14 俺、改めてスザクの化け物っぷりを思い知らされる。
スザクという名前が偽名だった。
これは、スキルで地雷かどうかの、チェックをしようとしていた俺にとって、ちょっとした想定外だ。
だが、偽りの名前という意味では、スザクが初めてなわけじゃない。タマーラのこともあったので、俺としてはこのままでも構わなかったのだが、堂々と偽名を名乗ったスザクのことを、ドロシーはいまいち信頼できない様子だった。たぶん、主人に対するメイドとしての過保護さも、多分に影響しているんだろう。
「スザクという女性は、ずいぶんと訳ありのようですね。時間が空いたので、もう少し私は、彼女について調べてみようと思います」
そう言って出ていきそうになるドロシーの背中に、俺は急いで言葉をかける。
「足の怪我は大丈夫なのか?」
「えぇ、まだなんとか」
「そっか……。たしかに、本名じゃなかったのは、少しあてが外れたしな。ドロシーに任せるよ。ドラ=グラを首になったことも、もうじき広まるだろうから、それに触発される形で、埋もれていた情報が何か出て来るかもしれない。ただ、敵も俺たちを捜索しているだろうから、くれぐれも無理はしないでくれ」
俺はドロシーのことを思ってそう言っていたのだが、どうやら、知らずしらずのうちに墓穴を掘っていたらしい。これまでとは色の違う疑いの目でもって、ドロシーが俺のことを見返していた。
「……。通名だと、何かまずいことでもあるんですか? 出て来る情報は同じだと思いますけど……」
「あぁ……うん。そうだよね、ごめん」
正論。
本名が大事なのは、あくまでも世界攻略指南に関わるからだ。
ごまかしてしまった俺は、ますます自分のスキルをドロシーに話せなくなっていた。
しばらくの間は、俺のことを訝しんでいたドロシーだが、やがては小さなため息を1つつくと、まもなく小屋から出ていった。
「ご主人様こそ、帰り道に気をつけてくださいね」
俺の返事も聞かずに、ドロシーが走っていく。
帰宅するだけの俺より、街中を駆け回らないといけないドロシーのほうが、遥かに危険が伴いやすいだろう。
恐らく、俺たちが戻って来るのに備えて、相当数の人間を宿屋に配置しているはずだ。
油断は禁物だが、ここを避ければ、敵に見つかることも少ないんじゃないかと思う。過度に心配する必要はないだろう。
この調子じゃ、飯は買って済ませたほうがいいと思った俺は、ドロシーのぶんも揃えるために、食品市場に向かって歩き始めていた。
熱気。
昼間ということもあって、さすがに商売が賑わっている。
店の通りに入った瞬間から、四方から声をかけられるほどだった。
「ホワイトシチュー、ホワイトシチューはどうだ? おっ、兄ちゃん。うちのシチューはどうだ? 冷めても旨いホワイトシチューだぜ」
なんで、ずっとどこもかしこもホワイトシチューなんだろう……。まぁ、日本にいたときは、俺も馬鹿みたいに味噌汁と白米だったから、他人にとやかく言えた義理じゃないんだけどさ。
「坊主、こんなやつのシチューなんか、買うだけ損だぜ。俺のところにしろよ。こっちは、冷めたらますます旨くなるシチューだぜ」
「甘いね! 男共はちょっと冷えたくらいで、ぎゃーぎゃー騒ぎすぎなんだよ。あたいのところは、凍らせたほうが美味しくなるシチューだよ!」
「凍……らせる? クソっ、馬鹿な。盲点だった!」
「やられたな。まさか、そんなことをして来るやつがいるとは……」
3人の店主が、俺をそっちのけで盛りあがっていた。
シチューを凍らせて食うとか、正気の沙汰じゃねぇよ。ガリガリ君のナポリタン味の話、したあげようか?
