23 俺、この世界の真相を知り、新たな決意を抱く。
俺がスザクにおんぶされて雪乃の町に戻ったとき、広場ではすでに勝利を祝う酒宴が始まっていた。見れば、ブロンズデーモン復活の知らせを聞いて、逃げていた市民も、その大部分が町に帰って来ている。彼らを現金なやつらと非難することはできない。むしろ、よく逃げてくれたと称えるべきだろう。おかげで、市民全員を無事に保護することができた。
……戦えない人と、社会に参加していない人は、一緒じゃないからね。
当たり前のように、俺を背中に乗せたまま広場を歩くスザクに、俺は苦笑を浮かべながら声をかける。
「ありがとう。スザク、もういいよ」
「……あぁ。忘れていました。ゼンキチ様が急にいなくなったので、ちょうど探していたんですよね」
そんなことある?
「それにしても、すごいな」
町の入り口から広場まで、ずっとお祭り騒ぎだ。
飛ぶように次から次へと酒が売れるらしく、ナプ=パプは見るからに忙しそうだった。看板娘であるマリアンジェラが、休む暇もないほど周囲を跳ね回っている。
本来は市場の奥に身を潜めている屋台群も、今夜ばかりは表に出て来ているらしい。人間を卒業したスザクは、先ほどからペロペロキャンディーのほうに、じっと熱い視線を向けていた。
耳をつんざくほどの大音声。
楽しげなリズムが、溢れんばかりに方々から響いて来る。
そんな宴に、俺が進んで参加しようとしなかったためだろうか。ふと、スザクが逡巡するように声を上げた。
「なぜ、彼らはこんなにもはしゃいで……? 結局、ゼンキチ様のしたかったことは、叶っていないのではないですか? 彼らにあの魔物を倒させることが、目的だったのですよね」
「気がついたのか」
意外だった。
スザクに、一般人と同じ感性が残っているとは、思わなかったんだ。
「……えぇ。共に戦えば、多少のことは鞘が教えてくれます」
「なるほどね……」
きっと、剣を抜く機会がないから、鞘が教えてくれる設定なんだろう。突っこむ気力のなかった俺は、なんとなくそのまま流してしまっていた。ちなみに、俺が尻込みしている理由は、陽キャのイベントと相いれないから、という事情も大きい。ほら、俺って文化祭のときも、トイレの中に引きこもっていたくらいだし。
眼前でマリアンジェラの金髪が、慌ただしく揺れる。
それを見た酔っ払いの1人が、彼女に向かって野次を飛ばした。
「もっと樺茶色は頑張れ!」
何、その色?
アル中の思いもよらない博識さに驚かされたが、マリアンジェラの髪は、どう見ても綺麗なレモン色。ブロンドと呼ぶには、少々、黄色が強すぎるが、少なくとも茶色の系統ではない。
……酔いすぎだな、ありゃ。
「しっかし、こうも踊り子がいねぇと、いまいち盛りあがりに欠けるなぁ。おい、そこのメイドの姉ちゃん! ちょっくら脱いで、踊ってみてくれや」
声をかけられた相手のことは、姿を見なくても誰なのか分かった気がした。
「ばっか、おめぇ。こんな胸のねぇやつに踊らせてどうすんだよ!」
「それもそうか。ぎゃははは!」
十分にできあがっている2人の背後に、ドロシーが音もなく移動していく。
そうして、背後から男たちの頭を掴むと、置かれていた木のテーブルに対して、顔面を容赦なく叩きつけていた。
気絶。
テーブルは砕け散り、男たちが額と鼻から、紅の血をどばどばと流す。
そのまま2人の首根っこを、掴んで持ちあげたドロシーは、遥か彼方の上空へと向かって、男たちを軽々と放り投げていた。たぶん、方向からして落下地点は森の中だろう。
明かりの少ない世界での、夜の森。
あの様子じゃ、運よく目覚めたとしても、町には戻って来られまい。
「……」
俺の視線に気がついたドロシーが、恐ろしげな作り笑いを浮かべてみせる。
「ご主人様、見てください。お小づかいが落ちていましたよ!」
ただの盗っ人じゃねぇか。
一瞬で抜き取ったドロシーの早業に、俺が呆れながら仰天していれば、一部始終を目撃していたオジロワシの面々が、あからさまにドン引きしていた。
いつの間にかスザクの姿がなくなっていたので、なんともなしに周囲を見回せば、屋台のそばに彼女は立っている。飴をたくさん手にしていて、ずいぶんとご機嫌そうだった。なぜか、支払いはオスカーがやっていた。
なんだかんだ言っても、2人ともこの宴を楽しんでいるようで、俺は安心した。
時間を忘れて祭りの空気に浸る。そんなことを考えているわけじゃなかったんだが、もう少しだけこの場にいたくて、俺は近くの椅子に腰をおろす。
先ほどの騒ぎで、俺のことを見つけていたのだろう。ちょうどそこに、アルバートが酒を持って現れていた。
「どうした? 影の英雄が、ずいぶんとしけたツラをしているじゃねぇかよ」
一応は挨拶の意味を込めて、アルバートが手にする木製のコップに、俺は自分のぶんを打ちつけた。
「……少し気になることがあって。ちょっと嫌なことを思い出させるでしょうけど、教えてください。15年前、ブロンズデーモンはどうして、ネモフィラ地方に現れたんですか?」
眉を吊りあげたアルバートが、ぐびっと酒を呷る。
しばらくは無言。
彼が口を開くまでには、それなりの時間がかかった。
「……。分からんな。そんなのは、天の気まぐれとしか言いようがねぇだろうさ。……俺はもう気にしてねぇぜ。小屋で、前にお前に言ったときは嘘だったがな」
ちょっとだけ自嘲気味にアルバートが笑う。
世界攻略指南で当時から知っていた俺としては、苦笑いで応じるしかない。
再び酒に口をつけたアルバートが、しみじみと話を続けた。
