22 俺、タマーラのたくらみを知って激怒する。
スザクの殴打はボスの腰部に直撃。
体に直径50cmほどの、大穴を開けられたブロンズデーモンに、生き残れるすべがあるはずもなく、そのままボスはうつぶせに倒れていった。
問題なのは俺のほうだ。
スザクの余波に抗いきれず、ボスの背中で踏んばってはみたものの、数秒後には体が空に浮いていた。
だから、関わりたくなかったんだよ。
「誰か助けてくださ~い!」
あらぬ方向へと投げ出されながら、俺は救いを求めて泣き叫ぶ。
……そういや、前にもあったな、これ。
回転しながらの落下。
目まぐるしく変わる景色に酔っていれば、いつの間にやら、スザクが俺のことをお姫様キャッチしていた。
きゃ、素敵。
「……また、やってしまいました」
俺の手柄を横取りしたことに、スザクは決まりが悪くなっているらしい。
あいにく、それこそいらぬ心配だ。
「いいや、スザク姉さん。今回に限っていえば、グッジョブですよ。マジで」
あれだけ苦戦していたブロンズデーモンが、ただの一撃で沈められたことに対して、理解が全然追いつかないのだろう。俺たちがアルバートのもとにまで帰って来ても、みなはまだ呆気に取られたまま、あんぐりと口を大きく開けていた。
やがて、小さくブライアンが噴きだす。
その声に釣られるようにして、冒険者たちの間に笑いが広がり、ついには爆笑の嵐となる。
「だはははは! あのブロンズデーモンが一撃で……。だっはは! こいつはいい! 傑作だ」
自暴自棄になったのかと、一瞬、俺の心が不安に駆られたのだが、その顔色がいいままなので、アルバートは嘘をついていないのだろう。
「申し訳ねぇっす。本当はこんなつもりじゃ……」
形だけの謝罪。
半分くらいは、当初思い描いていたとおりの結果になったので、俺としては強く謝る気にはなれなかった。もっといいやり方があったのかもしれないが、俺にとってはこれが精一杯だったからだ。自分にこれ以上、何かができたとは思えなかった。……世界攻略指南を通しで読めっていうのは、なしね。
「いや、これでよかったのさ。……悔しいが、俺たちだけじゃやつは倒せなかった。それはここにいる連中だって、全員が身に染みているよ。でも、ゼンキチ。お前のおかげですっきりした。気分がいい。ここにいるみんなが頑張って、そして最後は相手を圧倒した。俺たちはあのブロンズデーモンに、一太刀を浴びせられたんだ。こんなに愉快なことはねぇだろう!」
笑顔で互いの健闘を称えあう冒険者たち。
そこに冷や水を浴びせるようにして、スザクが補足を加えていた。
「いえ……あのぶんだと、みなさんの攻撃では、ダメージがほとんど入っていなかったかと」
俺の背中に再び雨が降る。
お願い、スザクさん。少しは空気を読んでたも。
だが、スザクの無遠慮な発言にも、アルバートたちに気分を害したそぶりは見られない。
「それでもだよ。それでも、俺たちの気分は晴れたんだ。自分の腕で攻撃し、そして誰も死なずにブロンズデーモンの最期を見られた。……控えめに言っても、最高じゃないか。なぁ、ゼンキチ」
『お前が目指したのは、これなんだろう?』
そう言外に問うように、アルバートが優しく目を細めた。
「えぇ、そうですね」
力強く、俺は彼の言葉を肯定する。
そんなこと、冒険者たちの表情を見れば、一目瞭然だった。
拳を打ちあわせ、泣き、そして相手の肩を抱く。
みんなの気持ちが1つになったことに、大きな意味があるのだ。
今までネモフィラに、少なからず嫌な影を落として来たブロンズデーモン。ある者は恐怖し、また、ある者は怨嗟に嘆く。そういった負の連鎖が今日、自分たちの手で終わったのだ。これほど晴れやかな気持ちになることなど、長い人生でもそうそうないだろう。
いまだに納得していないスザクが、つまらなそうに肩を竦める。まさか、自分だけが仲間外れにされて、寂しがるような女でもあるまい。
俺が深く気にせずに、借りた得物をドロシーに返していれば、そこへ馬の持ち主であるタマーラが姿を見せた。
「……驚いたな。ちょっとした様子見のつもりで来たんだが、まさかもう終わっているとはねぇ」
タマーラの存在を認めたアルバートが、彼女に対して手を挙げて応える。
俺は、次に発せられたアルバートの一言に、動揺を隠せなかった。
「女商人か……。あんたの予想は大あたりだったぜ」
自分の企てがうまくいった喜びも、一瞬にして霧散してしまう。
……大あたり?
