第60話 魔力の計り方
サレム博士が日中は必死に研究し、なんの成果も得られませんでしたぁ! と嘆きながら夜には日本橋のメイド喫茶に通い詰めている頃。
慢性治療ポーションの製造や付与の術式を作ったりと、忙しくしているステラから、相談があった。
食後にお茶を飲みながら、リラックスした状態で話をすることにした。
椅子に座りながら、ステラは少し緊張した様子で、ごくっと唾を飲み込む。
これは言いづらいことがあるからだろうか。
下手にスキンシップを取ると、ステラは使い物にならないことがあるので、安易な触れ合いには気を付けなければならない。
できるだけ微笑を心がけていると、ステラがポッと頬を染め出した。
あ、これは危険な兆候だ。
それでも、なんとか話題を切り出すことができたようだ。
「あなた様、魔力計測器を作ろうと思っているのですがぁ……」
「できるものなのか?」
「分かりません。わたしたちの世界では、高価なものですが、魔力計測器はそれなりにあります。こちらの地球に魔力がある以上、それを計ることは不可能ではないと思うのです」
魔力計測器は魔術師の研究所や、錬金術師の新しい製品を研究する際に普通に使用される。
魔法を使用する媒体になる素材は、計測器としても使えるはずだ、というのがステラの考えだった。
一応理屈は通っている。
「それはそうだろうな。ちなみに、どういう素材が必要になるとかって分かるのか?」
「いいえ。おそらくは魔力と親和性の高い素材だと推測しています。宝石とか、特定の植物とかでしょうか?」
だが、無数にある該当素材から、魔力計測器に相応しい素材を探すのは、本当に大変な作業になるだろう。
魔法に適正のあるステラか、クローシェでないと使えないのも、問題を難しくしている。
「そこで提案なのですがぁ……」
「どうした、遠慮なく聞いてくれて構わないよ。ステラの提案なんだ。頭ごなしに否定しない」
「まずわたし達の世界の計測器を購入して、分解すれば、わたしにも仕組みが分かるはずです」
「なるほどな。リバース・エンジニアリングか。やりたいことは分かった。だが、どこで手に入るんだ? ウェルカム商会で手に入りそうなものなんだろうか?」
「ウェルカム商会では難しいじゃないでしょうかねぇ……?」
「とすると、どこに?」
「錬金筋・魔法使い通に行きたいんです」
「あそこかあ……。あそこはあの失礼な婆さんがいる店があっただろう?」
「そうですぅ」
渡の言葉に、ステラは少し表情を強張らせながら頷いた。
渡は少し悩んだ。
大切なステラを侮辱された記憶が思い起こされ、あの婆さんの店を利用したくない、という反発心がある。
それと同時に、あまり希望を言い出さない控えめなステラの頼みを叶えてやりたい、という思いもある。
しかも、その発言はステラ本人の望みを叶えるためではなく、自分の役に立とうとして言ってくれているのだ。
悩みこむ渡を前にして、ステラは毅然とした態度を取った。
「あなた様、わたしは大丈夫です。いただいたこの杖だって、まだ見せていません。あの方は、わたしとあなた様が、店以上の素材が用意できなかったのだろう、と思っているに違いありません。耳を折る良いチャンスじゃないでしょうか?」
「一理あるな……。ステラが大丈夫だって言うんなら、あの失礼な店主をギャフンと言わせてやるか!」
「はい! そうしましょう!」
かつての虐げられた境遇があまりにも長かったために、ステラは自分の存在をずっと価値のないものだと思い込んでいた。
ステラが自分のことを大切にし始めた兆候だと捉えて、渡は嬉しくなった。
「いやあ、ステラが(自分のことを)大切に思ってくれて嬉しいよ」
「フフフ、当然です。あれからわたしは(貴方様のことが)大切に思っています」
微妙にスレ違いながらも、お互いのことを思いあった二人は、笑みを浮かべていた。
ステラの提案を飲んだからと言って、いきなり『アルブヘイム』を訪れるつもりはなかった。
まずはウェルカム商会に足を運ぶ。
ウェウェウェウェ! と歓迎を受けた渡たちは、そこで再び上機嫌なウィリアムに出迎えられた。
おそらくは、機嫌が良くなるようなことがあったのだろう。
いっときの落ち込みようと、その後の必死な様子を知っているだけに、以前の明るさを取り戻しているのは、渡としても温かな気持ちになる。
できれば苦難があっても、元気に前向きに過ごしてほしいものだ。
渡は魔力計測器がないか確認を取る前に、ウィリアムの話を聞こうと思った。
「朗報が二つございます」
「もしかして前回の続きですか? なにか進捗がありましたか」
「はい。それが一つ目です。ブラックマーケットに潜入した諜報機関の方々が、品物を卸した者たちのアジトを突き止めました。今は秘密裏に潜入を開始しようとしているようです」
「おおっ、順調ですね」
「そうですね」
深く頷いたウィリアムだが、完全に喜びきっているわけではなさそうだ。
その表情にはわずかに不安が滲んでいる。
「なにか懸念があるんでしょうか。少し歯切れが悪そうですけど」
「かなり規模の大きな組織のようでして。まあこれは襲撃規模から考えて分かっていたことですが、どうもリボバーライン王国が関与しているようなのです」
「えっと」
「御主人様、東北東に国境を接してる隣国です」
「ああ、そうか。スミマセン。もともと俺はこちらの地理にはあまり詳しくなくて」
「ワタル様は遠い地から行商としていらっしゃったのでしたね。説明が不十分でした」
そっとマリエルが補足してくれて、渡も思い出した。
ハノーヴァーに襲撃をかけてきたのも、その国ではないか、という話だった。
相当に狙っているということか。
あるいは、今後戦が起きる可能性すらあるということだろうか。
「何らかの命令書や強奪の証拠を得られれば、国も私も大いにこれを利用できます。無念を晴らすのはもちろんですが、シャウ家とエッセン家の両家の方々にも、汚名を雪ぐことができそうです」
「もう少しの辛抱ですね」
「はい。場合によっては黒狼族の傭兵の方々も投入される予定だと伺いました」
「お父様たちが……」
そっと黙って控えていたクローシェが、ポツリと呟いた。
渡たちの前では、クローシェに似て残念な姿を見せることは多いが、傭兵団として、戦士としての評価は、誰に聞いても確かだ。
投入されれば、相当な戦力として期待できるに違いない。
とはいえ、戦いとなれば怪我を負ったり死ぬこともありえる。
クローシェの声には少し、不安の色が見えた。
「そして二つ目ですが、我が商会が新型船の所有者になれるチャンスが巡ってきたのです」
ウィリアムが喜びと不安の混じった表情を浮かべて言った。





