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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第二章

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第33話 大金と命の天秤

 一度中空に放り出された少女の体が歩道に叩きつけられると、そのまま体がゴロゴロと回転した。

 民家の壁に激突した車は、一度大きくバックしたかと思うと別の車に衝突し、また前進を始めて再度家に突っ込んだ。

 動転しているのか、挙動が恐ろしく次にどう動き出すかまるで予想がつかない。


 衝突された被害者の車はその場で停止した。

 本当にわずかな間に三つの事故が同時発生したのだ。


 渡は車を路肩に停車させる。

 心臓がバクバクと大きな音を立てていた。

 事故を起こしていたのが自分かもしれなかったのだ。

 撥ね飛ばされた少女を、渡の車が轢く可能性だってあった。


 ゆっくりと走っていて良かった。


 車を降りて、少女の無事を確認しようとした時、一瞬にして色々な考えが湧き上がった。


 助けた方が良いのか……?

 このまま知らないふりをして通り過ぎた方が利口ではないか?


 交通事故に遭った少女はおそらく重体だろう。

 すぐさま処置が必要になる。

 幸い手元にはポーションがあった。

 命を落としていなければ、助かる可能性は高い。


「エア……彼女は無事か?」

「うん、生きてるよ。でも多分肺か消化器を痛めてる」

「助けられるのですか?」

「助けるのは助けたい。正直迷ってる」


 マリエルが目の前の少女を心配しつつ、渡に確認を行った。

 第三者の助けを行うことで、ポーションの存在がバレる可能性がある。


 ここで人道的介入をした場合、リスクは計り知れない。

 渡が危惧したのは、ポーションがバレることだけではない。

 マリエルとエアの身元が怪しくなり、不法入国や滞在で捕らえられる可能性がある点。

 そのうえ異世界の存在まで知られ、外交問題に発展するかもしれないこと。


 何よりも恐れたのは、地球と異世界を繋ぐゲートがどういう存在なのか、まるで分からないことだ。

 これがただの装置(・・・・・)ならば良い。

 エスカレーターやエレベーターのように、ただ別の場所につながる物体であるならば。


 だが、もし何らかの超越的存在の意図が絡んでいたら?

 地球ではお地蔵さんが、異世界では祠が繋がっている。

 渡には感知しえない神や仏のような高次元の存在が、大多数の目に晒されることで、怒りを買う恐れもありえない話ではない。


 渡が祟られるならば、仕方ない、自分の決断が招いた自業自得で済む話だ。

 だが、『聖書』でのノアの箱舟をはじめ、ギルガメッシュ叙事詩の大洪水、マヤ神話での『ポポル・ヴフ』など、神々の怒りを買って人類が滅亡直前までいく神話は世界で事欠かない。

