21 俺、ブロンズデーモンを倒そうと試みるが、やっぱり俺には無理なので、代わりにスザクが倒す。
俺の大声に、ドロシーは不安げに応じていた。
自分の傷ついた太ももに手をあてながら、ドロシーが俺に向かって言い返す。
「ちょっと待ってください! 私の足はまだ本調子じゃなくて……頼られても、大した力にはなれません」
俺は首を横に振って、それが杞憂であることをドロシーに伝えていた。
必要なのは、ドロシーの男勝りなステータスじゃない。彼女のスキルのほうだ。
「心配はいらない。ドロシーには大食衣嚢を使って欲しいんだ」
「私のスキルを?」
「あぁ!」
俺が思い出したのは、ドロシーがポケットから、予備のメイド服を取り出して見せたときのことだ。
当たり前だが、ポケットから取り出したということは、そのメイド服は、直前まで大食衣嚢の中に、しまってあったということだ。
普通のポケットに、一着の洋服が丸々入る道理はない。両者のサイズが違いすぎるからだ。
しかし、実際には、物入れの中にメイド服は収まっていた。
大食衣嚢の発動条件は、恐らくだが、ドロシーが現に身につけている衣類のポケットに、物をしまうこと。
もう分かるだろう?
つまり、ドロシーのスキルは、ポケットよりも大きい雑品であっても、その一部さえ中に入れることができてしまえば、発動条件を満たすのだ。それの意味するところは、全体の小さな部分が、本体を巻きこむということにほかならない。
心の中で謝罪し、俺はドロシーに背を向けて、彼女の詳細なプロフィールを確認していく。
所持スキルである、大食衣嚢の項目を斜め読みすれば、思ったとおり、そこにはスキルについての、詳細な仕様が書かれてあった。
大食衣嚢の効果は幅広い。生物以外であれば、ドロシーの体の2倍の大きさまでは、問題なく収納できるとある。
俺は独りでにうなずき、戦場を見回す。
無数に乱立している岩の盾。
「……」
残る問題は、一部という言葉の扱いだ。
これらの防壁は、塞ぐ命の迷宮という邪法によって、作り出されたもの。
「スザク! あそこにある盾から、2つほど破片を取って来てくれないか? サイズは、そうだな。親指くらいの大きさがいい」
「……は? はぁ……。構いませんが……」
怪訝な表情をしたスザクだが、まもなく俺の指示に従って岩へと接近。
スナック菓子でも摘まむような動作で盾を破砕すると、指定したとおりの大きさで、細片を持ち帰っていた。
受け取ったうちの片方を地面に置き、もう一方の砂礫を、俺は両手で懸命に押しつぶした。
「ふぬぬぬぬ!」
「……何がしたいのか分かりませんけど、代わりましょうか」
苦戦する俺の様子を見かねて、ドロシーが代行を申し出て来る。
それを勇んで断った俺だったが、30秒後には、ドロシーにバトンタッチしていた。
……え? 俺って、破片も壊せないの。マジで……?
「すみません、ドロシーさん。よろしくお願いしまーす!」
超自然の奇跡で作られた実態。
それを障害として機能しないほどにまで小さくすれば、邪法は消えてなくなるはずだった。
ドロシーが手のひらを開けて見てみれば、結果は俺の予想どおり。
だが、地面に置いたほうの破片は残ったままだ。
俺に説明を求めるように、ドロシーが眉を吊りあげる。
「盾がちょっとでも壊されたとき、邪法としての性質が、そっくりそのまま消えてなくなるならば、岩の全部が失われてなきゃ不自然だ。でも、そうじゃない。つまり、このカケラもまた、盾の邪法の一部なんだよ」
拾いあげた破片を手に乗せ、俺はドロシーの前に差し出す。
「ドロシー、これを大食衣嚢でしまってくれ」
「まさか……そんな」
俺のやろうとしていることを察したのだろう。
束の間、ドロシーはとまどいを見せていたのだが、やがては意を決して盾のカケラを摘まみ取る。
ポケットにしまいこんだ刹那――ドロシーが驚きをもって後ろを振り返った。
そこにあったはずの岩の盾1つは、全体の一部に巻きこまれて、すっかりと姿を消していた。
呆然と立ちつくすドロシー。
