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33 俺、祭りの最中に、浜辺で芸術作品を鑑賞する。

 翌朝。

 太陽が登ると同時に、⦅渚瑳(なぎさ)の森⦆を出発した一同は、ほどなくして渚瑳(なぎさ)の町に帰って来た。そのうちの大部分が、宿屋などに戻ることなく、荷物を置いただけで浜辺に向かっている。無論、俺たちも例外じゃない。すでに祭りが始まっていたからだ。


 もちろん、本格的に開始したわけじゃないが、気の早い屋台はもう出店しており、この祭り一番のイベントであるボートレースが始まるのを、誰もが今かいまかと心待ちにしていた。


 ボートレースに参加できるのは、渚瑳(なぎさ)の町に住んでいる人たちだけだ。よって、俺たちに出場する予定はない。様々な屋台を冷やかしながら、時折、水着ギャルを堪能するつもりでいる。()らすほどでもないので、結論を先にいえば、水着ギャルなんて1人もいなかった。


 そういうわけなので、あいにくと水着の女は拝めなかったのだが、俺は浜辺で気落ちしている、顔見知りを発見していた。


 ソーニャだ。

 あれだけ楽しみにしていた祭りが、ようやく始まるというのに、彼女の顔つきはなんとも浮かないもので、はっきり言えば気がかりだった。それに、森林探索ツアーを紹介してくれた礼も、言わなければならないだろうと、俺はソーニャに近づいていく。


「お早う、ソーニャ。この前はツアーを教えてくれてありがとう。昨日、早速行ってみたんだけど、かなり楽しめたよ」


 俺の言葉に、ソーニャはどうでもよさそうにうなずいて応える。

 さすがに、落ちこんでいるソーニャを無視するわけにもいかず、俺は事情を尋ねていた。


「どうかしたの?」


 一度、彼女は盛大なため息をついてから、俺の問いに答えた。


「それがよ、ボートレースの賞品が目あてのものじゃなかったんだ。くっそ~! 本気で優勝するつもりだったのによ、計画がぱあになっちまったんだ。そういうわけで、俺の出場枠がいらなくなったから、ちょうどいいし、お前にやるよ」


 言うやいなや、ソーニャは近くにいた(かかり)の人間に事情を話して、出場枠の1つを俺に譲渡してしまっていた。そのまま何も言わずに、彼女は町のほうへと歩きだしてしまう。


「ずいぶんと勝手な人なんですね」


 さすがに看過できなかったらしく、ドロシーがソーニャの背中に嫌味をぶつける。

 ドロシーの小言に、一瞬だけソーニャが肩をぴくりと動かしたが、それでもこちらを振り向くようなことはせず、(うつむ)いたまま前へと進んでいってしまった。


 ドロシーの言うように、ソーニャが大雑把な人間であることは、否定できない。

 しかし、いくら彼女の言動が粗野なものだったとしても、ソーニャもまた1人の女だ。俺は自分の中二病と、真摯に向きあうことを決めたばかりなのだから、このまま、はいそうですかと終わらせるわけにはいかない。


 ……ソーニャの出場するはずだった枠を、俺が無駄にしちまうと、それはそれで町民の印象を悪くするかもしれないな。


 一旦、ソーニャの件は後回しだ。

 大勢の人間が、渚瑳(なぎさ)の祭りを楽しみにしている中、わざわざ水を差すこともないだろう。もちろん、俺がそこまで気を回すこともないといえたが、本来は地元の町民しか参加できないという物珍しさが、参加する方向で俺の心を固めていた。……別に、実際に俺本人が出場する必要はないんだしな。


 競技はボートレースという、いかにも肉体労働だ。

 スザクの背中に手をあてて、俺は最強の女を海へと向かわせる。


「スザク、出番だ! 蹴散らして来い」

「……殺すんですね?」

「違うよ! なんで君はそう、すぐに人を殺そうとするのかな!? 殺しは、今後もずっとなしだよ!」


 当然のように殺害を視野に入れるスザクを、どうにか押しとどめながら、俺は改めて祭りの内容を確認していく。


 ボートレースは、全部で4つの種目に分かれており、順に漁獲量コンテスト・網投げ・所定の海域を、いかに早く航行できるかというスピードコンテスト、そして料理コンテストだ。この中でも、観光客が一番楽しみにしているのは、種目として最も派手な、スピードコンテストであるのは間違いない。料理であればドロシーのほうが安パイだが、スザクにバトンタッチという俺の采配に、狂いはないだろう。漁獲量コンテストでも、無双してくれることは請け負いだった。


 海への祈り。

 開催の合図は、町の守護者である新島(にいじま)渚瑳(なぎさ)に供物を捧げることによる。豊漁と安全を祈願して、魚・野菜・パン・食器といった、自分たちの生産物を海に流すのだ。少しだけもったいない気もするが、文化なんていうものは、そもそも、何かを無駄に消費することだというのが、もっぱら俺の持論である。現代人といえども、俺に抵抗感はない。


 最後に、古くなった網を燃やして儀式は終了。浜辺を掃除していたとき、擦り切れた網は無用なんじゃないかと思ったものだが、なるほど。このためだったのか。


 漁師たちがボートレースの準備をしている間、俺たちは浜辺で開かれている、大規模なマーケットを覗くことにしていた。無論、昨日のうちに、コースの設営などは終わっているので、あくまでも、今やっているのは最終的な点検だけだろう。


