45 俺、エオガリアス家を訪れ、ベロニカと対峙する。
重たい足取りで、俺たちはエオガリアス家の屋敷へと向かっていた。
僅かに数えるほどだが、俺も道中で、グラントリーたちの歴史については調べてある。
巴苗の町は、3人の領主によって統治されている地域で、エオガリアス家はそのうちの1つにあたるものだ。それぞれの領主には役目があり、中でもエオガリアス家には、文化の管理が任されていた。
文化というのは、おおむね教育と芸術のことだ。
古くは地元の芸術も、平均的な賑わいを見せていたようだが、次第にほかの町が台頭。やがて衰退するようになり、文化を司っていたエオガリアス家の力も、いきおい弱まっていった。
これには主に2つの原因がある。
1つは、強大なライバルの出現だ。俺たちもすでに訪れている渚瑳の町は、海辺の町でありながら芸術を重要視しており、名を上げようとする画家や彫刻家といった文化人が、軒並み自分の町から出ていってしまった。近くに文化の栄えたライバルがいるというのは、産業としてはかなり厳しい。
もう1つは、交易の町として巴苗の町が発展してしまったこと。
良くも悪くも、要衝として経済が発展した巴苗の町には、自動的に芸術品も集まるようになる。金を払えば、いつでも優れた作品を手に入れられる、という町の状況は、自給自足の必要性を薄め、ますます地元の芸術家たちは育たなくなっていった。
なんともまぁ逆説的だが、町の発展が、エオガリアス家を廃れさせてしまったのだ。そしてそれは、グラントリーがよほどのクソ野郎でない限り、今回の一件はすべて、お家を再興するためだったことを意味している。やり方は絶望的なほどに間違っているが、その心境に、酌量の余地があることは認めなければいけない。
屋敷に到着。
市街地から極端に離れた場所に立っているのは、勢力が衰えたことの反映した結果なのだろう。
古風で貫禄のある佇まいの屋敷だが、ところどころ、手入れの行き届いていない様子が分かる。だが、現在はそうでもないようで、剥げた漆喰の度合いに反して、庭はずいぶんと整えられていた。
不安そうに屋敷を覗くドロシーに代わって、俺はドアノッカーを数度叩いて訪問を知らせた。
雰囲気からして、中に人はいるはずなのだが、こちらを不審がっているのか、まるで出て来ない。あるいは、俺たちの姿をどこからか観察しているのだろうか。
このままでは埒が明かないと、意を決したドロシーが姿を現し、もう一度叩き鐘を打ち鳴らす。
そうして、前方に向かって大きな声を張りあげた。
「ベロニカさん? ……ドロシーです」
引き続き、沈黙が訪れたが、微かに中で人の動く気配を感じた。
そこから、ややあってから、奥まった玄関の扉が開き、ドロシーと似たような恰好をした桑色の女が、おもむろに顔を出した。
きょろきょろ辺りを見回す女。
ドロシーを認めると、嬉しそうな声で答える。
「ドロシーじゃないか!」
歓迎するようにメイドの女が近づいて来るが、俺にはどうにも嘘臭かった。
……これがベロニカか。
年齢は、ドロシーと3つくらいしか離れていないとのことだが、ベロニカは、ドロシーよりも格段に大人の雰囲気を漂わせている。艶やかというよりも、腹黒い匂いがぷんぷんとするのだ。色っぽさがないわけでこそないが、スザク以上に仲良くなれなさそうな印象を抱く。
一歩一歩、着実にドロシーへと迫るベロニカだが、その歩みは、単刀直入の発言によって止められることになる。
「札のことで話をしに来ました」
挨拶もなしに本題に入ったのは、不安の裏返しだ。
ドロシーの気持ちを知ってか知らでか、明後日のほうへとベロニカは視線を向ける。
俺には一瞬、彼女の口元がため息を漏らしたようにも見えた。
「……なんのことだか、これっぽちも分からないね」
祈るような目でドロシーが元同僚を見つめるも、ベロニカは冷ややかな眼差しで応えるばかりだ。
その対応で、いよいよドロシーも踏んぎりがついたのだろう。握り固めた拳を前に突き出して、小さくファイティングポーズを取っていた。
「マルチゴーレムのことです! 知らないとは言わせません。……あなたを止めに来ました」
今度こそ、ベロニカが大きなため息を吐く。
「そうか……追って来ていたのは、あんたたちだったのか。残念だよ、ドロシー。まさか、あんたと敵対することになるなんてね」
それはたぶん本心なのだろう。ベロニカの目元が、過去を懐かしむように、束の間細められていた。
「私もです、メイド長!」
ドロシーの言葉に、ベロニカが地面に唾を吐いて、今度は疎むように目を細めた。
「だからもう、あんたのメイド長じゃないと言っているだろう!」
ほぼ同時に両者が走りだす。
自分でいうのもあれだが、うちのメイドは優秀だ。性格にちょっと難があるだけで、家事はそつなくこなすし、運動性能だって飛び抜けている。そこいらの暴漢くらいでは、負けることもない。
安心して見守ろうとした俺の頭に、いつかのドロシーの台詞が思い起こされた。
……あれ? そういえば、ドロシーのメイド仲間には、武闘派のメイドがいるっていう話じゃなかったっけ?
