第38話 船乗りから見た三人の評価①
マスケスはサイコロ遊びに必要な道具を船長室から取ると、客室に向かった。
客室には乗客である渡と二人の女が座って待っている。
(しかし、この男は何者なんだろうな。ウィリアムが言うには身元がよく分からない旅の商人ということだが。とんでもねえ美人は嫁か愛人か。雰囲気からして親しいのは間違いないが。おっと、エアとかいう獣人が観察してきてやがる。しかしとんでもねえ化物を連れてるな)
マスケスは船長として、モンスターとの戦闘を指揮することも多い。
自身でも曲刀を扱い、何十体というモンスターを倒してきた。
これまでに積み重ねてきた実戦による勘は、圧倒的な強者としてエアを感じていた。
これだけの戦士を心から従えさせるのに、どれほどの金をかけたのか。
マスケスは興味を持ったものの、今は饗す立場として、その関心を胸の奥にしまった。
「こいつがオレたちがしているサイコロ遊びの道具だ。この箱の中に、五つのサイコロが入っている。ボタンを押すとサイコロが自動的に振られて、目が出る」
「へえ、便利なものですね!」
「特注品でイカサマ防止に作られてるんだ。で、このサイコロの出目で役を作る。役はワンペア、ツーペア、トリプル、フルハウス、ストレート、クアドラプル、クインティプルだ」
「ふむふむ。なるほど。ポーカーみたいなものか」
「ポーカー? そういう呼び方もあるのか。俺たちは一つ目から六つ目と呼んでる」
マスケスは目の前でサイコロの出目を見せて、役を教えるが、渡はすぐに理解してみせた。
頭がいいというよりも、似たようなゲームをすでに知っているようだった。
不思議には思うものの、物自体は単純なサイコロであり、どこでどう広まっていてもおかしくはない。
「サイコロは良い出目は残して、もう一度だけ振り直すことができる」
「じゃあいい手が出やすくなりますね。同じ役の場合はどうなるんですか?」
「数字が大きい方が勝ちだ。ただ、出目を競うだけじゃ面白くねえ。それじゃ単純な運の勝負になっちまう」
「たしかに。駆け引きの要素はまったくありませんね」
「そこで出目は隠して、一つずつ公開するんだ。そしてチップを賭ける」
「賭け事ですか」
「なんだ、苦手か?」
意外だった。
賭け事が好きな男は多い。
金に余裕があるらしい渡もその口かと思ったが、反応は鈍いものだった。
「まああまりやりませんね。ただこの場合、俺はマリエルとエアがいてるので、あまりにも条件が不公平じゃありませんか?」
「その代わり三人ともボロ負けになる可能性もあるぞ?」
「それはそうかもしれませんが。……まあ良いでしょう。それじゃあ賭ける上限を決めましょう。どれだけ負けがこんでも、最大で金貨一枚。俺が今日の賭けに出せるとしたら、これが限度です」
「へっ、大きく出たな。良いぜ」
マスケスは獰猛に笑った。
金貨一枚ぽんと賭けられるとは、これは大勝負になりそうだ。
けっしてこれでハメたり、荒稼ぎしようと思っているわけではないが、彼ら船乗りにとってサイコロは多くの時間と金をかけている。
駆け引きはお手の物だった。
駆け引きの伴うギャンブルは、人の性格がよく出る。
マスケスが乗客にサイコロを誘うのは、その人物を見極める目的が大きかった。
共に商売をして良い人物か、ひと目で分かる。
勝てればより良いが、別に負けても構わない。
相手を見極める先行投資として受け入れられた。
勝っているときに調子に乗るタイプがいれば、慎重に勝ちをキープしようとするタイプ。
負けているときに引き際を見失って沈んでいくタイプがいれば、疵を浅く済ませようとするタイプ、一発逆転を見事に為すタイプ。
あるいは勝っているときも負けているときも一定の調子を崩したがらないタイプ。
本当に色々なタイプが出てくる。
「んあー! また読み負けたー!」
「ははは、エアは分かりやすいなあ」
「それはご主人様だからでは? 少なくとも、私には見抜けませんが」
「よし、じゃあサイコロを隠して。ボタンを同時に押して、振るぞ」
マスケスの号令に全員がサイコロの前に衝立を立てて、出目を隠す。
ボタンを押すとカチン、カラカラと音が鳴り響き、内緒で出目を操作できなくなっていた。
(この獣人は案外引っ掛けやすいんだよな)
「ふんふん~♪ 次はアタシがもらうもんねー」
「油断は大敵ですよ」
「おっ、俺も良い手が来たかも?」
「おいおい、マジかよ。オレはどうするかねえ……」
マスケスにとって、エアのような獣人との駆け引きは手慣れたものだ。
彼女たちはヒト種よりも遥かに優れた超感覚を用いて、相手の心情を読もうとしてくる。
ポーカーフェイスが通じないのだ。
だが、マスケスはそれらの能力の裏をかけた。
良い手が入ったときは商売の大失敗したときの記憶を思い出したり、悪い手のときは船上での戦を克明に思い出したりすることで、わずかながらも身体反応を誤魔化せる。
獣人は意識的にせよ、無意識的にせよ、自分たちの能力に絶大な信頼をおいているからこそ、マスケスのブラフにコロッとかかってくれる。
掛け金も勝てると確信してるから、自然と額が大きくなって、負けたときの損が膨れ上がる。
(とはいえ、急に覚醒するような超感覚の閃きを見せることもあるから油断ならねえ)
エアの恐ろしいところは、おそらくはワンペアができていただろうサイコロを、なんとなくで振り直したりするところだ。
未来予知とでも言うべきか。定石からすれば絶対に残した方がいいサイコロを、感覚に従って振り直す。
その結果、フルハウスやクアドラプルといったより高い手を引き当てている。
とはいえ、マスケスはエア相手ならば七:三ぐらいで勝ち越すことができていた。
「次こそアタシが勝つんだから!!」
「ははは、頑張れよ。俺も負けないけど」
「私も負けませんから」
「むきー!!」
和気あいあいとやりあっている三人だが、マリエルも油断ならない相手だった。
良い手のときも悪い手のときも冷静沈着で、大きな勝負には出ない。
どんな手でも平然とした表情をしている。
だが、小さな勝負を続けていたかと思うと、飄々ととんでもないブラフを噛ましてくることもある。
こういうタイプは強敵ではないが、確実に地歩を固める強かさがあった。
マスケスはマリエルに対しても優位を築いていて、今は六:四といったところだ。
だが、マリエルに対しては経験からやや有利、五分の勝負に落ち着くと思う。
(まあ、油断も隙もない女ってわけだ。こういう女が補助に付いてるわけだから、商売も上手くいくってな)
抜群に強い戦士に、強かな助手。
渡への評価も上がるというものだった。
(だが、いっちばん分かんねえのが、このワタルって男だ。こいつぁ一体どういうことだ……?)
マスケスはポーカーフェイスを保ちながらも、内心では大いに焦っていた。





