4 俺、大量の隠し財産を手にする。
隠し財産の発掘。
俺の標的を話したとき、そりゃもうドロシーさんの機嫌は極めて上々だった。
聞いたこともない数の罵詈雑言が、淀みなく饒舌に浴びせられたし、しばらくの間は、俺に向ける視線を、ゴミを見るような目から変えてくれなかった。
たぶん、俺が自分のスキルの説明をすれば、解決したんだろうけど、世界攻略指南を他人に話していいものなのか、いまいち判断できなかったので、何も言い返せなかったんだ。
だから、泣きそうだった、ずっと。
てか、ちょっと泣いたよね普通に。
「いや、だから場所の見当はついているんだって。でも、俺の力じゃ掘り出せないの。分かるでしょ?」
女の子に、自分がいかに非力であるかを説き伏せる。やべっ、冗談抜きで死にてぇ。
「はいはい、分かりましたよ。約束しちゃったものは、約束しちゃったものですから。仕方ないので、今日一日だけは、あなたにつきあってあげます。全くもう」
山道をひたすら歩く。
来たときと同じで、定期的に位置情報を確認しているので、道に迷うことはない。
しばらくすれば、俺が目印の代わりに放置していた鍬が、地面に突き刺さっているのが見えた。
「あそこだ。あの辺りを掘り返してくれればいい」
俺の発言に、訝しむような視線を向けていたドロシーだったが、やがては渋々といった表情でうなずいていた。
※
日暮れ。
段々と周囲が暗くなっていく。
ドロシーと共に山に戻って来たのが、昼前のことだったから、かれこれ6時間近くは、大地と触れあっていることになるだろうか。
胃に物を入れたのは、昨日の晩が最後。
当然、腹は減っているし、喉も渇いている。いくら快適な気温といっても、ぶっ通しの作業ならば汗が出るからだ。
「痛っ……」
ついに左の薬指まで、爪が割れてしまった。
一番、力の入らなさそうな薬指まで、このざまだ。当然、ほかの指なんか、とうの昔に爪が割れてしまっている。はっきり言って、俺の指先は血だらけ。俺より力持ちの、ドロシーに鍬を使ってもらっているので、俺は素手で地面と向きあうしかなかったのだ。
正直、根性なしの俺が、よくここまで粘れたものだと自分でも思う。
たぶん、隣でドロシーが、文句の1つも言わずに、淡々と作業をしていてくれなきゃ、俺はアナザーワールドで何をなすわけでもなく、心が折れていたかもしれない。自分のステータスを知ったあとだったしな。虚勢を張ったところで、砕け散った昔の心を完全に取り戻せるわけじゃない。早急に、自分はできる人間なんだという、成功体験が必要だった。
俺の呻き声を耳にしたドロシーが、労わるようにして俺を見る。
「まっ、最初から分かっていましたよ。こんな結果に終わるだろうってことは。……もうやめましょうよ、そんなに意地を張らなくても怒りませんから。これまでにも、多くのトレジャーハンターたちが挑戦して来たんです。闇雲に掘り返したって、うまくいきっこないじゃないですか」
正論。
世界攻略指南がなきゃ、ドがつくほどの正論だ。
実際、アナザーワールドの実態を知っている俺でさえ、さっきからずっと萎えそうになっているんだ。それに比べれば、ドロシーはよくやってくれていると思う。ホント……感謝している。
だからこそ、先に俺がへこたれるわけにはいかないんだ。
頼む……。早く戻って来てくれ、中学のときの俺よ。当時、もっと俺は無鉄砲だったはずだ。理由もなく自信があったし、訳もなく未来に希望が持てたし、体中からありあまるほどの元気が溢れていた。
それを今、ここで取り返さずしてどうする!
