39 俺、世界攻略指南の出番だろうと、ヌザリーマについてアネモネの大洞窟に行く。
照れ隠しのように咳ばらいをしたヌザリーマが、キッシンジャーに対して口を開く。聞けば、キッシンジャーはマイ=ゲイの代表だという。
「⦅アネモネの大洞窟⦆と言われても、場所がよく分かりません。いったいどこの小洞窟ですか?」
⦅アネモネの大洞窟⦆は、西親川の町を囲んでいる山に存在している場所だ。あとで分かったことだが、中はめちゃめちゃ広く、便宜的に複数のエリアに分けて呼んでいるらしい。それが小洞窟という言葉の意味だ。
だが、同じ話を理解しているはずのキッシンジャーは、困惑した様子で首を横に振っていた。
「分からん。恐らく、第Ⅱだとは思うんだが……ここに一番詳しいのはヌザリーマ、そなただろう? すまないが、俺たちに力を貸して欲しい」
頭を下げて頼みこむキッシンジャー。それを見るにつき、ヌザリーマのほうも慌てたように、幾度も小さくうなずいていた。
「えぇ、それはもちろん……。僕で役に立つのでしたら」
ちらりと、イケメンが俺のほうに目配せをする。
なにも俺について来て欲しいわけじゃないだろう。たぶん、その逆だ。
⦅アネモネの大洞窟⦆がなんなのかは知らないが、相手が地形に関わるものならば、俺の世界攻略指南に敵はいない。現地に到着すれば、自動的に地図も更新されるので、どんな迷宮だろうと丸裸にできる。
どうせ今日はもう、俺に急ぎの用事はない。
いくらヌザリーマがイケメンの男だからといっても、ここまで事情を知っておいてスルーするというのは、それはそれで後味が悪い。武力という意味なら、ソーニャもいる。……俺は役立たずだがな。
ついていきたい雰囲気を出すべく、俺はヌザリーマに向きなおった。
「それって、一般人でも行ける場所?」
「入ってもいいところだけど……。もしかして、来たいの?」
さすがは、読書子ヌザリーマ。察しがいい。
ヌザリーマの返事に、キッシンジャーは嫌がるように目を伏せていた。
「……そちらの彼は?」
「えぇと……僕の古い知り合いです」
とっさにヌザリーマが俺のために嘘をついてくれるも、それが出まかせであることに、キッシンジャーは気がついたのだろう。小さくため息をつくと、くれぐれも自分たちから離れないようにと、俺に釘を刺していた。
退店。
すぐさまソーニャのもとに移動して、俺は彼女に事情を話す。
「……まぁ、どうせ明日まですることもねぇし、俺は構わねぇんだけどよ。兄貴、つきそいは俺のままでいいのか?」
「うん、大丈夫だと思う。ごめんね、俺のわがままなのに」
ギルドのほうの人間が、キッシンジャーだけで来ているのだから、⦅アネモネの大洞窟⦆が市民お断りの危険地帯、ということはないのだろう。もしそうならば、いくらなんでも単独では不用心が過ぎる。ヌザリーマのついた嘘を、その場で見破るほどに、キッシンジャーは鋭い人間なのだ。それはちょっと考えにくい。
必要になるのは、あくまでも俺の世界攻略指南だけだ。
町の中を流れる川に沿って、上流のほうへと向かって進んでいく。俺はマイ=ゲイのことをほとんど知らなかったので、何も疑問に思わなかったのだが、面識のあるヌザリーマは、やはりキッシンジャー本人が、ヤノビッツ書肆を訪れたことに対して、相当不可解に思ったようで、ちらちらとキッシンジャーのほうに視線を送っていた。
「ほかの方々はどちらに?」
しばらく、キッシンジャーは何も答えない。
頭が痛くなるとでも言いたげな、むつかしい顔をしていた。
「……。洞窟を調査するために向かったはずの、チェリーニとムニエの行方が分からない。遭難したと断定し、大々的に捜索を開始するにしても、まずはそなたの意見が欲しい状況だ」
……ん、ムニエ?
