27 俺、スケルトンライダーを追って新島忘島に向かう。
筏のようなものに乗って、海へと帰っていくスケルトンライダーの群れ。
これを追跡するためには、こちらも海に乗り出すための装備品が必要になる。早い話が、船だ。もっとも、スザク本人は、海面を走れるから無用と言っていたのだが、それについては、俺たちがスザクに追いつけないので却下した。
手近なところにいた漁師に声をかけて、案内人として雇う。
当たり前のように出航を渋っていたが、銀貨を何枚か握らせることで、俺は男の意思を捻じ曲げた。硬貨が金貨じゃないのは、俺なりの節約だ。困っているのが、ドロシーやスザクじゃないからね。
敵に見つからないように、ある程度の距離を保ちながら、スケルトンライダーを追うこと2時間。道中は、船酔いでずっと吐いていたので、俺には色々とよく分からないが、たぶん2時間くらいだろう。
現れたのは島だ。
大陸と比べれば、もちろん小島と呼べるほどのスケールだが、それでも雪乃の町や渚瑳の町が、5個はすっぽりと収まる広さである。
「俺の爺さんが言うには、大昔にはここと大陸も陸続きだったそうだよ」
「へぇ……。島はなんていう名前なんです?」
ぽつぽつと島の説明をしてくれる漁師の男に、俺は尋ねる。
「なんだっけね? 正式な名前は忘れちまったよ。俺たちは新島忘島と呼んでいるが、長いんで単に忘島と呼ぶことのほうが多いな」
ネモフィラ地方にまで続いていた島の道も、今ではすっかりと海の底。捜索する仕様がないので、それを使っての侵入は当然に不可能だ。おまけに全体的に海岸が切り立っていて、海抜が異様に高い。接岸での上陸も見込めないだろう。
厄介だ。
スケルトンライダーたちの動きからして、この小島に向かったのは間違いないのだが、いったいどこに消えてしまったというのか。漁師と共に入り口の探索を続けていると、ほどなくして、海中へと向かって突き出している小さな洞窟を発見する。
さすがに中にまでは入りたくないと、男は船を動かすのを嫌がっていたのだが、ここまで来て泳いでいくというのは、俺としても許容しかねる。せめて陸地が見えるまではという点で妥協し、薄暗い洞窟の中に俺たちは船を進めた。
見た目に反し、思ったよりも天井が高い。
少なからず、穴の内外を行き来する風も感じられるので、濁った空気が、洞窟内に充満しているといった心配もなさそうだ。
ややあってから、ガゴンという衝撃と共に船が停止する。暗くて水面の下が分かりにくかったが、どうやら海中の暗礁にぶつかったらしい。
「お客さん、これ以上は無理だな」
漕ぐための櫂を水中にぶっ刺しながら、漁師が言った。櫂が全然沈んでいないので、このぶんだともう足が着くのだろう。ここからなら歩いていける。
「助かりました」
スケルトンライダーを追うため、俺たちは3人で向かおうとしたのだが、こんなところで1人で待ちたくないと、漁師の野郎が駄々をこねやがった。その気持ちは分からないでもない。逆の立場なら俺も……いや、その場合は女の子についていくかな?
いずれにせよ、知らない間に1人で勝手に帰られても困るので、ドロシーには、漁師と一緒に待っていてもらうことにした。この男よりもドロシーのほうが強いので、何かあっても大丈夫だろう。俺のほうにはスザクがいるので、戦力が過剰という意味以外での心配はない。
スザクを引き連れ、俺は出口を求めて先に進む。
考えてみれば当然なのだが、洞窟内は濡れているうえに、いたるところに苔が生えていて、非常に滑りやすかった。実際、何度か滑ったし、そのたびにスザクに支えてもらった。ちなみに、スザクに転びそうにならないのかと尋ねたら、鍛えているので問題ないと答えていた。……こういうのって、努力でどうにかなるんすか? 体幹の問題?
