと俺はなんの関係もねぇよ。というか、ベロニカを含めて誰ともそんな関係じゃねぇよ。うるせぇな。自分で言っていて、悲しくなって来た。
そんな俺とは対照的に、エスメラルダが口元に拳をあてて、いたずらっぽく笑う。
「失礼。ついつい自分のほうにまで、話が聞こえて来てしまったものですから」
苦笑で応じたディートリヒが、咳ばらいを1つしてから再び口を開く。
「聖騎士と騎士は全くの別物です。私も決して詳しいわけではないのですが、忠誠の対象が家系ではなく個人にあります。特に、聖女であるとされていますが、あいにくと私は聖女をじかに見たことがありません。高貴な女性という意味合いなのでしょうか? 聖騎士の能力は、とりわけて低いとされているので、どうやってそんな人物が聖女を護衛するのか、私にはまるで判然としません」
聖騎士という偉大な名前に反し、ボロカスな評価を受けていることに、俺は素直に驚いていた。あるいは実態は違うのかもしれないが、それにしては悪評が甚だしい。同じ騎士として、ディートリヒに思うことがあるのかは不明だが、信頼してもよいものか微妙に悩む。
……あとで軽く、世界攻略指南を調べてみるか。
そうやって俺が行動の計画を立てていれば、ディートリヒの説明を聞いたドロシーが、ふと俺に耳打ちをして来る。
「気のせいでしょうか? ご主人様。私、何やら心あたりがあるんですけど」
言われて、俺も思い出す。
巴苗の町に来る道程で、助けた3人の男たちがいたではないか。ロングフェローが守っていたのは、いかにも高貴な身分の女であったし、何よりも能力がめちゃんこ低かった。それでも俺よりは高そうなのは、わざわざ言わなくても常識だろう。
……なるほど。聖騎士の評価は間違いじゃなかったのか。
ザブカルに慣れ親しんでいた身としては、聖騎士という名前に思い入れがあったので、ちょっとがっかりするのを避けられなかった。だが、まぁ、事実は事実として受け入れるよりほかにない。
「話が脱線しましたね。なぜ、エオガリアス家が、今のようなありさまになってしまったのか。これについて話をしていたんでした」
そうだった。
俺が余計な茶々を入れたせいで、すっかりと忘れてしまっていた。
姿勢を正して、俺もディートリヒの言葉に耳を澄ませる。
「元々、巴苗の町には芸術が盛んではありませんでした。この町で盛んだったのは、巴苗様に象徴される騎馬文化なのです。しかし、いくら文化という名前がついているからといっても、教育の現場で、実際に乗馬の仕方を教えるわけではありません。エオガリアス家が担当していたのは、騎馬の歴史や風習といった、学業的な面に限られていたのです。特に重要だったのは、墓地の管理でしょうか」
「ん、墓地?」
文脈にそぐわない発言に、俺はオウム返しで尋ねていた。
一瞬、俺の聞き間違いかとも思ったが、そうではないだろう。確実に、ディートリヒは墓だと発言していた。
「はい。一般的ではないかもしれませんが、巴苗の町では馬を埋葬する文化があるんです。これは元々、巴苗様が、自身の愛馬を丁重に埋葬したことに、由来しているのですが、何はともあれ、騎馬文化の実態とエオガリアス家の役目は、離れた位置にあったといえるでしょう。その一方で、町の防衛はテゾナリアス家が司っています。当然、防衛の活動には馬を使うことになるため、おのずと、馬の乗り方を教えるのも同家の役目になりました。町の発展に伴う地元の芸術の衰退と、これらの要素が複合的に融合することで、エオガリアス家もまた、衰退していってしまったのです。私たちの根底にあるのは騎馬文化ですので、それをどれだけ修めているのかが、町での発言力に直結します。たとえ、グラントリー様のお造りになられた札が、今以上の流行を見せたとしても、一朝一夕には、権力を取り戻すことができないでしょう」
最後の発言をしたとき、ディートリヒは悲しげに目を閉じていた。主君のやることを否定はしないが、内心、よくは思っていないのだ。
だが、俺にとって重要だったのは、騎馬文化に対する習熟度が、町での発言力を決めるという構造のほう。
平たく言えば、このルールは公平ではないと疑問を抱いたのだ。
「ちょっと待ってよ。騎馬文化は、町の防衛に関わっているテゾナリアス家が、得やすい状態にあるんだろう? それなのに、どれだけ文化を修めているかっていう度合いで、発言力が決まっちゃうの? どう考えても、テゾナリアス家が有利じゃないか!」
俺の疑問は自然なものだと思ったのだが、実際に、町で生活しているディートリヒにしてみれば、あまりにも当たり前の事実だったらしい。予想外の指摘を受けたとでも言いたげに、少しの間、沈黙を保っていた。
「……はい。見方によっては、そういう面があることも、否定できないのかもしれません。しかしながら、町民はそれに納得していますし、私も異を唱えるつもりはありません。巴苗様の教えは、私たちの心に浸透しています。これを否定することは、私たちの存在そのものを否定するのと同じです」
厳然と立ちはだかる文化の壁。
文化の違いという事実を盾にされてしまえば、俺としても、それ以上は深く追求することができなかった。
殊、文化という土俵にあっては、俺は外野の人間以外の何者でもない。
殺人を文化にしているとかであれば、もちろん止めるつもりだが、そういった現代の価値観からは、許容することができないものを除けば、俺に異論を挟む資格はない。
高すぎる課題だ。
言葉を選ばずにいえば、地元の芸術はオワコン。その方面で、エオガリアス家に再興の目途はない。騎馬文化の観点でも、テゾナリアス家が抜きん出ている。
どこから手をつければいいのか分からない壁を前に、俺があわあわとうろたえていれば、まもなくドロシーが耳打ちをして来た。
「つまり、裏を返せば、担っている事業が成功していなくとも、騎馬文化で他家を圧倒できれば、ひとまずは発言力を回復できるということですよね? 家の強さと、町内での発言力は無関係なんですから」
思ってもみない糸口に、俺はドロシーのことを見返した。
「……そのとおりだ」
予想外の解決策に、俺は息を飲んでいた。
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