知恵も勇気も人並み以下。
ステータスなんか、カスみたいな数値だ。
そんな俺に唯一残された根性さえ、まともに役立たないんだったら、俺はいったいなんのために、もう1回人生をやりなおしているんだよ。
これ以上、絶望させないでくれ。
「……まだ、今日は終わっていない。日付が変わるまでは、俺につきあう約束だろう?」
詭弁だ。
ちゃんとした時計さえ、俺たちは持ち合わせていない。
晩を過ぎれば、あとはドロシーの采配次第。彼女が「これまで」といえば、俺はそれに従うしかない。正当な約束として残されている時間は、ごく僅かだけだろう。
「そんなこと言っても、もうすぐ全部が闇に沈んで、何も見えなくなっちゃうんですからね」
不平こそ返事として返って来るが、それでもドロシーは手を休めることをしなかった。
時々、彼女の口から漏れ出すため息は、単純に疲労から来るものなのか。それとも、俺の痛々しい腕を見て、俺を呆れているだけなのだろうか。
祈るように土を持ちあげる。
指と爪の隙間に入った砂が、ずきずきと指先を傷つけたが、もう途中から気にするのをやめた。
削る。
集める。
払いのける。
そのくり返しの果てに、微かに物がぶつかる音を聞いた。
ドコリ。
俺のほうからじゃない。
硬い物同士が衝突するような、そんな音だ。
「木の根じゃないですよね……」
ドロシーも不思議そうに、自分の掘った穴に視線を落としているが、すでに太陽の位置が低すぎて、そこからじゃ穴の中がよく分からない。
急いで俺も加わって、ぶつかった物の周囲を掘り進めていけば、やがてそれが1つの木箱だということが分かった。
正体を確信した俺は、待ちきれずに木箱に飛びつく。
だが、鍵がかかっているのか、中々開かない。
すかさず、横からドロシーが木箱を取りあげていた。
「その怪我した指で開けるつもりなんですか? 万全の状態であっても、あなたの力じゃ開けられないでしょう? 大人しくそこで待っていてください」
言うやいなや、力任せにドロシーが鍵を破壊した。
そのまま強引に蓋をこじ開けていく。
……あ、うん。もう力仕事は全部、ドロシーに任せよう。俺とは比べられない。
中身はいったい何者か?
そんなこと、昨日の昼から分かっていたことだ。
木箱の中には、金ぴかの硬貨が、これでもかとぎっしりと詰まっていた。
すっかり安心した俺は、穴の外で尻もちをつく。
「どうにか間に合ったな……」
98%くらい沈んだ太陽を見ながら、俺はドロシーに声をかけていた。
もっとも、山の上でさえこのありさまじゃ、町のほうではとっくに夜だろう。
彼女からの反応がなかったので、ドロシーのほうを振り向けば、声も出せないといった様子で、木箱を抱えたまま立ちつくしていた。
それらがいったい、どのくらいの価値を持っているのかなんて、世界攻略指南で調べるまでもなく、ドロシーの表情を見ただけでも十分だった。
「ほとんど穴掘りを任せちまったが、俺がいなきゃ場所はあてられなかったろう? 分け前は半分ずつでもいいか?」
信じられないといった顔で、ドロシーは俺に首を振っていた。
「こんな……いただけません。第一、これはあなたが見つけたものじゃないですか!」
「なら、全部やる。全部、お前にやるから! だから、俺に雇われてくれ。今日一日限りじゃなくて、これから先もずっと。俺には……あなたが必要だ」
「……」
沈黙。
返事の代わりに、ドロシーが木箱から2枚の金貨を抜き取った。
「どんなに高く見積もったって、メイドのお給料なんか、月にせいぜいが2金貨ですよ」
俺は顔を上げ、しっかりとドロシーのことを見つめた。
「そ、それじゃあ、俺に雇われてくれるんだな?」
「はい。今日から私ドロシーは、あなたのメイドです。ご主人様」
そう言って、彼女は愛嬌のない、へたくそな笑みを見せていた。
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その後、ドロシーの手によってアルバートの山小屋にも、謝礼として1枚の金貨が届けられた。
ゼンキチはアナザーワールドの言葉を書けないため、手紙をしたためたのもドロシーである。
家の前、重しとして置かれた石の下の、手紙に気がついたアルバートが、手紙を取って持ちあげた。
中を開くと、1枚の硬貨が落ちて来る。
慌てて、アルバートは金貨を受け止めた。
いったい何事かと、文面に目を通す。
『先日の礼。おかげさまで、鍬も助かりました』
それを読んだアルバートは、声を出して思いきり笑っていた。
「なんだ、ゼンキチ。お前、あんななりして、金持ちだったのかよ」
納得したようにうなずいたアルバートが、ポケットに金貨をしまった。
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