第64話 ツンデレエルフは本当にいたんだあ!
女店主はしばらく唸っていたが、やがて分が悪いと判断したのか、店の中を歩くと、商品を手にして戻ってきた。
手に持っているのが、魔力測定器なのだろう。全部で三つあった。
「……チッ。ツアーの顔に免じて、売ってやらんでもない。だがこれっきりだよ。ほら、さっさと金払って、とっとと出ていきな!」
「ちなみに、設計図なんかは売ってはいただけませんか?」
「どこまで図々しいんだい、アンタたちは。アタシが汗水たらして編み出した設計図を、どうして見ず知らずのアンタなんかにくれてやらなきゃならないんだい。物は売ってやるが、アタシの技術まで安売りする気はないね!」
「それはごもっともです。失礼しました」
「フン! アタシは不愉快だよ。さっさとお行き!」
鼻を鳴らして店主が顔を背ける。
ずいぶんと嫌われたものだが、物は手に入ったし、良しとしよう。
好悪を操ることなどできない。
残念ながら、渡たちとは相性が悪かった、ということだ。
渡は適切に対価を支払うと、最低限の礼儀として感謝を伝え、店を出た。
ステラはおずおずといった様子で渡の後を続き、ペコペコと店主に頭を下げていた。
売手と買手が正当な対価を支払っただけで、敬意は必要だが、へりくだる必要はないと思う。
とはいっても、長年で染み付いた習慣が急に変わることも難しいだろう、と渡は敢えて止めなかった。
店を出た渡たちを迎えるようにして、真向かいに立つ一人のエルフがいる。
先ほど、ステラをかばって声を上げた、ツアーだ。
ステラは姿を認めると、小走りに駆け寄り、頭を深く下げた。
「ツアーさん、先ほどは本当にありがとうございました……! まさか庇っていただけるなんて、驚きましたけど……すごく、すごく嬉しかったですぅ」
「ふ、ふん。私は、ただ道理に反することを見過ごせなかっただけだ。エルフの高潔な精神が、あの店主の横暴を許さなかった……それだけのこと。べ、別にアンタのためにやったわけじゃないんだからな。感謝などされる筋合いはない。勘違いするなよ」
ツ、ツンデレだ……!!
恥ずかしそうに目を逸らしたツアーの姿に、渡は思わずテンションが上がってしまう。
まさか今どきこれほど分かりやすいツンデレエルフが存在するとは……!
ツアーはニヤニヤとやり取りを見守っている渡たちに気づくと、キッと眦を吊り上げた。
「な、何をニヤニヤと笑っているんだ……! 失礼なやつだな!」
「いえ、決して馬鹿にしているわけではありません。もし、そのように見えたのなら謝ります。ただ、ステラのために声を上げてくれる、あなたのような方がいてくれたことが、俺は純粋に嬉しかったんです」
「フ、フン! ……そういうことか。まあ、それなら……別にいい」
恥ずかしそうに声を荒げたツアーだったが、言い分を聞き入れてくれたのか、幾分かトーンを下げた。
そして、ツアーはステラに向き直ると、気恥ずかしそうに微笑を浮かべる。
「……それで、その……そちらの男は、どういう人なんだ? 一応、聞いておこう」
「は、はい! こ、こちらは、わたしが心から尊崇するワタル様です。そして……あ、あの……その……わたくしの、さ、最愛の方、でも……あります……! はわわわ……っ!」
「あなたが幸せそうで何よりだ……。そうか。素晴らしい人と出会えたのだな。――ワタル殿」
「はい、なんでしょうか?」
「ステラのことを、心からよろしくお願いする。彼女は……我々同胞の無理解のせいで、本当に、辛く厳しい境遇に身を置いてきた。もし、あなたが本当に彼女の最愛の人というのならば、どうか……どうか、ステラを世界で一番幸せにしてあげてほしい」
「分かりました。お任せください。俺の全てを懸けて、ステラは必ず幸せにしてみせます」
「ピィッ――!! ……あは、えへ、えへへ……❤」
ツアーは右手で左の胸を押さえ、軽くお辞儀をした。
渡は堂々と大きく頷いて、はっきりとした口調で、その要望に応える。
