第56話 ウェ、ウェ、ウェルカム!
ウェルカム商会に直接足を運ぶのも久々だ。
顔を見せに行ったところで、ウィリアムも商会の立て直しに奔走していて、顔を合わせることはできなかった。
人手を失ったのに、販路は広がっていて、忙しいのは当然だろう。
頑張りすぎて倒れないか、少し心配になるぐらいだった。
今回もまた会えないのではないか、と少し不安だったが、今日はいたようだ。
別の客と商談をしていたらしく、店員に案内されて少し奥の部屋で待っていたところ、ドアが静かに開いた。
シャカシャカ、と陽気な軽い音がする。
渡たちが入室者に目を走らせると、その表情を驚愕に変えた。
「ウェッ! ウェッ!!」
「うぇうぇ?」
「ウェウェウェッ!」
マラカスのような楽器を手に持ち、満面の笑みを浮かべるのは、ウェルカム商会の会頭であるウィリアムだ。
一体何が……!?
ぴっちりと体にあったシャツとベストを着た姿とは驚くほどマッチしていない行動に驚愕してしまう。
「ウェルカアアァアァアァアァアァアァアアム! ようこそいらっしゃいました、ワタル様!」
「いえいいえーい! ウェルカーム!」
ゴォオオオンとどこからともなく銅鑼の音が鳴り響いた。
両手を開けて、今にも踊りだしかねない勢いで歓迎しているウィリアムを前に、渡は口を大きく開いて、唖然としていた。
ケラケラと笑って大喜びしているのはエアぐらいなものだ。
他の者達は呆気にとられている。
ウェルカム商会が、元気のいい掛け声をすることにはもう驚かなくなったが、まさかここまでするとは、予想外もいいところ。
シャカシャカシャカシャカ、とマラカスの音がいまだに鳴り続ける中、渡はおずおずと話しかけた。
「……ずいぶんと上機嫌ですね。なにか良いことがありましたか?」
「フフフフフ。ありましたとも、ありましたともぉ! あれからモイー卿のご協力もあって、また砂糖の販売も大きく伸び、早くも借金問題が解決しました!」
「おおっ、それは良かったですね」
「それだけではありませんよ!」
「は、はい。どうしたんですか?」
「なんとですね、リュティエ公爵からお声掛けいただいて、支店の設立許可をいただけたのです!」
「おおっ、すごいですね」
「そう。これは本当に大きなことなんですよ」
現代日本のように、どこでも自由に店を構えられるわけではない。
それぞれの領地に、許可を得る必要がある。
だが、領主は自領で保護したい商会があり、その規模や形態を吟味して、許可をするかどうか決められる。
自分たちの得になると思えば認められるが、逆にお抱え商家のじゃまになると思えばいつまでも許可は下りない。
特にリュティエはヘルメス王国領でも有数の港町。
交易地点としての流通量は非常に大きく、大店と呼ばれる大商会がすでにいくつも拠点を構えている。
そこに支店を構える意味は大きい。
リュティエ港からは国内のあらゆる地域だけでなく、海外からの物資も多く入ってくる。
商品を右から左に動かしているだけでも、大きな利益を得ることができた。*1
「それもこれも、わたくしとワタル様との取引関係があればこそ。白砂糖の納品から話をする機会をいただき、ワタル様のお名前が出て興味を持っていただいたのです!」
「俺がですか?」
「左様でございます。私たち商会の信頼と実績では、まだ許可はいただけなかったでしょう」
「そんな、ウィリアムさんの活躍があればこそでしょう」
「地道な商いを続けてきましたが、貴族の方々を相手に取引ができたのも、白砂糖のおかげです」
楽器を置いたウィリアムは、そこで一度表情を真面目なものに変える。
そして、深々と渡に向けて頭を下げた。
「ワタル様には以前からなんども我が商会を救っていただいております。心より感謝申し上げます。お支払いを免除いただいたり、モイー卿と話をつけていただいたり、感謝してもしきれません」
「俺の方も助けていただいてますからね。困った時はお互い様ですよ」