その名前には俺も心あたりがある。昨日、ギルドの酒場で会った男だ。
あのとき、会話の中で挙がっていた調査というのは、⦅アネモネの大洞窟⦆のことだったのか。
「ムニエさんというのは、深緑色をした髪の男性ですか?」
俺がキッシンジャーに尋ねれば、少し意外そうに目を丸くしていた。
「なんだ、知り合いだったのか」
「いえ、知り合いというほどでもないんですけど、昨晩、酒場のほうでグラントリーの札についての、貴重なお話を聞かせてもらったので……。いなくなった2人というのは、一緒にいる感じなんですかね?」
「そのはずだ。あいつらも、冒険者としての経験は豊富。めったなことはしないだろう。真剣に調査に臨むからには、単独行動を避けていると信ずる」
もちろん、実際に酒場で俺に話をしてくれたのは女のほうで、ムニエではない。今のは単なる方便だ。
……不幸中の幸いか。
ムニエとは出会ったばかりなので、世界攻略指南を開けば現在地が分かる。みなに隠れて、それとなくスキルを発動すれば、確かにムニエは⦅アネモネの大洞窟⦆にいるようだった。現場に到着していないので、洞窟の詳細なマップこそ不透明だったが、それもじきに解決する。
このぶんであれば、難なく2人を見つけることができるだろう。
思ったよりも簡単そうな任務で、俺はほっと安堵していた。
それから歩くこと20分。俺たちは⦅アネモネの大洞窟⦆に到着していた。
中には明かりが届かないので、非常に暗い。道を照らすような火もなかったのだが、キッシンジャーは灯りを用意していたらしい。
魔石を動力源にした小さな魔動具だ。
本来は、ヌザリーマのために準備してあったもののようだが、迷ったすえにキッシンジャーは俺に手渡していた。おのずと、キッシンジャー・ヌザリーマのペア、俺・ソーニャというペアになる。
中に足を踏み入れると、想像を絶する迷宮に俺は度肝を抜かれた。
幸いにして、魔物は出没しないようだが、いくらエンカウントしないといっても、この広さの迷路を調査しようと思ったら、いったいどれだけ足を動かさないといけないのか、まるで見当もつかない。ギルドの人間に頭の下がる思いだった。
……なんで調べているのかを知らないから、言うても、あんまり感動しないんだけど。
書店から本――といっても地図だが――を持って来ていたヌザリーマが、実際の地形と手元の情報を見比べて困惑していた。キッシンジャーの言うとおり、地図が役立っていなかったからだ。どうにも、地形が大きく変わってしまったらしい。
集中していそうだったので、話しかけるのはためらわれたのだが、どうしても気になったので、俺はヌザリーマに肝心なことを尋ねてしまう。
「本屋さんってさ、こんなこともしないといけないの?」
冒険への同行が、ワールドに限った話だとしても、労働の内容がちょっと過酷に思える。
「えっ? あぁ……僕がちょっと特別なだけだと思うよ。こういった古代の洞窟とかが好きだから」
「それじゃあ、もしかして神殿とかにも詳しいの?」
「ごめん。神殿は興味の範囲外なんだ」
「そっか……」
声音を変えていないつもりだったのだが、消沈の色が出ていたようで、ヌザリーマが気づかわしげに俺を見やる。
「どうかした?」
「ううん。友達に、古い神殿とかが好きな人がいたから、つい聞いてみただけ」
俺が思い浮かべた人物は、わざわざいうまでもないだろう。
不思議な雰囲気の茶髪の女――ユリアーネだ。
そうしている間にも、前へまえへと進んでいく。だが、奥に向かえば向かうほど、洞窟は複雑な造りになっていて、定期的に後ろに戻って確認しなければ、すぐに来た道を見失ってしまうほど入り組んでいた。
「糸を持って来ておいて正解だったな……」
独り言ちるようにしてキッシンジャーが話す。
糸の端を洞窟の入り口に結んであるので、それを手繰り寄せるようにして引き返せば、迷わずに外へと出られるという仕掛けだ。もちろん、それには糸が途中で切れていなければ、という大前提が付属する。
もうそろそろいい頃合いだろうと、ある程度まで進んだところで、俺は世界攻略指南に視線を落とした。
……おかしい。
先ほどから一団の現在地が、全く移動していない。
マップ上に変化がないのだ。
だが、俺たちが、同じところをぐるぐると回っていたわけでないことは、糸の状態からしても明白だろう。それならば、どこかで赤い糸を見ていなければならない。
もっと踏みこんだ言い方をするならば、世界攻略指南の表示では、すでにムニエたちと合流したことになっているのだ。ここまで不自然さが重なっているのであれば、洞窟が上下の階層に分かれていて、高さを異にした同じ場所にいるなどという、単純な話でもあるまい。何か別の原因があるはずだ。
「おい、兄貴。何しているんだよ。みんなに置いていかれちまうぞ」
ソーニャが気を利かせて声をかけてくれるが、俺は生返事で答えて、自分のスキルと向きあい続ける。そのままページを読み進めていけば、本の項目に≪現在の⦅アネモネの大洞窟⦆≫という、奇妙なものを見つけていた。
……これは今の地形を反映したものか。
新しい地図があれば、どれだけ洞窟が迷路になっていようとも、正確な道筋を教えてくれるに違いない。
……でたらめな現象が起きるとは、どこにも書いていなかったな。
それならば、やはり現状の⦅アネモネの大洞窟⦆は、なんらかの怪奇現象に見舞われていると、そう考えるほうが妥当だろう。キッシンジャーたちの所有するマップが、突然用済みになってしまったのも、ここに原因があるはずだ。
いずれにせよ、世界攻略指南の前で無力ならば、恐れるものはない。
俺は、ヌザリーマたちと別れて行動することを決めていた。
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