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異世界⇔地球間で個人貿易してみた【コミカライズ】  作者: 肥前文俊
第二章

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第28話 ご主人様

 天王寺のビルの中の本屋で、マリエルは悩んでいた。


 最近、渡の顔をまともに見れなくなっていたのだ。

 隣に立って顔を見ていると、どんどんと心臓が高鳴って、血がかあっと昇ってきてのぼせたような状態になってしまう。

 以前はこのようなことはなかったのだが、急な変化にマリエル自身が戸惑っていた。

 モイー男爵と果敢に交渉をされた時に、渡には好意を寄せていた。

 とっくの昔に体を重ね、なぜ今頃こんな恋心がと思うが、自分の想いがコントロールできない。


 交渉や頭脳面で少しでも役に立てるよう、渡の傍ではいつも、できるだけ冷静になろう。

 そう思いながらも、平静を失ってしまう。


 そして今、本屋での本の探し方を教えてもらいながらも、マリエルは本棚よりも渡に視線が吸い寄せられていた。

 今も渡の楽しそうに浮かべている笑顔を見るだけで、胸が苦しくなる。

 頬が紅潮して、目が潤む。

 ぼうっと熱に浮かされたような表情で、渡の顔を見つめていた。

 いけない、もっと冷静に、という自分の声がどんどんと小さくなっていく。


「とまあ、こういう風に分類されてるんだけど……どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。あまりにも本が多くて、少し圧倒されていました」

「あはは、そうだよな。この辺りでもかなり充実した本屋だし」


 うまく誤魔化せました。

 でも、挙動不審が続くのは良くありませんよね。


 マリエルがなんとか冷静さを取り戻そうと四苦八苦しているのをまったく気付かず、渡は本屋の一角を目指して歩き出した。

 移動をしながらは良い。

 真っ赤になった顔を見られずにすむから。

 心臓の高鳴りを聞かれなくて良いから。


 顔をまともに見れず、足元に目線を落としながら、落ち着け、落ち着けとマリエルは繰り返した。

 エアが隣で意地悪そうに笑っているのが分かる。

 自分は本にまったく興味がないからと、マリエルの反応を楽しんでいるのだ。


「しかしマリエルが本好きっていうのは、なんかそんな感じだなって気がする」

「……お気に召しませんか?」

「いいや。俺も本が好きだから、嬉しいよ」

「……そうですか」


 良かった。

 急にもたげ始めた不安がふっとかき消えて、胸を撫でおろす。


 頭の良い女は男性に好かれづらい。

 家のことだけをしておけばいい。

 そう公言して憚らない貴族は少なくない。

 渡がそんな男とはまったく違うタイプだと知っていても、実際に言って聞かされると安心してしまう。


「それで、本当に百科事典や歴史の本が良いのか?」

「はい、ありがとうございます」

「マリエルは本当に知的なんだなあ。俺も物を書くから仕事として調べるけど、自分から買うことはないし」

「アタシなんて頭が痛くなっちゃいそうだよ」

「そうじゃありません」

「ん、どういうこと?」

「私は、ご主人様の暮らしてきたこの世界だからこそ、もっと知りたいんです。あなたがどんな世界や社会で、どんな暮らしをしてきたのか、そうやって知ることが、とても楽しく思います」

「そうか。そう言われると、ちょっと照れるな」

「ご主人様は、私の住んでいた領地や暮らしぶりに興味は、ありませんか?」

「ある。そういうことか。あるよ」


 渡が嬉しそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべているが、マリエルにしてみれば、素直な理由の発言でしかなかった。

