第57話 モイーの計画
モイーは自領の領主館の執務室で、鼻歌を歌っていた。
机には多量の書類が置かれ、モイーの決裁を待っている。
書類を手早くチェックすると、モイーはサインと印章をした上で、許可、要改善、不可の三つの箱に収めていった。
許可の箱は部下たちがすぐに執行に取り掛かる。
要改善は指摘した部分を修正後、また提出に。
不可は廃案に。
モイー領の収益は恐ろしく右肩上がりになっている。
ただ蒸すだけだった名産品の芋のレシピが開発された結果、需要が大幅に伸びたからだ。
これまでは貧者の食べ物、という位置づけで、畜産物の餌扱いだった芋が、今ではそこかしこの飯屋、居酒屋で定番の料理として扱われている。
もう豚の餌、などとは呼ばせない。
領下では新レシピの発表会が定期的に開かれて盛況だ。
館に勤務している料理長も、今は新しい料理を生み出そうと試行錯誤していた。
「おお! ポテェェェィトォ! どうしてぇぇお前はそんなにも美味いのかぁあああ」
「サラダにしてよし! 潰して揚げてよし! もちろんそのまま揚げてもよし!」
「はちみつベーコンもよし! とにかくよし! うまし! ただデブになるのだけは気をつけよ!」
芋の歌(即興)をよく響く美声で歌い上げながら、本日分の書類仕事を終えたモイーは、首をポキポキと鳴らしながら、酒を軽く飲む。
たっぷりと油を使った芋料理は、モイーの激務による痩せを防いでくれる。
何と言っても財務次卿として王都に詰め、南舟町の領地運営をしつつ、モイー領の舵取りも行っているのだ。
誰もいないのをいいことに、モイーはクハー! っと声を上げた。
やや辛口の蒸留酒と料理はよく合った。
酩酊しない程度に喉を潤した後、モイーは自慢の蒐集品を飾ったコレクションルームに足取り軽く向かう。
絵画、歴史的貴重品、コイン、様々な蒐集品の中でも、異彩を放つのが万華鏡をはじめとしたガラス製品だ。
王国広しといえども、これほどのコレクションを持っているのはモイーただ一人だ。
特に『万華卿』と呼ばれるようになった万華鏡は、公的には所持しているのは王ただ一人。
渡から入手した新しいそれらは、一段と目立つ場所に置かれて飾られている。
モイー自身が楽しむためでもあるが、来客を招待した際に、権威を示すのにも非常に役立っていた。
コレクションルームに足を運ぶのは、仕事を終えて疲れた精神に、自慢の逸品を眺めるのはモイーにとって欠かせない習慣だった。
「これだけ収入が増えたならば、また蒐集品にかける予算を増やしても良いな……」
ムッフン。
先ほどの領内収益の決算書を目にして、思わず笑いが止まらない。
次はどんなものを手に入れてみようか。
立派な口ひげを撫でながら、モイーはボトルシップを眺める。
それにしても素晴らしい出来だ、と心のなかで呟いた。
瓶の中にあることを除いたとしても、恐ろしいまでの精度で作られた帆船は、目を楽しませてくれる。
船体を作ったあとに遣い手が滅多にいない時空間魔法で移動させたのだろうか、などと方法を考えるのも楽しいが、今は船の出来栄えそのものも、観察して感心していた。
「我の領地が持つ川船とはぜんぜん違うな。リュティエのところで見た海船とも形が違う気がする……。ワタルの故郷の船ということか……?」
じっと視線を注ぐ。
甲板の板一枚、操舵輪、帆柱、風を受けて大きく膨らむたくさんの帆。
このような船は見たことがない。
アルコールでわずかに濁った思考が、何らかのシグナルを発信し続けている。
大きな違和感、あるいはアイデアの生み出される前の兆候。
端正な顔が、悩んだように歪む。
「これは……我が軍に転用できる技術だろうか……?」
モイー領の川船にも帆はあるが、これほどの多量の帆は張られていない。
曲がりくねった川では利用が難しいかもしれないが、たとえばリュティエの持つ軍船ならば、技術を転用する可能性が十分にあった。
あるいは、お抱え商人の富を吐き出させる意味でも、うまく試験機の作製を促すこともできる。
「ワタルに知っていることを吐き出させるのも手だが……奴は知らぬ存ぜぬを貫きそうだ。臍を曲げさせては、今後に差し支えるが……どこまで持ちかけるべきか」
今のところモイーと渡は、お互いに利益を享受し合う、良い仲を築いている。
渡の持ち込む商品は、モイーにとって欠かせないほどに魅力的で、新鮮にして斬新なアイデアばかり。
逆に渡には、家族たちや知り合いのトラブルの際に援助することで、それに報いている。
渡はおそらく、転移の祠を利用している。
遠く離れた異郷の品を手に入れられるのは、それが理由だろう、とモイーは見抜いていた。
代えが効かない相手を失いたくはない。
しかし軍事技術の獲得は、国力増加の観点からいえば、どれほどの利益を見込めるか予想もつかないほどだ。
「まあ、機嫌を損ねない範囲で聞くだけは聞いてみるか……」
答えるならそれに越したことはない。
無理だとしても、それはそれで、別のところから試作機を作らせて検証すれば良い。
国にとっては重要な技術だが、海辺に領土を持たないモイーにとっては、最優先事項とはなりえない。
「いや、たしかウェルカム商会が、今は外国との取引を希望していたな。リュティエに話を持ちかければ、賛同してくるか……?」
モイーはすでにウィリアムに多大な貸しを作っている。
援助したこともそうだし、襲撃者の足取りを掴むために、国の諜報機関を動かしている。
その主目的は、近隣諸国からの防諜であり、こちらからの諜報活動でもあったが、ウェルカム商会の助けになっていることは否定できない。
諜報活動には進展があり、今はリボーバライン王国の関与がほぼ確実視されていた。
今後、その中でも主導したのが誰かを突き止めようとしている最中だ。
白砂糖で今後大きな富を築くことは間違いないのだ。
たっぷりと恩を与えた分は回収しなくては、とモイーは貴族らしい思考を働かせて、ニンマリと笑った。
モイーにとって、蒐集品を眺める時間は、脳をリラックスさせ、新しいアイデアを呼び込む時間でもあった。