俺にウィンクをしたタマーラが、見るも無残なブロンズデーモンの死体へと、ほくほく顔で近づいていく。約束どおり、一番乗りで戦利品を回収するとでも、言いたいんだろう。
その姿は本来、正常なもののはずであったが、アルバートの台詞でもはや、胡散臭さ以外の何物でもなくなっていた。
はたと俺の胸中に生じる疑念。
とりもなおさず、最初からタマーラは、これが目的だったのではないかという予感だった。
誰もタマーラに注意を向けていないが、その名前が偽名だと知っている俺だけは、どうにも彼女を信じることができない。
信用したい気持ちと、信頼できない気持ちが俺の中で反発し、ついに俺は世界攻略指南を発動させていた。
もちろん、タマーラ本人に使っても意味がない。
確認すべきなのは、ブロンズデーモンの項目だ。
その討伐をきっかけに、何か情報が更新されているのではないかと、自分のスキルに目を走らせれば、そこには次のような記載があった。
すなわち、ブロンズデーモンが死亡時にドロップする目玉には、観賞用としての大きな価値があるということ。それは市場にて、高値で取り引きされるほどのレアアイテムなのだ。
タマーラのほうへと向かって、俺は冒険者の間をかき分けて進んだ。
あのオスカーでさえ涙を流して、今回の勝利を嬉しがっていたが、もはや俺の心には、ひとカケラの喜びさえ存在していなかった。
「よし、町に戻って宴を開くぞ!」
すっかりと陽気になったブライアンが、背後で叫んでいるのが聞こえて来る。
「あったりめぇだ! 今夜は誰も寝かせねぇぞ」
「そうだそうだ!」
「雪乃の町にある酒を全部、俺たちで飲みほしてやろう!」
祝勝が決して悪いわけじゃない。
だが、落ち着いて話がしたかった俺は、一同をドロシーに任せて、スザクと共にタマーラに対峙していた。みんなの気を悪くさせたかという不安は余計で、特に俺に構うことなく、冒険者たちが町へと帰っていく。その際、ドロシーだけが俺を心配そうに見つめていたのだが、俺は作り笑いを浮かべると、彼女に対して首を横に振っていた。
すっかりと静かになった戦場で、俺はタマーラの顔に力のない視線を向けた。
「最初から、その目玉が目的だったのか。答えろ、タマーラ」
特段、意識したつもりはなかったのだが、俺の口から漏れ出た声は、自分でもびっくりするくらいに冷ややかなものだった。
無論、眼前の彼女に意に介した様子は見られない。
「な~んだ、知っていたのかい」
そう言って、タマーラはとびっきりの冗談を聞いたように、くすくすと笑った。
(だけど、それにしては妙だな……。知っていたのなら、馬を借りるときにでも尋ねればよかったものを。それとも、この少年からすれば、ブロンズデーモンの目玉くらいは小銭なのかな?)