さらに前へと足を進めると、水が引いてちゃんとした地面になる。
これならもう、よろけることもないだろうと安心したのも束の間で、ふいに俺の足元から地面の感触が消えた。
落とし穴だ。
「なっ――」
予想していないトラップの登場に、俺の体が宙に浮く。
すぐさま襲って来る重力に対して、俺が目を瞑って備えれば、いつまで経っても体に衝撃がやって来ない。恐るおそる瞼を開けば、スザクが猫をつまむようにして、俺の体を2本の指で持ちあげていた。
「……ゼンキチ様。ここからは私が前を歩きましょう」
「すみません。そうしてください……」
もちろん、スザクには並外れた危機察知能力があるわけじゃない。
罠の位置は依然として不明なままだし、なんなら俺以上に引っかかっているとさえいえた。落とし穴には全部落ちるし、研磨された鋭利な骨が飛んで来たときだって、学習せずに何度も発射のスイッチを押していた。
でも、スザクにはあらゆるトラップがノーダメージなんだ。俺が踏んだら血だらけになるだろう罠も、スザクの体に耐えられなくて、あたった瞬間に即座に破壊される。ただただスザクが真正面から歩いていくだけで、すべての防御機構が無力と化す。
……ん~。これは、脳筋が過ぎますかねぇ。
相変わらず、肉体的な強さとしては、至高の位置に君臨する女剣士の異質さに、俺は仰天しながら辺りの捜索を始める。スザクが乱雑に歩いてくれたおかげで、手近なトラップは全部壊れていて、俺でも安全に動けたのだ。
目についたのは、壁沿いに置かれた怪しげな壺。
いくつもある壺の中には、人間の骨らしき物が、きちんと整頓された状態で収まっていた。
シンプルに不気味だ。
ひょっとすると、スケルトンライダーが、ここから生まれているのかもしれないと思ったのだが、モンスターの誕生は、たしか世界の真理に由来していたはずなので、壺とは無関係なのだろう。だが、気になったものは対処するのが安パイだ。スザクを呼んで、俺の代わりに壺を破壊してもらう。
「……これを破壊するんですか?」
「うん。遠慮はいらない。思いきりやれ!」
「……はぁ」
納刀されたままの剣を持って、スザクが振り抜く。
壺がすべて消し飛び、必然的に骨は塵となった。風のすべてが壁を伝って跳ね返って来て、俺を明後日のほうに吹き飛ばす。
大震動。
たぶん、どこかの壁にちょっと亀裂が入った。
どう考えてもやりすぎだが、スケルトンライダーへの挨拶と考えれば、このくらいがちょうどいい。
頭を打った衝撃で、俺の記憶が一瞬飛びかけたが、無事に昨日の出来事を忘れることで、事なきを得た。
歩き続けること20分。ようやく出口が見えて来る。
最適なルートを歩けていないが、洞窟の全長は、1kmに満たないくらいだと推測できた。
外へと出るやいなや、爬虫類型の魔物が、俺たちに狙いを定めて向かって来る。先ほどの爆音に、引き寄せられたのかもしれない。
当然のようにスザクがワンパン。
お仲間と思わしきモンスターも、何体かそばにまで来ていたのだが、スザクの強さを見るにつき、俺と目線を合わせただけで、何事もなかったように森のほうへと戻っていった。その気持ちは分かるよ。
頭を抱えてその場にうずくまっていた俺も、自身の身の安全が確認できたので立ちあがる。
環境を把握しようと、周囲を見回してみれば、出口付近に大量の石と魔動具が認められた。どこかで見たような組み合わせに、はっとなって思い返せば、それは浜辺に散乱したゴミの山にほかならない。
「あ~ぁ、ね」
……ゴミ捨ての犯人もこいつらなのか?
