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月食

雪降る夜。

老婆が一人、建物の壁にもたれかかり座っている。


厚着をしているがどれもボロボロ。

油気の無い白髪が、頭巾から力無く零れ落ちている。


老婆には家が無く、放浪しながら日雇いの仕事をして生計をたてていた。

もしかすれば自分を受け入れてくれる場所があるかと期待して旅をしていたが、ついに見つからなかった。


「…綺麗な月…」


月にかかる雲が丁度薄くなっており、かけゆく満月を拝む事ができた。


「美しい月食ですね。マダモアゼル。」


月が完全に隠れた頃、老婆の前に男が立っていた。

病で濁った老婆の目には見えないが、若い男である。


老婆は確信する。

彼こそが死神だと。


「…月と共に隠る…あなたも洒落た事をするのですね…」


「定期的に発生する天体ショーは、アンカーとしちゃ最適だからな。」


「…?」


男は懐から、懐中時計を取り出す。


「ミディ・ヴォルト・アルスケイルだな。」


「!」


それは、老婆がひた隠しにし続けていた本名。

第二皇女としての老婆の名であった。


「取引しよう。俺はデータが手に入り、お前は強くてニューゲームができる。どうだ?」


「い…一体何を言って…」


「この世界の時間を巻き戻してやるっつってんだよ。場所は98年前の今日、お前が12歳の頃だ。」


「そんなまさか…そんな事が可能なわけ…」


「できるかどうかを試すんだよ。お前でな。」


「………」


ミディはかつて、アルスケイル皇国の皇女だった。

ジルモンド王国の王子と結婚し、敵国と繋がっていた第一皇女に代わり、時期女皇となる筈だった。

第一皇女レンシャと騎士団の謀略により罪をなすりつけられ、ろくな裁判もせず処刑を言い渡されなければ、今頃は皇室のベッドから月食を眺めていた筈だった。

女皇レンシャ誕生の翌年、アルスケイン皇国はレンシャの内通先、敵国レウシグナント連邦からの進行を受け陥落。罪無き市民7000万人の命と共に、皇国は世界から消滅した。

ミディが逃れられたのは、彼女の事を心から慕っていたジルモウンドの王子の計らいだ。もっとも、逃亡先であったジルモンド王国もすぐに連邦の手に堕ちたが。


「ミディ。今目の前には、お前の受けた不条理な運命を塗り替える可能性がつったってる。今を逃したら二度とチャンスは来ないと誓おう。」


男はミディに手を差し伸べる。


「来い。ミディ。この不条理な運命を、お前の手で歪曲するんだ。」


「運命を…変える…」


ふとミディの脳裏に、王子の姿が浮かんだ。

アルノ王子。運命に導かれ出会った、最愛の人。もしもあの人と添い遂げる事が出来たなら。




月が再び顕現する。

新世界の空に再臨する。


「綺麗な月食でしたね。ミディ様。」


城のバルコニー。

初老の召使いが、12歳の皇女に天体ショーの感想を述べた。


「ええ。本当に綺麗でした。」


健康的な澄み切った青い瞳。腰まで伸びる、若干青みがかった銀髪。

ミディ・ヴォルト・アルスケイン第二皇女である。


「もう一度見てみたいですね。もう一度また、この場所で。」



〜〜〜



晴れた夜空。

欠け行く月が、戦場で横たわる女戦士の運命を暗示しているようだった。


(あいつら…ちゃんと逃げられただろうか。)


女の周りには、無数の兵士の死体が転がっている。

女自身はもはや原型を留めておらず、ぐちゃぐちゃの状態であった。


偽の救難信号によって誘い出されてしまった革命軍は、この場所で政府軍の奇襲に遭った。

全滅必至の状況だったが、彼女の捨て身の陽動によって、犠牲者は彼女一人に収まった。


(どうせ酷い最期だと思ってたが…こりゃあ中々…悪くねえな…)


遠方に隠れた敵は狙撃し、白兵戦を仕掛ける相手は蜂の巣にし、ついに絨毯爆撃されるその時まで、女は戦い続けた。


「いやはや見事見事。まさか魔力の無い世界で、一人の人間がこんな大立ち回りをするなんて思っても見なかったぜ。」


(誰だ…死神か…?)


「俺か?俺ぁジッド。時間が無いんで手短に行くぞ。お前、異世界転生に興味ねえか?」


(…は?異世界転生?異世界転生って、あの?)


「根暗インキャがトラックに轢かれたらなる、あの異世界転生だぜ。」


(…どうやって信じろと…と言うか、そもそもお前は何者なんだ…?)


「何者かと言われたら、そうだな。異世界について調べてる学者だと思ってくれれば良い。どうやって信じるかについては、心の声と会話できてる今の状況が俺様の能力の証明って事で。」


(…解った。つまりお前は、自分の利益の為に俺を利用するって事で良いんだな?)


「まあ、そうなるな。だが、お前にとっても悪い話じゃあ無いと思うぜ?新天地で、新しい暮らしが出来るんだ。」


(…一つだけ、条件がある。)


「何だ?」


(革命軍が…この後どうなるか…教えろ…)


「…へへ。良いぜ。」


政府軍の罠から奇跡的に逃れた反乱軍はその後、大量の歩兵部隊を失ったこの地の政府軍拠点を制圧。

それを切っ掛けに反転攻勢に出た反乱軍は徐々にその規模を拡大させていき、数年後、悪政を布く政府軍に大勝利を収めた。

反乱軍はその後新政府を立ち上げ、世界の平和と秩序は末永く保たれる事となった。


「これで良いか?」


(嘘じゃないんだろうな?)


「不安なら、またここに連れてきてやるよ。」


(解った。これで契約成立だ。)


「へへ。おめーとは仲良くやれそうだぜ。」




月が再び顕現する。

異界の空に顕現する。


「月食か。つまり、天体自体は向こうと変わらないって事か。」


世界のゴミ箱、歴史が生んだ魔界、ダストタウン。

砂岩の建物が立ち並ぶ、砂漠街と呼ばれる場所の一角で、少女が一人、天を仰いでいた。


艶のある長い黒髪。赤く輝く瞳。褐色に日焼けた肌。野外慣れした引き締まった体躯。

アリス=ウィルはその日、12歳の誕生日を迎えた。


(…明日は早い。そろそろ寝なくてはな。


明日、ミディとか言う皇女を誘拐する。

それがアリスの、野盗としての初仕事だった。

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