 たしかに異世界と聞いて興味がないわけではないが、わざわざその世界についてもっと知りたい、という強い意欲の根源は、間違いなく渡がいるからだ。

 自分が大好きな人がどんな世界で、どうやって育ってきたのか。

 その一端でも知りたい。

 もっと言えば、マリエルは渡のことを、より知りたかった。

 そして、役に立ちたかった。


 マリエルが本を開いて内容を確認していると、ふと渡の視線を感じる。


 私のご主人様は、結構スケベですよね。

 マリエルの口元がかすかに弧を描く。


 渡を観察していると、マリエルやエアの胸やお尻に、すぐにチラチラと目が吸い寄せられていくのが分かる。

 そのくせ、そういう自分が恥ずかしいのか、ジッと見続けるということはなく、すぐに目を離して、またチラっと覗き見て、ということを繰り返す。

 気づかれていることも知っているはずだし、じっくりと観賞しても良いはずなのに、開き直ることもできない性根。


 でもそれが良いなとマリエルは思う。

 恋に目が曇っている自覚はあるが、そんな一つ一つの動作も愛おしい。


 今日のマリエルは、かなり体のラインを出す服装を選んでいたが、これも渡の視線を惹きつける狙いだった。

 もっと自分を見ていてほしい。

 もっと魅了されてほしい。


 どの服装が一番渡の目を惹きつけることができるのか。

 それを知りたいため、道行く人のどんな女性に渡の視線が向くのか、常にチェックしている。


 最近は渡のパソコンを借りてファッションサイトを覗くことが増えた。

 こちらの世界でしか手に入らないデザインや色彩の服を見て、勉強するのだ。


 頭が良いだけじゃなくて、綺麗で可愛い。

 渡にはそう思っていてほしかった。


 エアは本にまったく興味がないらしく、先ほどから渡とばかり話している。

 本棚から本を取り出しながらも、意識が渡に向いてしまう。

 本を読みたいと願ったのは自分で、渡とエアは付き合ってくれているだけ。

 それでも、渡の目がエアの方にばかり向いていると、ついもっとこっちを見て、と言いたくなってしまう。

 でもそれはあまりにもわがままな願いだから、胸に秘めておかなくてはならない。


(ご主人様、エアだけじゃなくて、私ももっと見てくれないと、拗ねちゃいますよ」

「ええ!? そ、そんなことしてないよ」


 口から本音がこぼれだしてから気付いた。

 なんて恥ずかしいことを言ってしまっているんだろう。

 そう思いながらも、マリエルは言葉が止まらない。


「いーえ、さっきからエアばっかり見てました。私の服……似合ってません?」

「いや、とても可愛いよ。スタイルのいいマリエルによく似合ってる。こうして見てるとモデルみたいだなって思うよ。あとで写真を撮ろうか」

「そ、そうですか? 嬉しいですけど、それはそれで、あの、恥ずかしいです。あ、あんまりじろじろ見たらダメです」


 マリエルの顔が赤くなった。

 視線が踊り、やっぱり渡の顔をまっすぐに見れない。

 ひょこっと顔を覗かせたエアが、マリエルの顔を見て意地悪く笑う。


「ニシシ、マリエルは見られても見られなくても困っちゃうんだねー。恋する乙女は大変だなー」

「エアっ! ……そういうこと言わないで。お願い」

「ごめんごめん」


 怒ろうと思ったのに、思わず図星を指されて、言葉が弱くなってしまう。

 自分でも厄介なことを言っている自覚があった。

 このままだと、これからどんなトラブルを起こしてしまうか分からない。

 マリエルの罪は渡の罪。主人に余計なトラブルを抱えさせると大問題になる。


「渡様――あっ、す、すみません」

「いや、いいよ。異世界だと奴隷が馴れ馴れしい会話は問題あるかもしれないからあまり言わなかったけど、マリエルに名前で呼ばれるのは新鮮で良かった。どうせなら様じゃなくてさんでも良いんだぞ?」

