第62話 気高き魂 前編
魔力計測器がウェルカム商会になかった。
となれば、いよいよ専門的な道具屋を利用するしかない。
ただ、他に手がないわけではなかった。
たとえば、付与術師を多く抱えているモイー卿の手を借りるという方法がある。
術師を借りたり、買い受けることはモイーも断るだろうが、計測器の一つを融通してほしいと言えば、両者の関係を考えれば、許される可能性は高い。
とはいえ、御用商人である渡のほうが、商品を仕入れて販売するのが本来の役割だ。
自分で都合をつけられません、というのはあまり外聞がよろしくない。
アルブヘイムか、と渡は溜息を吐いた。
渡たちはすでに王都にたどり着いている。
認識阻害、人払いの結界さえ越えてしまえば、もはやそこはありとあらゆる道具と素材が揃う、魔法使いや錬金術師御用達の道具屋筋だった。
あの陰険耳長ババアとは口論になって以来顔を合わせていない。
ステラが気にしていなくとも、渡としては不快な人物だった。
渡はムカムカとしてきた苛立ちを抑えながらも、眉間に皺を寄せていた。
「思い出しただけでイライラしてきた……」
「もう、大丈夫ですよ、ご主人様。ステラも気にしてないみたいですし、落ち着いていきましょう」
「ステラは大丈夫でも、俺は大丈夫じゃない。またあの店主がひどい対応をしてきたら、徹底的に対抗するつもりだ」
「あわわわ……」
もとより自尊心や承認欲求の低いステラにとって、自分が卑下されることはあまり堪えない。
ステラの導火線は、むしろ信仰にも似た愛情を注いでいる渡が害された時こそ、爆発するだろう。
出会ってからこれまでの月日によって、ステラは渡たちから認められ、少しずつ自分というものを大切にしようとし始めている。
慢性治療ポーションの製造に力を入れて走り回っているのも、期待に応えようという気持ちからだろう。
魔法使い通りは東西に、錬金筋は南北に走る、道具屋、素材屋の立ち並ぶ一大商店街だ。
渡たちは、久々にそこに足を踏み入れた。
そこは五感を刺激する混沌の世界だった。
硫黄の鼻を突く匂い、甘く熟れた果実の香り、そして何かを燻したような香ばしい煙が混じり合って漂っている。
道の両脇には、奇妙な形をした建物が所狭しと軒を連ねていた。
ねじれた塔のような杖の専門店。
フラスコの形をした看板を掲げる魔法薬屋。
店の入り口でガーゴイルの石像が客を睨みつけている古魔導書専門店。
飾り棚には、瓶詰めにされた妖精の光が明滅し、マンドラゴラの根が時折身じろぎする。
軒先には、乾燥させた薬草やイモリの黒焼きが吊るされ、時折吹く風にあおられて、カランカランと乾いた音を立てていた。
ローブを深く被った魔法使いや、モノクルをかけた錬金術師、使い魔の鴉が空を駆け、黒猫が地を走る。 様々な人々や生き物が忙しなく行き交い、通りは活気に満ち溢れていた。
渡たちの中で、明らかに魔法の素養があるのは、ステラ、そして力量は劣るが、クローシェの二人だけだ。
無類の強さを誇るエアでさえ、この場においては不釣り合いな珍客でしかない。
強い魔力も持たず、見た目も珍しい渡など、見事に浮いている。
物珍しい客として時折視線を集めるも、すぐに興味を失われていく。
彼らの興味は、店の棚にあった。
渡たちは、錬金筋の道具を扱う店を訪れ、魔力測定器がないかを尋ねた。
以前に篩などを購入した店だ。
店主は在庫を尋ねると、困ったように頭を軽く横に傾けた。
「ああ、ウチじゃあ扱ってないねえ。魔力測定器は、エルフが得意としている技術の一つなんだ。周りの店でも扱ってないんじゃないかな?」
「そうですか……。ありがとうございます。この辺りだと、やはりアルヴヘイムを利用するしかありませんか」
「ああ。あの店なら確実にあるだろう。あそこほどの老舗はないからなあ。悪いね。期待に応えられなくて」
「いえ、教えていただいてありがとうございます」
「また来ておくれよ」
軽く手を振って店を後にすると、周りの流れに合わせて商店街を歩く。
「ステラ、知っていたか?」
「初耳です。考えてみれば、調薬や魔道具の道具は、一族の持ち物を借りていましたから」
「そうか。まあ道具まで自作しないよな」
「はい。森奥深くの都市には、薬草園や、特殊な素材を調達する仕事をする人たちもいたので、そういった方々が集めていましたねぇ」
ステラはエルフの秘薬を扱えるぐらいに、色々な技術を体得している。
魔法に錬金術、戦闘術は特に一族でも優秀な実力を誇ったようだ。
それらは前線で戦うために培った技術であり、同胞を救うためにステラが必死に学んだものだ。
魔力測定器のような物は、即時性を求められない知識だろうから、ステラが知らなくてもおかしくはない。
「結局この店に来ることになったか……。相変わらずデカい店だな」
渡は忌々しげに、錬金筋の中でも非常に大きな間口をしている大店を睨んだ。
相変わらず、店主の性格に似合わぬ、見事な種類の品々だった。
埃一つかぶっておらず、丁寧に陳列されている。
歴史と伝統、そして店主のエルフという種族の長寿特性を存分に活かした経営は、認めないわけにはいかない。
「ステラ、君まで入ると、中で不快な思いをするかもしれない。どうする? もちろん何があっても、俺は君を守るつもりだけど、外で待機してくれていても良いよ?」
「いえ、わたしをあなた様の側に置いてください。先日に言っていただいた言葉を忘れたことはありません。あの日、あの時に受けたお叱りは、今もわたしの胸の中に残っています」
「そ、そうか」
渡はステラの顔を見た。
潤んだ瞳に弛緩した顔。恍惚とした態度に、渡は苦笑する。
見ればマリエルやエア、クローシェもやれやれと溜息をついていた。
とはいえ、ステラに覚悟があるのなら、もはやとやかく言う必要はない。
泰然としているステラよりも、むしろ渡のほうが意識しながら、ぐっと腹に力を込めて、渡は『アルヴヘイム』の店内に入った。
そして、案の定というべきか、
「おやおやあ? またくっさいエルフのなり損ないがいるねえ?」
老エルフが目敏く来客に気づくと、盛大な嫌味を吐き出したのだった。