劇的な反応を示したのは、ステラだけだった。
小鳥のように甲高い声を泣き叫んだかと思うと、両手で頬を押さえ、耳の先までを真っ赤に染める。
たわわな乳房をむぎゅっと挟み込んでしまい、腕の隙間からバルンとこぼれ出た。
「……本当にいい仲のようだな。素敵な出会いに恵まれたようで、何よりだ。……それが世界樹の森を守る、我々エルフの一族ではなかったことは、少し残念だが。おい、ステラ、聞いているのか?」
「えへ❤ うひ❤ えへ❤ し、幸せに❤」
「お、おい。大丈夫なのか?」
「ええ。前からよくあるんです。しばらくすれば正気に戻ってきますから、心配はいりません」
「そ、そうか……これが良くあるのか……」
元はと言えば、過剰な抑圧をしたエルフたちのせいで、ステラはこうなったのだぞ、とはさすがに渡も言うのは憚られた。
幸せそうにトリップするステラを、憐れみ半分、心配半分といった複雑な表情で見守っていたが、やがてツアーは呆れたように顔を振った。
「ワタル殿も苦労しているんだな……」
「まあ、そういった苦労を補って余りあるぐらい、魅力的な人ですよ」
「ッ~~~~~~~❤」
あっ、しまった。
渡が失言に気付いたのも時すでに遅く、さらなる褒め言葉を受けたステラは、ビクンビクンと体を痙攣させたかと思うと、幸せ絶頂状態に達したまましばらく戻ってこなかった。
商店街の道行く人々から胡乱な目を向けられた渡たちは、流石に場所が悪すぎたと、反省するのだった。
◯
トリップ状態のステラをエアたちに任せて、人の通りが少ない場所まで移動して、しばし時を待つ。
その間に、渡たちは老エルフの店を訪れた理由や、買い物の目的について話をした。
エルフだからといって、全員が調薬について詳しいわけではない。
ツアーは自分は役に立てないと素直に申告する。
ツアーはエルフの戦士であり、非戦闘時は狩人として暮らしているようだ。
徐々に落ち着きを取り戻したステラは、自分がまたやらかしたことに気づくと、ペコペコと頭を下げた。
非常に慌てふためくその姿からは、先ほど人前で目をハートマークにしてアヘ顔を晒していた人物と同じとは思えない。
ツアーは、そんなステラのおかしくなった原因になんとなく気付いたのか、げんなりとしながらも、少し責任感を覚えたようだった。
「……まあ、なにか本当に、どうしようもなく困ったことがあれば、相談に乗ってやらんでもない。……だが、勘違いするなよ! 我々エルフは、そう容易くヒト種を信用したりはしない。よっぽどの理由でなければ、門前払いされると覚悟しておくんだな」
「ワタル様、このツアーさんの今の発言はですねぇ、『あなたたちのことが心配でたまらないから、どんな深刻な悩みでも絶対に力になってあげたい』と言っているのと同じ意味ですのでぇ、どうぞお気になさらないでくださいねぇ」
「ス、ステラ!? 貴様、何を勝手な解説をしているんだ……! お、おいヒト種! 今の言葉は忘れろ! わ、私は別に心配など微塵もしていない! 断じてだ! 勘違いするんじゃないぞ!」
「ニシシ、めちゃくちゃ心臓の鼓動とか臭いで心配してますって言ってるのに、素直じゃないなあ」
「エルフの一族は本当に面倒くさいですわ! 親愛表現一つでも、一々言葉をややこしく扱うのですもの!」
「クッ!? こ、これだからヒト種や獣人種は嫌いなのだ! 失礼する!」
顔を真っ赤に染めたツアーは、耳をビンビンと震わせながら、名刺のようなものを渡に押し付けた。
困ったことがあれば、ここに連絡しろ、ということだろう。
「ツアーさん、この度はありがとうございました!」
足早に去っていくツアーの後ろ姿に、渡は感謝の声を投げかけた。
長いエルフの耳が、一瞬ピクッと反応して、位置を動かす。
だが、そのまま足を止めることなく軽く手を上げてヒラヒラと振ると、商店街の雑踏へとその姿を消してしまった。
エルフも悪い人ばかりじゃないんだな、ということに気付いた一日だった。