俺の単なる思い過ごしでなければ、それはこのベロニカだったような覚えがある。
「待て――ドロシー!」
援護しようとした俺が、相手のステータスを確認よりも早く、ドロシーはベロニカによって殴り倒される。
すぐさま、世界攻略指南を開く。
元メイド長ベロニカは、武闘派というだけあって、そのステータスは驚異の9.7。成人男性の2倍にも届かんとする勢いだ。
このままではいけないと、スザクに声をかけようとした刹那――俺の腕をソーニャがぐっと握っていた。恐ろしいほど冷たい声で、ソーニャが俺を鋭く睨む。
「やめろ……。どんな結果になろうとも、これはあいつの戦いだ。ダチの真剣勝負を茶化すつもりだってんなら、家族だろうと俺が相手になるぜ」
それは……そのとおりだと俺も思う。この闘争は、俺が安易に、首を突っこんではいけない種類のものだろう。一番は、ドロシーの気が晴れるかどうかだ。
アルバートのときと全く同じ。加勢の程度と、その方法には著しい制限がかかっている。
何も言えずに俺が口を閉じれば、その間にドロシーが立ちあがる。
いくらドロシーが男勝りだといっても、それよりも高い運動性能の相手に殴られれば、当然にダメージを負う。赤く染まった頬は痛々しく、唇の端から血が出ていた。
「ドロシー……」
2回目だ。
これで、俺がドロシーの血を流すのを見たのは2回目になる。その姿を見たとき、俺はこれ以上、ドロシーが血を流すようなら、スザクに介入を頼もうと決意した。
1度目でさえ軽く死にたくなったのに、傷口がはっきりと見えるぶんだけ、今度はそれよりもむごたらしい。
嫌なんだ。
たとえ、どれだけソーニャにぶん殴られようとも、腕をボキボキに折られたって構やしない。
見たくない。
目の前で、女が血を流しているのなんて、勘弁できない。差別主義者となじられたって、俺は断固として抗議を続けてやろう。女を殴らせるものなんか、どんな理由だろうと大嫌いだ。……拳闘士は殴りあうだろうって? ソーニャのことは、何も考えてなかった! 悪いか。俺は馬鹿なんだ! それがどうした、この野郎。流血した女を前にしても心が動かないなんて、お前それでも男かよ。
肩をぽきぽきと鳴らして、ストレッチをする余裕さえ見せながら、ベロニカが吐き捨てるようにドロシーに告げる。
「なんだい、ドロシー? 私があんたに、手加減してやるとでも思ったのか」
再びドロシーがベロニカに急接近。
不慣れな格闘術を、持ち前の運動性能で強引に成立させて、ベロニカに襲いかかった。
一瞥。
しかし、ベロニカの視線は肉薄するドロシーではなく、俺たちのほうへと向けられる。
……なんだ。いったい何を考えている?
ベロニカの運動性能は、武闘派メイドの名前に恥じない仰天の数値だが、それでも、ドロシーを相手に隙を見せられるほどには、突出していないはずだ。
今のはどんなパフォーマンスなんだと、訝しむ俺の前で、ベロニカが声高に叫んだ。
「ご主人様!」
掛け声と共に、庭の一部が地面の土を跳ねのけるようにして、見る間に盛りあがっていく。
何が出て来るのか、そんなものは決まっている。
俺たちが追跡することになった原因そのものだ。
憤怒を体現するようにして現れたのは、全長4mはあろうかという土の魔人。
「こんなところに隠していやがったのか!」
それはほかでもなく、Aランクの怪物――マルチゴーレムだった。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




