第65話 魔力計測器の秘密
アルヴヘイムの店を去ってから、渡たちは家に帰ってきていた。
ステラの錬金術の工房は、地球側にしか用意されていない。
一番道具が揃っているのは、薬草園にあった納屋を改造したところだ。
渡たちはゲートを利用して、ステラの工房に入った。
早速購入した魔力計測器を取り出して、作業机の上に置いてもらう。
魔力計測器は細長い形状で、大きさは直径が五ミリほど、長さは三〇センチほどだ。
片方の端には表面に計測用の探知器がつけられていて、それを物に当てると、反応して目盛りが増減するようだ。
「これが魔力計測器か。ふーん、なんか体温計みたいだな」
電子体温計が主流の今ではほとんど見なくなったが、昔ながらの水銀体温計や、理科の実験に使った温度計などに仕組みとしてはソックリだ。
形状が構造が似ているから、渡としても理解はしやすかった。
安全かつ便利に計測しようと思うと、自然と形が似通うのだろうか。
「あとはこれを分解して、なんの素材が利用されているのか、把握するわけだな?」
「そうなりますね」
ぱっと見た印象では、それほど複雑な機構になっているようには思えない。
魔力という馴染みのない物を計るということで身構えていた渡だったが、案外早く分析もできるかもしれない。
ひとまず動作確認ということで、このあたりの龍脈から魔力を吸い上げたタメコミ草に端子を当ててみると、ほとんど待つことなく目盛りが大きく動いた。
「おっ、ちゃんと動いた。あの婆さん、不良品を掴ませたりはしなかったな」
「それはそうだと思います」
渡の思わずこぼれた言葉に、ステラが苦笑を浮かべる。
ステラはあれほどひどい扱いを受けているのに、一貫してアルヴヘイムの女店主のことを悪く言わない。
人となりはともかく、道具屋としての品揃えの良さは認めているのかもしれないな、と思った。
念の為、他のタメコミ草をはじめ、スエヒロ草、リュウノツカイ、ハハノイノリ花、ソロソロコイツオコリ草――色々なポーションの原料に当てていくか、やはり魔力量には差があるようで、目盛りはハッキリと増減していた。
「一番魔力量が多いのは、タメコミ草なんだな」
「魔力を吸収して育つ草ですからねぇ。ですが、どれも多少は魔力を含んでいますぅ」
ステラが真剣な目で目盛りを読み取っていた。
ヘテロクロミアの紅と深い青の瞳が、素材のもつ材質の可否を的確に捉えている。
柔らかな声色とは裏腹に、その研ぎ澄まされた集中した姿は、思わず溜息が漏れるほどに美しく、絵になる。
「計測器が使えることは分かった。あとは分解して、構造や素材を割り出していってくれるか?」
「かしこまりました。あなた様、わたしはこれから作業に入りますので、ゆっくりとお待ちください」
計測器は組み立て直して再利用したい。
できれば壊すことなく分解したいところだった。
ステラが計測器の一つを、丁寧かつ慎重に、部品を取り外していく。
コト、と音を立てて部品の一つが机に置かれる。
艷やかな唇がかすかに動き、声を上げる。
「端子部品は、おそらくは加工された水晶……。計器の外側は、魔力遮断材で覆われて、計測の精度を高めている……? 中の目盛り部分は、コレはなんの素材……?」
ステラがルーペを取り出すと、目に当てて、じっくりと素材を観察する。
眉間にグッと皺が寄り、ステラのほんわかしていた表情が、珍しく険しくなった。
「これは…………なに、これはなに……? 一体何が反応して目盛りの役割を果たしているの……?」
呟く声には困惑の響き。
渡には見守ることしかできない。がんばれ、がんばってくれ。
安易な応援は、プレッシャーを与えるだけだろう。
分析作業に没頭するその後姿を、渡は歯痒い気持ちを抱えながら、見ていた。
◯
「すみませぇぇぇえん……分からないですぅ……」
そして、数時間が経ちステラからの報告は、分析ができなかった、という結果だった。
分かった部分はたくさんある。
端子として使われていたのは、地球でも利用されている水晶を研磨したものだったこと。
計測器の本体は、ある程度の透過性があり、魔力を遮断する素材であれば利用できそうなこと。
だが、体温計であれば水銀にあたる素材、その同定ができなかった。
ステラはぼとぼとと涙をこぼし、しゃくりあげながら謝罪を繰り返す。
ここまでポーションの製造において、ステラの働きはまったく失敗知らず。
ほとんど完璧な仕事をしてきていたから、渡としてもほとんど確信に近いレベルで、ステラならなんとかしてくれる、と期待していた。
「わ、わたし役立たずですぅ……あなた様のお力になりたいのにぃぃ、うええええええん!」
「おいおい、そんな泣くことないって。ステラは本当に良くやってくれてる。たった一度躓いただけで気にしすぎだって。気にするな。分からないことがあるなら、調べたり、誰かに相談したりしたらいいんだ」
「でもぉ……」
「でもじゃない。それに、分からないことがあったって、それはステラのせいじゃないだろ? むしろ、それだけ難しいものだってことだ。俺だって、さっぱり分からないんだから」
渡はステラの頭を優しく撫でる。
ぐすっ、ぐすっ、と鼻を鳴らし、とめどなく涙を流すステラ。
思えば、ステラにはポーションの製造について、ほとんど任せていた。
これまで自分の価値をまったく信じられなかったステラが、初めて認識した自分の価値や役割。
それはステラに一定の自負や自信を抱かせるのに繋がった。
そして、だからこそ今になって、壁にぶつかったことで、不安になってしまったのだと思う。
「それに、ステラが役立たずなわけないだろ。今までだって、どれだけ助けてもらったか。ポーションだって、ステラがいなきゃ作れないんだから」
「うぅ……」
「だから泣くな。な? 大丈夫だから。壁にぶつかったって、立ち止まったって、時には転んだって、また歩き出せば良いんだ。そうだろう?」
ステラは渡の言葉に、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「……はい」
「よし。じゃあ、どうするか一緒に考えよう」
「はい! あなた様!!」
ステラは涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、まだ少し潤みが残っていたが、先ほどまでの絶望的な色ではなくなっている。
その目には希望が映っていた。