スザクに辺りの警戒を頼みながら、俺のほうは世界攻略指南で現在地の確認。新島忘島のページを開いてみれば、森のある南部のエリアには、⦅命の残照⦆という名前がついていることが分かった。その名称からも薄々は想像できると思うが、この島は、生態系としての活動をすでに終えている。⦅命の残照⦆にも自然は僅かしか残存していないし、島の北側にあるのは廃墟だけだ。島民なんか1人もいやしない。
……まぁ、これだけ魔物が住み着いているなら、順当か。
残念だが、仕方がない。漁師の言動から察するに、この島は外界との交流もまばらだったようだし、いずれ滅ぶ運命だったのだろう。
スケルトンライダーが、北部の廃墟を根城にしていることが分かったので、俺は足をそちらへと向ける。
洞窟周囲の山を避けるように、北西に迂回。
荒れ果てた農作地の中を歩いたときは、他人事とはいえ、肺腑の詰まる思いに駆られるのを止められなかった。
やがて広がる廃れた町。
探すまでもなく、スケルトンライダーはうじゃうじゃといた。
だが、あいにくとリーダー格以外に用事はないので、スザクにバトンタッチ。朽ちた建物ごと、魔物の群れを吹き飛ばしてもらった。もちろん、対話可能という点に後ろ髪が引かれたので、一応は手加減してもらっている。それでも廃墟の全損が免れなかったという事実は、念のために記しておこう。
スザクの背中に隠れるようにして、俺たちは北進。
以降も、時々はスケルトンライダーの邪法が飛んで来たが、Bランクの魔物がどれだけ束になったところで、スザクを脅かすことは決してない。冗談抜きで、万単位の軍勢が一斉に襲って来ない限り、スザクの圧倒的優位が揺らぐことはないのだ。
スザクがめちゃくちゃに暴れ回っていれば、さすがに降参したほうが賢明と判断したようで、まもなく長と思わしきスケルトンライダーが、白旗を挙げて俺たちに駆け寄っていた。
『参ッタ。私タチノ負ケダ。……ダカラ、ソノ戦巫女ヲ鎮メテクレ』
何やら壮大な勘違いをしているが、スザクの運動性能を、神懸かりの結果だと捉えてしまうのは仕方のないことだ。俺だって、何かの間違いと思いたいくらいなのだから。
それはともかくとして、俺はスケルトンライダーに問いただす。
「渚瑳の町にゴミを捨てているのは、お前たちなんだろう? いったいどんな恨みがあって、そんなことをしているんだ」
断定するような言い方だが、ソーニャの話と合わせて考えるなら、犯人はこのスケルトンライダーたちに決まっているだろう。外部から、町民に気がつかれることなくゴミを運べるのは、夜でも海を好きに移動できるこいつらしかいない。
俺の発言に、スケルトンライダーの長は首を横に振って応じた。
『捨テタワケデハナイ。……浜辺ガ綺麗ニナッテイルノデ――』
長いのでここからは俺が訳そう。
スケルトンライダー側の主張は、次のようなものだった。
パンのお礼になるものはないかと、島の中をみんなで探したところ、古びた魔動具と石を見つけた。これを浜辺に置いてみたところ、しばらく経ってみれば、綺麗に片づいているではないか。これは人間が欲しているものに違いない! 以降、パンを略奪した数日後には、お礼として浜辺にゴミを撒く、という習慣が生まれたのだという。
「あい分かった! さては、お前たち俺より馬鹿だな?」
『ウム。私タチノ頭ニハ、脳ミソガ入ッテイナイノダ』
……賢い返事をするんじゃない。
そもそも、なぜパンを奪おうとするのかという、本源的な問題についても、俺はリーダーから話を伺っていた。とりもなおさず、魔物であれば食料など不要のはずだからだ。
『少シ長クナル。私ノ代ワリニ“タナカ”ヨ、話シテクレ』
その名前に、危うく俺はフリーズするところだったが、過去にヤマダの例を知っていたので、どうにか流すことに成功する。
『承知しました。では、僕から説明しますね。僕たちがいったいどういう存在なのかは、記憶がおぼろげなので正直よく分からないのですが、僕たちはこの島の住人だったはずです』
「……ん? 昔から住んでいたってこと?」
『いいえ、僕たちは人間だったはずなんです』
「そんな馬鹿な」
俺は笑ってタナカを見つめ返すが、彼の表情――といっても不明瞭だが――は変わらなかった。
「……。マジなのか?」
『はい。でも、気にしないでください。どうして僕たちが魔物になったのかは分かりませんが、今はみんなで楽しく暮らせているので、誰も困っていないんです。しかし、僕たちでは農業ができないらしく、生活することが困難です』
