第61話 世界一の海商に私はなる
ウィリアムの舌は熱を帯びた。
ウェルカム商会の発展は、ウィリアムにとって悲願である。
一生を捧げて生み育てた我が子も同然。
その飛躍のチャンスを前にすれば、自然と興奮も募るというものだ。
「この前、支店の設置を許されたリュティエ公爵と、モイー卿の連名で、新型交易船の投資を持ちかけられましてね」
「へえ、新型交易船ですか」
「建造にかかる諸費用の一部を負担する代わりに、完成した暁には、船をいただける、というものです。どこまで本当か分かりませんが、帆をいくつも張ることで漕ぎ手の数を大きく減らし、更に船足も驚くほどに速いとのことです。おまけに帆を折りたたむことで、速度の調整も便利なのだとか」
「へえ、すごい船ができそうなんですね」
「ええ。なんでも画期的な新技法が見つかったようで……。ワタル様はなにかご存知ではありませんか?」
「さあ? 特に何も聞いてませんが。なあマリエル?」
「はい。少なくとも、私たちは今回の件についてはまったく関与しておりません」
渡はまさか自分が売ったボトルシップが、端緒になっているなどと思いも寄らない。
それだけに態度も自然だった。
隣で姿勢良く座っていたマリエルも、艶然と微笑むばかりで、表情から内心はまったく伺いしれない。
自分は関係ないからなー、などと思っている渡は、質問に驚いたぐらいだった。
「左様でございましたか。モイー卿、リュティエ公爵、お二人共ワタル様の商いのお相手ということで、なにか関係があるのかと、少し興味がありましたが、勘違いのようですね」
「そうだと思いますよ。俺はあくまでも珍しい品を運ぶ行商人に過ぎませんからね」
「ふふふ、ワタル様はまことに謙虚でいらっしゃいます。そこが美点ですね」
客観的に見た場合。
渡は飛ぶ鳥を落とす勢いで権力の座を駆け上がっているモイー卿が懇意にする商人であり、国内有数の富を持つリュティエ公爵の伝手を持ち、片田舎の貴族とはいえ、男爵の娘を嫁にしようとしている男だ。
見るものが見れば、その人脈は恐ろしいほどの力を持つ。
また、珍しい蒐集品で築いた富だけでなく、砂糖や珈琲豆で莫大な財産を保有している。
けっして一行商人、などと捉えて良い人物ではなくなっている。
が、ウィリアムの前に座る渡の態度は、良くも悪くも初対面から大きく変わってはいなかった。
「とまあ、そういうわけでこの話を受けようと思っているのですが、ワタル様はどうお考えになりますか?」
「どうなんでしょう。陸上貿易より稼ぎは大きいでしょうが、怖いのは沈没でしょうか。商人同士の仲間内でいざというときの保険の積立とかしておいた方が良さそうだなあ」
「保険!? 積立!? 一体どういうことでしょうか! もっと詳しく教えてください!」
「え、ええ~……」
まさかそこに食いつくと思っていなかった渡は、困惑しながらも、保険制度について簡単な仕組みを伝えた。
ウィリアムの反応は劇的なものだった。
ウィリアムが隣国への取引で大損をしたことからも分かるように、保険による補填制度は、この世界では一般的になっていなかったのだ。
それも自分が貯金するのではなく、互助システムとして機能させる考えは、ほとんどなかった。
ウィリアムの顔が真っ赤に紅潮し、目は爛々と輝く。
「FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOW!!」
「ウィ、ウィリアムさん?」
「こ、これはっ! 莫大な! 商機の予感がしますぞッ!! |きたぁあああああああああ《ウェルカーーーム》!」
「ウィリアムさ~ん!?」
いきなり椅子から立ち上がったかと思うと、「世界一の海商に私はなる!」と叫んでウィリアムが部屋を飛び出した。
あとに残された渡たちは、ポカンとした表情を浮かべて、その場に座っていた。
「……イッシッシ、マジでおもしろいじゃん」
「いや、笑い事じゃないんだが? どうするの、これ……」
ただ一人、エアだけが起きた事態を満面の笑みで楽しんでいた。
◯
商談室にて放置された渡たちだったが、すぐに慌てて入室してきたのが、ウィリアムの妻のサンディだった。
おっとりとした性格だったはずだが、今は入室するなり、深々と頭を下げた。
どうやら代わりに話をするように言われたようだ。
一応最小限のフォローはしたんですね、ウィリアムさん。
「夫が失礼をして、誠に申し訳ございません。後でキツく言っておきますので、どうかこの度の失態はお許しください。なにとぞ、何卒よろしくお願いします!」
「いえ……。その、お構いなく。なにかお役に立てたみたいで、何よりです」
「ご厚情ほんとうに感謝いたします。ワタル様からもなにかご用件があったはずですのに、居ても立っても居られなかったようで……。わたくしで良ければ、御用の向きをお伺いさせてくださいませ。夫は後で」
サンディは目尻をヒクヒクとさせながら、平身低頭する。
あー、これは怒ってる。
めっちゃくちゃ怒ってるな。
できるだけ平静に話をしようとしているが、ウィリアムには激怒している。
まあ、商談の途中でいきなり退室してしまったのだ。
渡は呆れてしまったが、激怒して商談がなくなる可能性だってあったのだ。
とりあえず、渡は魔力計測器について、相談してみることにした。
あればよし、なくても別に構わない。
「魔力計測器、ですか?」
「ええ。幅広い商品を取り扱ってるコチラなら、もしかしたらあるかもしれないと思いまして」
「さて……。一応在庫がないか確認してみましょう。ただ、あまり一般的には出回らない商品ですので、ご期待に添えないかもしれませんが、ご了承ください」
「もちろんです。よろしくお願いします」
サンディが店で働く従業員を呼び寄せると、すぐさま指示が飛ぶ。
たしか、だいぶ以前にも見たことがある従業員だ。
サンディの命令を聞くと、足早に用事をこなしはじめる姿は、やはりとても教育が行き届いていた。
しばし待つこと、報告を聞いたサンディは眉を下げると、渡に頭を下げた。
「申し訳ありません。やはり、当店では在庫がないようです」
「わかりました。お手数をおかけしました。錬金筋・魔法使い通に当たってみようと思います」
「ああ、あそこならまず間違いなく手に入るでしょうね。私は行ったことはありませんが、魔法使いや錬金術師の方にとっては、ありとあらゆる素材や道具が手に入るのだと聞いております。ですが、そうなるとなぜ当店に在庫をお尋ねに?」
サンディが訝しげに首を傾げたため、渡は経緯を説明した。
最初はふんふんと頷いていたサンディだが、やがてステラへの態度を聞くに及ぶと、目を見開いて驚いた。
そして、わずかに不快そうな顔をして言う。
「そのような商人がまだまだおられるのですね。当商会とはまったく在り方が違いますので、少し驚きますわ」
「ウェルカム商会は、誰でもウェルカム、ですものね」
「はい。まあ、それでも実際は来ていただいても困る方もいるのですが……。それでも、真っ当にお支払いいただけるなら、貴賎を問わず商いをさせていただいております。それが夫の一番大切にしている考えですので」
それを、大切なお客様を置いて、走り去るなんて……。
サンディの冷ややかな声を聞いて、渡は苦笑いを浮かべるしかなかった。
うーん、これは大変なことになってきたぞお。





