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42 俺、マルチゴーレムに肉薄する。

 市民の大部分が寝静まった夜中。

 かっと目を見開いて、夜番に臨んでいたつもりの俺だったが、いつの間にか眠りこけてしまったらしく、スザクから肩を揺すぶられて目を覚ましていた。


「ゼンキチ様。どうやら標的が姿を現したようです」


 その言葉に跳ね起き、俺はすぐさま促されて窓から外を覗く。

 ……あれか。

 関所を挟んだ向かい側に、遠目にも分かるほどの巨体があった。確認するまでもなく、あれが例のマルチゴーレムだろう。


 全長はブロンズデーモンよりも大きい。

 恐らく、4m以上はあるんじゃないだろうか。

 マルチゴーレムが、まだ町には接近していないことも、俺にとっては都合がよかった。


「ありがとう、スザク。おかげで助かったよ」

「いえ……本番はこれからでしょう」


 グラントリーの札に、本当に効果があるのかどうかを確かめるためには、一番にマルチゴーレムと接触する必要がある。この町の全員が札を持っているわけではないだろうが、誰かに先を越されてしまっては、俺たちが調査をする前に、リアクションを取られてしまう恐れがあったのだ。


「行こう、スザク」


 スザクに声をかけ、ほかのみんなを起こさないように気をつけながら、俺たちは宿屋を出た。

 俺の運動性能では、マルチゴーレムのもとにまで接近するのに、それなりの時間がかかるので、移動はスザクの背中の上だ。


 道が狭いから、スザクに走らせなんかしたら、町が壊れると心配する声もあるだろう。だが、今スザクが疾駆しているのは屋根の上。道幅による制約は存在しな――バキ。……何か嫌な音が聞こえたが、俺は迷ったすえ、聞かなかったことにした。


 やがて、グラントリーのそばにまで俺たちは到着する。

 幸いにして、付近にはまだ人影がない。予定どおり、俺たちが一番乗りだ。

 これから実際に、グラントリーの札を試していくことになる。

 札を携帯した状態で俺が接近することは、万が一のことを考えるとできなかったので、スザクにバトンタッチ。


 ただ、最初から札を所持していると、岩の巨人が逃げたとき、それがスザクの圧倒的なオーラを前にして、(おび)えただけかどうかの判別がつかないため、まずは手ぶらで近づいてもらった。もちろん、俺はそれを離れた地点から窺う形だ。


 真正面から、ゆっくりと歩いて来るスザクを見るにつき、マルチゴーレムが怒ったような声を上げる。

 だが、当然、スザクに退くそぶりはない。

 無慈悲に振りおろされる巨大な拳。

 思い出したようにスザクが横にかわすが、あの様子では、たとえ直撃していたとしても無傷だろう。赤ん坊がどれだけ居丈高に乱暴を働こうとも、ムキムキのマッチョは意に介さない。


「スザク、もういい!」


 逃げる気配が見られないので、ひとまずは実験に支障ない。

 俺は、紙幣くらいのサイズの紙切れを、懐から取り出すと、今度はそれを持ったまま近づくように、スザクに頼んでいた。


 反応がどう変わるのかと、注意深く観察していれば、立ちどころに、マルチゴーレムはスザクを嫌がるようにして後退を始めた。


「ちっ、(うそ)だろう……」


 マジかよ。

 コリンヌの言っていたとおりじゃないか。

 この前後で、スザクに加わった変化はほかにない。グラントリーの札が本物だと認めざるをえなかった。


 そうだとすると、いよいよ疑わしいと、俺は世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)を開く。

 すでに情報がアップデートされており、そこには≪グラントリーのマルチゴーレム≫という、個別の項目ができあがっていた。


 ……確定だな。これは、グラントリーに操作されている。

 それ以外に、今までの出来事を言い表せる理由がない。

 グラントリーの札に、マルチゴーレムを退ける効果がないにもかかわらず、目の前のモンスターが離れていくのは、マルチゴーレムそのものに、別の命令が与えられているからだ。おおかた、自分の作った札からは、逃げるように指示されているのだろう。


 ドロシーが言っていたように、護符に魔術的な性質が与えられているのであれば、札の有無は容易にチェックができる。これが、偽物の偽物に書かれてあった≪グラントリーの札としての効果を持たない≫という、文言の正体だろう。


「……殺しますか?」


 後退するマルチゴーレムを、決して間合いから逃すことなく、淡々とスザクが俺に尋ねる。


「少し待ってくれ」


 こんなのは完全に予想外だ。

 まさか、魔物を操っているとは思わなかった。言い換えれば、向こうがその気になりさえすれば、いつでも町を攻撃できるということにほかならない。確実に、こいつは倒さないといけないだろう。