何を考えているのか、まるで読めない2つの瞳が、俺のことを淡々と射貫く。
「大あたりってのは、ブロンズデーモンの在り処のことだな。被害が出ると分かっていて、お前はアルバートに封印の場所を教えたのか?」
「もちろん」
退屈な質問をするなと言わんばかりに、タマーラがおもむろに両の腕を広げた。
「15年前みたいに、町の人たちに死傷者が出たら、いったいどうするつもりだったんだ!」
「おっと、それは私に言うべき台詞じゃないかな。文句は、アルバート本人に言ってくれ」
そこで一度言葉を区切ったタマーラが、今度は俺を少しだけあざけるように見つめ返す。
まるで、俺の義憤そのものが誤りであるかのように。
「……第一、味方の損傷を無駄に増やしたという話なら、君だっておんなじだろう? この様子じゃ、スザク君を最初から使っていないんだからねぇ。勘違いしないで。別に、責めているわけじゃないよ。私としては、そのほうがありがたかったんだから」
「どういう意味だ……」
「彼女は力の制御が苦手らしいからねぇ。大事な商品を、やたらめったら壊されたんじゃ、たまったものじゃないだろう? もっとも、私には、町民が無意味に傷つかない自信があったけどねぇ」
指をピースサインにして顎にあてたタマーラが、蠱惑的な表情を作ってみせる。
「はったりはやめろ」
「後だし孔明じゃないさ。だって、君がいたじゃないか、少年。メイドの村のお父さんを君が助けたとき、私は、この子なら町を見捨てないだろうという確信を持った。だから、馬を用意した。相手はブロンズデーモン。時間さえ稼いでくれれば、北菔鳳の派遣はすぐに決まる。このレベルの事案にもなると、ハヤテの出番だ。王都に情報さえ届けば、半日もしないうちに、北菔鳳がブロンズデーモンを片づけてくれただろう」
嬉々として語るタマーラに、俺はくり返し歯ぎしりをしていた。
それでも、決して彼女に手を出すことはない。
そばにジャスティンが控えていたことも理由の1つだが、男が女に手を挙げるのは、絶対にしちゃいけないことだ。
「もちろん、全部が私の手のひらの上だったわけじゃないよ。君が雪乃の町で、スザク君を雇ったと知ったときには、少々焦った。まさか、借金王を自分から引き入れるような人間がいるなんて、想像だにしていなかったからさ! おかげで、ブロンズデーモンが復活したとき、君が町からいなくなったことを知って、私は興奮しちゃったよ。久しぶりに、商売で先手を取られたかと、すごっくドキドキした。今だって心の高まりが静まらないくらいだ。まっ、結果は見てのとおり、違ったみたいだけどねぇ。君が何をしようとしているのかは、私に馬の依頼が来たときに察した。だから、ちょっとだけ冒険をしようと思ってねぇ。ついつい、我慢できずにここまで来ちゃったのさ。結局は、私が賭けに勝った具合なのかな?」
ボスの目玉という、手柄をゲットしたことを指しているのなら、俺からすればどうでもよかった。世界攻略指南を使えば、どうにでも挽回できることだし、もとよりそのつもりさえない。
だが、聞き捨てならない発言に、俺は自分の声を荒らげてしまう。
「冒険!? 冒険と、お前は言ったのか! アルバートの純粋な復讐心を利用しておいて、これを冒険だとお前は断じるのか!」
呆れたように、タマーラが大きく息を吐く。
「そんなものは冒険とは言わないさ。自分の命を賭けること。これが冒険だよ。ギルドの連中から教わらなかったのかい?」
なじる。
自分が脈絡のないことを話している自覚はあったが、それでもタマーラを責めることを止められない。
あとから分かったことだが、タマーラがこんなにも多くの種明かしをしたのは、それが彼女の言う、冒険だったからにほかならなかった。
「お前なら、もっとほかにやり方があったんじゃないのか。凄腕の商人だろう!」
「だって、安いじゃないか。このほうが、格段にコストが低い。倒すことも、足止めをすることも、ぜ~んぶ人任せ。そして、一番美味しいところだけは、ありがたく頂戴する。商人冥利に尽きるってものさ」
他人を歯牙にもかけない台詞に、俺は自分の心に生まれた悪感情を、ついに自覚してしまっていた。
俺のことを心の底から軽蔑していたマユミにさえ、抱くことはなかったというのに。