「でもこんなの、私こ、恋人みたいに呼ぶなんて……」


 長らく貴族の娘として教育を受けてきたマリエルにとって、異性の名前をさんづけで呼ぶのは、本当に親しい相手に限られる。

 ここが地球ではなく異世界ならば、呼び方一つで恋人関係なのだな、と察する人も出てくるだろう。

 もじもじするマリエルに、渡が面白そうに笑う。

 以前は渡の方がよっぽどわたわたとしていたのに、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。


「マリエルが納得できないなら、今日だけはそう呼んでくれよ。外でご主人様呼びは注目されるだろう?」

「わ、分かりました。今日だけですよ?」

「ああ。ほら」


 呼んでと催促され、頑張って言おうと思うのに、胸がいっぱいになって声がうまく出ない。

 渡とエアが微笑ましそうに見つめてくるのが恥ずかしいやら、憎たらしいやら。

 それでも恥ずかしさをぎゅっと堪えて、マリエルは名前を呼ぶ。


「わ、わたるさん……」

「え、なんだって?」

「ニシシシ……声ちっちゃ」

「あ、あうぅ……」

「もう一度呼んでくれないとハッキリと聞こえなかったな」

「わ、渡さん!」

「なんだ? マリエル」

「もうっ……からかわないでください。そんな渡さんは嫌いです」


 ぶすっと頬を膨らませながら、マリエルは渡の腕を取った。

 さりげなく本を取ってくれる優しさが好き。

 他の人にぶつかりそうになったとき、抱き寄せてくれるところが好き。

 触れ合ったときに感じる逞しさが好き。


 渡と一緒に販売カウンターに並び、本を買う。

 店員が一つ一つ丁寧に包装をしてくれて、渡に手渡した。

 そして、渡からマリエルに本をプレゼントしてくれる。


 渡からの贈り物を、大切に読もうと思う。

 奴隷として生きることが分かったとき、こんな日が来るなんて思いも寄らなかった。

 もっともっと、こうして一緒にいられる時間が続けばいいなと思う。


 この貴重な時間を守るためにも、マリエルは今日も努力を続けるのだ。


「あら、エアがいませんね」

「……どこ行ったんだろう? お手洗いかな?」

「勝手に離れるような娘じゃないはずですけど……」


 渡が早速契約した電話をかけるが、コール音が鳴り響くばかりだった。

 なにかあったのか、トラブルに巻き込まれたのか。

 エアの身に心配することはないが、その相手に何がおきてもおかしくない。

 途端に不安な気持ちが湧き上がってきたとき、トテトテと人混みから出てくるエアの姿を見つけた。


「エア、どこに行ってたのよ!」

「ごめんなさーい。なんかね、芸能事務所ってところにスカウトされてたの、モデルになりませんかって」

「げ、芸能事務所!? そ、それで?」

「うん、キレイな服が一杯着れるっていうから、主が喜ぶかなって思って」

「ま、まさか受けたのか?」

「ううん。自分ひとりじゃ決められないから、ご主人様と決めますって言ったら、なんか驚いて、急にどっか行っちゃった」

「……マリエル」

「はい、エア、後で話があります」

「ええ!? アタシなにかした?」


 エアにはこの世界の奴隷の扱いについては言っていたはずなのに。

 マリエルはしっかりと教育しなければならないと、強く決めた。

 よほど表情が険しくなっていたのか、エアがビクビクと怖がっている。

 だが、悪いのはエアだ。

 私だって渡さんの前でこんな顔したくないのに!


 マリエルの怒りをなだめるように、渡が背中をトントンと軽く叩いた。


「まあ無事でよかったじゃないか。それに今後はそれぞれ一人で動くこともあるし、あんまり気にしすぎも良くないからな。でも電話は出ろよ」

「えへへ、主はやさしーね! お、本当だ。気付かなかった」

「まあ音に慣れてないってのもあるから仕方ないか」

「わ、わたるさんはエアに甘すぎます」

「えー、主はマリエルに甘いと思うけどなー。今だって一番に本屋に連れてきてもらってるし」

「そ、それはたまたま本屋さんが近かっただけで……その……」

「じゃあ次はエアが行きたいって言ってたゲームセンターに行こうか」

「行こう行こう!」

「ほら、マリエル」

「は、はい。……渡さん」


 まだまだマリエルが渡の名をまともに呼ぶのには時間がかかりそうだった。

*文中に(で始まり」で終わる文章は意図的なものです。

赤面マリエルが可愛いし、モデルエア分岐シナリオも書けるなら書きたい。

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