「……ようやくだな。ようやく、クレアたちに顔向けができる。だから、俺はもう気にしちゃいない。本当だ。決してクレアやネルのことを忘れることはないだろうが、それでも、これからは前を向いて生きていくつもりさ。まだお前の心に引っかかるものがあるってんなら、いつか俺たちの集落の墓にでも寄ってくれ。場所は今じゃ山の中だが、行けばすぐにそれと分かるはずだ」
そう言って優しげに笑うアルバートに、どうにか俺は首を縦に振って返事をする。
そこからは沈黙をごまかすように、大して旨くもない酒を俺はちびちびと飲んだ。詳細な描写が入り用なら、次の記述が役に立つだろう。案の定、そして吐いた。
……やはり、くだんのアルバートであっても、世界の真相は知らないのか。
タマーラに詰め寄る際に見た、ブロンズデーモンの項目。
そこには気になる用語が書かれてあった。
時間がなかったので、調べる余裕がなかったのだが、結局のところは、それを確かめるよりほかに方法はないんだろう。
あまり気乗りしない。
タマーラに会ったせいなのか、ろくでもないことが書かれてあるんじゃないかと、嫌な予感が拭えなかった。
ほどなくして、俺は覚悟を決めると、椅子から立ちあがっていた。
アルバートに別れの挨拶をして、広場をあとにする。
ドロシーとスザクは、せっかくの宴を満喫しているようだったので、彼女たちに声をかけるのはやめておいた。俺が宿屋に戻ることを知ったら、きっと気をつかわせてしまうだろう。
夜の町を1人きりで歩く。
不思議と寂しさは感じない。
肩にのしかかるような気だるさと、喪失感にも似たやるせなさがあるだけだ。
帰宿。
部屋に向かおうとする俺に気がついた主人が、慌てた様子で止めて来る。
「あのぅ。お客様がお泊まりになられたお部屋がですね、お破壊されておりまして……」
ドロシーが殴った扉のことだろう。
「あぁ、うん。ごめん。払うよ。持ち合わせがないから、連れが来てからでも平気?」
「はい、おもちろんでございますぅ」
幸いなことに、ドアの修理自体はすでになされているようだった。
これで気兼ねなく、人目に注意することなく自分のスキルを発動できる。
ベッドに顔から突っ伏して、世界攻略指南を開く。
ブロンズデーモンは15年前に、均分転移の働きによって、ネモフィラに突如として出現することになったという。では、その均分転移とはいったい何か?
まず、この世界には、いくつかの真理が存在する。他者には決して変えることのできない、世界を形作っている基本的な摂理のことだ。創造神が定めた設定と言い換えてもいい。
この世界の真理の1つである均分は、ワールド各地の瘴気が一定になるように、バランスを保つ。
用語が多くて分かりにくいが、瘴気は魔物が発する負のオーラとでも、思っておけば大丈夫だろう。魔物の数が増えたり、強力なボスがいたりする土地は、それだけ瘴気の濃度が高いということになる。そして、ワールドはこの値がなるべく平等になるように、魔物を世界中で分かち合うのだ。それも魔物をテレポートさせるという、極端な形を取って。
つまり、ざっくりといえば、神の采配によって突然、ボスが別の土地から転移して来るということだ。これが均分転移。
「ふっざっけるな!」
無人の部屋に、俺の怒声だけがこだまする。
「これじゃあ何度やっても、世界にモンスターがいる限り、強力なボスが勝手に配られるっていうことじゃねぇか!」
今日、俺たちはブロンズデーモンを倒した。
それは言い換えれば、ネモフィラの濃度を下げたということだ。
世界は1か所だけの平穏を許しはしない。
その土地の濃度が、ワールドの平均と同じになるまで、魔物をテレポートさせることで調整を取ろうとする。どうしたって、各地の守護が必要になるのだ。
この仕組みを理解した伝説の勇者は、それぞれの地方に、自分の伴侶を向かわせることで、世界の真理に対抗したらしい。ネモフィラ南部を守ったのは、勇者によって金庭雪乃と名づけられた女の子。町の名前が和風になっているのは、これに由来しているためだった。
階段を上がる複数の靴音が、俺のほうへと近づいて来る。
ドロシーたちが帰って来たようだ。
「先に戻っていたんですね。声をかけてくださっても、よかったのに」
扉を開けるなり、ドロシーがそう口にした。
どうにか世界攻略指南はしまったのだが、残酷な世界のルールに対する失望までは、ドロシーに隠すことができない。
「……どうかしたんですか? ご主人様が望んだ最高の結果だというのに、とっても浮かない顔をしていますよ」
危うく、ドロシーに泣きつくところだった。
だが、最後に残った羞恥心が、かろうじてそれを思いとどまらせる。
「ドロシー……。俺は、この世界の魔物全部を殺そうと思う」
均分転移を破るためには、真正面からすべてを壊さなきゃいけないんだろう。
それならば、ワールドから魔物という存在を、丸ごと消し去るしかない。
「それはまた、急ですね。本当にどうかしたんですか?」
「なんでもないよ……。ちょっとタマーラから、ブロンズデーモンみたいなのが、世の中には大量にいると聞かされたんだ。女が傷つくのは見たくないからね。手伝ってくれるだろう?」
俺から視線を外したドロシーが、明後日のほうを一瞥する。
(きっと、この子は嘘をついている。……でもまぁいっか、しばらくは……)
「えぇ。それがご主人様の望みであれば、メイドはつき従うのみです」
説明の都合上、蚊帳の外になってしまったスザクも、慌てたようにうなずいていた。
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次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




