第7話 薬師ギルド
倉庫に色々な設備を整え、商品を搬入したいという気持ちも大きかったが、今は亮太との話を進めるためにも、薬師ギルドに向かうことが先決だった。
薬師ギルドは商業区域の一等地に、非常に大きな建物が建っていて、多くの人がその場所を知っていた。
いつの世も医療は主要な産業の一つだ。
それだけ力を持つのも自然なことなのだろう。
レンガ積みの二階建てでしっかりとした造りになっている上、採光用に小窓がいくつも設けられていた。
この世界、ポーション瓶などの小瓶にはガラスが用いられているが、大きなガラスを作るのは難しいのか、窓ガラスは非常に少ない。
それだけ大金がかかっている。
看板はイチョウのような葉が飾られていた。
「デカいな。ギルドって実際に工房ってわけじゃないよな。なのに、なんでこんなに大きな建物が必要になるんだろう?」
「薬の原材料の採れる場所が地域によって異なるので、輸出入が多く行われるとかではないですか? この街では当たり前の薬も、他方では貴重だったりするかもしれませんし、別の地方から原料を多量に買い集めているのかもしれません」
「ああ、なるほどな。ポーションも沢山あると良いんだが」
「あるある、きっとあるよ!」
薬師ギルドの扉を開いて中に入ると、すぐに受付があった。
この世界の建物は基本的に受付が入ってすぐにあり、得意客や関係者以外はめったに奥に入れさせない。
買い物も商品を奥から出してくるのだから、徹底している。
それだけスリや引ったくりなどの被害が多いのかもしれない。
薬師ギルドなどというから薬臭いのかと構えたのだが、特別異臭に悩まされることもない。
あくまでも薬も原料もしっかりと保管されているということか、あるいは倉庫と分けているのか、渡には分からない。
「たぶん、地下と裏にあると思う」
「エアには分かるのか」
「うん。かすかに臭う。アタシお薬キライ……苦いもん」
「そうか。俺には全く分からん」
「私もです」
受付の中では三人ほどの中年の女性が書き物をしていたが、渡たちに気づくと顔を上げた。
「すみません。薬の定期的な発注をお願いしたいんですけど」
「分かりました。どのような薬が、どれほど必要でしょうか?」
「慢性症状に効くポーションを月々最低五本、できれば一〇本、最大で一五本ほど欲しいですね」
「慢性治療の薬をそんなに? なにか理由でも?」
本来さほど必要としない薬を多量に求められて、受付の女性が記入していた受注書から顔を上げて、訝しむ表情を見せた。
理解できないような発注があるときは、真っ当ではない使われ方を疑うのだろう。
「俺はここから非常に遠い国から来たんですが、そこには慢性治療のポーションがないんですよ。で古傷に悩む人がものすごく多いんです」
「なるほど。分かりました。あとは発注する以上、必ず購入していただく必要がありますが、資金の方は大丈夫なのですか。言ってはなんですが、かなり高価な薬ですよ?」
街の薬屋での相場は基本的に金貨三枚。
日本円だとおよそ三百万円にもなる。
それでも、現代医療の高額医療費に比べれば安すぎるぐらいだろう。
大金持ちの中には一億出してでも、十億でも治したいと希望する人はいるはずだ。
渡は砂糖の定期収入があり、今後も減る恐れはいまのところ感じない。
余裕を持って頷くことができた。
「月々一五本なら大丈夫です。とりあえず金貨四五枚はお支払いしておきましょうか? 本当は一気に買い付けて持ち帰りたいんですけどね。さすがに資金が足らないので」
「まとめ買いしていただくなら、多少は値引きますよ。四十三枚で良いでしょう」
ざっくりとした計算だな、とは思ったが、口には出さない。
金貨一枚でも安くなるなら儲けものだ。
女性は受注書を書くと、渡の名前と連絡先を求めた。
ここでようやく倉庫の住所を書ける利点に気づいた。
社会的な信用という意味で、やはり拠点を作る重要性は高い。
「ところで、今ってギルドに在庫ありません? 急な依頼で少数でもいいのであれば欲しいんですけど」
「どうだったかしら。〇ということはないはずだけど。ちょっと調べてみるわね」
「お願いします」
「慢性治療のポーションは……ああ、あるわね。三本なら今すぐ渡せます」
「じゃあお願いします。いやあ助かりました」
対価を支払って、ポーションを受け取った。
おそらくはあるだろうと思ってはいたが、予定通りになって言うことがない。
あとはグレート山崎の対応次第といったところだろうか。
相手の出方次第では、こちらも相応の態度を示さなくてはならない。
何事もないことを願うばかりだ。
目的の品を手に入れ、継続的な注文も終えた。
薬師ギルドでの用件はすべて済んだわけだが、受付には来客向けにいくつかの宣伝が行われていた。
その宣伝文に渡は目を引かれた。
“新型媚薬ポーション入荷しました”
“感染症治療薬、各種あります”
“不妊薬あります”
思った以上に性サービス向けの商品が多い。
「なんだい、興味あるのかい?」
「いえ、なんか意外な気がして」
「この街にも娼館があるからね。娼婦の娘たちが自分の身を守るためにもよく売れるんだよ。病気をもらったり、子ができたら生活ができなくて堕ろす子が出るかもしれないだろ」
種族の多いこの世界では、多種多様な風俗店が営業されている。
質もピンキリで、なかには嫌な客もいることだろう。
「なるほど。お仕事でされてる方はそれこそ生命線になるわけですね」
「そういうことさ。オススメは新型の媚薬ポーションだよ。これは既存薬に比べて効果が高くってね、プロの女の子たちが乱れるって評判だよ、どうだい?」
「初体験のときに媚薬ポーションは使いましたけどね、あれ凄すぎません?」
「んふふ、今回のはもっとスゴいって評判だよ。それでいて女の子たちからも評価が悪くない。試してみないかい?」
渡はしばし悩んだ。
後ろをちらっと見た。
マリエルとエアが何も言わず、顔を伏せて待っている。
期待されているような、呆れられているような。
だが、一度買って使ったのだ。
もはや気にすることもあるまいと、結局渡は買ってみることにした。