 超常現象を体験しているだけに、渡はそれらの神話を与太話として片づけられなかった。


「いや、やっぱり助けよう」

「でも、主……」

「目の前で助けられる命を見過ごしたら、俺は一生後悔する」

「大金をふいにして後悔するかもしれませんよ?」

「どうせ後悔するなら、俺は人の命を見捨てた後悔はしたくない。……俺の判断のせいでお前たちに迷惑がかかったらすまない。先に謝っておく」


 あくまでもマリエルの反対意見は、渡の覚悟を計るためだったのだろう。

 覚悟を決めた渡の姿に、マリエルとエアは納得した様子を見せた。

 マリエルにしてもエアにしても、渡のこの決断に過去助けられたのだ。

 薄々は渡がどう判断するのか、予想はついていたはずだ。


「むしろお金を前に助けない決断を下さなくて良かった、とすら思っていますよ」

「アタシは主が『大虎氷』を取り戻してくれたこと忘れたことないから」

「ありがとう。行ってくる。悪いけど二人は車の中にいてくれ。言っちゃ悪いけど、二人はとても目立つんだ。行くなら俺一人の方がいい」


 シートベルトを外し、サイドブレーキをかけたり、エンジンを停止させたりと、慌ただしく停車する。

 車がしっかりと止まったことを確認して、渡はエアに手を出した。


「エア、変身の装身具を渡してくれ。頭と尻尾は隠せよ」

「はーい。あの暴れ馬みたいな車、今は止まってるけど、気を付けて」


 渡は変身の装身具を使って見た目を大きく変化させる。

 マリエルから急性治療のポーションを受け取り中身を確認した。


 車を出て轢かれた少女に駆け寄る。

 大通りということもあって、すでに何人かが集まっていたが、誰も手を差し伸べたり救助しようとしていない。

 それどころかスマホを持って写真を撮ろうとしている者もいて、渡は強い忌避感を覚えた。

 思わず苛立ち混じりに声を上げる。


「スマホで撮ってないで、今すぐ救急車を呼べよ!」

「あ、は、はい」

「あんたとそっちの人も、こっちは俺が見るから、車に乗ってた方に意識があるか確認しに行って!」


 指示された男たちが慌てて動き始めた。

 まったく、人命とSNSとどっちが大切だと思ってるんだか。


 苛立ちを押し殺して、少女に駆け寄る。

 渡の目の前で落ち度もなく弾き飛ばされた姿を見ているだけに、助けてあげたい気持ちが強い。


「大丈夫ですか?」

「う……あ……」 

「これは酷いな……。大丈夫ですからね。いまきっと助けます。気をしっかりと持って!」


 少女はまだ十代後半、いって二十代前半だろうか。

 頭から血が流れて、目がうつろだった。

 パックリと裂けた傷口から赤々しい血肉が見えてグロテスクだった。

 こちらの呼びかけにかすかな反応を示しているのか、ただただ呻いているのか判断がつかない。


 こんなにも若く未来ある命が、交通事故で失われようとしている。

 やはり助けに来て良かった。


 この状態ではポーションの存在も知らない人に飲ませるのは無理があるかもしれない。

 ポーションは経口摂取以外にも、全身に振りかけても効果を発揮する。

 渡は急いで蓋を開けると、ポーションを少女に注いだ。

 ジャバジャバと勢いよく、中身を全部降り注ぐ。


「大丈夫、きっと助かるからね。君はまだまだ生きてていいんだ。痛いだろうけど頑張って」


 意識を少しでも保てるように、ポーションの効果が出る前に、大切な命が失われないように、渡は何度も声をかけた。


 ポーションの効果は驚くべきものだった。

 画像の修正を早送りで見ているような速度で、瞬く間に傷口が元の美しい肌へと回復していく。

 骨折もしていただろうに、それも修復されているようだった。

 服や肌の表面に血の跡は残っているが、それ以外は綺麗に見えた。


 ただ、意識や失った血液までもがすぐさま回復するわけではないらしい。

 痛みがなくなって落ち着いたのか、呼吸はしっかりとあるものの、意識は朦朧としたままだった。

 よかった、と肩の力の抜けた渡は、ハンカチを取り出して頭の血の跡を拭った。

 傷口一つ残っていない、綺麗な素肌が見えている。


「もう大丈夫だよ。痛いところは?」

「あ、……う……だい、じょうぶ……」

「もうすぐ救急車が来ると思うから、ゆっくり落ち着いて。頭を動かさない方がいいかもしれない」


 かろうじて答えた様子の少女を置いて離れるのは心苦しいが、これ以上ここに残っていたら、どうして治ったのか色々と不都合が起きてしまう。

 大事故ということで注目を浴びていることを自覚しながら、渡はその場をそそくさと離れた。


 車に入ると、早速マリエルとエアは心配そうに様子を聞いてきた。


「大丈夫でしたか?」

「多分な。後はできることがない。俺たちは調べられないようにさっさとこの場を離れよう」

「騒ぎにならないでしょうか?」

「分からん。分からんが、後のことまでは面倒見きれん。エア、尾行がないかだけ確認しておいてくれ」

「んー、今のところは見られてるけど、大丈夫っぽいかなあ」


 エアが周りを見渡し、目と耳で様子を確認する。

 渡たちよりも事故を引き起こした車の持ち主に注目がより集まっていた。

 どうも高齢者の暴走のようだ、ということだけは、騒ぎから聞き取れた。

 高齢者事故で御用達の車によるミサイル衝突事故のようだが、事故を引き起こした本人と、後でぶつかられた車の運転手に命の別状はなさそうだ。


 渡は急いで車の運転を開始するため、声だし確認を始めていく。


「シートベルトよし、ミラーよし! エンジンよし! サイドブレーキよし!」

「ご主人様、お急ぎでは……?」

「お、俺の運転能力をなめるなよ! 手順を省略できるわけないだろ!」

「ニシシ、ちょっとカッコよかったのに締まらない主にゃ」

「エア! 余計なことを言うな。俺が事故を起こしたらどうする!」

「ご、ごめんなさい!」


 緊張感あふれた渡の叱責に、エアは笑い顔を瞬時に引っ込めて、途端に不安そうな表情を浮かべて手で口を押さえた。

 先ほどの大事故を渡が再現するかもしれないのだ。


 渡は内心とは裏腹にモタモタと準備を終えると、車を発進させる。

 遠くにパトカーと救急車のサイレンの音が近づいているのが分かった。




 この時、渡は慌てていたために、ハンカチを少女の前に置いたままにしてしまった。

 少女の命を救ったのが吉と出るか凶と出るか。

 今はまだ誰にも分からない。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 直接事故に関連していないにしても、事故直前に主人公の目の前を事故車が通ったわけで、主人公自身は自分は関係ないと思っていても、はたから見たらそれはわからないこと。(むしろ事故の一端を担っ…
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