第13話 お盆休みの掃除
八月十三日、いわゆるお盆がやってきた。
この間は渡たちも仕事を休み、誰とも商談を行わない予定だ。
外の気温は茹だるほどに暑く、三十五度ほどもある。
できるならば一日エアコンの効いた自宅で、ゴロゴロとしていたかった。
「はぁ……暑い、暑いですわ……」
マリエルがしきりに暑がってバテてしまっていた。
炊事を任せていることもあって、暑さも一入だろう。
なぜか勝手に愛用している渡のシャツの裾をパタパタと扇いで、エアコンの冷気を入れようと苦労している。
その度にくびれた腰と形の良いお腹やへそがチラチラとして、渡の理性を溶かそうとしてくる。
ついつい視線が吸い寄せられてしまった。
大きな乳房やお尻と比べて、どうやってそんなにも引き締まったお腹を保てるのか、渡にはよく分からない。
女体の神秘としか言いようがなかった。
ぐったりしているのはエアも同じだ。
先日の見事な格闘を見せてくれた凛々しい姿は完全に消え失せ、今は床の冷たさが気持ちいいのか、Tシャツに短パンというラフな格好でうつ伏せになって体をぺたりと寝転がって密着させていた。
膝を曲げてパタパタと動かし、尻尾がふり、ふりと左右に動かしているのを見ると、つい手が伸びてしまう。
優しく尻尾を掴むとふわふわと柔らかく、奥がしなやかな固さがあった。
金虎族が尻尾を触れさせるのは、本当に心を許した者だけで、基本的には親戚相手でも触れることはできない。
渡が手遊びに触れられるのは、それだけ信頼ができている証拠だった。
「主ぃ、またゲート潜らない? アタシ鍛錬したい」
「異世界のほうがまだ涼しいんだよなあ。でもお盆だしなあ」
「お盆ってなんなの?」
「うーん、ご先祖様があの世から帰ってくる日、かなあ。昔から俺たちの国は、このお盆はゆっくりしたり、地元に帰ったりするんだ。俺も今年は久々に爺ちゃんと婆ちゃんに会いに行くかな」
「ご主人様のご家族について初めてお聞きしましたね。ご祖父母は健在なんですか?」
「ああ、多分ピンピンしてるよ。せっかくだからマリエルとエアも一緒に行くか。二人を見たら喜ぶだろうし」
渡の祖父母は今は岸和田市に住んでいる。
もともとは市内住みだったのだが、定年で退職してから家庭菜園をしたいと移り住んだのだ。
「ぜひご挨拶させていただきたいです」
「主のおじいちゃんとおばあちゃんかあ。優しい人?」
「ああ、俺にはいつも優しかったな」
二人が興味を持っていることもあるし、一緒に住んでいることを教えたら喜ぶだろう。
このご時世になって後期高齢者でも半数以上がスマホを持っているにも拘わらず、二人は固定電話しか使っていない。
そのくせ祖母はパソコンについては詳しいという変わり者でもあった。
「ただ、会いに行くのは良いが……暑いぞ?」
「そうですよねえ……。ご主人様が持ってる付与が私も欲しいです」
「アタシもキツいかも……」
げんなりとした様子だ。
この季節は避暑地でもなければ、日本全国どこも暑い。
郊外に出ても、暑さはさほど変わらない。
遊びに行く道中だけでもひどい暑さに襲われてしまう。
想像するだけで出る気がなくなってしまった。
「今日決めてすぐに会いに行くのは準備も必要だろうし、連絡だけしておこう。あと盆と言えば、いいかげんお地蔵さんと祠を綺麗にしたいところだな」
「ずっと前から一度やろうと言いつつ、できてませんでしたね」
「主が忙しすぎるよぉ」
「忙しい忙しいと言い訳にしていても流石に限度があった。それに俺が二人に出会えたのも、異世界と行き来できたのも、ひとえにお地蔵様の力があってこそ。順序を違えてしまっていたのだから、これを機に少しでもお返ししよう」
ひとまずホームセンターにでも行くか、と渡は提案し、二人が頷いた。
ありとあらゆるものが見られるだけに、珍しいものに興味津々な二人も楽しめる場所だ。
「とりあえず……」
「とりあえず?」
「二人ともちゃんと服は着ろ。暑いからってその格好で外には出れないぞ」
「あ……すみません」
「はーい。チラッ❤ うしし、主のエッチ」
「うっ……おま……覚えとけよ」
エアの冗談交じりの下着見せの破壊力に、渡は思わず呻いた。
遠慮がなくなるのは良いことだが、それはそれとして反応してしまう自分が少し恨めしい。
○
お昼の間にホームセンターでブラシやバケツ、手袋といった清掃道具を買い揃えた渡たちは、夕方に地蔵の下へとたどり着いた。
家の非常に近くということもあって、すぐに準備は整う。
相変わらず汚れていて、見ていて可哀想になる光景だった。
「よーし、じゃあやるか。俺は本体を磨くから、二人はゴミ拾いと周りの掃除を頼む」
「こうして見るとひどい汚れですねえ。これは綺麗にしないと」
「アタシがピカピカにしてあげるからなー」
マリエルは家の掃除も行き届いて、とても綺麗好きだ。
掃除のスキルは渡よりもはるかに高い。
エアも心意気だけは立派だが、あまり細やかな性格ではないから、どうだろうか。
お盆の時期はまだまだ日の入りも遅く、十分に明るかった。
渡たちが掃除を始めている姿は、道行く人々の目に止まっておかしくないのだが、誰もが素通りしていく。
それどころか目線を寄越したり、注意を払うことすらしない。
一体この現象はなんなのだろうか、と渡は不思議に思うが、結局理解には至らなかった。
エアが火箸でゴミを拾い、ゴミ袋に入れていく。
マリエルが箒で土埃を集め、渡はブラシで表面のコケをこそぎ落とす。
暑くて汗だくになりながら、地蔵を丁寧に丁寧に掃除していった。
ピカピカに輝き出し始めた地蔵を見ていると、畏敬の念と感謝の気持ちが自然と湧き上がっていく。
(俺を異世界に行かせてくれてありがとうございます。おかげでこんなにも可愛い女の子たちと暮らして、お金も稼げて、毎日に充実しています。今後は二人だけじゃなくて、もっともっと多くの人達を助けられるように頑張ります。どうか俺の、俺たちの行く末を気長に見届けていてください)
両手を合わせて、渡は報告を終えた。
掃除が終わった頃には空は完全に暗く夜になっていたが、長らくそのままにしていた用事が片付いて、見た目だけでなく心も晴れ渡る一日になった。