彼女自身、自分のスキルがいかに常軌を逸したものなのか、まるで自覚していなかったんだろう。
「これでようやく俺たちは、反撃のスタートラインに立った」
「お前ら、いったい何をしたんだ!」
遠目に俺たちの様子を窺っていたアルバートが、小走りで近寄って来る。一瞬にして、ブロンズデーモンの塞ぐ命の迷宮が消失したことに、やはり驚きを隠せないでいるのだろう。
事情を説明。
ドロシーのスキルを使えば、前衛を失った今の俺たちにも、やりようがあると彼に話す。
だが、それでも懸念があると、アルバートは俺に言い返していた。
「この隆起した岩はどうなる? これがあるからこそ、やつは防御の邪法を使って来ているはずだ。うっかり、そこの嬢ちゃんが消しちまったら、再びやつは岩の投擲を始めるだろう。その見分けはつくってのか!?」
もっともな疑問。
しかしながら、それは無駄な不安にほかならない。
「いや、そもそもそんな必要はないんです、アルバートさん」
「どういうことだ?」
疑いの目を向けるアルバートに、俺はブロンズデーモンの邪法について、簡単な説明を加えた。
「岩の盾を展開するうえで、その準備段階として使われる邪法は、あくまでも地面を隆起させているだけ。こっちは、魔法によって作り出されているわけじゃない! 大地を丸ごと飲みこむことは、大食衣嚢には不可能なので、ブロンズデーモンの攻撃パターンが変わってしまうことを、俺たちが心配する意味はないんです。逆に――」
そこから先の言葉は、ドロシーが引き取っていた。
「逆に、岩の盾を無力化できる私たちは、ブロンズデーモンを、一方的にぼこぼこにできるということですね、ご主人様?」
そのとおりだと、俺は彼女にうなずきを返した。
からくりを理解したアルバートの瞳に、これまで以上の炎が灯る。
「ちょっとでいい! この盾を崩して、ドロシーのところまで運ぶんだ。それだけで、この忌々しい障害を取り除くことができる! 怯むな、俺たちには勝利の女神がついているぞ!」
ブライアンと共に、アルバートが指示を飛ばしていく。
自分の父親によって、戦いの女神にされたことに対し、ドロシーは舌打ちで不快感を露わにしていたが、さすがに、ブライアンをこの場で粛清することまではしなかった。
形勢逆転。
向こうが貧民窟な投銭を使用しないのであれば、俺たちにもまだ勝機がある。
ドロシーのもとへと、次々に運ばれる岩のカケラ。
近場は冒険者に任せ、スザクには、一番危険なボスの周辺を担当してもらった。彼女からすれば、持ち帰るのに移動する必要もないみたいで、指で摘まんだ盾の破片を、俺の頭に向かって正確に弾き飛ばしていた。
……もうちょい別の方法はなかったんすか? なんか、消しカスを投げられていた、中学時代を思い出して来ちゃうんすけど。はぁ……切ねぇ。つらい。
顔の前で両手を広げているだけで、どんどんと塞ぐ命の迷宮の一部がたまっていく。
それを定期的に、俺はドロシーのポケットに入れていった。
見晴らしのよくなった戦場。
味方の魔法使いが、ブロンズデーモンの反撃を、気にせずに攻撃できるようになったことで、冒険者たちの魔法が、ひっきりなしにぶっ放されていた。
魔法の強さがいまいち判然としないが、見た目が派手じゃないので、そこまでの威力ではないだろう。
それでも、四方からこれだけの数を撃ちこめば、いやがおうにもダメージは通る。
逃げるように後退を始めたブロンズデーモン。
いよいよ不利だと悟ったのか、しばらくすると、ブロンズデーモンは自ら地獄変な怪岩を解除していた。
地形の変更が終了したことで、再びボスのアルゴリズムが変わる。
貧民窟な投銭の襲来を予期した冒険者たちが、途端に慌て始めていた。
そこへ向かって、俺は全身全霊で声を響かせる。
「とうとうやつの体力も限界だ! 俺たちは、ブロンズデーモンをあと1歩のところにまで、追いつめている! ラストスパートだ。殺せぇえええーーー!」
今こそが分水嶺。
ここで萎えてしまったら、もう俺たちに勝ち目はない。
ブロンズデーモンが、その両手を合わせてこちらへと構える。
新種の邪法に違いない!