 だが、グラントリーが、この魔物以外も操作できる場合――つまり、種類を問わず、モンスターの予備がある場合には、術者本人を止めない限りは、いつまで経っても脅威が排除されないことになる。


 俺の中で、札の製造者は、単なる詐欺師から、超がつくほどの危険人物に、その度合いを大きく変えていた。脅威の質が変わったといってもいい。


「……いや、どうにも様子がおかしい。あの個体は、まるで操られているみたいだ。言い逃れができないように、確固たる証拠を押さえてしまおう」


 まさか、グラントリーといえども、Aランクの魔物が瞬殺されるとは思っていないはずだ。マルチゴーレムを使い捨てにするとは考えにくい。こいつを追っていった先には、必ず黒幕がいる。


 グラントリーの居場所を確認するべく、俺たちはマルチゴーレムの追跡を始めていた。

 山の中へと、身を隠すようにして進んでいくマルチゴーレム。

 体のサイズがでかいので、林の中に入った程度では見失わない。俺たちは余裕でその姿を追えていた。


 だが、木々に視界を塞がれた一瞬のうちに、忽然(こつぜん)とマルチゴーレムが消えてしまう。


「すみません、ゼンキチ様……」


 とっさの判断で、スザクが俺を地面に放り投げ、単独で駆けだしていく。

 超速の動きには、俺のほうがついて来られないので、この身を案じてくれたのだろう。おろし方はすごく雑だったが、気にしてはいない。せいぜい、尻がめちゃんこ(いて)ぇだけだ。


 どんな裏技を使ったかは知らないが、本気を出したスザクを撒けるわけがない。俺は安心してあぐらをかいていたのだが、まもなく戻って来たスザクの顔色は、予想に反して冴えないものだった。


「面目ありません……。逃げられました」

「……。……マジ?」


 まさか、ステータスの勝負で劣ったわけじゃないだろう。もしも、そんな魔物が世の中にいるならば、人類はお手上げだ。神に祈るしか()()がない。女神コーザは怠慢だろうが、それでもまだ、彼女に助けを求めるほうが現実的だろう。


 どうやら魔物の操作だけじゃなく、マルチゴーレムのほうにも何か仕掛けがあるようだ。

 そう思って世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)を開けば、幻術の邪法を使うと書かれてあった。

 これは、プロフィールが更新されたからこその結果だ。事前に調べていても、防げなかったに違いない。


 だが、あんな絶妙なときに、自己判断で邪法を使っただろうか? マルチゴーレムの視界に、俺たちが入っていたとは思えない。術者が、この近くにまで来ていて、邪法を発動させたと見るべきだ。


 ……クソっ。千載一遇のチャンスを無駄にしたか。

 これからは、術者にも警戒されることになる以上、今までよりも対処が格段に難しくなってしまう。


「気配とかで、どっちに行ったかは分かる?」


 一縷(いちる)の望みをかけてスザクに聞けば、少し悩んでから北西だと答えてくれていた。

 逃走した相手の痕跡を探そうにも、月明かりだけでは心もとない。日が登らないことには、もう手の出しようがなかった。


 今宵の追跡は中断して、俺とスザクはなんの手柄もないまま、歯噛みしながら宿屋に戻っていた。







 翌朝、俺はドロシーたちに今後の方針を話す。

 東親川(おやかわ)の町に向かうことを、断念することにしたのだ。


「ごめんね、ソーニャ」

「気にすんなよ。大会は逃げねぇ。兄貴がいなきゃ、元々俺は出場もできなかったんだ。ちょっと延期するくらい、訳ねぇよ」


 西親川(おやかわ)の町から離れる以上は、この町に何があっても、干渉することはできなくなる。その意味で、⦅アネモネの大洞窟⦆の様子は気がかりだったのだが、魔物が出没しないことに変わりはないはずだ。素直に、キッシンジャーに任せるほうが賢明だろうと、俺は頭から雑念を追いやった。


「そのグラントリーというのが、首謀者で間違いないのでしょうか? 操っているのは、別人なのでは?」


 正確な判断をしようと、ドロシーが俺に追及して来る。

 世界攻略指南(ザ・ゴールデンブック)に、≪グラントリーのマルチゴーレム≫という項目が存在するので、術者と札の制作者は同一人物のはずだが、それをすべて伝えることはできない。


「……無関係かもしれないが、グラントリーが札を売って利益を出していることは、疑いようのない事実だ。マルチゴーレムを操っている人物にも、心あたりがあると俺は睨んでいる」


 ドロシーが首肯し、グラントリーを捜索することで、みなの意見が一致していた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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