「……。初めてだよ。俺はお前が女だけど、嫌いだ」
吐き捨てるような声音に、タマーラがたまらないといった表情で、今日一番の笑みを見せた。
ちょこんと小首を傾げた彼女が、何度か上品に手を叩く。
「それは光栄だねぇ。仲良くしようじゃないか。君のほうから、私と仲良くしたくなるよう、私は、私にできる限りの手を尽くしてみせよう」
ふと、スザクが思いついたように俺の前に出る。
「……切りましょうか? 私は別にどちらでも構いませんよ。今さら、人を切ることに思うものはありません」
今まで微動だにしていなかった護衛のジャスティンが、そこでようやく無表情を崩して、額に玉の汗を浮かべた。
しかし、雇い主であるタマーラは、口元に微笑を貼りつけたままだ。
なるほど。
やっと俺にも、タマーラの言動が少しだけ理解できた。
これがタマーラの冒険か……。
本気を出したスザクが相手なら、どれだけジャスティンが強かろうと、万に1つも勝つことがない。
試しているのだ。
俺がどういう決断をするのか、タマーラは命がけで判断しようとしている。
「はぁ……」
特大のため息をついて、俺はスザクの腕を引く。
ヒーローは、それでも女を傷つけない。分け隔てなく人を救うものだ。中二の自分が、完璧なヒーローを目指した以上は、俺もそれに従わないといけない。
「いや、いい。スザク、そんな簡単に人を切っちゃダメだよ。今までの君がそうだったのだとしても、俺に雇われているうちはね」
少しだけ意外そうな顔をして、スザクが再び俺の背後に回った。
沈黙。
俺の決断を見届けた以上、タマーラにすれば語ることがなくなったのだろう。ブロンズデーモンの死体に向きなおって、3つの目玉を回収していく。そうしてすべての戦利品を獲得すると、今度はおもむろに、ブロンズデーモンの角を手に取っていた。
何も言わずに歩きだすタマーラに対して、俺は冷ややかな口調で咎めた。
「そっちは置いてけよ。角に価値はねぇんだろう?」
「……心外だな。ハヤテに土産話をしたいというのは本心だよ。私じゃ彼女を救えないからねぇ」
珍しくタマーラが憤りを露わにしていたが、それもどこまで本当なのか、俺には全く分からない。
そのままずっと突っ立っていれば、やがて日は落ち、辺りはちょっとずつ暗くなって来ていた。
朴念仁のスザクにも、俺の落胆は伝わっていたようで、知らない間に、周囲をうろうろと歩き回っていた。たぶん、どうやって俺に声をかけるべきなのか、スザクなりに悩んでくれていんだろう。
とてもではないが、町に戻って宴に参加するような気分にはなれない。
しかし、どう考えたって、今日の主役はスザクだ。宴の場に不在であることは許されない。いつまでも、彼女をとどめたまま、ここで黄昏れているわけにもいかないだろう。
カラ元気を振り絞って、戦場をあとにする。
来るのに使った全部の馬が、撤収されてしまっているんじゃないかと思ったが、何も案ずることはなかった。たぶん、ドロシーが気を利かせてくれたのだろう。1頭の馬がまだ残っている。
「スザク……。悪いんだが、手綱を取ってもらえるか? 俺は1人じゃ馬にも乗れないんだ」
「すみません、ゼンキチ様。私も使ったことがありません」
……それもそうか。
スザクにしてみれば、きっと生まれたときから馬のほうが遅いんだ。乗る機会など1度もなかったことだろう。
どうしたものかと俺が考えこんでいれば、スザクがこちらに背を向けてしゃがんでいる。
「……どうぞ。馬よりは早いですよ」
負ぶされと言いたいらしい。
促され、俺はためらいながらも彼女の背に身を預ける。はっきり言って、ちょっと照れくさかった。
馬はまぁ、アルバートにでも任せればいいだろう。
立ちあがったスザクが疾駆する。
まるで子供の頃によく見ていた、戦国時代にタイムスリップするアニメみたいだった。
……かごめちゃんって、すごかったんだなって。
分かったことは2つ。
スザクの体は、オレンジの果実みたいな匂いがするってこと。
そして、女の人の髪の毛は、思っているよりも断然痛いってこと。
松葉色の髪が、俺の顔をびしばしと叩いた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