流暢に話すタナカをもってしても、パンを食べたがる理由は分からないのだという。俺は人間であった頃の名残だと思うことで、勝手に納得した。農作業ができないのは、魔物が本質的に発してしまう瘴気のせいだろう。同じ理由で、魔物を食料とすることもできない。したがる人間もいないとは思うが……。
動機について理解はできたし、本人たちも、魔物となったことに得心したようなそぶりだが、俺としては大問題だ。人を魔物に変えるような術が、ワールドに存在しているのだとすれば、見過ごすわけにはいかないだろう。
詳細な情報を必要としたので、俺は適当な理由を作ってみんなから離れると、世界攻略指南を発動させていた。
忘島の歴史に目を走らせて、その概要を掴む。
どうにも、この島の住民たちは、やがて遠くない未来に故郷が滅んでしまうことを、理解していたらしい。それゆえ、島民は自分たちがずっと生きることで、故郷の滅亡を回避しようと考えたのだ。端的に言えば、進んで魔物になったということである。……まるで心配して損した。
だが、その詳細こそ明かされていなかったが、人間を魔物に変えてしまえる術の存在は、間接的に証明されたことになる。今は無理でも、いつかはこの術とも、俺は向きあわなければならないだろう。
「……当然だ。俺はこの世界から、魔物を全部殺すつもりなんだからな」
そう独り言ちて、中二成分を蓄えなおしてから、俺はスザクのもとに戻る。
「お前たちの事情は理解できたが、それでも渚瑳の町に迷惑はかけられないよ。実質的な損害こそ、少量のパンで軽微なものだけど、町民はお前たちのことを怖がっているぞ。ちょっと酷なことをいうが、自分たちがすでに人間じゃなくて魔物だってことを、もっと自覚したほうがいいと思う」
俺よりも遥かに長身のタナカが、少しだけ寂しそうに口を開いた。
『では、僕たちを滅ぼしますか?』
「それは……」
返事に窮する。
俺の心情としてはしたくない。
言葉を交わすことができるなら、やはりまずは言葉を尽くすべきだ。ヒーローはなんでもかんでも殴ったりしないし、理不尽な暴力を正当化したりもしない。
それに、現実的な問題であれば、均分転移の存在がある。ワールドの住人は知らないだろうが、世界攻略指南を使える俺にだけは、その概念を理解できていた。
ワールドとしての魔物の平均化。
これだけのスケルトンライダーを討伐しようものなら、渚瑳の町周辺にある瘴気の濃度が、だいぶ下がることになる。迂闊に手を出せば、もっと厄介な魔物がテレポートして来るかもしれないのだ。それだけはなんとしても、避けなければいけない事態だろう。
……見逃すしかないか。
俺は伝説の勇者じゃないんだ。自分の陣営を町に常駐させて、ずっと一帯を警固することなんてできやしない。第一、それはヒーローのやり方じゃないだろう。悪者がやって来るのを待つっていうのは、ちょっと手段が違う。自分から向かって倒しに行く。これこそがヒーローのやり方のはずだ。
「分かった……今回は大目に見てやる。ただし、もう渚瑳の町にちょっかいをかけるのは、よしてくれよな」
二度と悪さをしないことを条件に、俺は今回の一件を不問に付すことを約束した。
しかし、いくら俺が丁寧な説明を試みたところで、依然として、町民がスケルトンライダーのことを、理解しない恐れがある。これについては、魔物たちのほうから誠心誠意、気持ちの乗った話をしてもらうほかないだろう。
『ソレナラバ、私タチガ直接町ニ向カオウ』
スケルトンライダーの長も俺の考えに賛同を示し、彼の指示でタナカが同行することになった。
『引き続き、よろしくお願いします』
「あっ、うん」
よかった。正直、こいつ以外のスケルトンライダーが派遣されるのなら、断ろうと思っていた。
俺が洞窟に戻り、島で起こった大体のあらましを、ドロシーたちに説明すれば、彼女はなんでもないふうにこう言っていた。
「畑を耕せないことが問題なのでしたら、ここでオジロワシを働かせればいいじゃないですか?」
……俺のメイド、鬼畜すぎん?
いくら彼らに罪があるとはいえ、当然のように酷使しようとするドロシーの姿勢に、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




