第14話 祠
地球と異世界を繋ぐ不思議な建造物。
片方がお地蔵様なら、もう片方は祠だ。
魔法についてある程度の知識があるマリエルは、転移魔法ではないかとの推察を行っていたが、その実態はよく分からない。
お地蔵様を綺麗に掃除した翌日の朝、渡たちは異世界へとゲートを潜り、祠の掃除を始めようとしていた。
(もし世界を繋ぐ技術が確立しているならば、もっと多くの異世界人が地球に来ていてもおかしくないんだよな)
そう考えると、このゲートは魔術や魔法とかまた別の理論、理屈を用いられている可能性が高い。
結局今のところは不思議なパワーとしか言いようがなかった。
(ただ不思議な技術や力と言えば、身の回りの電化製品なんて俺は全部理解できないんだし、便利だから良いで使ってる。そう考えたら興味は持っても、追求しなくても良いのかもしれない)
「やっぱりこっちは結構涼しいよな」
「そうですね。空気がさらっとしているから、日陰に入るとかなり楽です」
「アタシは夏の間はこっちで過ごすのも良いと思う」
「ははは、そう言うなよ。涼しいのは確かだけど、飯とか風呂とかは俺の家のほうが良いんだって」
「毎日ボタンひとつでお風呂が湧くんですから、便利ですよねえ。いまだにご主人様がどこかの王侯貴族や魔法使いかと思うときがあります」
南船町で借りた倉庫のすぐ近くに共同井戸がある。
渡たちはそこで大量の水を桶に溜めて、台車を使って祠へと戻った。
ちなみに、こういった力仕事のときはエアが台車を押している。
エアの膂力だと軽々と動かせるらしいのだが、パッと見は綺麗な女の子が力仕事をしているために、見た目の印象はよろしくなかった。
「マリエルはこの祠については何か知らないのか?」
「最初見たときは風雷神を祀っていたのかと思ったのですが、どうも違うようです。なによりも状態があまり良くないので、苔なんかを落としたら何か分かるかもしれません」
「そうか」
「お力になれずすみません」
頭を下げるマリエルだが、何でもかんでも知っている訳では無いのも当然だ。
渡は手を左右に振って、気にするなと答えた。
「いや、いいよいいよ。目印になるような特徴があれば、それを記録しといて、今度調べても良いかなあ」
「南船町にも本当に小さいながら図書館があるので、町について調べてみるのも良いかもしれませんね。あとは教会とか」
「ああ、太陽神を祀っているんだっけ」
「はい。非常に古くからありますし、なにかしら知っているかもしれませんよ」
「邪教認定食らって囲まれたりしない……?」
「しませんよ! この国の宗教は多神教ですから、それぞれの信仰は保証されています」
「そうなんだ……」
この手の話題は前から一度は振りたかったが、なかなか口に出せずにいた。
だが、二人との仲が進展し、渡が異世界についての知識がなく、地球でどういう生活を送っているのかも理解してくれている。
センシティブな内容も忌憚なく話せるようになっていた。
台車を祠の前に止める。
祠は石造りで、それなりに大きい。天井部分は合掌造りになっている。
苔がびっしりと生えていて、素地が分からないぐらいには汚れていた。
あるいはひと目に止まらないからこそ、そのままになっているのかもしれない。
「よし、じゃあ磨くか。お地蔵さんと違うのは、ゴミは落ちてない感じなんだよな」
「そうですね。それよりは泥と苔といった汚れが大半そうです」
「アタシに任せろー」
ばしゃばしゃ、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ。
上の部分はたわしで、床はブラシでひたすらこすっては水をかける。
泥汚れのひどいところには洗剤も使用する。
カチカチにこびりついて簡単には取れないところも多かった。
「あるじー、なんか見えてきたよ」
「うわ、ツルツルした石だな。磨いた大理石みたいな感じだけど……古いのにめちゃくちゃ硬いのか全然劣化してない」
「古代の神殿とかに見られる特殊な建材ですね」
「ツルツルだー! ツルツル……」
「ちょっと、なにその視線。余計なこと言おうとしてないでしょうね」
「むふふ、マリエル、ツルツル」
「こら!」
「いったい! お肌ツルツルって言ってるだけなのに!」
「ふうむ、しかも何か彫られてるな。紋様のような、文字のような……」
マリエルとエアの神聖な場所での馬鹿騒ぎもスルーして、渡は目の前に集中していた。
御神体のようなものは人物らしいものが祀られていた。
着ている服などは精巧なのに、顔だけがぼんやりと彫られていてよく分からない。
その周り、汚れの落ちた石材には明らかに堀った跡がある。
場所から推察するには、なんらかの言葉が書かれているだろうことは間違いない。
ただ、それが何かは全く渡には分からなかった。
「これはどういう言葉が書いているんだ?」
「私にはちょっと読めませんね」
「アタシもこんなの知らない。古い神様の時代の言葉かも」
「この祠がそれぐらい古いかもしれないってことだよな。とりあえずスマホと、あとでメモも書いておくか」
甲骨文字や楔形文字、ルーンなど、古代にしか使われていなかった文字というのは地球でもいくつもある。
言葉には力が宿ると考えられていたこともあるし、実際に何らかの魔術的な力を持っていてもおかしくなかった。
渡は何枚もスマホで撮影し、保存しておいた。
もしかしたら、誰かが情報を持っているかもしれない。
今日の掃除は一度ですべてが綺麗になるわけではなかったが、主要な汚れをある程度落とすことができた。
「まあ、わからんものはわからん。一度戻ってシャワーと服を着替えたら、ウェルカム商会にいって、涼しくなる服が売ってないか見てみよう」
「さんせー!」
「私もぜひ欲しいですねえ」
涼しいとは言え、掃除で力いっぱい動いていた三人は結構な汗をかいていた。