そうは言っても、郷に入ったら郷に従えだ。シチューしか売っていないなら、文句を言わずにシチューを買うしかない。俺には商品の差が分からなかったので、とりあえずは、最も美人な女店主のところのシチューを、人数分だけ買っておいた。
そうして、宿屋群を大きく迂回するようにして、俺はクレバリアス家に戻る。
午睡を兼ねて、うつらうつらとしている間に、ドロシーは地下通路から帰還していた。
そのボケに俺は突っこみを入れず、彼女の報告に耳を澄ます。
「スザクという女性ですが、調べれば調べるほど危ない噂しか出て来ません。『国宝を誤って2つ破壊した』とか、『ドラ=グラの本部で仲間を数人死なせている』とか、『彼女の借金があまりに高額なので、管理する手間を省くために〈スザク〉という新しい単位を、国が作ろうとしている』とか。どれもこれも、常識外れですよ。いくら話に尾ひれがついているといっても、限度があります」
支部の酒場が壊れていたのを、俺はドロシーと一緒に目撃しているだけに、一概に悪評を否定できなさそうなのが困った。
「……金はともかく、味方殺しは危険だな」
「どうなさいます?」
「剣の腕が確かなだけに、残念極まりないんだが、万が一のときには、金貨を払って関係を解消する。それしかないだろう。だが、今はまだスザクに頼るしかない。同士討ちの危険よりも、俺たちを狙う盗賊のほうが、放置できない障害のはずだ」
「了解です」
納得したように彼女がうなずいたので、俺はいい頃合いだと思って、市場で買った昼食をドロシーに手渡していた。
「朝から2人とも、何も摂っていなかっただろう?」
礼を言って受け取ったドロシーが、シチューを口に含む。
直後、俺に対して白い目を向けていた。
えっ、今度は何よ?
「……これはイザベラさんのところのシチューですね。あそこは市場の通りの、中ほどにあるお店ですが……これはいったい、どういうことなんですか、ご主人様? なぜ、イザベラさんのお店に? ほかにも入り口近くに、お店はたくさんありましたよね? イザベラさんが美人だったからですか? 目立つなという話を、もう忘れてしまったんですか?」
嘘ぉ! なんで分かるの!?
俺には味の違いなんて全く分からないのに、どうやってドロシーは気がついたんだろう。
そこから俺は、小一時間ほどドロシーから説教を受けた。
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スザクは悩んでいた。
とりもなおさず、ゼンキチの提案を受けるか断るかというものである。
行くあてもないスザクは、町の中をふらつきながらも、やはり広場を目指していた。
スザクが町の中心部に行きたがるのは、ほかにすることがないからだった。何をするわけでもないのに、引き寄せられるようにして、彼女はいつも中央に足を運んだ。
暇だと、どうして盛り場に向かおうとするのか、その理由は判然としないが、スザクにとっては意味のある儀式的な行動だった。
ある意味では、それがスザクの習性だといえる。
広場を訪れたスザクの横を、2人組の男たちが乱暴に通り抜けていく。
「クソが! エッカルトの野郎、いったいどこに消えやがったんだ。ちくしょう! だから俺は、あんないけすかない野郎をチームに入れるのは、反対だったんだ」
「そんなこと言ったってぇ、実際、エッカルトの指示は、これまでずっと的確だったじゃないですかぁ」
「うるせぇ! 俺が言いてぇのは、そういうことじゃねぇんだよ。屁理屈ばっか言ってんじゃねぇ、この野郎!」
怒鳴るやいなや、男は隣にいた部下の頭を殴りつける。
「ちょっ! 勘弁してくだせぇよ、兄貴ぃ」
「とにかく走るぞ。メイドの目撃情報が見つかった! クレバリアス家だ。どうにも、メイドが以前にそこで働いていたらしい。ガキも一緒だ! もうほかの連中は向かっているぞ」
「えっ? こんな昼間っから、堂々とやりあっちゃうんすかぁ? 住民に見つかると、さすがにまずいんじゃ……」
「関係ねぇよ、今さら!」
もう1度部下の頭を叩いてから、男が市場のほうへと走っていく。
メイドと子供。
その組み合わせに、スザクはどこか既視感を覚えていた。
そして、それがゼンキチと、ドロシーのことを指しているのだと理解したとき、すでにスザクは大きく跳躍していた。
居住区の地面を破壊したスザクは、市場を飛び越え、4階建ての宿屋の屋根の上に、一瞬にして着地する。
睥睨。
眼下を駆ける男たちに鋭い視線を向け、その能力を屋上から測った。
(……弱いな。この程度なら、他人に力を借りるまでもないだろう。あの2人だけでも、十分に撃退できるはずだ。やっぱり、今回の仕事は断ろう。それがいい)
そう考えたスザクが、直立のまま地面に落下する。
ズドン!
何事かと周囲にいた町人が振り返るが、スザクは平気な顔で歩き始めていた。ドロシーでさえ、着地から動きだすまでには、いくらかの時間を必要としたが、無論、スザクはそのような手間とは縁がない。
ついでとばかりに、前を走るオジロワシの2人を、邪魔だからという理由で気絶させると、スザクはクレバリアス家へと急いだ。
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