 食品では、魚介類や海藻といった新鮮な海産物が、工芸品では、どこが美的なのかまるで分からない、珍妙で前衛的なアートが売られている。大型の展示物もかなりの数が並べられているので、いったいいつ持ちこんだのか不思議だったが、俺たちが森林ツアーをしている間に、芸術家が浜辺に集まっていたらしい。


 林立する砂像。

 ⦅風の回廊⦆と比べてしまうのはかわいそうだが、これはこれで迫力がある。

 塔・子供・浮き輪、馬に家。変わったところでは、魔物を模したものなんてのもある。

 ……これはスケルトンライダーか? さては、タナカが作ったな。

 そう思って、俺が海の家の側壁に、立てかけるようにして座らされているタナカのことを、疑うように見つめていれば、心なしか、あいつの(あご)がカラカラと動いたような気がした。あれで俺に自慢しているらしい。


 全体的に見事なものだったが、話を聞けば、これらの砂の彫刻に保存する予定はなく、午前中ですべて撤去するとのことだった。


「ちょっともったいないですね」


 あまり作品に関心を示さなかったドロシーも、思わずそう呟いていた。俺も、労力の割に壊すまでの期間が短いと感じたので、力強くうなずいておく。


 さらに先に進むと、環境保護の大切さを訴えるコーナーを見かけた。漂着したゴミを題材とすることで、浜辺の美化に対する市民の意識を、向上させようというものだ。もっとも、今年は流れ着いたゴミが少なかったようで、製作者の連中は、満足のいくものが作れなかったと嘆いていた。俺がスケルトンライダーを説得して、ゴミ捨てをやめさせてしまったためだろうか?


 ……悪かったよ。でも、啓蒙の趣旨からすれば、俺のほうが正しいんじゃないか?

 目的が逆転してしまっている芸術家を尻目に、俺はさらに作品たちを見ていく。その中でも、群を抜いて目を引きつけられたのは、1枚の絵画だった。


 流動する渚瑳(なぎさ)の町の海を、大胆にもそのまま背景として用いた作品だ。要するに、キャンバスには海が描かれておらず、現実の海に合わせて、その部分だけがくり抜かれている。


 構図としては、砂遊びをする子供と、それを見守る大人というシンプルなもの。

 本物の砂で作られている城は、当然ながら、浜辺に寄せる波によって少しずつ消えていく。しばらく突っ立って見ていれば、やがて砂の城が完全になくなり、そこには穏やかに眠る死者の顔が現れた。それまでは単に、海に来ている親子の日常というものだったのに、今では大人の顔が、死者を労わる表情に見えて来るようだ。表現しているのは、同一人物の違う場面じゃないだろう。恐らく、遊んでいた子供が大人になって、自分の親が亡くなったという世代交代のシーンだ。


 タイトルは海。

 全くといっていいほど、作品の中で海は描かれていないのに、人間の生活とは無縁に続いていく、大自然の無慈悲さと雄大さを、これでもかと見る者に伝えている。


「……」


 正直、俺は度肝を抜かれていた。

 例によって芸術なんぞにも造詣(ぞうけい)のない俺だが、これはそんな馬鹿な俺にも別格だと分かる。


「すごいな、これは……」


 思わず、そう独り言ちれば、俺の感想にドロシーが反応を示した。


「そうですか? 私は、仕掛けに酔った作者のしたり顔が、作品から透けて見えるようで、なんだか好きになれません」


 ……全く、この子はもう。


「ドロシーって本当に容赦ないよね。これがもし、俺の作ったものだったら、きっと違うリアクションだったと思うよ」


「そのときは破いて捨てます」

「……ちょっと酷すぎない? そろそろ泣くよ?」


 ドロシーの言動はさておき、俺は作者と話をしてみたくなったので、きょろきょろと周囲を見回した。

 しかし、それらしき人物が全く見つからない。

 どこかで休憩しているのかと思い、(かかり)の人間を探して尋ねてみたのだが、この作者はいつも作品だけを寄越して、本人は町に訪れないらしかった。


「製作者の名前とかって分かりますか?」

「どうだったかな……。今回のタイトルはなんだっけ?」

「『海』だったと思います」


 言いながらも、女は書類をぺらぺらとめくってくれている。

 ほどなくして、彼女の視線が1つのところに定まっていた。


「あったあった。これだね」


 そう言って、俺に紙を見せてくれたのだが、あいにくと俺は、ワールドの文字を読むことができない。なので、代わりにドロシーが読みあげてくれた。


「シャフツベリーだそうですよ、ご主人様」


 ……シャフツベリー。

 ドロシーの教えてくれた名前を、俺は反芻するように胸中でくり返す。

 いつか会ってみたい人間だ。

 新たに訪れた観光客が『海』を見て訝しんでいるが、今から眺めたんじゃ絵画の趣旨は伝わるまい。最初から動態を追っていないと、あれは理解できない仕掛けだ。


 すでに趣の大半を失ってしまった作品を、もう一度だけ振り返りながら、俺は居場所も分からぬ人間に会うことを、心に深く誓っていた。

 コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。

 次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ

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