17 俺、市場で買い食いをする。
廃倉庫をあとにした俺たちは、市場の通りを目指していた。
女子というものは大概、甘いものには目がない生き物だ。もちろん、これは俺の勝手なイメージだが、ドロシーもその例には漏れないらしい。露店に向けて足を進めるドロシーの顔は、心なしか普段よりも表情が豊かに見えた。いつもは不愛想なのに、この変わりようだ。スイーツの持つ魔性の魅力というのは、本当に恐ろしい。
どうやら、これについては、もう1人の仲間にも同じ指摘ができるらしく、俺の後方にいる剣士の足取りも、どこか軽そうだった。
いまだ周囲を警戒するように、目を光らせてこそいるものの、それはたぶん彼女の習慣だからだろう。実際、目つきの鋭さに反して、腰に佩いた剣に手が伸びることは、一度もなかった。もっとも、この点は戦闘中であっても同じなのだが。
松葉色の髪を後ろで束ねた剣客。
要するにポニーテールで、要するにスザクだ。
ご存じのとおり、市場の入り口に並んでいるのは、ワールド名産のホワイトシチューだけだが、奥まったほうに進めば、途端に甘味を商う露店が顔を出して来る。この通りの出口付近は、俺たちの泊まっていた宿屋群にも接しているので、ここまでこうして安全に来られたのは、暴漢の一件が、無事に片づいたからこその賜物といえた。
俺は別に、雪乃の町にも甘味にも詳しくない。なので、どうしたものかと辺りをうろうろしていたのだが、そこでふとスザクの視線が、一軒の屋台に釘づけになっているのが分かった。その視線を目で追ってみれば、そこにはペロペロキャンディーとしか形容できない、ずいぶんとカラフルな飴が置かれてある。渦を巻いた棒つきのキャンディー。まさしくペロペロキャンディーだ。
「好きなの?」
ついつい好奇心から、俺はスザクに尋ねていた。
悪く思うな、見かけによらないと思っただけなんだよ。
「……。はい。子供の頃の憧れが高じて、町で見かけると、どうしても買うようになってしまいました」
「へぇ、いいじゃん。普段とのギャップがあって、素敵だと思うよ。買い食いは俺が言いだしたことなんだし、何本か買ったら? 俺が払うよ」
言うやいなや、俺はスザクの手を引いて屋台へと近づいていく。
油と埃で汚れた布の屋根。
元の色は白だったのだろうが、今では黒っぽくて汚いものに変色している。
老舗というより、現代人の俺からすると、衛生環境がやや気になってしまうところだが、そんなものはワールドに転生した時点で、別れを告げていなければなるまい。それに中二病は悪食と相場は決まっている。今、俺が決めた。
適当に飴の色を見繕うと、俺は硬貨を支払った。
金貨じゃない。いつの間にかドロシーが両替して来てくれたので、相場どおりの金額だ。
ちなみに、屋台の男に味を聞いてみると、全部ホワイトシチュー味だと答えていた。……なんで?
シチューの味を再現できるほど、ワールドの化学は絶対に発展していないはずなのだが、そんなことは気にするだけ野暮だろう。
買ったキャンディーをスザクに手渡せば、彼女はそれをペロペロ――とはせず、全部まとめてぼりぼりと食い始めていた。
「やはり美味しいですね。飴は噛みごたえがあって」
……初めて聞いた、その感想。
だが、イメージどおりのキテレツな行動に、ある種の安心感を覚えたのもまた事実だ。
硬けりゃ旨いと断じるスザクは、食の好みが絶望的に偏っていて、なんの参考にもならないので、俺はドロシーのほうに向きなおっていた。この間に、ドロシーは独りで菓子を買っていたらしく、その手にはたい焼きのような物が握られていた。
形こそ、魚を象ったものではないものの、その質感は完全に和菓子だ。今川焼とか、そっち系の生地を使っている。
興味深く、俺がじろじろとそれを見ていれば、気を利かせたドロシーが、商品の説明をしてくれていた。
「これですか? サテモ焼きです。甘い生地の中に、贅沢にもトマトシチューがたっぷりと入っているんですよ。なんでも、昔の勇者によって伝わった、勇者の故郷のものだとか。生地の形は地方によって色々とあって、その地に由来するもので作るのが一般的です。なのでほら、見てください。ここではネモフィラの花なんです」
そう言ってドロシーは、俺にかじったばかりのサテモ焼きを見せて来る。仕方なく、俺は形を確認するために、ドロシーがまだ食べていないほうに目線を向けた。
なるほど。言われてみれば、確かに5弁花の形をしている。
あいにくと花卉にも詳しくないのだが、これがネモフィラに違いないのだろう。じゃあ、逆になんなら俺は詳しいのかと、そう思ったか? 残念だったな、何もない。認めたくはないが、無能だ……。
たぶんだが、名前はくさっても鯛というところから取られたのだろう。故事成語についての、誤った伝聞がなされているようだった。
このサテモ焼きはドロシーの好物らしく、持っていた2つもあっという間に平らげていた。
そのままぶらぶらと全員で市場を見て回っていれば、露店にはいくつかの種類があることに、俺は気がついた。ペロペロキャンディーとフルーツの盛り合わせ、そしてサテモ焼きだ。このフルーツは、間違いなくスザクの借りていたところの果樹園から、運ばれて来たものだろう。オレンジにぶどう、そして見たこともない謎の青いフルーツだ。
どこで何が売られているのかは、色で判別できるようにしてあるらしく、遠目からでも屋台の内容を理解できた。それぞれ順に、白・黄・赤の布が屋根に使わている。つまり、サテモ焼きなら赤というわけだ。
ひととおり買い食いを楽しみ、大通りにまで戻って来たところで、俺たちは血相を変えた住人と鉢合わせていた。通行人にぶつかりながら、駆け寄って来た男は、やがて道の真ん中でその歩みを止める。何事かと訝しんだのは、なにも俺1人だけじゃない。ごくりと息を飲んだ男は、尻上がりのボリュームでおずおずと喋りだす。
「出た……。出たぞ。ブロンズデーモンがまた出たぞー! 向こうの山のほうだ! みんな、逃げろー!」
男の声で、辺りが静まり返る。
その直後、住民たちが一斉にパニックに陥った。
暴動に巻きこまれそうになる刹那、スザクが俺たちを抱えて跳躍していた。その場から離れたことで、どうにか市民に踏みつぶされるという事態は免れる。
俺たちを屋根の上におろしたスザクが、独り言ちるように呟いていた。
「なんでしょう。ブロンズデーモンと話していたように聞こえましたが……」
彼女の発言から、それが俺の聞き間違いでなかったことが分かる。
……ブロンズデーモン。ネモフィラ南部のボスだ。
「まさか……また、あれが?」
ドロシーでさえも、目を泳がせて驚きを露わにしていた。
俺の頭に、復讐に燃える男の姿がよぎる。
ボスを倒すのは、それこそ一流の冒険者であっても難しいはずだ。
そんなものに無策で挑めば、命がいくらあっても足りないだろう。
アルバートの身が危ない!
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