渡には常に余裕があった、というのも大きい。
元手はほとんど掛からず、得られる利益は莫大。
おまけにウィリアムが窓口になっているから、煩雑な手間からは解放されている。
過剰な欲を出してこないのも、ウィリアムの存在は渡にとっては非常に都合が良かった。
何も知らない渡を騙したり、あるいは脅したりせず、両者の得になるようにうまく立ち回ったウィリアムだからこそ、渡も続けて欲しかった。
とはいえ、やはり感謝されて悪い気はしない。
「さて、じつは上機嫌だったのは、それだけではありません」
「といいますと?」
「襲撃事件の下手人たちの手がかりを得たのです」
「ッ!?」
以前、シャウ家とエッセン家との結婚にかけて、家財道具を搬入する仕事があった。
その時に、ウィリアムは、王都の支店長である牛人のタンレフを始め、大商いに向かわせて問題のない信頼できる部下の数々を失ったのだ。
オッド、ガッツ、ウェイド、サンタンといった、ウィリアムが手塩にかけて育ててきた部下たちの命。
そして、ウィリアムが大金を投じて手配した商品もまた、奪われた。
時と場合によっては、ウェルカム商会は破産していたかもしれない、大事件だ。
現場の証拠は綺麗に処分されていたようだが、ついに手がかりを得たのか。
「先日、王家の隠密衆が隣国の闇市で、お伝えしていたそれらしき家具を数点確認したそうです。製作者のマークは削り取られていたそうですが、見るものが見れば誰の作か、職人の特徴は分かります」
「たしか、モイー卿が調査されていたんでしたっけ」
「そうです。国家間の陰謀に巻き込まれた可能性があるとのことで。お伝えしていた納入品にまず間違いないだろう、とのこと。私としては、裁きが下せるならば、手段は選びません。必ずや仇を討ってやりたい……」
「ウィリアムさん……」
「闇市のオーナーはけっして商品の仕入れ先を吐かないでしょうが、網を張って尾行し、正体を突き止めることは可能です。きっと近々には、下手人の正体も暴かれることでしょう」
「そんなに早く分かりますか?」
「我々は複数の傭兵や冒険者たちを護衛にしていました。それを一方的に飲み込むような、相当に大規模な部隊を利用した作戦です。使った費用も相当でしょう。襲撃と結びつかないように時間を置きたい反面、一刻も早く費用の回収をしたいに違いありません。おそらく、またどこかの闇市に放流してくるはずです」
「そういうことですか」
真剣な表情に、昏い目をしたウィリアムを前にして、安易な言葉がけはできない。
亡くなった部下たちの無念を晴らしてやりたい、という強い気持ちが伝わってくる。
「とはいえ、ここで失敗すれば、また姿を隠してしまうのでは?」
「そうでしょうね。私としては、隠密衆の方々にはなんとしても突き詰めていただきたいところです」
ウィリアム自身も、自分を追い詰められて復讐してやりたいことだろう。
なんと声をかけてあげるべきか悩む渡の横で、エアがニシシ、と笑った。
「まあそれはそれとしてさ、ウィリアムさんが笑ってるほうが、亡くなった人も喜ぶんじゃない?」
「そうでしょうか…………。はい、そうかもしれませんね」
「うぇーい!」
「うぇ、うぇーい!!」
「ほら、主も!」
「えぇっ!? 俺も!?」
「そうだよ!」
「うぇ、うぇーい?」
エアの言葉にあえて乗せられるように、ウィリアムは再びマラカスを持つと、シャカシャカと鳴らし始めた。
渡はエアに強引に手を挙げさせられ、ヤケクソになって声を上げた。
一体俺は何をさせられてるんだろうか……?
陽気な音が鳴り、部屋の空気もどことなく軽く、明るくなった気がする。
まあ、ウィリアムさんが昏い目をしているよりは、きっと今のほうがよっぽどマシだろう。
その後、マリエルたちは服やアクセサリーを吟味し、渡はウィリアムがこっそりと推薦する下着や道具を購入したりして、時間を過ごした。
隠密衆が下手人たちの特定ができた、と報告があったのは、それから三週間後のことだった。