直後、ボスの正面に人頭サイズの岩石が出現。猛スピードで人間側へと射出される。
衝撃。
魔法使いをどうにか前衛が庇ったが、それでも岩の勢いを殺しきれずに、2人の男が宙を舞う。確実に戦線離脱だ。
それだけじゃない。
邪法の命中した箇所を起点として、左右の方向にも、同様の岩石が射出されたようだった。
恐らくは、2段構えの効果なのだろう。
詳細を確認したいところだが、もはや俺のほうにも、悠長に世界攻略指南と、にらめっこしているような余裕はなかった。
「相手の攻撃は『丁』の字に飛んで来るぞ! 気をつけろ!」
オジロワシの指揮に専念していたオスカーが、怒声を上げる。
その見立ては、たぶん正しい。
さすがは、腐っても盗賊を率いていただけのことがある。こういった土壇場での戦闘にも、オスカーには経験があるんだろう。
「ここで決着をつける!」
それに呼応するように、アルバートも声を張りあげていた。
唱和。
互いを鼓舞するように、方々からも矢声が聞こえて来る。
……よし。
その光景を目にした俺は確信する。
ようやく今、みなの心が1つになった。
これならばスザクの力を解放しても、興ざめにはならないはずだ。
怪物を起こそうと彼女に近寄れば、その肩をすかさずアルバートが掴んでいた。
「スザ――」
「お前が連れて来たんだ。お前がとどめを刺せ、ゼンキチ! お前らもそれで文句ねぇだろう!」
いまだ得物を手にして立っている冒険者たちが、一斉に俺のほうを向いてうなずく。
……え? 嘘でしょ?
慌てて俺は辺りを見回したのだが、そこに異を唱えてくれそうな者は、1人としていなかった。
あろうことか、リベンジャーの思いは俺に託されてしまったのだ。
ドロシーに助けを求めようにも、いくらなんでも彼女では太刀打ちできないだろう。
「……。……おめでとうございます、ゼンキチ様。これを狙っていたんですね?」
頼みのスザクは、こんなとんちんかんな台詞を俺に吐く始末だ。
もう、どうにでもなれ。
断れるような雰囲気になかった俺は、自棄を起こして勇み出る。
「スザク、その剣を俺に貸してくれないか?」
「ご主人様には、こちらの短刀のほうがよろしいかと」
そう言って、ドロシーが俺に自分の武器を手渡して来た。
なるほど、確かにドロシーの指摘するとおりかもしれない。
いきなり刃先の長い武器を持ったところで、俺じゃうまく扱えないはずだ。
俺が彼女から短刀を受け取れば、ちょうどそこにブロンズデーモンの新技が襲って来る。
ガキン。
難なく岩石を片手で掴んだスザクが、そのまま敵の邪法を破壊。追加攻撃もろとも、岩石を無力化していた。
呆れたようにドロシーがため息をつく。
……ねぇ? 今からでも、選手交代しない?
「スザク、ちょっとの間でいい。やつを引きつけてくれ」
さすがに、厳戒態勢のブロンズデーモンには近づきたくもない。
俺は仕方なく、それと分からないようにスザクに援護を頼んでいた。俺の予想どおりに事が運ぶならば、これが正しい選択のはずだった。
「……分かりました。私が小突いて、あれの注意を引きましょう」
「うん、お願い」
あとは、スザクの超人っぷりに賭けるしかない。さぁ、スザク。空気を読まずにブロンズデーモンを倒すのだ!
移動。
大きく迂回するようにして、ボスの背面へと俺たちは場所を変える。
スザクを正面に残して来ているためなのか、ブロンズデーモンは、俺やドロシーのことを気にもとめていない様子だった。
そいつは好都合だ。
ブライアン親子の手を借りて、俺はブロンズデーモンの背中へと飛び乗る。
えぇい、ままよ。
俺が短刀を振りかぶったとき、タイミングを見計らっていたスザクが、一瞬にして肉薄。
ブロンズデーモンへと――スザク基準で――軽めの殴打を決めていた。
ドガン。
爆発でも起きたような轟音が、辺りに響き渡る。
結論から言おう。
そのスザクの攻撃は、ブロンズデーモンを即死させていた。
コメントまでは望みませんので、お手数ですが、評価をいただけますと幸いです。この後書きは各話で共通しておりますので、以降はお読みにならなくても大丈夫です(臨時の連絡は前書きで行います)。
次回作へのモチベーションアップにもつながりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。(*・ω・)*_ _)ペコリ




